アートサイト直島
旅の三日目、ベネッセアートサイト直島を堪能する。
「ベネッセアートサイト直島」は、2004年からの直島内でのアート活動の総称である。ベネッセ・コーポレーションが1986年から直島に文化村構想を持ち込んだ。その後、「自然・建築・アートの共生」をコンセプトとしたアート活動が展開される。その中でも安藤忠雄氏が初の美術館として設計した「(旧称)直島コンテンポラリーアートミュージアム(1992年)」はこの構想の中心施設となる。また、97年にスタートした「家プロジェクト」は、どこにでもある街並保存という発想ではなく、古民家の保存と再生による歴史観、文明史観へのチャレンジだ。「サイトスペシフィック・ワーク」によって生み出される「直島にしかない作品」群は、ここでその時にしか体験できないインスタレーションであり、我々自身の感情にすべて委ねられてしまうアートだ。
こうした「現代美術と自然と歴史」を基軸とした活動が、村の営みと島の歴史に視線を向けることにもなり、結果的に多くの地域住民を巻き込み、共感を得てきているという。
具体的には、家プロジェクト第1号である「角屋(かどや)(1998年)」を創る際、アーティストの宮島達男は、地域住民参加という手法を取ったという。町民125人を公募して作品を構成する125個のディジタル・カウン
ターの点滅速度を、その一人一人にセッティングしてもらったのだ。猛暑の中を歩いてきて、実際にひんやりとした角屋の暗闇に佇むと、カウンターのまばたきからヒトの息づかいが聞こえてくるようで不思議な感覚にとらわれた。
コンテポラリーアートという新しい試みに対
する保守的な町民の反感、抵抗感をワークショップという形から融合させていくことができた好事例だと思う。
2004年、アートサイト直島の活動とは別に、塩田跡に安藤忠雄氏設計による「地中美術館」が完成する。
今回、午前中にまず本村の観光用駐車場に車を停め、「はいしゃ(大竹伸朗 2006年)」→「南寺(ジェームタレル、安藤忠雄 1999年)」→「角屋(宮島達男 1998年)」→「護王神社(杉本博司 2002年)」→「碁会所(須田悦弘 2006年)」と回る。外観以外は撮影禁止であり、撮影したところですべて体験しないと意味がないので、ここは画像を省く。とにかく暑い。路地に日陰がない。香川、高松からの小学生の団体が小グループに分かれて、どうも同じパターンで行動していたため、どこにいっても入場するのに待たされてしまった。こういうときはパターンをずらせばよいのである。
ということで早めのランチだ。老舗(!?)のカフェまるやではなく、あえて「あいすなお」へ。元IT企業のサラリーマンだった横浜出身の店主が、築80年の家屋を自力で改装したカフェだ。まだ誰もいない店内で、扇風機に吹かれながら足を伸ばし、小豆島のそうめんと玄米のおにぎりをいただく。食べ終わる頃には店内は満員に・・・。
元気を取り戻して、先ほど満員で入れなかった家プロジェクト第2号の「南寺(1999年)」を再び目指す。一度に16名しか入場、体験できないので時間指定の整理券が配られれているのである。そうとは知らずにやってきたフランス人の団体さんは、コーディネーターのヒトが汗だくで交渉をしていた。この暑さの中で数時間先まで時間を潰すのは確かに大変だ。
「南寺」はジェームズ・タレルの作品のサイズにあわせ、安藤忠雄氏の設計で新たに建てられた建物だ。かつてここにはお寺が実在していたそうで、コンクリート打ちっぱなしがお家芸の安藤氏があえて外壁を周囲の街並みと同じ焼杉板と同じにすることで環境にとけ込ませ、人々の精神的な拠り所であったということを記憶にとどめる役割も担っているようだ。
ジェームズ・タレルの作品「バックサイド・オブ・ザ・ムーン」は、15分間の衝撃的な身体感覚の体験です。言葉では表せませんし、意味がないのでぜひ一度訪問してみてください。その価値はあると確信します。
下の画像は 南寺に隣接する公園にある公衆トイレの建物。南寺と同じ外壁で、その直方体と呼応するかのように円柱型が印象的だった。
この後、千住博氏のザ・フォールズを見るために「石橋(2006年)」まで歩く。
残念ながら母屋は閉鎖中だったが、直島のために描かれた高さ3m×幅15mの大作を前に、暗い蔵の中で、蝉時雨がいつのまにか滝の音に聞こえるような静かな時間をしばしすごした。
平日に見ることができる家プロジェクトを制覇し、車に戻ってエンジンをかけると、気温計は41度を指していた。
午後は安藤忠雄建築三昧である。建築そのものがアートでもある地中美術館をゆっくりと鑑賞し、ケーブルカーで往復してオーバルを見た。そして17時からのベネッセハウスミュージアムのギャラリーツアーに参加した。
地中美術館では、クロードモネ室の床材についてや、ジェームスタレル室にタレル自身が来たときのお話などについて、信國大志さんがデザインした白いユニフォームに身を包んだスタッフがわかりやすく質問に答えてくれた。
ベネッセハウスミュージアムのギャラリーツアーの担当は支配人の男性だった。
コンテポラリーアートは作者が意図を説明したりすることはなく、すべて鑑賞者の気持ちや解釈に委ねられることをまずわかりやすく説明し、それぞれのアートの隠された魅力や、美術館に設置後のエピソードなどを紹介してくれた。杉本博司氏の写真作品が直射日光にさらされる屋外のコンクリート打ちっぱなしの壁に、それも実際の瀬戸内海の水平線と一致する高さに展示されていること、ギャラリースペースに入っていくコンクリートの壁の目地に雑草が生えていること(家プロジェクトの碁会所の須田さんが制作したほうの木の彫刻)、吹き抜けスペースに置かれた「天秘」という大福餅のような石の彫刻は、その上に寝転がって空を眺めると気持ちいい、などなど、アーティストのお茶目でユニークなチャレンジ精神までをわかりやすい言葉で語ってくれた。
夕食を済ませたあと、再びベネッセハウスを訪ね、娘と二人で石の彫刻の上に寝そべってしばしマジックアワーの移ろい行く空を眺めた。貸し切りのような美術館でゆっくりととした時間が流れる、何とも贅沢なひとときだった。
宿泊は 安藤忠雄建築では珍しい木造の宿泊施設 Prak棟(2006年)だ。
部屋にテレビはなく、BoseのWaveMusicSystemだけがある。お気に入りのCDを持参ください、と案内にあったので、モーツアルトの室内楽やピアコンなどを聴きながら寝るまでの時間を過ごした。
直島、それはフェリーに乗ったその瞬間から、時間がゆっくり流れる空間へのいざないだったのです。
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