« 変化と成長 | トップページ | NOW UPDATING... @ggg »

2008年8月16日 (土)

スポーツ中継とドラマの演出

Dscf1720

夏休み明けからのロケットスタート1週間経過。
連日の北京オリンピック報道も気になる。その真剣勝負の表情や瞬間の感動を共有する魅力は捨てがたく、つい帰宅後にテレビを見てしまうので、さらに寝不足気味だ。
高い契約料を払っているアメリカへの生中継のために競技時間が朝一に変更されたりなんてことがあったようだが、日本での時差1時間の恩恵は大きい。生中継でこれだけの感動を実感できるオリンピックは久々だからだ。

やっと週末にたどり着いた。
大気が不安定でゲリラ豪雨に注意との報道だが、自宅付近は影響なく、あまりに暑いので、クーラーのきいたリビングでテレビ観戦、といきたいが昼間からオリンピック中継はちょっと食傷気味。夜と明日にとっておこう。
そこで、録画しておいた「ゲド戦記」を今更ながらであるが鑑賞。実は初めて。
う〜〜ん。やはり 宮崎駿をはすごいと改めて確認できたことが収穫か。

スポーツ中継のバラエイティ化が著しいが、競技を淡々と正確に伝えることが結局何より感動が伝わる。そうはいっても、その正確に伝えることは、アナウンサーの実況中継や解説者のコメントではなく、映像そのものである事実は動かしがたい。
ハイビジョン映像、ハイスピードカメラが捉える汗や水しぶきの動き、高性能の高倍率レンズが映し出す選手やコーチ、観客席のアップの表情、肌から吹き出す汗などの臨場感は、かつての市川崑監督が「人」をテーマにした記録映画「東京オリンピック」を彷彿させる演出だ。演出といっても生中継だから 事実を微細な情報まで伝えることが出来る放送技術の発展がそのライブ感を一層盛り上げて感動を呼び起こしているのだと思う。結果やダイジェストが中心の細切れで合理的な情報が中心のネット映像との差別化けもその背景にあるのかもしれない。

一方で通常の定番番組は視聴率に苦戦しているらしい。
そんな中で、の安定した視聴率を誇っているのがNHK大河ドラマの「篤姫」だ。
10日の「桜田門外の変」は柔道男子66キロ級の生中継(内柴正人 の金メダル獲得)をあっさり上回っていただけでなく、放送開始以来過去最高となる26・4%だったそうだ。

我が家では毎週楽しみに見ているのだが、最近はオープニングのクレジットの最後の最後にその回の演出家(映画で言う監督ですね)の名前を非常に気にしている。
8月10日は 堀切園健太郎氏であった。その名前が出たところで、「お〜〜!!」という私は唸ってしまった。「桜田門外の変」の演出が「堀切園健太郎」。NHKが北京オリンピックの中継を止めてでも定番の大河ドラマを放映する自信とそれに懸ける意気込みを感じてしまったのだ。その瞬間から最高視聴率を予感し、中盤の見せ所を期待させるに十分だった。

「篤姫」の演出については このブログの7月13日のエントリーを読んでいただきたい。
手持ちカメラで表情をアップで捉えて、感情の高ぶりや緊迫感を表現する演出や音楽の取り扱いは、やり過ぎかなと思えてくるところもあるくらいだ。
今回も濃い内容てんこ盛りで急展開な時代を一気にダイナミックな演出で見せてくれた。

最初に幾島との別れの場面での台詞のやり取りは「女性脚本家ならでは」(「嫌いだった」と切り出す天璋院に「手に負えなかった」と返す幾島)であり、松坂慶子と宮崎あおいの優れた女優の演技と表情を堪能させてくれたのである。宮崎あおいの涙は演技ではなく本当の涙だったのでは!?と思わせる場面だった。
そして「安政の大獄」と薩摩での大久保や帯刀の様子、公武合体へと動いていく慌ただしい様子が描かれる。新しい動きとして高橋英樹役の島津斉彬没した後の大河ドラマの看板スター男優として登場したのが、勝麟太郎役の北大路欣也。新撰組の時の野田秀樹の印象が尾を引いていることと、年齢にそぐわない若さを演じることにちょっと無理を感じてしまったのは私だけではないと思う。「薩摩の斉彬さまが生きていれば・・日本ももっと良かったでしょう」「いや、こたびの処罰で隠居にでもなっていただろう・・」のやり取りがたまらない・・。意思を貫く堂々とした言動と機転の利く人物、天璋院とは気が合うという印象を焼き付けて今後の新しい期待を視聴者に与えてくれるシーンでした。
そして勝麟太郎が天璋院に持ってきたおみやげが「ソーイングマシィーン」。日本で初めてミシンを使ったのが天璋院とのこと。ちなみに美術さんは当時の本物のミシンを探し出してきたようだ。
ここまでの大老・井伊直弼の悪役ぶりは、中村梅雀の名演技あってのことだ。頭を下げながらも一瞬だけニヤリと笑うアップなんぞ、最後のシーンへの布石とはいえ、憎々しさが増長される演出に敬服だ。
井伊大老と天璋院の狭い茶室での緊張感あふれる駆け引きでは、ひとつひとつの所作や会話から人柄がにじみ出るような丁寧な演出でじっくりその心の変化を見せた。その直前の娘のように無邪気にミシンを使う天璋院や、その後の華やかな大奥の雛祭りの様子を細かいカット割りの連続で見せる演出とのコントラストでより際立たせていたのだと後で解る。
ちなみに、茶室で使われいた茶碗は安土桃山時代の本物だとNHKのブログにある。そのこだわりぶり、本気度が凄い。

そして、いよいよラストシーン。
「篤姫」では、殺陣や人が命を落とすシーンはほとんど描かれない。血の出る描写なぞほとんどない。それが安心してみることが出来る所以であり、従来の戦国時代を描く大河ドラマを期待している視聴者への物足りなさにもなっているのだろうが、だからこそこの事件をどう見せてくれるのか…期待が高まる。結果としては、籠の中の井伊大老の表情ですべてを語ろうという演出だった。大奥の雛祭りの色鮮やかで笑顔の溢れる平和な風景とモノトーンで音のない暗殺劇を交互に見せながら、その意味を中村梅雀氏の顔の表情だけで語らせたのだ。
そして、カメラワークは天から真っ白な雪の上の人の動きを客観的に捉える。
こ、これって、「新選組!」の時と同じアングルでは!
恐るべし堀切園健太郎・・。

明日は「皇女和宮」。そして演出は多分2回分なので「堀切園健太郎氏』
新たな展開にまたまた視聴率はあがるのであろうか。

スポーツ中継であろうと ドラマであろうと
心が見え、感動をゆさぶるためには
映像による演出がいかに大事か、というお話でした。

|

« 変化と成長 | トップページ | NOW UPDATING... @ggg »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/166759/42192906

この記事へのトラックバック一覧です: スポーツ中継とドラマの演出:

« 変化と成長 | トップページ | NOW UPDATING... @ggg »