普通と期待
朝、研究所への移動時間で「のだめ15巻」 ニヤニヤ、ブッと吹き出すへんなおやじしながら読了。 ラヴェルの「水の戯れ」をあらためて聴きたくなる。
コマ割だけでそう思わせてしまう凄いマンガだ!
研究所への出張から会社に戻る途中でAXISへ。
編集部に立ち寄る前にSuperNormal展を見る。
編集部でも感想を求められたが 、正直、キュレーターのジャスパーモリソンと深沢さんの 文化背景の違いの発見に気付かされたのが面白かった。
「普通」の中にひそむ本質的な魅力ってのが 、当然二人で違うのに、混在して展示してあるんで、 一気通貫の価値観が見通せなくて、ちょっと混乱しちゃうんですよ。
「ノーマルは長い間に人間によって抽出されたエッセンスが凝固したもの」という考え方は、 多分深沢さんの今まで生きた中での経験から直感で選択したんだなっていうモノに現れていて、自分もある程度共感できるんです。牛乳瓶がマルじゃなくて、四角タイプとかにちょっと違和感があったけど。
イタリア文化の中で「毎日使うものを絶え間なく進化させてきた営みの成果」として捉えるモリソンの選択したモノは、高度にデザインされてるんですよ。 決して日常のノーマルじゃない。こうあるべきということを提示している。
実はSuperNormalって普遍的でないんだな。 その人によって違うんですよ。
なんて感想を持ちました。
でも、そういうことを考えさせてくれただけでも価値がある展示会でしょう。
その直前、お仕事で驚愕の事実を知らされて急いで会社に戻る。
その打ち合わせ後、やってられないんで呑みにいきました。
結果的にはSuperNormal展以上の収穫で元気になったんだけど、
普通をデザインするということは、その期待を裏切る行為 ってコト以上に期待を裏切るってことがいかに大切かを解ってもらうことからはじめねばならないエネルギーが必要なんですね.日常は。
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