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2008年3月 9日 (日)

MUJI考

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無印良品というブランド、世界的には「MUJI 」だが、日本では「無印良品」。
東京ミッドタウンのショップは世界向けの店舗だから日本で唯一の「MUJI」ショップだ。

私たちが、日常的に商品を見、購入する店舗は「無印良品」
四文字の漢字のインパクトに注目して、国内は「無印良品」に一本化した原研哉氏の見識も見事だ。
雑貨、家具、衣料など少なくとも私の周囲では、無印良品が全くない人は居ないと思える程、日本で暮らす、我々の生活にすっかり溶け込んでいる。

元々は 既存ブランドに対するアンティテーゼが基本コンセプトでスタートした無印良品も、いまや、ムジラーと言われる熱狂的なファンすら存在する、立派なブランドだ。
まだまだコンビニが珍しかった1980年に西友やファミマで商品を売り出し初め、1983年6月に青山に1号店をオープンしてまもなく25年、進化拡大してもコンセプトにブレが無いのもスゴイ。壮大なるチャレンジを深く考えながら「愚直」に押し進めているところも共感を呼んでいるのだと思う。少なくとも私はそうだ。

ミニマリズムを体現するかの様に機能を追求し、そこに審美性をきちんと備えたデザインは、決して無機質ではなく、強いメッセージ性も兼ね備えている。
日本の引き算の精神的文化の象徴の様でもあると思う。
詫び寂び、とまでは言わないが、畳、布、器といった非常にシンプルな表現やモノから多様性や広がりを見いだす力を兼ね備えていて、ごく自然に共感しながら使いこなしてしまうのだろう。だからMUJIではなく、漢字四文字のブランド化 にこだわる姿勢が見事だと思うのだ。
デザインというのは、本来、ワクワクするものである。
精神を豊かにするものだから。
だから、無印の商品はデザインされていないのではなく、デザインされているからこそ、それを使うことにより、日常の広がりを想像できる余地にワクワクするのではなかろうか。

無印良品のお店に行く時は、すでに無印良品というブランドを選択している。
無印良品を好んでそのお店に行く人と、他をいろいろ見て比較して、結局無難だからと消去法の末に行く人と居るのだろうと思う。
結局どちらもその機能とデザインの両立にある意味期待しているのではないか。
店舗で商品を購入する時、薬局で多くの歯ブラシのデザインから自分の好きなものを比較して買うとか、文房具店で同じ機能のボールペンの中から選ぶという状況とは全く異なる。
無印良品の店舗では、商品は自己主張していない。
だから、商品を選ぶ、という行為が基本的にはないのだ。
(最近、ちょっとカラーバリエーションのある商品が増えてきたけど)
選んでから、無印のお店に来ている。
消去法で来店した人は、実はリアルなお店にもネットショッピング上でも、あまりにも多くの商品が溢れていて、「もう、どれにしていいのか解んない!」となっちゃってるから、無印なのかもしれない。だから、無印を選択して来店する。

ここで肝心なのは、ノーデザインが付加価値になっている、というのは間違いで、個性を主張しないデザインが個性を持っている、ということだ。
「デザインしないこともデザイン」というひとつのアプローチがブランドとして確立され、世界でその価値を認められつつある、希有な成功事例だと思う。

いずれにせよ、絶対価値を築き上げるマーケティング戦略、丁寧な商品企画は、様々な気づきを与えてくれる。
無印良品の店舗は、商品やそのディスプレイ、来店している人を見ているだけで宝の山だ。

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