« 飛行機雲 | トップページ | デザインの未来/現在/過去 »

2008年1月29日 (火)

ネット世界13年目

Dscf9903

今日は、niftyにご入会してから、ちょうど12年になる。

今の@niftyは、当時 富士通が技術を、日商岩井が営業をサポートするという形で、「ニフティサーブ」という名前だった。
ちょうどWindows95が発売された1995年にはパソコンブームの波に乗って、
会員数を100万人の大台に乗せ、日本最大の利用者誇るパソコン通信サービスだった。
まさにパソコン通信全盛時代の1996年1月にプライベートでネットの世界に踏み込んだのだ。
その年にはニフティ会員は一気に200万人を突破した。

今のSNSのコミュみたいな「フォーラム」や仲間内で設定した「パティオ」のバーチャルでアルな情報交換の場は、今までにかつて経験できなかったコミュニケーションの手段として大きな魅力があった。
日本でインターネットの商用サービスが開始されたのは1992年だが、一般にはまだまだ普及しておらず、テキストのみが羅列されたインターフェイス、接続まで、ピ〜ヒョロロ、と言う音でやり取りする通信環境でも、すごい衝撃的な新しい世界への窓口だった。

そうはいっても、ニフティサーブへ入会するためにはイントロパックという本を買って、モデムの接続や通信プロトコロルの設定等は全て自分でやるなど、それなりに通信に関する必要最低限度の知識や仕組みを知らないと出来なかったので結構敷居が高かった。
ちょうどその頃、ニフティマネージャーという専用GUIが登場し、随分とわかりやすくはなってきていものの、誰でも気軽にという世界ではなかった。

新しい世界のワクワク感や便利さ、価値観のイノベーションが起こっていく実感を人に伝えたくても、保守的な人には「オタク」とか、特殊な「危ない」奇異な別の出来事のように写っていたようだ。職場の先輩デザイナーには、メールって、逆にコミュニケーションが阻害されてしまう、とまでいわれた。

何せ、職場で「インターフェースデザイン」の重要性を訴え、「じゃあ、あなたやってみなさい」とたった一人の専任のインターフェースデザイナーとして大海に乗り出したのもこの頃だ。
当時「デザイナーじゃないから直接関われないけど、新しいコトへの挑戦は重要だから」と
カタチだけながら新しいグループを兼務して責任者として上司になってくれた課長さん、さらに兼務で一緒に新しい世界に飛び込んでくれたプロダクトデザイナー達には今でも感謝している。そういう人たちは、今も別の場所でチャレンジャーということが象徴的だ。

最初は、アイコンやオープニング画面をしこしこつくりながら、テキストばかりの仕様書じゃ
何をしようとしているのか、何がゴールなのか、そもそもお客さんがどう使うのか 全くわからん!と会議室の壁一面に模造紙を貼って「フロー図」を書き出した。そういう可視化によってプロジェクトのメンバーの目標を共有することがデザイナーの大きな役割だ、と気付いたのもこの頃だ。

自らネットの世界を実感して,便利さと不便さと、そして未来を共有することが大きな新しい力になることを予感していたからに違いない。

今や、インターフェースデザインは、その後関わってくれたデザイナーの多大な努力の賜物で
職場でも非常に重要で大きなグループを形成するまでになったが、ここまで認知され、実績を作ってくるのに職場では10年かかっている。

パソコン通信を始めた数年後にはインターネット環境が普及し、Windows98の登場で、自宅のPCもとうとうMacからWinに乗り換えた。デザインが美しく、GUIも進化したバイオレットのノートパソコン、VAIO XR1を1999年に購入した。
そして社宅からニュータウンへの引っ越し後、2000年には地元のCATVが256KBpsながら常時接続のサービスを開始したので、それまでの電話接続だったニフティを休止してブロードバンドに切り替えた。さらには自宅に無線LAN環境まで入れて、リビングでネットサーフィン、なんていうことに発展していった。
DOSからWin95,98というGUIの変化は、通信環境の進化とともに一気にコミュニケーションの世界の敷居を低くしたんだなということ、そして、通信環境のインフラが整備されることによってインターネットの環境も劇的に進化してきたこともが振り返るとよくわかる。

2004年の今頃、セキュリティと使い勝手の良さ、そして斬新なデザインに惹かれて再びWinにお別れ、iMacへの乗り換えた。
さらに翌年の2005年2月にはNTT、KDDI、USENなど各社が競って光ファイーバーをマンションに導入し、契約合戦を繰り広げたので、解約せずに残しておいた@niftyのBフレッツに戻した。今や自宅で100Mbps(実効は12〜25M程度ですが)の通信環境で、1台のiMacを家族4人が別々にログインしながら共有している。Macはリビングで常時スリープ状態、いつでもすぐに使えるので稼働率はとても高い。家族の知識欲やコミュニケーション手段として欠かせない存在になっている。
10年前には俄に想像できなかったスタイルになっている。

仕事上、10年先を予測する情報を集めたり、考えたりすることも多いのだが、変わらない価値とスタイルとしての劇的な変化、多分想像以上のことが、この先きっとまた起こっていくのだろうと思う。

私にとっては 1980年代半ば、卒業研究で行った現場のサーベイとそのアンケートについて大学の計算機センターに通って、今ならエクセルですぐに出来てしまうようなクロス集計を
大型コンピューターのタイムシェアリングシステムを利用して分析した経験を原点に、そのころからの積み重ねが、いまのITリテラシーの大きな糧になっていることは間違いない。

人の行動を観察し、そこから得た生活の本質を表現するということを基本に、ITリテラシーと人を繋ぐことを表現することを経て、インターフェースデザイン、情報デザイン、ユーザビリティデザインとつながってきている。
そして また新しいデザインの領域へ踏み込み形成しつつある今、これは全部自分の中で自然に繋がっていることなんだな、とあらためて確認できる。

まさに今を生かされ、生きて来て、やっていることの意味を整理する機会になったと思う。

|

« 飛行機雲 | トップページ | デザインの未来/現在/過去 »

コメント

私もNiftyserveのころからのユーザーです。10数年、会員やってます。「ピーヒョロヒョロ」してましたねー、モデムで。
ComNifty, 魔法のナイフ, 茄子Rとか使ってました。(^^)

投稿: よしはし | 2008年2月 2日 (土) 01時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/166759/17846617

この記事へのトラックバック一覧です: ネット世界13年目:

« 飛行機雲 | トップページ | デザインの未来/現在/過去 »