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2008年8月31日 (日)

雲の表情

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今日は雷雨がなかったが、一日中、空と雲の表情が豊かに変化していた。

抜けるような青空、どんよりした曇り空よりも表情が豊かで、絵に描いたような風景が楽しい。

雲の形で空の高さと、上空の温度、風を想像したり、
光の変化でできる色と表情を眺めていると、時空という言葉が浮かんでくる。

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浜なし

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横浜ブランドの農産物「浜なし」。
生産量が少ないため、店頭売りしないので農家で直接売っていただくしかない。
最近は手に入りにくいので「まぼろしのなし」とまで言われているらしい。

毎年8月中旬をすぎると、近所の生産農家に伺う。
道路沿いに「浜なし 販売中」の赤いのぼりが立っているのが目印だ。
その日の朝に収穫した分を10時頃から販売してくれるのだ。
昨年のブログを読み返してみると、8月11日に「幸水」を手に入れている。
「幸水」はもともと生産量が少なく、お得意さんへの箱売りが優先でなかなか手に入らない。
一昨年は、3週間越しで農家に通い、9月になってやっと「豊水」を食べた。

今年は16日に2軒ある近所の生産農家のうちの1軒で、翌日分を予約してやっと「幸水」を手に入れた。その後は「豊水」に切り替わるまでしばらく販売なし。
昨日「豊水」が出荷されるようになったらしく、やっと手に入れることができた。
それでも農家の土間のかごの中には、あと数袋しか残っていなかった。
とても大きくてずしりと重いLサイズだ。
でもずっと雨で、収穫のタイミングが遅れたのかちょっと熟れていた。
まあ、熟れるぎりぎりでもいだ「梨」を食べることができるのが生産農家直売のよさだ。
濃厚でみずみすしい甘さが人気の秘密でもある。

梨を毎年同じ近所の農家で買い続けているだけで、年ごとの梅雨から夏にかけての温度や降雨量のことがその年に食べた梨の大きさと味に現れ、記憶に残るのでした。


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2008年8月30日 (土)

ゲリラ豪雨

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16時過ぎ、自宅付近でお昼過ぎに続く今日2度目の雷雨。
遊歩道でジョギングしていた人、遊んでいた子供達が大慌てで家路を急いでいた。

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2008年8月28日 (木)

デザイン物産展ニッポン

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午前中の仕事を終え、移動する途中 銀座松屋に寄った。

土砂降りの頃に小田原から乗ったこだま号は、定刻どおり東京に着いたが、
東海地方の大雨のため運転見合わせに入ったようで、
東京駅のホームは出発待ちの車両と人で混雑していた。

有楽町の空模様も墨を流したように不安定で、時折激しい雨が落ちてきていた。

「DESIGN BUSSAN NIPPON」展
 デザイン物産展ニッポン

2008年8月27日(水)〜9月1日(月)
10:00−20:00
初日19:00・最終日17:00閉場(入場は閉場の30分前まで)
銀座松屋 8階大催場
観覧料:一般 800円 高大生 600円 

主催:日本デザインコミッティー
コミッショナー:ナガオカケンメイ
会場構成:隈研吾
写真:安永ケンタウロス

撮影禁止だったので状況を説明します。

この展覧会、いや物産展はこうなっている。

1メートル角の展示台が47個ある。
その展示台に5つアイテムが展示されている。
47都道府県からナガオカケンメイ氏が
「デザイン」を感じられる新しい物産を探してきたものだ。

5つのアイテムとは

1.伝:その土地らしい伝統工芸
2.伝+DESIGN:伝にデザインを投入した新しい物産
3.食+DESIGN:デザインを投入したその土地の食べ物とかお酒など
4.創+DESIGN:新世代に向け られた新しいその土地の動き
5.本+DESIGN:その土地のタウン誌

会場では

・i-pod touch , iPhoneで  
 無線LANによって配信されている展覧会のガイドを見たり 
 動画や音声で解説をきくことができる。

・1日1つの伝統工芸を職人が実演し、
 1日2回、コミッティのデザイナーとのトークが楽しめる。

・併設のカフェで、
 お茶と共に一部ではあるが展示してある土地の食べ物や飲み物が
 実際に味わえる。

・物産展なので、購入カードを持って出口のカウンターに行くと
 本物を買って帰ることができる。

 

デザイン展としては、デパートの物産展をメタファーにしながらも
非常にユニークで志のあるすばらしい企画である。

会場の入り口で、iPod touch を借りた。
無料貸し出しなので、身分証明が必要だという。
あいにく免許証も保健証も持ち合わせていなかったので 困っていると、
携帯電話の番号を書いてください、と助け舟を出してくれた。
紙に名前と番号を書き終わると、
その場で私の携帯に電話して連絡が取れることを確かめ、貸し出してくれた。

会場は、平日のお昼過ぎというのにかなり盛況だった。
iPod touch片手に、47都道府県をひとつひとつ見て回りはじめる。
展示品に触りたい衝動に駆られてしまうのだが、「だめ」なのでiPod touchで説明をみたり
トラフィックが混んでいて レスポンスがちょっと遅かったりするので、
あらかじめHDDに入れてある動画を再生しながら解説を耳で聞いていると
あっという間に時間がたつ。

しかし、「撮影禁止」に「触ってはいけません」・・・。
展示品はアートじゃなくて実際に購入できる量産品であり、
物産展としてその場で「おっ!いいな!」と思ったら触って、確かめて、買う
という行為までが楽しいんじゃないか、と思うので、ちょっと合点がいきません。
それに多分、見ているだけでは
人も多いしキャプションの小さな文字も読みにくいので、
iPod touchの解説がないとその背景や良さも伝わりきれないとも思った。

今日の実演トークショーは、
福岡の小石原焼「 ロクロによるとびカンナの工程|陶器」だった。
手元が見えないほどの人垣の向こうで、
ナガオカさんと若い陶芸家の軽妙な会話が聞こえてくる。
みんな笑顔だ。

展示してあるアイテムのうち、実際に購入できるものは結構限られていることと
手ごろな値段のものはすでにかなり売り切れていた。

チケットに写真が使用されている
白金」という純米酒の本物を初めて見て、ガツンと来た。
帰ってからどんなお酒かと調べていくうちに、
原研哉氏のデザインであること、
桝一市村酒造という会社、
小布施という街、
台風娘と親しく呼ばれる外国人女性の存在、
と長野県の小さな地域の大きなうねりが見えてきた。
これだけでも大きな収穫だ。


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気になった神奈川県の「濱文様てぬぐい本 」を、
「地元、横浜ジャン!」と自分に突っ込みを入れながらも買ってしまった。
3種類欲しかったのだが、残り1種で在庫は数枚・・・。

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この企画展の300ページにおよぶ図録には、
47都道府県の展示品の写真はもちろんだが、
展示されている5アイテムにもうひとつ
「旅+DESIGN]という項目がr掲載されている。
デザインに興味を持つ人向けに
1県につき11カ所を紹介した1泊2日のトラベル提案だ。
デザイン視点での観光ガイドというのが面白くて、
結局図録もその場で買ってしまった。

これで、当分 日本国内のシミュレーション旅行がリビングで楽しめそうだ。

それにしてもひとつひつのこだわりがすごい。
この展示会、想像を絶する根気と熱意の塊の結果なのだということがわかってくる。

そして「メイド イン ジャパン」の ものづくりの心意気、
「日本の美しさ」を 強烈な説得力で語りかけてくれる。

超お奨めのデザイン企画展である。
期間が短いのが惜しい。

隣のスカンジナビアンスタイル展もすっごい気になったけど、
お仕事が控えているので我慢して退去・・。

 

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2008年8月27日 (水)

太陽の塔

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夏休みに自家用車で旅行した際、名神高速から中国自動車道へ入る吹田ジャンクションで間近に見えた 「太陽の塔」の実物の迫力と存在感の印象が頭から離れない。

1970年の大阪万博は、家族でもの凄い早起きして、名古屋から名神高速を通って高速バスで日帰りで行った。小学校3年生の時である。

高速バスの中から太陽の塔が見えた時の興奮というかワクワクは、鉄腕アトムの世界が現実になったような感じだったというかすかな記憶だ。
どこも2時間待ちなんていう行列も初体験ながら、アメリカ館、ソ連館、カナダ館など外国館の展示は今でも記憶にある。キッコーマンの水中レストランで夕食を食べたなあ。
太陽の塔は結局 中に入ることはできなかったが、そのモニュメントの強烈なインパクトは、岡本太郎という名前とともに私の頭に刻み込まれたのである。


万博記念公園の太陽の塔は1995年に修復工事され、永久保存されることになっているそうだ。

映画「20世紀少年」の公開が迫り、キーとなる「よげんの書」のなかに登場する「太陽の塔 」がこの映画の象徴の一つとしてプロモーションにも使用されることで、ここのところ世間への露出度も高まっていることもあって気になる。本物はもっと凄いはずだったと。

実は原作者の浦沢直樹とは同じ1960 年生まれ。彼は早生まれなので学年は一つ上になるし、「20世紀少年」の主人公のケンジも1969年時点で4年生なので一つ年上だが、「ケンジ世代」とひとくくりにされても仕方ない。「ウルトラマンシリーズをリアルタイムで初代(1966年)から見ている」「月面着陸の生中継(1969年)を夜遅くまで起きてみていた」「大阪万博で月の石を見るために並んだ」ことを自慢する世代を万博世代、というのだそうだ。ど真ん中だ。ケンジが中学校の放送室を占拠して流したのはT-Rexの「20th Century Boyだ。中学校で放送部だった私は昼休みに禁止だったロックやポップスを合法的に流しちまったとか、ローリングストーン、ディプパープル、クイーンを箒のギターで真似したとか・・・。ロックは不良だった。

あああ、なんだか懐かしい。温故知新。

そこで 久々に晴れた昼休みにランチもとらずに会社の近所の「岡本太郎記念館」を訪ねてみた。

岡本太郎記念館開館10周年記念 「太陽の塔−万国博に賭けたもの」展

2008年4月23日(水)〜8月31日(日)
10:00〜18:00
火曜日休館
岡本太郎記念館
東京メトロ銀座線・千代田線・半蔵門線 表参道駅より徒歩8分 
都営バス(都01系統) 新橋駅行 渋谷駅行 「南青山七丁目」下車徒歩5分
観覧料 一般 600円 小学生 300円

ギャラリートークもまだあと1回あります。
第三回 8月31日(日)13:00/15:00 (予約不要)
展示解説を交え、「太陽の塔」誕生のドキュメントを深くたどっていきます。

「人類の進歩と調和」
1970年に大阪で開催された日本万国博覧会のテーマだ。
それを具現化するテーマ館であり、岡本太郎最大で傑作の彫刻作品が「太陽の塔」だ。
大阪万博を象徴するモニュメントでもり、誰もが科学による豊かな未来を信じていた日本の高度経済成長時代と科学ではどうにもならない生命のエネルギーとのコントラストをも象徴するモニュメントといっても過言ではないと思う。

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今回の展覧会の目玉は、何といっても新たに資料庫から発見された400枚におよぶスケッチの中から展示されている最初期の数十枚のスケッチだろう。
その生々しい筆跡の力強さからも溢れるエネルギーや意気込みから創造の苦悩までが感じ取れる。 1/50サイズの原型モデルをはじめ岡本太郎自身のことばや当時の「太陽の塔」の全貌を紹介した映像、 そして何より スケッチの数々は「べらぼうなものを作る」と公言した 岡本太郎の思いを体感できる空間になっている。

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頭頂部に黄金に輝く未来の太陽、中央部の現在の太陽、背後にある黒い顔は万博の守り神的「過去の太陽」だ。
それらを模型とマケットでじっくり間近にあらてめて鑑賞できる。
今は遺跡のように 特別公開でしか見ることができない内部「生命の樹」の様子もパネルで見ることができるが 、こうなると、一度やっぱり本物を見てみたいという衝動が沸いてくる。

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記念館は太郎の元アトリエ兼住居であり、ブロックを積んだ壁の上に凸レンズ形の屋根をのせたユニークな名建築はル・コルビュジェの愛弟子だった坂倉準三の設計だ。
ある意味そのストイックで無機質な建築と有機的で鮮やかな色彩の作品群のコントラストはお互いの主張を尊敬しあって、心地よさと緊張感が同居した空間だ。
1996年に没して後、ここは記念館として公開され、かつて多くのアーテイストが集ったリビングや、飛び散った絵の具の跡も生々しい創作活動の現場の雰囲気を今に伝えている。実は通勤途中の路地にあるこの建物の前を、私は毎日通っていたので、岡本太郎氏の生前は、何度かその姿をお見かけしたことがある。身近にありながら、特別な空間であった場所に、あえて展覧会として入るのも不思議な感じだ。

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記念館の入り口には、訪れた人たちの感想が自由に書き込めるスケッチブックが置かれている。 覗いてみると、色鮮やかにダイナミックな太陽の塔がいくつも子供たちによって描かれていた。 岡本太郎氏もあのギョロとした目を細めて微笑みそうな最高のメッセージだと思った。

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まだ夏休みなので、親子連れも多く、庭に子供たちの歓声と鐘の音が響いていた。
都会の中の小さなオアシスである。
ぜひ、一度訪ねて 皆さん エネルギーをもらって元気になりましょう!

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2008年8月26日 (火)

季節の入れ替わり



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8月23日(土)は処暑だった。
処暑は、暑さもようやく収まり、朝夕は初秋の気配が漂い始める頃のことだ。

サルスベリの花が雨で散り始め、朝晩の涼しさで、いつのまにかハナミズキの葉も色づいている。季節は着実に進行している。
周囲では、風邪をひいている人もちらほら。
もう半袖では寒いですよ。体温調節に気を配りましょう。

あっという間に9月。

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2008年8月24日 (日)

Venti

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いつも頼むのは、トールラテのホット。
スタバのマイタンブラーもそのサイズだから。

昨日、訳あって一番でかいサイズを頼んでみた。
スタバではグランデを頼め とか言う経済本が売れているそうだ、その上にヴェンティというサイズがある。
ショートがあるのは日本だけらしい。
でもショートがあるからトールとかグランデはその上の大きさというのが何となくイメージできるが、Vって何? って感じだ。

S=Short(ショート) 240ml (8fl.oz)
T=Tall(トール)     360ml (12fl.oz)
G=Grande(グランデ) 480ml (16fl.oz)
V=Venti(ヴェンティ)590ml (20fl.oz)

イタリア語で20、20オンスの量だからVentiなんだそうだ。
わからね〜〜〜〜。

涼しいので、でかいけどゆっくりと時間を過ごしながらならば 十分飲めてしまう。
カフェモカのヴェンティだったので、結構なカロリーであもり、お腹もいっぱいになったけど。

スタバのコスト構造は人件費30%、リース料、カップ代が続いて豆代は5%位の水商売なんだそうだ。スタバの魅力は、コーヒーの味そのものもあるが、雰囲気が大きな価値だから、このコスト構造に疑問を持つ人、安くてそれなりのコーヒーを合理的に飲みたいと言う方々は利用しないのである。他に選択肢はたくさんあるし。

しかし、コーヒー豆価格の高騰による7月中旬からの値上げ、オーダーの仕方やサイズなどの差別化も競合の台頭でスタバへのロイヤリティーが薄れているような気もする。

最近では、コンビニのスターバックスディスカバリーズ(チルドカップ)も品切れになっていることは少なくなったし。てこ入れで、9月には ミラノ、パリといった都市シリーズとして京都が加わるそうだ。人気だった抹茶フレーバーが気軽に楽しめるようになるらしい。

Ventiサイズ頼んで、カスタマイズしてなんていう贅沢気分もスタバの魅力だったりするのである。


 

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2008年8月22日 (金)

GOOD DESIGN EXPO 2008

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グッドデザインエキスポ 2008

2008年8月22日(金) 18:00-21:00
           8月23日(土) 10:00-21:00
           8月24日(日) 10:00-16:00
東京ビッグサイト 東展示棟5~6ホール
入場料:1,000円

主催:財団法人日本産業デザイン振興会
アートディレクション:永井一史

行ってきました。

昨年、18時の開場に遅れること30分過ぎに会場について、ちょうど待ち列が解消したところだった。今年も審査が延びたりして開場が遅れたりすることもあるだろうからと18時30分頃に会場に着くように行ってみた。
今年は昨年以上に来場者が多いことと、昨年の教訓が生かされていないのか、誘導、整列が不慣れなだけなのか、端で折り返しができるほどの長蛇の列に並ばざるを得なかった。
りんかい線の駅を降りたところから一緒だった某大手メーカーのデザイン部門長やデザイン事務所社長らもまじめに並んでいる。これから折り返す人とすれ違いざまに挨拶しながら進む。
4列に並んでくださ〜〜い、と呼びかけておきながら圧倒的に多い特別招待券受付が3列の上、受付のテンポ、導線がよくないので前に進まない。入場シールの剝離紙を捨てる箱を入り口に用意すべきという昨年の反省、要望、提言も事務局は今年も配慮できなかったのか、聞く耳を持たないのか、あいも変わらず動員や、イベントとしての進化には熱心だが、ホスピタリティーに欠けるのは毎度のことだ。デザイン系の学生さんのアルバイトの場として貴重なのでしょうから、そういうことも教えてあげる人や場であるともっとよくなると思うのだけど。

この会場での大学のブースを見て今度は自分が企画してみたい!とその大学に進学し、そして在校生になって高校生に魅力を語る、という循環が起こるまでになっているんですよと、産学をやったときお世話になった先生から会場で立ち話で聴いたいい話。なるほど、そんな効果があるんだ。なるほどデザインのお祭りだ。


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まずは自社の展示と周囲を確認し、お仕事終了。

それにしても会場は広い。
百花繚乱、玉石混淆、同窓会の様相。
今年は1次審査でかなり同アイテムの中で絞り込んだそうなので、同じようなデザインがずらりと並ぶ、というシーンはなかったのがせめてもの良識。
とても全部は見切れません。

が、普段見ることが出来ないものが一同に会し、手に取り、感じ、デザイナーが誰であるか,
ディレクションをしているのは誰かなどを確かめ、今を知ることが出来る貴重な機会であることは確かだ。そして 年1回いつもここで会う人、久々に会う人など、交流、情報交換の場でもある。

興味深いものはたくさんあれど、会場に入って2時間もすると足が疲れてくる。

審査員の方々の「私が選んだ一品」は、結構、緩いものが多い気が・・・。
真剣に審査していると疲れるんでしょうね、きっと。だからちょっと緩いもの選びたくなるんじゃないかと・・。

でも足を運ぶだけの価値はあると思います。

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新領域では、「デザイン」という枠組みが広義であり、審美性はともかく、考え方、活動を評価してほしいという内容まで含まれてくるので、ユニークさやバリーションは豊かだ。しかし、これをグッドデザインとしてよいのか!? 見る側にも 応募者の意思を汲み取り、デザインという行為を定義する力や、バランス感覚を要求されている気がした。

ちょっと気になったのモノのうちのいくつか

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2008年8月21日 (木)

NOW UPDATING... @ggg

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NOW UPDATING…THA/中村勇吾のインタラクティブデザイン

2008年8月5日(火)~8月28日(木)
11:00〜19:00(土曜日18:00まで)
日曜・祝祭日休館
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(DNP銀座ビル)
入場無料

移動の途中に行ってきました。

デスクトップで体験できてしまうWebデザインの「企画展」がどういうものか、という興味もあって。
展示内容は基本的に今までにリリースされたサイトと、一部に新しい実験的な作品というラインアップ。

1階はすでに公開されているサイトなのだが、縦長の大型ディスプレイで展示されているため、普段見慣れている PC のディスプレイで見ている作品への印象と異なる部分が見える。インタラクティブなアクションのインパクトとともに、1枚の静止画(グラフィック)として完成度の高さ、カッコよさ、というのが再確認できる。

 

この企画展に行ったらとにかく、地下1階を体験してください。

展示してある15の全ての作品を1秒、10秒、1分 という単位でくくって、一つのインスタレーションとして部屋全体で表現しているのだ。

既に公開されている作品も、大画面、複数画面で見ることでこれも新しい印象を受ける。また、実験的な未公開作品3点も ウイットに富んでいて、創作マインドをくすぐってくれる。
一つ一つの作品をじっくり見ていても、全体を感じる仕掛けになっているところがすごい。

これは、ライブなインスタレーション、まさに「時間」に満ちた空間だ。

今、一番 旬で楽しく刺激的なデザインの企画展だと思う。

滞在時間わずか30分未満でも、十分刺激的でした。


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2008年8月16日 (土)

スポーツ中継とドラマの演出

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夏休み明けからのロケットスタート1週間経過。
連日の北京オリンピック報道も気になる。その真剣勝負の表情や瞬間の感動を共有する魅力は捨てがたく、つい帰宅後にテレビを見てしまうので、さらに寝不足気味だ。
高い契約料を払っているアメリカへの生中継のために競技時間が朝一に変更されたりなんてことがあったようだが、日本での時差1時間の恩恵は大きい。生中継でこれだけの感動を実感できるオリンピックは久々だからだ。

やっと週末にたどり着いた。
大気が不安定でゲリラ豪雨に注意との報道だが、自宅付近は影響なく、あまりに暑いので、クーラーのきいたリビングでテレビ観戦、といきたいが昼間からオリンピック中継はちょっと食傷気味。夜と明日にとっておこう。
そこで、録画しておいた「ゲド戦記」を今更ながらであるが鑑賞。実は初めて。
う〜〜ん。やはり 宮崎駿をはすごいと改めて確認できたことが収穫か。

スポーツ中継のバラエイティ化が著しいが、競技を淡々と正確に伝えることが結局何より感動が伝わる。そうはいっても、その正確に伝えることは、アナウンサーの実況中継や解説者のコメントではなく、映像そのものである事実は動かしがたい。
ハイビジョン映像、ハイスピードカメラが捉える汗や水しぶきの動き、高性能の高倍率レンズが映し出す選手やコーチ、観客席のアップの表情、肌から吹き出す汗などの臨場感は、かつての市川崑監督が「人」をテーマにした記録映画「東京オリンピック」を彷彿させる演出だ。演出といっても生中継だから 事実を微細な情報まで伝えることが出来る放送技術の発展がそのライブ感を一層盛り上げて感動を呼び起こしているのだと思う。結果やダイジェストが中心の細切れで合理的な情報が中心のネット映像との差別化けもその背景にあるのかもしれない。

一方で通常の定番番組は視聴率に苦戦しているらしい。
そんな中で、の安定した視聴率を誇っているのがNHK大河ドラマの「篤姫」だ。
10日の「桜田門外の変」は柔道男子66キロ級の生中継(内柴正人 の金メダル獲得)をあっさり上回っていただけでなく、放送開始以来過去最高となる26・4%だったそうだ。

我が家では毎週楽しみに見ているのだが、最近はオープニングのクレジットの最後の最後にその回の演出家(映画で言う監督ですね)の名前を非常に気にしている。
8月10日は 堀切園健太郎氏であった。その名前が出たところで、「お〜〜!!」という私は唸ってしまった。「桜田門外の変」の演出が「堀切園健太郎」。NHKが北京オリンピックの中継を止めてでも定番の大河ドラマを放映する自信とそれに懸ける意気込みを感じてしまったのだ。その瞬間から最高視聴率を予感し、中盤の見せ所を期待させるに十分だった。

「篤姫」の演出については このブログの7月13日のエントリーを読んでいただきたい。
手持ちカメラで表情をアップで捉えて、感情の高ぶりや緊迫感を表現する演出や音楽の取り扱いは、やり過ぎかなと思えてくるところもあるくらいだ。
今回も濃い内容てんこ盛りで急展開な時代を一気にダイナミックな演出で見せてくれた。

最初に幾島との別れの場面での台詞のやり取りは「女性脚本家ならでは」(「嫌いだった」と切り出す天璋院に「手に負えなかった」と返す幾島)であり、松坂慶子と宮崎あおいの優れた女優の演技と表情を堪能させてくれたのである。宮崎あおいの涙は演技ではなく本当の涙だったのでは!?と思わせる場面だった。
そして「安政の大獄」と薩摩での大久保や帯刀の様子、公武合体へと動いていく慌ただしい様子が描かれる。新しい動きとして高橋英樹役の島津斉彬没した後の大河ドラマの看板スター男優として登場したのが、勝麟太郎役の北大路欣也。新撰組の時の野田秀樹の印象が尾を引いていることと、年齢にそぐわない若さを演じることにちょっと無理を感じてしまったのは私だけではないと思う。「薩摩の斉彬さまが生きていれば・・日本ももっと良かったでしょう」「いや、こたびの処罰で隠居にでもなっていただろう・・」のやり取りがたまらない・・。意思を貫く堂々とした言動と機転の利く人物、天璋院とは気が合うという印象を焼き付けて今後の新しい期待を視聴者に与えてくれるシーンでした。
そして勝麟太郎が天璋院に持ってきたおみやげが「ソーイングマシィーン」。日本で初めてミシンを使ったのが天璋院とのこと。ちなみに美術さんは当時の本物のミシンを探し出してきたようだ。
ここまでの大老・井伊直弼の悪役ぶりは、中村梅雀の名演技あってのことだ。頭を下げながらも一瞬だけニヤリと笑うアップなんぞ、最後のシーンへの布石とはいえ、憎々しさが増長される演出に敬服だ。
井伊大老と天璋院の狭い茶室での緊張感あふれる駆け引きでは、ひとつひとつの所作や会話から人柄がにじみ出るような丁寧な演出でじっくりその心の変化を見せた。その直前の娘のように無邪気にミシンを使う天璋院や、その後の華やかな大奥の雛祭りの様子を細かいカット割りの連続で見せる演出とのコントラストでより際立たせていたのだと後で解る。
ちなみに、茶室で使われいた茶碗は安土桃山時代の本物だとNHKのブログにある。そのこだわりぶり、本気度が凄い。

そして、いよいよラストシーン。
「篤姫」では、殺陣や人が命を落とすシーンはほとんど描かれない。血の出る描写なぞほとんどない。それが安心してみることが出来る所以であり、従来の戦国時代を描く大河ドラマを期待している視聴者への物足りなさにもなっているのだろうが、だからこそこの事件をどう見せてくれるのか…期待が高まる。結果としては、籠の中の井伊大老の表情ですべてを語ろうという演出だった。大奥の雛祭りの色鮮やかで笑顔の溢れる平和な風景とモノトーンで音のない暗殺劇を交互に見せながら、その意味を中村梅雀氏の顔の表情だけで語らせたのだ。
そして、カメラワークは天から真っ白な雪の上の人の動きを客観的に捉える。
こ、これって、「新選組!」の時と同じアングルでは!
恐るべし堀切園健太郎・・。

明日は「皇女和宮」。そして演出は多分2回分なので「堀切園健太郎氏』
新たな展開にまたまた視聴率はあがるのであろうか。

スポーツ中継であろうと ドラマであろうと
心が見え、感動をゆさぶるためには
映像による演出がいかに大事か、というお話でした。

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2008年8月14日 (木)

変化と成長

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昼休みに研究所から少し離れた開発センターまで、あぜ道を歩く。

パキッ!とクリアな視界と強い日射しは立秋をすぎたものの、夏そのものだ。
田んぼの稲に近寄ってみるともう穂が着いて実っているのかと思ったら
花が咲いている(いた)ようだ。
              稲の花といっても花びらがなくて、花の外側を包む2枚の”えい”(いわゆる「もみ」)がありその中に1本の雌しべと6本の雄しべがあるそうだ。
              稲の花は暑いときの昼間、1時間くらいしか開いていないそうなので、なかなか見ることが出来ないんですよ。

あんまり暑いのと、午後からの打ち合わせに間に合わないので、撮影もそここそに。
直射日光の下、デジカメの画像確認もうまく出来なかったので、ちょっと解りにくいですね。

このあと、開発センターに到着したときには、汗がダラダラと滴り落ちた。
夏休み中に床と壁を改装した社員食堂でアイスコーヒーをいただく。
実は、改装の床材、壁材、壁色、什器などを指示、コーディネートしたのはこの私です。
その現場の仕上がりを確かめるのが目的だった。
夏休み中に全部の工事を終えることが出来なかったが、見違えるように明るくなった社員食堂で、技術者達が明るい笑顔で歓談している様子を見ていたら疲れは吹き飛んだのでした。

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2008年8月13日 (水)

東京はガラガラ

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夏休み明けからロケットスタート。
で、ちょっと息抜き。

有楽町のガード下で、おじさん文化を入社間もない若者達に伝える(!?)

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2008年8月11日 (月)

夏休み明け

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私は夏休み明け。
いろいろありまして、早朝出勤。
でも、街は逆に静かです。
通勤電車も往復 座れたりし いつもより相当楽チンです。

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2008年8月 9日 (土)

民放とNHK

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気になって、二ついっぺんに見ちゃいたいんですよねえ。
欲張りです。

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2008年8月 8日 (金)

櫃まぶし

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お櫃にうなぎをまぶしたご飯が入っているから「ひつまぶし」。
「ひまつぶし」ではない。
名古屋のうなぎやで、お客さんに出すために切り落としたしっぽの先だけを集めて、料理人がお昼に食べた「まかないご飯」が起源だ。
その元祖は有名な熱田の「蓬莱軒」ではなく、中区錦3丁目の「いば昇」だ。
(中区栄3丁目に「いば昇 本店」というお店があるが、そこと間違えないように)

旅の四日目は四国から鳴門大橋で渦潮を眺め、明石海峡大橋、新名神高速道を経て、夜には名古屋の実家に泊まった。

ちなみに今日、8月8日は「名古屋の日」だ。名古屋市の市章が「丸八」だから。

旅の五日目、お盆よりちょっと早めにお墓参りをし、お昼は「いば昇」でいただいた。
「いば昇」は、夜の歓楽街中にあり周囲はビルに取り囲まれながらも昔ながらの2階建ての日本家屋を守り抜いている。平日11時の開店から間もない時間だが、店内も座敷ではすでにお銚子をちびちびしながらうなぎを待つ年配の男性、本を読みながら静かに待つ年配の女性など常連さんなどでほぼ満席だ。40年50年と通う人も多く、常連客が7割というのもうなずける。まさに伝統の味を頑固に守り続ける老舗の風格を感じるいい雰囲気のお店だ。

腹開きで蒸さない バリバリのうなぎの蒲焼きは東京では絶対に味わえない絶品。エネルギーを補給して 横浜までの帰路に着いた。

18時1分 自宅のあるマンションの地下駐車場に到着した。
五日間の総走行距離 1628km    燃費 9.41/100km    平均速度59km だった。
北京オリンピックの開会式を自宅でビールを飲みながら見る、という目標も達成。

日本という国は美しい、ということをあらためておおいに実感した夏休みだった。



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2008年8月 7日 (木)

イサムノグチ庭園美術館

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旅の4日目は、瀬戸大橋を渡り、四国に入った。
目指すはイサムノグチ庭園美術館である。
ここの見学は、火・木・土曜日の10時13時15時からと曜日と時間が決まっており、なおかつ往復はがきで事前に予約をしなければならない。料金は大人2100円でガイドツアーによる約1時間の見学である。興味、関心のない人、ふらりと思い立ったからというヒトにはハードルが高い。観光案内やガイドブックにも載っていないので、知るヒトぞ知る、イサムノグチ詣での聖地のようなところである。

国内でイサム・ノグチの彫刻を見ることができる場所はここ以外には、2002年のグドデザイン大賞を受賞した札幌の郊外にあるモエレ沼公園がある。札幌出張の折に、当時のボスと二人でタクシーを飛ばしてその壮大なスケールを味わった覚えがある。
2005年秋には東京都現代美術館で大規模なイサムノグチ展が開催されたり、その翌年には横浜市美術館でもイサムノグチ展があったので、記憶にあるヒトも少なからずいるだろう。
私はその二つとも行き損ねているのだが。

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ここイサムノグチ庭園美術館は非常にわかりにくく不便な場所に位置する。なぜなら、美術館としての建物ではないからだ。まさにイサムノグチの創作の現場だからである。高松から牟礼の町に入ると石材店が軒を連ねる。石屋さんの続く細い道を抜けると集合場所の建物にたどり着く。虫除け、日よけの麦わら帽子などもも用意されている。30分ほどビデオ鑑賞しているとほどなく出発時間になる。今日の見学者は20人くらい。美術館の人の説明を聞き、後についてきれいに竹箒で掃き清められた道を歩く と美術館にたどりつく。

美術館といっても、イサムノグチ自身が1969年からこの地にアトリエと住居を構え、1988年12月30日にニューヨークで没するまでの20年間、ニューヨークのアトリエと行き来しながら創作活動をした場である。この場所には主に春と秋、季節の良い時期だけ滞在していたそうだ。

まず案内されるのは作業蔵と、作りかけの彫刻、完成した彫刻がイサムノグチの意思で配置された庭である。整理された道具が並べてある蔵や彫刻の周囲を歩いているとふと横からイサム・ノグチが今でも歩いてでてきそうな雰囲気なのである。圧巻は代表作であるエナジーボイドを納めるために愛媛から移築したという展示蔵だ。通り抜ける涼しい風に吹かれながらいつまでもエネルギー溢れる彼の作品に触れていたい気持ちになる。その後、彼が暮らした「母屋」、母屋の奥にある「彫刻庭園」を見学する。母屋の中には入れないが、イサムノグチが暮らした当時の姿のまま保存されている玄関や格子戸からお庭や室内をのぞいて鑑賞する。 解体される予定であった古い日本家屋を移築し、彼自身が暮らしやすいように畳と床の高さを調整するなど改装された居住スペースには、彫刻作品やAKARIが置かれて、高い精神性が伝わってくるようであった。

母屋の裏山にあった段々畑に盛り土をして創作した「彫刻庭園」は.花見や月見をしたプライベートな公園だったそうだ。小山を登ると牟礼の街、瀬戸内の海が見渡せた。娘と二人で水筒からお茶を飲んで一息つく。(飲食は禁止だが、暑いので水分補給は推奨していた)

音楽を演奏するとき、楽譜から音を作り上げる再現芸術ということを意識せざるを得ないことがある。そのときは、作曲家の意識を生き様や時代背景などから推察するアナリーゼをしたりする。アートは再現芸術ではないが、作者が生前、どんな環境で創作活動をしていたのか知ることは、その作品群を鑑賞する際、大きな手がかりになることは確かだ。

そのときその人が何を考え、何を目指していたのか。
そうすることで、今度は自分自身が何をすべきなのか、考えるきかっけにもなる。

美術館手前の山椒山公園にはイサム・ノグチがデザインしたプレイスカラプチャーとシーソーの遊具が2点設置されていた。遊んでいたのは 先ほど一緒に見学していたカップルだったりするのだが、イサムノグチは日常生活の中にアートを持ち込むエレメントとして数多くの遊具も創作している。横浜のこどもの国やモエレ沼公園に行くと、子供達の遊ぶ姿から既成の概念ではない形の面白さに気づかされる。

イサムノグチの作品からはいつも多くのメッセージが発信されていると思う。

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2008年8月 6日 (水)

アートサイト直島

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旅の三日目、ベネッセアートサイト直島を堪能する。

ベネッセアートサイト直島」は、2004年からの直島内でのアート活動の総称である。ベネッセ・コーポレーションが1986年から直島に文化村構想を持ち込んだ。その後、「自然・建築・アートの共生」をコンセプトとしたアート活動展開される。その中でも安藤忠雄氏が初の美術館として設計した「(旧称)直島コンテンポラリーアートミュージアム(1992年)」はこの構想の中心施設となる。また、97年にスタートした「家プロジェクト」は、どこにでもある街並保存という発想ではなく、古民家の保存と再生による歴史観、文明史観へのチャレンジだ。「サイトスペシフィック・ワーク」によって生み出される「直島にしかない作品」群は、ここでその時にしか体験できないインスタレーションであり、我々自身の感情にすべて委ねられてしまうアートだ。
こうした「現代美術と自然と歴史」を基軸とした活動が、村の営みと島の歴史に視線を向けることにもなり、結果的に多くの地域住民を巻き込み、共感を得てきているという。

具体的には、家プロジェクト第1号である「角屋(かどや)(1998年)」を創る際、アーティストの宮島達男は、地域住民参加という手法を取ったという。町民125人を公募して作品を構成する125個のディジタル・カウン ターの点滅速度を、その一人一人にセッティングしてもらったのだ。猛暑の中を歩いてきて、実際にひんやりとした角屋の暗闇に佇むと、カウンターのまばたきからヒトの息づかいが聞こえてくるようで不思議な感覚にとらわれた。
コンテポラリーアートという新しい試みに対 する保守的な町民の反感、抵抗感をワークショップという形から融合させていくことができた好事例だと思う。

2004年、アートサイト直島の活動とは別に、塩田跡に安藤忠雄氏設計による「地中美術館」が完成する。

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今回、午前中にまず本村の観光用駐車場に車を停め、「はいしゃ(大竹伸朗 2006年)」→「南寺(ジェームタレル、安藤忠雄 1999年)」→「角屋(宮島達男 1998年)」→「護王神社(杉本博司 2002年)」→「碁会所(須田悦弘 2006年)」と回る。外観以外は撮影禁止であり、撮影したところですべて体験しないと意味がないので、ここは画像を省く。とにかく暑い。路地に日陰がない。香川、高松からの小学生の団体が小グループに分かれて、どうも同じパターンで行動していたため、どこにいっても入場するのに待たされてしまった。こういうときはパターンをずらせばよいのである。


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ということで早めのランチだ。老舗(!?)のカフェまるやではなく、あえて「あいすなお」へ。元IT企業のサラリーマンだった横浜出身の店主が、築80年の家屋を自力で改装したカフェだ。まだ誰もいない店内で、扇風機に吹かれながら足を伸ばし、小豆島のそうめんと玄米のおにぎりをいただく。食べ終わる頃には店内は満員に・・・。

元気を取り戻して、先ほど満員で入れなかった家プロジェクト第2号の「南寺(1999年)」を再び目指す。一度に16名しか入場、体験できないので時間指定の整理券が配られれているのである。そうとは知らずにやってきたフランス人の団体さんは、コーディネーターのヒトが汗だくで交渉をしていた。この暑さの中で数時間先まで時間を潰すのは確かに大変だ。

「南寺」はジェームズ・タレルの作品のサイズにあわせ、安藤忠雄氏の設計で新たに建てられた建物だ。かつてここにはお寺が実在していたそうで、コンクリート打ちっぱなしがお家芸の安藤氏があえて外壁を周囲の街並みと同じ焼杉板と同じにすることで環境にとけ込ませ、人々の精神的な拠り所であったということを記憶にとどめる役割も担っているようだ。
ジェームズ・タレルの作品「バックサイド・オブ・ザ・ムーン」は、15分間の衝撃的な身体感覚の体験です。言葉では表せませんし、意味がないのでぜひ一度訪問してみてください。その価値はあると確信します。

下の画像は 南寺に隣接する公園にある公衆トイレの建物。南寺と同じ外壁で、その直方体と呼応するかのように円柱型が印象的だった。

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この後、千住博氏のザ・フォールズを見るために「石橋(2006年)」まで歩く。

残念ながら母屋は閉鎖中だったが、直島のために描かれた高さ3m×幅15mの大作を前に、暗い蔵の中で、蝉時雨がいつのまにか滝の音に聞こえるような静かな時間をしばしすごした。

平日に見ることができる家プロジェクトを制覇し、車に戻ってエンジンをかけると、気温計は41度を指していた。

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午後は安藤忠雄建築三昧である。建築そのものがアートでもある地中美術館をゆっくりと鑑賞し、ケーブルカーで往復してオーバルを見た。そして17時からのベネッセハウスミュージアムのギャラリーツアーに参加した。

地中美術館では、クロードモネ室の床材についてや、ジェームスタレル室にタレル自身が来たときのお話などについて、信國大志さんがデザインした白いユニフォームに身を包んだスタッフがわかりやすく質問に答えてくれた。

ベネッセハウスミュージアムのギャラリーツアーの担当は支配人の男性だった。
コンテポラリーアートは作者が意図を説明したりすることはなく、すべて鑑賞者の気持ちや解釈に委ねられることをまずわかりやすく説明し、それぞれのアートの隠された魅力や、美術館に設置後のエピソードなどを紹介してくれた。杉本博司氏の写真作品が直射日光にさらされる屋外のコンクリート打ちっぱなしの壁に、それも実際の瀬戸内海の水平線と一致する高さに展示されていること、ギャラリースペースに入っていくコンクリートの壁の目地に雑草が生えていること(家プロジェクトの碁会所の須田さんが制作したほうの木の彫刻)、吹き抜けスペースに置かれた「天秘」という大福餅のような石の彫刻は、その上に寝転がって空を眺めると気持ちいい、などなど、アーティストのお茶目でユニークなチャレンジ精神までをわかりやすい言葉で語ってくれた。

夕食を済ませたあと、再びベネッセハウスを訪ね、娘と二人で石の彫刻の上に寝そべってしばしマジックアワーの移ろい行く空を眺めた。貸し切りのような美術館でゆっくりととした時間が流れる、何とも贅沢なひとときだった。

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宿泊は 安藤忠雄建築では珍しい木造の宿泊施設 Prak棟(2006年)だ。
部屋にテレビはなく、BoseのWaveMusicSystemだけがある。お気に入りのCDを持参ください、と案内にあったので、モーツアルトの室内楽やピアコンなどを聴きながら寝るまでの時間を過ごした。

直島、それはフェリーに乗ったその瞬間から、時間がゆっくり流れる空間へのいざないだったのです。

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海の駅なおしま

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倉敷から1時間で宇野港に到着。
そこからフェリーで20分。
赤いカボチャが近づく桟橋に見えてくる。
そして巨大な屋根が細い白い柱だけに支えられた様に見えるシャープな建物の中に向かって、フェリーから車を滑り込ませる。そこはSANAA設計で2006年10月にオープンした「海の駅なおしま」だ。もうこれだけでワクワクである。
構造を観察する。白い柱だけで支えられていたと思っていた屋根は、所々の要所に配置された鏡面の壁でも支えられてる。券売所、案内所、カフェなどが入ったガラスボックスの内部も高さ4mの空間がすっきりと明るく見通しがよい。白を基調としながら直線と金属、コンクリート、ガラスで構成されたシャープで斬新な建築は、金沢21世紀美術館でも感じたように機能や行動がきっちり配置されていることだ。この直島に出入りする交通量やこの施設を利用する人々の導線、視線、気持ちに配慮しながらゲートとしての機能をダイナミックかつ繊細な表現で風景に馴染ませてしまっている。見事だ。

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2008年8月 5日 (火)

大原美術館

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旅の第二日目は大津から倉敷に移動。
我が愛車で名神高速道路から中国自動車道、山陽自動車を走るのは初めてである。話には聞いていたが吹田ジャンクションで太陽の塔があんなに間近に見えるとは思わなかった。大阪万博以来の再会を果たして感動ものだった。運転をしながら横目でちらりと見る私よりも、助手席の中一の娘がこのインパクトのあるモニュメントを1コマ納めようと必死で写ルンですを構えていたのが面白かった。機会があれば岡本太郎記念館に連れて行くことにしよう。

倉敷と言えば大原美術館。日本最初の西洋美術中心の個人美術館である。昭和の初めに、倉敷紡績の第二代社長だった大原孫三郎は日記に「余がこの資産を与えられたのは、余の為にあらず、世界の為である」と記しているように、私財を投入して大変多くの公共事業を手がけた。その一つが大原美術館である。大原美術館と言えばエルグレコの受胎告知。これがこの美術館の看板作品であることは疑いの余地はない。しかし、私にはやはりこの美術館の幅を決めたというレオンフレデリクの「万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん」を間近に見たインパクトの方が強烈だった。絵も大きいが、題名も長く、世紀末美術の神秘性を超えた象徴性は一見の価値ありである。

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美観地区の歴史的建造物の中でこのギリシャ神殿風は正直ちょっと違和感がある。この建物の設計は大原氏の奨学金を得て東大を出た建築技師、薬師寺主計算(やくしじかずけ)であり、留学の際、まだ無名だったル・コルビジェを訪問し、彼の重要性を認め日本に紹介した人物だそうだ。

外は暑いので、音声ガイドを借りて館内をゆっくり鑑賞し、分館、工芸東洋館もすべて回る。ただし、 米蔵を改装した工芸東洋館とアイビースクエア内の元工場を改装したクラボウ記念館は冷房がないため、直射日光を遮ることはできるが、蒸し風呂のように暑い・・。大丈夫なのか所蔵品・・。

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「倉敷アイビースクウェア」は、その名の通りアイビー(蔦)に覆われている。倉敷紡績の創業工場跡地をリノベーションした宿泊施設である。工場当時から真夏の暑さを減らすために蔦で覆い、井戸水を循環させる冷房装置もあったそうだ。、環境負荷の少ない冷房方法を実践していたことになる。今では環境問題のお手本のような建築なのである。

美観地区の夜は早い。18時を回るとほとんどの店が閉まり、観光客も姿を消してしまう。
テーマパーク貸し切り状態のなのである。
観光用の川舟が30分おきに定員6名で運行されている。
夕陽が町並みに隠れ、川面が少しは涼しくなる頃に乗ってみた。
年配の船頭さんがゆっくりと舟を漕ぎながら、東京方面からのリタイアされた老夫婦、私たち親子、そして海外在住帰国中の大学生と言う観光客に、やさしく歴史を語ってくれる。
なんともゆったりとした時間が流れ、二日目の旅を終えたのである。

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2008年8月 4日 (月)

旧八幡郵便局

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夏休みを利用して、自家用車で旅に出た。
7時40分、横浜の自宅を中1の次女と二人で出発。
テーマは建築とアートを堪能する。
単に私の行きたい所に行くだけのわがままな計画の決行だ。

次女は関西方面に初の旅行(京都まで行ったことがあるが)をするとうので、日本脳炎の予防接種も受けている。準備万端だ。

東名高速を順調に西に走り、上郷サービスエリアで上郷名物「手作りカレーパン半熟卵入り」なるものをランチに食べる。名神高速八日市ICから一般道を走り、最初の目的地である近江八幡市の市営多賀観光駐車場には、一番暑い時間に到着した。駐車場に車はわずか数台、街を散策する人影もほとんど見かけない。

ここで一番に見学したかったのは電話予約が必要な「ヴォーリズ記念館」である。
月曜休館であることは知っていたが、諸般の事情により日曜出発を月曜に変更したため諦めた。猛暑の中、外観だけをじっくり眺めさせていただいた。
ヴォーリズ建築を最初に意識したのは東京・お茶の水にある大正14年に竣工した「主婦の友社ビル」である。私が知っている「主婦の友社ビル」は1987年に磯崎新氏の設計によってファサードの外形骨格と一部のオーナメントのみが復元されて「お茶の水スクエア」として立替られた現在の姿である。ここに日本初の民間が運営するクラシックの室内楽専門ホールとして「カザルスホール」がオープンした。ホールの独自性(世界初のビオラのための企画「ビオラスペース」を成功させた)と、そのシンプルながら重厚な外観をもつこの建築は私を魅了した。2003年に日本大学がこのお茶の水スクエアとカザルスホールを買収し運営されている。近くにあるアールデコ風な「山の上ホテル(1937年)」が現存するヴォーリズ建築そのものであることを暫くしてから知った。そして6年ほど前、横浜に唯一現存するヴォーリズ建築である「横浜共立学園本校舎(1931年)」の内部に入る機会を得た。「使う人の立場になって設計をする」というヴォーリズ建築の特徴を実感した。その後、北海道への家族旅行の途中で、北見にある「ピアソン記念館(1914年)」を訪ねたり、大阪出張の際は心斎橋の「大丸百貨店(1933年)」をなめ回すように見学したりしてきた。 

ヴォーリズとは、今では誰でも知っている「メンソレータム」の会社を作ったヒトといえば、わかりやすいだろう。熱心なキリスト教徒としての伝道活動とともに社会教育、出版、医療、学校教育などの社会貢献活動を行いながら、それを支えるために建築設計会社や製薬 会社などの企業活動を展開した。建築の設計はアマチュアだったそうだが、アメリカ人建築家の協力を得て海外の 技術を吸収しながら基礎を確立し、住宅を はじめ学校、幼稚園、教会堂、礼拝堂、YMCA、YWCA、病院など1500〜1600件の建築を手がけたと言われる。合理性と簡素さを両立しながらも、日本の風土に馴染んだ親しみやすい様式が多くの人々の共感を呼んでいるのだと思う。2008年は、ヴォーリズが建築設計事務所を開業してからちょうど100年に当たる年なのである。

近江八幡にはヴォーリズ建築が多く現存している。
そのうちの一つ、旧八幡郵便局は現在NPO法人・ヴォーリズ建築保存再生運動「一粒の会」の事務局として、そしてギャラリーとして保存再生活用されながら一般に公開されている。

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1階はほぼ改修が終わっていたが、中庭に出てみるとまだまだ途中であることがわかる様相だ。ギャラリーの店番の方とお話をしながら、2階も見せていただけないかと申し出てみると、こころよく階段の先の扉の鍵を開けてくれた。窓の開いていない2階は、熱気がこもり立っているだけでも汗が滴り落ちるような状況だったが、せっかくのご好意に、資料のパネルやらゆっくりと見せていただいた。それでも床に穴があいていたり、壁が一部崩れたりと、改修はまだまだこれからの様子だ。

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最初の画像は、この2階の奥の扉にあった水晶のドアノブだ。
1階の局長室の扉の紫水晶のドアノブは有名だが、2階のは薄桃色だった。こういうディティールが面白い。

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しばし、1階のサロンで通り抜ける風にあたりながら流れ落ちる汗が収まるのを待ち、朝、自宅で入れた冷たい麦茶を入れた水筒を飲み干した。

このあと、 ヴォーリズ建築第1号である「アンドリュース記念館(旧YMCA会館)(1907年)」の外観を見る。ここは一昨年に再生のための改修工事が行われ、高齢者や障害者などの介護予防拠点施設として蘇っていた。中からは清楚な合唱の声が聞こえてきて、地域住民に親しまれる介護のモデル施設として先導的な役割を既に果たし始めていることが実感できた。

何せ関西は暑いのである。
わしゃわしゃと、クマゼミの合唱も凄い音量で、暑さに輪をかける。
途中、いろいろ道草を食いながらも何とか丹下健三建築のホテルに到着。
夕陽を眺めながら第1日目の旅を終えたのである。

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2008年8月 2日 (土)

8月のデザインイベント

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昨日からグッドデザイン賞の1次審査を通過し、グッドデザインエキスポで紹介されるノミネートデザイン 約1700点が Web上に公開されている。

応募サイドは、これから2次審査までの間に、夏休みなどを挟んで日常業務の傍ら準備におおわらわだ。今年は 応募対象の分類の見直しがあり、「部門」から“人を中心とした分類” 「領域」に変更になったりと、改善、進化という迷走が続く。審査サイドも 短期間にユーザーの価値を実感し、客観的に判断を下すためには合理的な情報を求めている。あげくに、2次審査前までに追加の資料提出を求めるユニットもある。書類から読み取ったコンセプトやプロセスと現物のモノのスタイリングや使い勝手の検証だけじゃないんだから、そんなことあらかじめ想定できたでしょ、と突っ込みたくもなる。でも、応募サイドであるデザイナーは謙虚にわかりやすい資料をプロの可視化でつくってしまうんですがね。まじめですから。

少なくとも グッドデザインエキスポは 今の日本のデザインが一同に会する貴重な機会であることだけは確かだ。

そうそう、日本のデザインが一同に会する機会がもう一つある。ナガオカケンメイ氏がユニークな企画を実現しようとしている「DESUGN BUSSAN NIPPON」展だ。

8月はチェックしておきたいデザイン系のイベントが目白押しだ。
今から計画しておかないと、結局どれも足を運べなかった、ということになりかねない。
自分の備忘録を兼ねて。


キッズデザイン博2008

2008年8月5日(火)~8月10日(土)
10:00〜17:00(土曜日は16:00まで)
TEPIA プラザ(産業記念会館)
入場無料

主催:キッズデザイン協議会

 

NOW UPDATING…THA/中村勇吾のインタラクティブデザイン

2008年8月5日(火)~8月28日(木)
11:00〜19:00(土曜日18:00まで)
日曜・祝祭日休館
ギンザ・グラフィック・ギャラリー(DNP銀座ビル)
入場無料


グッドデザインエキスポ 2008

2008年8月22日(金) 18:00-21:00
           8月23日(土) 10:00-21:00
           8月24日(日) 10:00-16:00
東京ビッグサイト 東展示棟5~6ホール
入場料:1,000円

主催:財団法人日本産業デザイン振興会
アートディレクション:永井一史

「DESIGN BUSSAN NIPPON」展

2008年8月27日(水)〜9月1日(月)
10:00−20:00
初日19:00・最終日17:00閉場(入場は閉場の30分前まで)
銀座松屋 8階大催場
観覧料:一般 800円 高大生 600円 

主催:日本デザインコミッティー
コミッショナー:ナガオカケンメイ
会場構成:隈研吾
写真:安永ケンタウロス


プロと卵のエコデザイン展2008

2008年8月28日(木)〜9月9日(火)
10:30−19:00
水曜休館、
新宿リビングデザインセンターOZONE3階、オゾンプラザ  163-1062 東
入場無料

主催:社団法人日本インダストリアルデザイナー協会 東日本ブロック環境委員会  

 

 

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2008年8月 1日 (金)

夏休み

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朝、駅までの途中の公園は、今日明日の盆踊り大会の準備がすっかり整っていた。
散歩のヒト以外誰もいない会場は、映画「千と千尋の神隠し」のワンシーンがリアルに広がっているようで、ちょっとシュールだ。

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夜、帰路の途中の地元の公園では、すっかり盆踊り大会は終わっていた。
屋台の裏手でおつかれさんのビールを飲むヒトや、夜遅くまで外で遊べるうれしさからまだちょっとハイな小さな子供達がちょろちょろ走り回っている以外 ほとんど誰もいない中、灯りの点いた提灯のラインが、これから魑魅魍魎達の宴会が始まるようなこれまた何とも言えない雰囲気だった。

自宅に着くと、横浜の花火大会から帰ったばかりの長女、題名のない音楽会の公開録画から帰ってきた妻と次女らが今日の出来事を楽しそうに話をしてくれた。

私も明日から夏休みです。

どこを通って、どこで休んで どこで食事をして、
旅の体験のシミュレーションはエクスペリエンスデザインの醍醐味だ。

ゴールデンウイークから予定をしていた計画は、6月末に長女の「行かない」宣言で大規模な計画変更を余儀なくされたが、当初の予定通り建築とアートをテーマにした私のわがままな旅程は決行する。

ガソリン代が今日から大幅に値上がりしたのがかなり痛いが。

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