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2006年2月26日 (日)

固定電話の歴史

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自宅の固定電話を、電話局から貸与された600型という黒電話から
自由に選択できるようになったのは1985年4月からなんだそうです。

学生時代、最初の下宿はアパートの隣の大家さんちにかかってきた電話を、
庭越しに大声で呼び出されて大家さんち駆け込んむ、いわゆる「呼び出し」でした。

大学2年の時に引っ越したアパートで初めて専用の電話を引いて、
まさに600型の黒電話が部屋に来ました。

就職して、最初の会社では独身寮でしたので、
またふたたび管理人室にかかってきた電話が
放送で呼び出される方式にもどりました。
若い独身の男性ばかりの寮で、呼び出しかつ公衆電話もたった1台という環境でしたが
それも当時は当たり前だったわけです。

2年で独身寮を飛び出して、再びアパート暮らしを始めたとき、
また600型が我が部屋にやってきて、プライバシーという環境がよみがえりました。
そのときは、クリーム色を選んだ覚えがあります。

そして翌年転職、またまた独身寮で管理人室にかかってきた電話が
各部屋のインターフォンを通じて呼び出されて
階下まで駆け下りて出ると言う方式に逆戻りしました。
ケータイやメールが日常の今では全く想像も着つかない世界でしょう。
小さなアマチュアオケの運営事務局をやっていた私には非常に厳しい環境でした。

このもどかしい環境から、接続端末の自由化にともない、
独身寮にも小型の交換機が導入されたのがたしか1987、8年。
数十人が入居している独身寮でも各部屋から電話が受発信できるようになったのです。
同時に通話できるのは3〜4名という今から考えれば劣悪な条件で、
混信や夜は通話中の確率が高く、当時ショルダーバックくらいの大きさ重さで
月10万円近かった自動車用の第1世代の携帯電話を契約しようかと
真剣に考えたくらいです。 それでもその前とは天国と地獄、
早速 SONY製の多機能付き留守番電話 IT-A45を買いました。
多機能といっても18秒で2件、9秒に切り替えると5件録音できただけでしたが
もう、それだけでも画期的でした

それは、今でも記念品として手元にあります。

その電話のおかげで結婚できたと言っても過言ではないからです。

結婚してもしばらくは、その電話を使い続けましたが、
世の中留守番機能の高度化、コードレス、ファックスがドンドン普及してきました。
わがやも子供が生まれた翌年 SONYのその名も黒電という
非常にシンプルなコードレスフォンSPP-L1を導入しました。
あまりにも高機能化し、虚飾なデザインに溢れていたので、
まさに600型の黒電のコードレス版に逆戻りという感覚でした。
しかし、さすがSONY製、充電池が数年でだめになり、
無印良品のbrother製コードレス付きファックスに切り替えたのが、
今のマンションに入居した8年前。
しかし、コードレスの充電池がふたたび一昨年いかれて、ファックスはそのままに、
とうとう、電話機を替えることになりました。

で、購入したのが、写真のMutech830です。
mutechのtelephone610というクールな電話が非常に気になっていたのですが、
やはり日本の高機能で高性能な電話と比較してしまうと、
あまりにもデザイン優先で、音質も悪いなどの評判で二の足を踏んでいました。

そこへ、この後継機が登場、
サポートセンターも稼働しはじめたということで購入に至りました。
なんとか、日本製の電話と機能的に肩を並べるくらいになり、
その上高いデザイン性を備えていて私的には結構満足なんですが、
当初家族からは、やはり機能面でいろいろブーイングがありました。

それも、日常的には、ほとんどケータイがメインとなって、
やはり、固定電話は機能より高いインテリア性が優先ではないか、と
1年半たってみんながやっと自然に受け入れてくれる状況になったと言えましょう。
ただ慣れただけかなあ。

でも、娘達の友人が遊びにくると、結構、カッコいい電話だね、
っていってくれることが嬉しいみたいです。

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