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2008年4月30日 (水)

今日もアオゾラ

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太郎鯉はやっぱりアオゾラが似合う。

今日の職場は一層人が少ない(ほとんどいない)。
明日はメーデーでお休みなので、連休の谷間だから。
でも、メーデーだからお休み、と理解している人は
多分、ほとんどいない。若い人たちは特に。
弊社の労働組合は組合員と日頃、コミュニケーションを取っているのかなあ。
前から、組合活動が福利厚生のクラブ活動みたいに感じていたんだけど。
と、ここで自社の労働組合のことを書いてみても意味が無いし、
私は組合員じゃないし。

私が新入社員だった頃(今とは別の会社ですが)
新入社員教育は3ヶ月にもわたり(そういう時代だった)
最初のメーデーは、ただただ研修の間のお休みで嬉しかった。
2年目は、メーデーの集会とデモに参加せよ、とのことで
事前にプラカードまで作らされた。
デザインの奴らはプラカードをつくるのがうまいなあ、
さすがだ、とかおだてられてながら。
そんなんで、メーデーに朝早くから集会に同期の連中と一緒に参加
街中をプラカードを持って行進、その後昼間っからビール飲んだりして
一体感が強まったりもしたもんだが・・・。

昔話はともかく。

去る人あれば来る人あり。

そんな連休の谷間で静かな今日が最終日になるお世話になった人と
今日が二日目の新入社員、3人でランチ。
お天気がいいので,
テラスのあるパスタのおいしいオープンカフェで陽気におしゃべり。

二人とも連休明けには新しい職場での新しい生活がスタートするのです。
期待と不安が一杯なんだと思う。
今日のアオゾラの様に,少しはいい気持ちになれたかな。
私も元気をあげたり貰ったり。

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2008年4月29日 (火)

OPEN SPACE 2008

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OPEN SPACE 2008
2008年4月19日(土)〜2009年3月8日(日)
10:00〜18:00(月曜 休館)
NTTインターコミュニケーションセンター[ICC]
東京オペラシティタワー4階
入場無料

先週、同僚が「面白かったですよ」とチラシを持って来てくれたので
職場の掲示板に貼った。
展示が一新された、ということでICCまで行ってきた。

一新はされていないし、どこぞでお目にかかって
二度目、三度目という作品もあったのですが、
大物アーティスト勢揃いで充実していると思う。

佐藤雅彦+桐山孝司 「計算の庭」
RFIDを活用して頭の体操をアミューズメントにしてしまった感じ。
純粋に楽しめます。さすがです。
写真は 娘と私の記録。はい、短時間の方が娘で、
最後に無理矢理−4を5回もくぐって辻褄を合わせているのが私です。
大人って、ダメです。

岩井俊雄 「TENORI-ON」は
携帯ゲーム機のような操作でループミュージックを創作できる
新しいインターフェースを備えたツールだ。
プロトタイプからの過程も展示されているので、
マニアはガラス越しながらへばり付いて見ている。
以前、人が操作しているのを横から眺めていたのだが、
ここではソファに座って自由に試奏できるので
娘はあっという間に使いこなして
新日曜美術館のオープニングみたいな曲を作って楽しんでいた。
いよいよ5月12日 121,000円にて発売だそうです。

三上晴子+市川創太 「gravicells[グラヴィセルズ]ー重力と抵抗」

石井陽子+中茂睦裕+小林稔
NTTサイバーソリューション研究所 「情報を降らせるインタフェース」

などなど 身体を使ったコミュニケーションというのは
まさにインタラクティブなので、実際にこの場で体験してみなければ
その面白さはわからないと思う。

一時はその存続すら危ぶまれた
ITによるアートの新たな表現方法の可能性を体験する貴重な常設展示の場だ。

1年間の展示です。
無料です。
ぜひ一度足を運んで、体験してみることをオススメします。

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休日のアオゾラ

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久々にアオゾラが眩しくて温かい日はオープンカフェでのランチが気持ちいい。
Cafe maduのB.L.T

その後、オペラシティへ。
西新宿ジャンクションをしたから見上げると
なんだか都会の空はスゴいことになっているぞ。
ゴテゴテの凸凹です。

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クワイア

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今日は、娘が出演するハンドベル連盟の関東大会だった。
青学講堂に聴きにいくのがこの数年のゴールデンウイークの恒例行事になっている。
でも、多分今年がもう最後かもしれない。

ハンドベルの音楽を聴いたことのある人、というのは
世の中にそんなに多くないのだろう。

私が初めて聴いたのは中学3年の12月だ。
中学の同級生から、そいつの彼女がオケで出演するからということでチケットをくれたので、金城学院中学、高校のヘンデル「メアイア」の演奏会を愛知文化講堂に聴きに行った。
ハレルヤコーラスで聴衆全員が起立するのにも驚いたが、アーメンコーラスの壮大なフィナーレが響き渡ったあと、そのアンコールで、場内の照明が一斉に消え、「きよしこの夜」のメロディが単音で会場に染み入るように響いた瞬間は、感動的だった。

その時の指揮者が宗教音楽の第一人者であった池宮英才氏で、金城学院の音楽を指導していたのがMIケリー氏だったのである。そんなスゴい人たちだったとは、その当時,知る由もない。
その1年後、私は男声合唱の一員としてその舞台に乗っていた。

ちなみに私の通っていた高校は、浄土宗の坊さんを養成するための学校が起源である男子校だった。そんな仏教系の学校が、プロテスタントの女子校のメサイアの演奏会に賛助していたのだから、音楽の力というか、当時の校長、音楽の先生の抱擁力の大きさは今考えてみるともの凄いことだったのじゃないかと思う。

あれから30年。
娘が中学生になって、クラブ活動はオケに入ってバイオリンを始めようとしたが人気が高くて抽選で落選。次に選んだのがハンドベルだった。30年前のハンドベルしか知らなかった私には(それでも知っているだけかなり珍しい方だと思うが)、娘達の演奏を文化祭で聴き、また初めて関東大会、全国大会で他団体の演奏を聴いたとき、その曲の広がり、奏法の幅広さなど、その発展ぶりに目を見張った。そして、あの30年前に聴いたハンドベルがまさに日本の黎明期だったことも連盟の活動から最近知った。ハンドベル連盟が結成されたのが、1976年、初代の理事長が池宮氏であったとは・・。当時日本で活動していたクワイヤ(演奏グループ)はわずかに7グループだったという。その1つを目の前で聴いていたのだ。それが今や600グループ。そのうちの1つに我が娘が参加しているというのも何か奇遇だ。

今日も、いくつかの演奏を聴いたが、指揮者無し、自分たちだけで音楽を作り上げ実に楽しそう、かつ緻密なアンサンブルを奏でる女子学校、熱血な指導者に引っ張られるように情熱的な音楽を奏でる共学校などなど、室内楽から大編成のオーケストラまでを聴いているような、個性豊かな選曲とハンドベルの様々な奏法を駆使して披露してくれるる機会は貴重だった。

朝9時30分から夜8時まで、1日で55団体の演奏を運営する事務局も大変だ。
しかし、運営サイドのミスでたまたま娘達の学校は、
人数も音の数も多かったためか必要なベルが用意されておらず、
演奏を始める前にベル探しに多くの時間を費やすことになってしまった。
進行時間を守ることも運営側にとっては大事なことだが、
演奏者側にとっては多くの時間を費やして練習をし
それぞれにわずか10分間の演奏でその成果を十分に発揮するには
ひとつのベル(音)たりとも疎かにできない大切なことだ。

ま、そういう事故も運営側、演奏者側双方の教訓になって
今後よい方向に進んでいくことを期待しましょう。

一人では音楽が成立しない楽器、
ということは、責任感、集中力、協調性がなくては音楽が奏でられない楽器なのだと思う。

独特の世界観があるので、なかなか一般的には馴染みにくいのかもしれないが、
このような音楽の世界があることを体験し,楽しむことができるのは幸せだ。

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2008年4月28日 (月)

新人配属

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連休の谷間。幾分,通勤電車も空いているようだ。
新人君が配属されて来た。
申し訳ない程、職場は人がいなくて静かだ。
休暇が少ないか、ほんとに忙しくて集中して仕事がしたい人か
私の様に要領の悪い人しかいないんでよ。
でも、その初々しさが、ちょっとウキウキさせてくれるのでした。
周りは しっかりしないとね。

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2008年4月27日 (日)

限定品

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2008年4月26日 (土)

マロニエ

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街路樹のマロニエがピンクの花を咲かせ始めた。
この花を見ると ああ,ゴールデンウイークだなあ,と思うのです。

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2008年4月25日 (金)

GW

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週末なのに人影が少ないなあ、なんて思いながら渋谷に向って歩く。
全然少なくありませんでした。
渋谷周辺のどの飲み屋の前も1次会を終えてたむろする集団、満席で待つ人々でごった返していた。
すでにゴールデンウイークに突入して、13連休なんていう猛者も職場にいます。
このところ、朝早くから夜遅くまで頑張っている人には、ゆっくり充電してください、
と労いたくなる。出来る人、充実している人というのは大抵メリハリの付け方、切り替えも上手いのである。ご褒美や愛すべき人との大事な時間をきちんと確保できる人が高いモチベーションを保てるのでしょう。
権利の主張の方が強めだったりする人には、ま、やることだけはちゃんとやってね、周りに迷惑をかけないでね,と願うばかり。自覚できないのか,自覚することから逃避してしまう人は、大事なことを見失っていることにどこかで結局気がついてしまうと思うのだ。
結局、自分自身を知り、コントロールできるようになる、ということが、充実した時間や人と楽しい時間を過ごすコツなのでしょう。

立場上、コンプライアンスだのリスクマネージメントだの
ルールを守ることではなくて、なぜそれが大事なのかを考えて行動することが、
隣の人という小さな単位から、地球規模に至る大きな単位までの「社会に応える」という
結局、本来すべきこと、やりたいことを実現するための最短コースになるんだよ
という話をするのですが。
できるだけ,わかりやすく話をしているつもりが、実は取締のためのルールと理解して、自分のご都合優先でそこからどうやって免れるか、なんていう行動をいつまでもしている人に、さて、どうやったら気がついてくれるのかなあ、なんて考えながら歩いているのでした。

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2008年4月24日 (木)

ベルマーク

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今日は終日ワークショップで、朝買った生茶のペットボトルを机の上に置いていた。
ふと、ベルマークが付いていること、そしてそのデザインに気付いて驚いた。
長い歴史を誇るベルマーク運動の中で、こんなに「ユーザーの集めてみたい」を意識してデザインされたベルマークは初めてではないだろうか。なんと6種類のバリエーションがある。

ベルマーク、子供の頃,通っていた学校が集めていた、という経験がある方も多いだろう。
子供達の通っていた小学校も集めていた。
私も子供達も熱心に集めていた訳ではない。
が、子供達の写真を撮るために使用していたフィルムのパッケージに付いていたベルマークをは必ず切り抜いていた。
が、その富士フイルムは2003年に脱退した。
その後、2004年にエプソン 2005年にキヤノンがインクジェットのカートリッジを回収する仕組みを構築して参加、写真が銀塩からデジタルのインクジェットに流れが変わったことや環境を意識しているなど、時代を象徴する出来事と捉えていた。
またネピアやカルピス、サクマドロップ、リカちゃんのタカラトミー、ライオンといった、ベルマークに馴染みの深いメーカーが次々と脱退。
一方でそれに変わるメーカーとして、三ツ矢サイダーや烏龍茶でアサヒ飲料が協賛しているのにも関わらず、キリンビバレッジが生茶やキリンレモンで参加したりと一業種一社という枠も無くしてしまったようだ。とうとうメーカーではなく、ファミリーマートという流通が協賛するという事態になっているらしい。

経済環境の厳しさの中で脱退する企業と、新たな価値や社会貢献の場として参加する企業、
時代の流れや考え方を小さなベルマークにも見ることが出来る。

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2008年4月23日 (水)

宝くじ

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宝くじを買ってしまった。
何年ぶりだろう。
サマージャンボとか、年末ジャンボとか
テレビのニュースやCMで流れたり、電車の中吊りで目にして、
じゃあ買ってみようか、なんてことはあった。
みんなで少しずつお金を供出して、大量に買い込んで なんて時代もあった。

もちろん、当たったためんしなどなく、すっかりご無沙汰である。

が、たまたま地元のCATVのブログで
地元の地下鉄開通記念の絵柄の地方自治宝くじが売り出されているという記事を発見。
まあ、はずれても記念になるし、100円だし、ということで購入。
たった1週間しか発売しないし、発売終了後 わずか二日後に抽選するんだ。
でもね、500万枚売り出して、1等は1000万円で4本・・・。
125万分の1って、やはり気が遠くなるね。
こういうの,初めて買いました。

この絵柄、写真じゃなくて、イラスト,というところがポイント。
宝くじらしさ、とか、偽造し難い、とかノウハウがありそうだ。
今回は水気隆義さんというイラストレーターの作品だそうです。

明日 抽選なので、ちょっとだけ、ワクワク、ドキドキ。
あ〜、こういうところに書いちゃったから、もう当たんないだろうなあ。

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2008年4月21日 (月)

鉄の音のデザイン

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所用で久々に井の頭線に乗った。
朝は通勤客で混雑する上りとは逆方向で、渋谷から明大前までだったが、
ホームに人が溢れているからか、
遅延のため電車が数珠つなぎで 開かずの踏み切りを渡る人がいるのか、
やたらと警笛を鳴らしていた。

昼、渋谷方向に乗った急行が 明大前駅に入ってきた時も警笛が鳴った。
その音は、朝の警笛と違って、どこかで聞き覚えのある独特の音だった。
そうそう、横浜市営地下鉄の警笛だ。

横浜市営地下鉄ブルーラインは以前ホーム進入時に必ずクラクションを鳴らしていた。
ボィャァッ というような、言葉ではなかなか言い表せない音だ。
他の電車の「パァ〜ン」とか「ビ〜〜」とかいう警笛とは明らかに違う。
前から気になっていた。

調べてみると、なんと港町にちなんで船の汽笛をモチーフに開発したらしい。
そしてそれはA♭、C E♭の3音で構成された A♭のコード〔和音)だそうだ。
横浜市営地下鉄では今年に入って聞かないなあ、
と感じていたら、ワンマン運転になってから鳴らさなくなったらしい。

なんと、京王井の頭線の新型車両の1000系
(渋谷駅でオレンジ色のランプで乗車位置が示されるタイプ)が
同じタイプの電子警笛を採用していたのだ。
井の頭線に汽笛ではちょっと違和感があるが、
威嚇的なクラクションではなく
ちょっとアナログ的な和み感溢れる警笛は、
小型車両が街並みの軒をすれすれに走るスローな姿に
あっているような気もする。

そういえば 先週、
品川に出るのに大江戸線から京急線に乗り換えるため
大門のホームにいた時、反対側の電車が動きだすととともに、
京急のモーター音から音階が聞こえた。
噂には聞いていたが、実際に耳にしたのは初めてで、驚いた。

ミファソラシドレミ〜〜〜キュ〜〜〜ン という感じ。 
ドイツのシーメンス社VVVFインバータ装置で、
ドレミファインバーター」と呼ぶんだそうだ。
実際の音階は 「(レ)ミー、ファソラシドレミファソーーーー」らしい。
開発当初はほぼ無音だったのが、
京急が「無音では安全性に問題がある」として
意図的に音を付けたと言われるているらしい。

電動モーターの自動車にセルモータの始動音や
アイドリング音をわざわざ付加しているのと同じ考え方だが、ちょっと極端だ。

音楽ついでに
先日楽器店で楽譜を眺めていたら、妻が「ねえねえ、面白いよ」と見つけてきたのが
鉄のバイエル」という楽譜集。
JR東日本の山手線、中央線、東海道線といった
駅の発車メロディー101曲を採譜した楽譜集だった。
全ての曲を一曲一曲耳で聴きながら一音一音譜面に書き起こし、
ピアノ1台で忠実に再現することを重視しているのだそうだ。

どれもこれも、こだわりがあって作り手はマニアックだが、
実はお客さんに少しでも心地よく、楽しく という旺盛なサービス精神を
きっちり現実的に技術に落とし込んで提供しているところがスゴい。

いや〜〜、鉄道の音のデザインも奥が深いです

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2008年4月20日 (日)

常緑樹の新緑

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2008年4月19日 (土)

試供品

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2008年4月18日 (金)

銀塩写真の小さな試み

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どこにも案内が載っていない、小さな写真展をやっている。
東京のど真ん中、東京ミッドタウンのFUJIFILM SQUREの2階、
いつもお知らせなどが掲示してある ホワイエと呼ばれるところに
モノクロの写真が12点ほど シンプルに展示してある。
誰も気づかないかもしれない。

愛知県立芸術大学銀塩写真研究展
「闇とノイズに直感する」

2008年4月18日(金)〜4月24日(木)
11:00〜20:00(最終日は14:00まで)
富士フィルムフォトサロン/東京
フジフイルムスクエア 2F ホワイエ
入場無料

以前 業界団体のデザイン部門の集まりに参加していたとき
時々新しい取り組み、教育の現場を実感するために首都圏や地方の美大系デザイン系の大学を訪問していた。
学科長さんらに構内を案内していただくと、たいてい写場や暗室があったりした。
が、時代の流れで、取り壊す、いや必要だから残しておくべきだ、
と学内で議論されているという話も何度も聞いた。
Photoshopというソフトで画像を思うがままに加工できる今だからこそ
光と影をリアルにコントロールして表現する化学反応であること、
露出と時間の関係を覆い焼きなどを通して体験的に理解するには、
やはり暗室は必要だ、という意見は必ず年配の先生から熱心に語られる。

先月末で退職されたボスが、愛知県芸の学長さんからの同様の話を受け
引き受けたのが「銀塩写真研究」である。
学生が 富士フイルムの研修専門の会社で実施している新入社員向けの「実習を通じて学ぶ銀塩写真の基礎」を受講、写真とは何か、何故写るのか、という座学と実際に乳剤を仕込み、自分で塗布して写真フィルムを作る実習を体験した。
自作のフィルムで写真を撮り、自ら現像し、印画紙に定着させ、パネルにした写真の展覧会なのである。

だから、写真だけ見ても、なんだか眠い、ボヤッっとしていて
一見、どこかの高校の写真部の作品と何ら変わらないかもしれない。
実は、非常に思いのこもった限られたコマ数のフィルムで
何を撮って表現するのか、光と影について学生達はものすごく考えたに違いない。

実は、私もそういうプロジェクトをやっていることを知ってはいても
経緯や学生達の表情、思いは全くわからないままだった。

たまたま 通りかかって、今日からその作品が展示してあるのを知り
結果としての写真を見ただけなのだ。
午後から研究所に向かうためゆっくりとその前に佇むことはなかったが、
その後に乗った新幹線のなかで、学生達はどんな気持ちでこの研究に臨み
どういう意志をこめて作品を作ったのか、思いを馳せた。

この貴重な機会、価値を本当に理解できるのは、もっと後になってからなんだろう
が、今の気持ちを学生達に会って聴いてみたいと思った。

小さな試み、でもとても大切な直感を育んだ体験だったに違いない。

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1の林

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第9回デザインハブ企画展「1 ー Design For The next ー 」
3月29日(土)〜5月11日(日)
11:00〜19:00
東京ミッドタウン・デザインハブ(ミッドタウン・タワー5F)
入場無料

ミッドタウンに開設されたデザインの情報発信の場、もう1周年なんですね。
デザイン業界の第一線で活躍する蒼々たるメンバー、ユニット30組のクリエイターが、数字の「1」と、1周年にふさわしいものをテーマに表現している。新しい価値観の世界ヘアプローチする30通りの初めての「第一歩」から、次への一歩を考える機会となるかも。

会場に入ってちょっと「え!」と思わせる立体の「1」の林。
かくれんぼのようにしながら裏に回って覗いてみる作品群。
入り口側から見ていると、竹のフローリングと白い「1」の林に
来場者が見え隠れする様子も面白い。
そ、しっかり来場者も風景に取り込んでしまう展示構成もいい。

この会場に地味な色の服は似合わないので、派手目のカラーでどうぞ。。

 

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2008年4月17日 (木)

床のサイン

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花火モードで露出時間をちょっと長めにするとこんな写真が撮れます。

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2008年4月15日 (火)

TDR 25周年

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今日は 東京ディズニーランド開園25周年の記念日だ。
今日から来年の4月14日まで5つのステージごと1年間にわたり、東京ディズニーリゾート全体で様々なイベントが繰り広げられるという。1stステージは、TDLで新しいパレードの登場、2ndステージは東京ディズニーホテルのオープン、3rdステージは シルクドソレイユ劇場のオープン、4thはクリスマス、5thはフィナーレ、となっている。
テーマは「夢よ、ひらけ。」
すでにいろいろな観点から様々なメディアで取り上げられているし、これからもかなり露出されるだろうから、ここで詳しく取り上げるまでもない。
先日、2007年度1年間の入場者が、東京ディズニーランド、東京ディズニーシー
2 パーク合計で25,424,000人、東京ディズニーランド開園(1983 年4 月)以来の累計入園者数が、2 パーク合計で436,439,000人と発表されていた。
はい、25年で4億3600万人です。
減少していると言われる入園者数も、入園料の値上げをものともせず着実に増えている。
そうそう、60歳以上ゲストを対象とした「シニア向け年間パスポート」が3月1日(日)から発売されている。東京ディズニーランド、東京ディズニーシーそれぞれで1年間有効なパスポートは35,000円、「2パーク年間パスポート」は55,000円だ。
オープンした頃の団塊の世代は35歳の働き盛りで、ちょうど子供達を連れて行った「夢と魔法の国」は家族の思い出の一杯詰まった場所であるはずだ。その世代が子育てを終え、夫婦二人に戻った今、再びその思い出とともに新しい楽しみ方を、または孫と御一緒に ということなのだろうか。

私が初めてTDLに行ったは、社会人1年目の夏だった。そう1983年の8月だ。
入園券は2,500円、ビッグ10というチケットが3,700円だった。
私が小学生の頃、日曜日の夕方「ディズニーランド」という番組を見るのがとても楽しみだった。ウオルトディズニー自らが出演し語りかけ、アニメーションでシンデレラ城の花火が夜空に広がり、ティンカーベルが妖精の粉を振りかけた国のおとぎ話がはじまる、というオープニングだった。途中からカラー放送に移行し、我が家にはまだカラーテレビが無かったので祖父の家に見に行き、そこでの色彩の美しさに息をのんだことをはっきりと覚えている。
初めての東京ディズニーランドは、子供の頃見たその世界がリアルに広がる、まさに「夢と魔法の世界」であった。
その後、シンデレラ城ミステリーツアー(1986年)ビッグサンダーマウンテン(1987年)スターツアーズ(1989年)と、新しいアトラクションは必ず体験しているので、多分年1回は来ていると思う。そういえば、日本の縄文時代から現代未来までの歴史を紹介するいつもガラガラで、疲れた時にすぐ入れて休憩できるアトラクション(ミート・ザ・ワールド)があったが、いつの間にか閉鎖、今度はモンスターズインクのアトラクションとして生まれ変わるらしい。
途中で転職し、その会社がスポンサーであったことや、テーマパーク向けに新しいフォトビジネスを提案するなんていうプロジェクトもあって、仕事で来たりしたことも懐かしい。

2001年に入園券、アトラクション券という制度が無くなり全てパスポートになったが、その前年にファストパスなるシステムが導入された。ちょうどプーさんのハニーハントが出来たばかりの頃で、11月に家族とともに開園と同時に走って並んだ前の人が偶然に会社の知人で、それから1時間半、ずっとこのシステムの仕組みと導入の経緯と効果を語り合っていたことがある。要は、オリエンタルランドとしては、ゲストが並んでいる間は全くお金が落ちないので、いかにゲストの流動性を高め、ショッピングや飲食で消費してもらうかの工夫だろうという結論で、ゲストも楽しめランドも儲かるというWinWinの関係なのだから、スゴイなあとということになった。便利、だけではなく、システム開発のインアウトまで考えてみると奥が深いのです。

都市伝説も数限りなくあるようだが、どこの遊園地にでも必ずあるのは、「ここにカップルで行くと別れる」という類いだ。そもそも一般的に別れてしまう確率の方が高いのだから説得力はないのだが、どのアトラクションも待ち時間が長いので、どれにどう並ぶのか、合理性や判断が優柔不断だとそれが原因で喧嘩したり、並んでいる間の会話が続かないというのが、特にTDLではその根拠のような気もする。TDRでは、男性が女性化する、女性化した男性が一番楽しめる、男性も女性化してこそ楽しめる、という分析があるが、結構納得感あると思う。

家族が増えて、子供達が成長して訪れる度に楽しみ方も変わり、新しい発見がある。
今年からは とうとう次女も友人達とTDL に出かけるようになった。
シニアパスポートにはまだ遠いが、そろそろ夫婦でゆっくり食事やお酒を楽しむTDR、
という世代に入って来たようだ。
25周年という歴史とともにマーケティングもきっちりと成長、発展し
ライフステージをステップアップして多様化していくゲストの楽しみ方にも
しっかり対応することで、入場者をしっかり増加させているのだろう。


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2008年4月14日 (月)

ハニージャー

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いつのまにか、朝の食卓に登場するようになったハチミツ入れ。
ハニージャー、というそうだ。

ハニーサーバー、ハニーディスペンサー、いろいろ呼び方もあるらしい。

軽度の花粉症には純粋ハチミツが即効性があり、
毎日食べれば体質改善になって花粉症もつらくなくなるとか、
で 来年に備えて今年から摂取 というで妻が入手してきた。

子供の頃、不二家レストランでホットケーキを頼むと
こういう容器に入ったハチミツが出て来て、たっぷりかけていたよ様子を思い出した。

そういえば、このようなジャー、見ませんねえ。

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2008年4月13日 (日)

AMラジオとカセットテープ

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久々にカセットテープを買う。
次女が AMラジオの「NHK基礎英語1」を録音するため。
懐かしい。 
NHKの英語講座と言えばマーシャクラッカワー先生を思い出すのは私の世代か。

そもそもマンションの室内で中でAMラジオを受信することが難しい。
長女のミニコンポでタイマー録音するのだが、AMが受信できない。
まずは、ホームセンターに行って、10cm5円のケーブルを3m購入し、
付属のループアンテナを延長して、窓際に設置する。
受信成功。

中学生の頃、ベリーカードを集めていた時の知識が突然役に立つ。
実家は木造家屋だったので、どこでも受信できたけど。

ちなみに今 カセットテープを日本国内で製造しているのはTDKのみ(組み立てはタイだそうです)。
ただし、そのTDKも記録メディア販売部門とそのTDKブランドはイメーションに売却したので、売っているのはアメリカの会社の日本法人ということになる。ということは純国産はソニーくらい?
TDKのロゴマークは物心ついた時からそのままだ。1965年に亀倉雄策がデザインしたもの。

カセットそのもののデザインもコストの極限まで落とし込んだからか
無駄をそぎ落としものすごくシンプルで潔くなって来たので
逆に昔のシンプルなロゴが新鮮で映えるという皮肉な状態。
購買者も私の世代以上なのでしょう。だから信頼のブランドなのかな。

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2008年4月12日 (土)

地域のお店

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2年前にオープンしてこのブログでも紹介した理髪店 barbieria GARAGE.
元バイク雑誌の編集者という経歴を生かしたこだわりの雰囲気と、地元密着の楽しいトークは男の隠れ家的な存在だ。
地下鉄の駅が出来て、人通りが明らかに増えたはず。
お店の目の前にある歩行者専用のループ橋からも目立つように、新しい看板が取り付いていた。
イタリア好きらしく、ハサミをアレンジした真っ赤なサインはちょっと粋だ。
これもデザイナーである義理のお兄さんのデザインとのこと。

駅がオープンしてまだ2週間。特別お客さんは増えてないという。
先週末は土日とも朝オープンしてから引っ切りなしの予約来店で23時まで働き詰めだったとのこと。それは、月、火、水と地元はじめ多くの学校の入学式があったから。最近は平日でもお父さんの参加率は高い。先日、7日に私も次女の中学校の入学式に参列したが、確かに8割くらいが夫婦で参加しているのに驚いた。
飲食店ではないので、通りがかりにちょっと入ってみよう、というお客さんは少ないから、あ,こんなところに、こんなお店があったのね、という記憶にとどめている段階なのだろう。
そういう意味では、新しい看板のタイミングはグッド。

しかし、地下鉄の駅のオープンを待たずして、近所のチーズ専門店とスープカレー屋さんは閉店、撤退。
住宅街とあって、なかなか新しいコンセプトでユニークであっても集客は難しいのであろう。またこれからの発展や通行人の増加を見込んで不動産屋さんは賃貸料値上げを要求しているのかもしれない。
新たに進出してくるテナントは 医療系と塾系、そして美容院。いずれも単価が高く、リピーターを囲い込めばやっていける職種なのか。そうそう、店主も言っていました。お店の売りは、技術50%、トーク50%ですよと。謙遜もあろうが、確かに地域でこの競争を勝ち抜いていくのに共通して言えるのは、顧客を満足させるその人に合わせた個人の技術とトークなのかもしれない。


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2008年4月11日 (金)

時間

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4月5日に、満開だった桜もすっかり葉桜になっている。
あんなに賑やかだった公園も、雨上がりの早朝は、静かな佇まいだ。
雨と著しい寒暖の差を経て、緑の息吹が目覚ましい。

今週は火曜日に早出しようとしたが、腹痛で結局遅刻。
水曜以降も毎日早出をし、娘達と先を争うように家を出る。
7時前、新しい地下鉄の駅まで上の公園を横切ろうとしたが、
前日の雨で地面はぬかるんでいたので、横の歩行者専用道を歩く。
早朝の公園は、犬を散歩させる人、同じように駅を目指すサラーリマン、学生などがちらほら歩いているのだが、この広さでは小さな存在だ。
その静けさの中、木々の上、里山の奥から
何種類もの鳥のラブバードが賑やかに聴こえてくる。
小鳥達のさえずりが、この場、この時間では主役で、
これから始まる一日を過ごす場に急ぐ人間は点だ。
こういう対比って面白いなあ、なんて考えながら
空に響く心地よいリズムに元気づけられるようでもある。

8時前、誰もいないオフィスに着いてから、しばしパソコンに向かう。
そして、今日、今年度が新たに始まるセレモニーで職場の一体感が高まる。
午後、ある打ち合わせでは、初めて会う一人のデザイナーと話が弾む。
おしまいの頃にはそう、デザイン業界は狭い、を実感する人の繋がり。
お互いにこれから言いたいことを言いあえる関係にしていくことが大事、
そのきっかけを作ることが出来た。

こういう方向で考えているんですが、どうですか、という質問や
全く知らなかったことを説明されて、それを次のステップに展開するとき、
頭の中にあることを瞬間的に表現しなくてはいけない。
そういうことを繰り返すことで、スピード感を自分の身体に取り込んでいく。
実はここ数年、意識してその訓練を積み重ねて来たんだなあ、と思う。
間違いを恐れて発言をしない、はダメで、
発言することで相手の反応を見たり、指摘を受けることの方が得ることが多い。
そうやってコミュニケーションが生まれることが、先に進む確度が上がったり
新しい気づきがあったりして、結局 時間的には効率的であり
理解を深めあうことになる。

今日も、コンセプトは端的だと思うし、
それを具体化するためのイメージは共感できるが具体性がまだない。
表したい言葉を探すためにどこまで深く「考えた」のかと思う。
今の状態、他の状態、したいことを
「情報化して整理する」「構造化して意味づけを行う」としないと、
感じたことをイメージで表現したところで、
デザイナーじゃない人たちに雰囲気だけで、そのままでは説得できませんよ
という話をする。
あ、説得じゃなくて、受け手は、提案を納得したいのであって、
そのためにはちゃんと考えたうえで、
予想を裏切るか、期待を超える表現が重要ですよ、ということです。
目指しているのは、多くの意見を取り入れ、誰にでもという表現では決してないはず。
尖った表現を求めているのでもないが、
あくまでもアイデンティティが最も重要なはずなのだから、
結果的尖っていてもいいから、なるほど「よく考えた」と
受け手が言えるくらいでないと。
「当たり前」のことを「当たり前」にやるのは当然、
「時間がありませんでした」なんて類いの「言い訳」はプロではありません。

新たに始まったプロジェクトでは、最初の準備が大事です。
結構 いい準備ができるのではないかなと。

そして新年度のスタートとして、いろいろな仕込みが大切な時期だ。

と自分に言い聞かせる。


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2008年4月 9日 (水)

春の嵐の跡

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2008年4月 8日 (火)

春の嵐

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夜の間ずっと激しい雨がふり続き、朝起きたら春の嵐。
こういう時に限って、何をやっても運がないのです。
朝からつぎからつぎへと延々と夜までいろいろとあったわけです。
こういう日もあります。
そういう日だと諦めれば意外に穏やかに過ごせます。
そう、ポストの郵便物を入れるのに、外のポストではずぶ濡れになってしまうと
ビル内の郵便局にちょっとした時間に寄って帰る時のエスカレーター。
振り返れば こういう面白い風景にカメラのシャッター押す余裕もあったのです。
今日は 18回目の結婚記念日でもありました。
18年前の今日も午前中までは春の嵐が吹き荒れていました。
午後は晴れましたけどね。

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2008年4月 7日 (月)

ハナミズキ

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街路樹のハナミズキの花が咲き始めたように見える。
毎年、桜が散り始めるとハナミズキが緑を帯び始め、ゴールデンウイークの前後に花が満開になる。実は、ハナミズキの花は、真ん中の緑色の部分でこれが順番に小さく開花する。花びらのように見えるのは総苞という。苞というのは、花の基部にあって葉が変形したもので、それが集まった状態を総苞と呼ぶのだそうだ。

今や都会では街路樹などで当たり前のように見る事が出来るハナミズキだが、実はその歴史はそれほど古くない。
この時期になると必ずテレビなどで放映されるワシントンはポトマック河畔の桜並木 それが日本の東京市長から1912年に3000本送られたことは有名だ。その返礼として1915年(大正4年)に40本の白花のハナミズキが、1917年(大正6年)に紅花のハナミズキが13本とアメリカから送られたそうだ。だから花言葉は、「返礼、私の想いを受けて下さい」だという。そのうちの1本が新宿御苑にあり、NHKのハイビジョンで中継していた。樹齢100年近いハナミズキは随分と横に広がった樹形をしていた。今、街路樹でみるハナミズキは随分とすらりとスマートな印象だ。調べてみると、街路樹に適するよう、樹姿、栽培管理の容易さ、雪による枝折れの起こり難さ、花の観賞性、病害抵抗を品種改良したの特許 も出ていた。

東京では港区の花、横浜では港北区の花だそうだ。

もうひとつ、ハナミズキで日本人にあまり馴染がないが、欧米では有名な言い伝えがある。
キリストがゴルゴタの丘で処刑されたときの十字架の木が花水木(ドッグウッド)だったという。ドッグウッドは森の中で大きく、とても堅く強かったので、十字架用として選ばれた。罪の意識にさいなまれている ドッグウッドを哀れんで、イエスは、今後十字架に使われることがないように、太い木に育たないようにしたという。 それから、木は大きくならず、見る人がいつまでも覚えているように、花びらのように見える総苞は長いふたつと短いふたつが十字架の形にも見え、縁がちょっとへこんでいるのは釘の跡のようでもり、茶色と赤に染まっているところは錆と血痕のようであるというのだ。さらに花の中心はいばらの冠を思わせるカタチにしたという。

むむ〜〜、普段目にしている街路樹ひとつにしても いろいろアルです。

日本の桜を愛し、ワシントンに桜を送るための活動に尽力した女性のお墓がある横浜の外人墓地。その近くで今日、階段に積もった桜の花びらを踏みしめて臨んだ次女の入学式で、迷える子羊を抱いたイエスのステンドグラスの前で生徒達の美しい賛美歌を聴いて素直に感動した。帰り道、自宅近くの街路樹のハナミズキを見て、この事を思い出したのでした。

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2008年4月 6日 (日)

ドラマの音楽

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今年に入って始まったテレビドラマの第1クールが終了して、テレビは番組改変シーズンに突入、次に始まるドラマなどの番組宣伝のための特番オンパレードだ。
昨シーズン、1月にいろいろ第1回分を録画して、週末にまとめて見続けていたが、結局最終回まで見続けたのは、「鹿男あおによし」と「薔薇のない花屋」、そして今も毎週楽しみにしているのが大河ドラマ「篤姫」だ。視聴率の高かった「薔薇のない花屋」と「篤姫」に共通していえるのが、ひとつひとつの言葉のやり取りの面白さを際立つ脚本の見事さとともに、凝ったアングルと緻密な編集で見せる細かいカット割りの映像、そして音楽だ。いずれの音楽も担当しているのは「吉俣 良」という作曲家だ。音楽大学出身ではない異色の存在だ。
キムタク主演の「眠れる森」とか「プライド」なんかもこの人の音楽だったので、結構ドラマを通じて今までも聴いていることになる。テーマ音楽が一番印象に残るのはもちろんだが、この人の場合、劇伴音楽が得意な様で、異様に場面を盛り上げる印象がある。篤姫では、火曜サスペンスドラマを見ているような錯覚に陥る程,音楽があおる高揚感、感情表現や、目の覚めるような美しいメロディラインの劇伴音楽が非常に印象的だ。オーケストレーション、音色の新鮮さというよりメロディが印象に残るのだろうか。多分、演奏する側としては面白い編曲ではないと思うのだが、聞く側に心地よさが残るツボを押さえているのだろう。

視聴率は決して高くはなかったのもの、視聴者の満足度が高かった新聞記事にあったのが「鹿男あおによし」だ。途中から見ても展開が理解できないファンタジー小説が原作だったので、最初からはまってしまった視聴者は奇想天外な謎解きの面白さを楽しむ事が出来たのだろう。私も最終回の結末がどうしても知りたくて、録画を見るのが待ちきれず、仕事帰りに最終のこだまを待ちながら小田原駅の寒いホームでついワンセグで見てしまったほどだ。
このドラマも音楽の効果は聴き逃せなかった作品だったと思う。
音楽の担当は「佐橋俊彦」氏。こちらは芸大作曲科出身で小林秀雄や黛敏郎に学んだという正統派だ。少年の頃にサンダーバードやウルトラセブンの劇伴音楽に感動したというから、世代的にも感覚的にも共鳴できるものがあるのかもしれない。東京ディズニーランドのスターライトファンタジーを作曲したのもこの方らしい。妻が毎日楽しみに見ていた「ちりとてちん」の音楽も担当していたので、耳に馴染んでいいたようだ。
テンポ感といい、オーケストレーションといい、なかなか、いい音楽だとおもいましたよ。特にエンディングの曲。

かように、ドラマといえども音楽は場面の表情を一層豊かにする訳です。

最近、とみに涙腺が緩くなってきた私は、「薔薇のない花屋」で雫ちゃんの台詞と演技に香取君の父親の気持ちになって涙し、「篤姫」では毎回、長塚京三の言動に笑い泣き状態である。
すっかり はめられています。

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2008年4月 5日 (土)

桜、いろいろ

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ソメイヨシノはもう散りかけています。せせらぎは花びらで染まっています。

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山桜はこあともう少しです。堂々とした姿に、皆が頼りにして集まります。

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しだれ桜は今が盛りで華やかです。

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伊勢佐木町

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ちょっと用があって、イセザキモールへ。

ここ横浜の伊勢佐木町は、戦前、商店、百貨店、劇場映画が立ち並び、銀座に匹敵する程の二本で有数の繁華街だったという。今は見る影も無い程、地方の一商店街だ。横浜大空襲の戦渦で焼け野原となる中、戦災を免れた建築物は、米軍に昭和30年頃まで接収されていたため復興が遅れたのだそうだ。

訪れるたびに歴史的建築物の健在ぶりを確かめ、温故知新に浸る。

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不二家と言えば,GINZA FUJIYAのロゴから、銀座が本店とイメージをするが(現在の本社所在地は銀座ですが)、実は横浜の元町が発祥の地だ。その2号店として伊勢佐木町に開店した。
ちなみに元町の1号店は関東大震災で焼失、その後再開はせず、そこにはなんと今でも昔懐かしい味とスタイルのケーキで有名な「喜久家洋菓子舗 」がオープンして現在に至っている。

イセザキモールの不二家は、白くてなんてことのない古びた普通のビルにあって、何気なく前を通り過ぎてしまうだろう。
実はこのビル、昭和13年(1938年)に竣工した築70年の由緒ある建物なのだ。
フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテル建設の際に来日したチェコ出身の建築家アントニン・レーモンドによって建てられたものである。その後日本に留まり、日本の建築にも大きな影響を与えた。
白い壁、ガラスブロックと大きな窓で垂直と水平を強調したそのモダニズムは新鮮で、戦前のインターナショナルスタイルの代表例を今に伝えている。

アントニン・レーモンドの建築物は、 横浜市内にエリスマン邸(1926年/元町公園内に移築)、フェリス女学院10号館(1927年)などがある。そうそう、音楽関係者ならよく知っている群馬交響楽団の本拠地、群馬音楽センター(1958年)もそうで、今年になって立て替え解体への異論がでて議論になっているようだ。

正式な建物の名称は「 不二家センタービル (不二家横浜センター店)」施工は 戸田組(現在の戸田建設)。戸田組はその後、横浜市庁舎も手がけている。ちなみに、私の自宅のあるマンションも戸田建設の設計、建築なので、ちょっと親近感を感じている。

昨年1月にシュークリーム、プリンの賞味期限切れ品の表示を偽装して販売していた事が発覚、いわゆる一連の「食品偽装問題」の発端となり、その後 洋菓子の販売中止、店舗の営業中止に追い込まれた。ここ伊勢佐木町の店舗も営業休止をしていたのだと思う。確か、以前来た時は、「不二家レストラン」だった。今はPEKO'S KITCHEN横浜センター店 としてリニューアルされていた。そうそう、私が幼稚園、小学生だった頃、名古屋駅前の毎日ビル地下にあった不二家レストランに祖母に連れて行ってもらって、よく二段重ねのホットケーキを食べさせてもらった。幼い頃の思い出の味だ。

ここ伊勢佐木町の不二家も、親子何代かにわたる懐かしい思い出を刻んだ、まさに横間の歴史そのものなのでしょう。

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そして、その不二家の斜め前にそびえたつのが紅白歌合戦の「ゆず」のライブ中継の場所にもなった横浜松坂屋本館。

ここは先の 不二家センタービルよりさらに古い。1921年というから大正10年の竣工だ。現在のファサードデザインは1934年(昭和9年)の増改築時のものだという。こちらは純国産で、竣工時の設計は出浦高介、その後、名古屋を代表する建築家、鈴木禎次が1929年と1934 年、1937年と3回の増改築を担当したらしい。松坂屋は名古屋が本店であり、その建築も鈴木氏は手がけている。鈴木禎次氏の作品は、名古屋生まれの私は子供の頃、名古屋の鶴舞公園の噴水塔や奏楽堂はじめ、広小路通リの古い銀行の建物で、ごく自然に目にしていたことになる。何だかどこかで見た事のある懐かしさを覚えたのはそういう理由だったのかもしれない。

Dscf0603外観もさることながら、 エスカレーターの外側に施された凝った装飾や、階段の階数表示などにアールデコ調の雰囲気を感じることができる。

ここの4階ギャラリーで開催されていた、アンセルアダムスとアートポスター展というのをちょっとだけ覗いたんだけど、渋かったなあ。



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帰り道,地下鉄の関内駅まで歩いていたら、「近代街路樹発祥の地の碑」というのを見つけた。参道や街道の並木と街路樹は違うのだそうです。
そう、街路樹というのも,アイスクリーム発祥の地、横浜の馬車道で各々の商店が松や柳を競って連植したのが始まりなんだそうです。

近代都市の先駆け、横浜、恐るべしです。

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2008年4月 4日 (金)

音楽仲間

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学生時代のオケ仲間で今も親交の深いヴィオラ弾き5名とオーボエ吹き1名と呑む。
場所は先輩が多い時は週4日ランチしていて社員食堂化しているという 小伝馬町にあるこじんまりとしたイタリアンのお店だった。 小伝馬町に降り立つのは生まれてはじめて。問屋街の名残がある小さなビルも多いが、今はオフィス街らしく、夜は居酒屋の明かりが多い。そんな場所には珍しいお店で、とてもリーズナブルでおいしかった。住所は 大伝馬町。

最近、姉妹店が最近オープンしたそうで、 店名は3rd note としたのだそうだ。
第3音。和音の第3音は控えめだが重要な役割。これがフラットになるとマイナーになる。調整を決める音だ。粋なネーミング。ビオラのことみたい。

集まったメンバーは工学部、人文学部、理学部、薬学部、園芸学部卒で 今はフリーのファイナンシャルプランナーに霞ヶ関の役人、 業界団体の理事に研究員と多彩だが、 このときばかりは管弦楽部ビオラ科卒の同窓生だ。
オーボエ吹きの先輩は、実は学生時代クラリネットであり、建築学科卒後大手建設会社に勤めたのにファゴットに転向し、今やプロのオーボエ吹きとして自称「日本でたったひとりのストリートオーボエ奏者」で多くの人に音楽の楽しさを伝える伝道師だ。
同じ釜の飯を食った仲でもあり、先輩は全員早生まれなので偶然全員同じ年生まれ。なので世代的な体験も全く違和感なく、音楽の話でおおいに盛り上がる。

卒業以来今も続く弦楽合奏団が、今年の演奏会のプログラムのひとつとして選んだ曲が武満の曲だそうで、4分の2.5というところがあると嘆けば、 それは8分の5だろうと突っ込む。 4分のπの方が面白い誰かがいえば、それは90度だから簡単だとなる。メインはチャイコのフィレンツェの思い出だそうで、とにかく楽譜をめくってもめくっても音符の嵐で小節数が3桁に及び、譜読みが大変、と今から嘆いている。 ラフォルジュネは今年はシューベルトだからつまらん、 あのザグレイトという交響曲は4桁の小節数があるから「ロング」の方があっているといえば、 「未完成」はシューベルトの唯一の良識だと手厳しい。小さな歌曲がかわいらしいじゃん、といっても、同じ事を何度も繰り返してくどい,と取り合わない。
そうそう、その合奏団ではヴォーンウイリアムスのオーボエ協奏曲という演奏される事も少ない曲を演奏したりしている。そのオーボエ吹きの先輩が、ブリテンのオ−ボエカルテットが面白い、ともう一人のビオラ弾きとしきりにいうんで、今度聴いてみようと思う。

今日の主催者である先輩のビオラ弾きは筋金入りの自称「極端なブラームス愛好家」である。
どれくらい筋金が入っているかと言えば「ブラームスの辞書」という本を自費出版し、そのブログを2005年に開設以来、ブラームスネタで一日も欠かさず更新し続けているのである。とうとう4月3日に10万アクセスを達成、そのお祝いも兼ねての集まりだったのだ。その4月3日はブラームスの命日だったというのも偶然を通り越して、何やら少なからぬ因縁というか、執念すら感じてしまう。

たとえば、のだめカンタービレの20巻発売日の3月13日には、その日の夜までに完読するばかりではなく、ブラームスネタをきっちり掲載している。
それは、182ページの右下のコマに描かれた小さな楽譜を「ラプソ ディー変ホ長調op119-4の冒頭である。」と指摘しているのだ。「あいかわらず芸が細かくて感心した。こんなに小さな楽譜なのに手を抜いて いない。」と作者を誉めているが、あの〜〜、先輩、だ〜〜れも気がつかないような事を見事に言い当てて、スゴすぎるんですけど。

こんな調子なので、アマチュア音楽家といって侮ってはいけません。
音楽を楽しむ ってのは「再生音楽」を聴くだけじゃなくって、
いろいろはアプローチがあるだけど、50近いおっさんおばさん達の学生のノリでのトークは気分爽快だった。
忙しい時程、こういう脳が覚醒するような時間は貴重なんです。

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2008年4月 1日 (火)

夜桜

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昼間は暖かくても、夜風はまだ冷たい。
駅から自宅までの間の水銀灯に照らされた桜も寒さに揺れていた。

今日から新年度が始まる。

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