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2008年10月13日 (月)

オペラシティでの演奏会

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今日はアモルファス合奏団の第27回演奏会を
オペラシティのリサイタルホールで聴いた。

昨年の演奏会は10月8日(月)だったが休出で行けず。
一昨年は10月9日(月)妻と娘のピアノの発表会当日で行けず。
以前は「9月23日はアモの演奏会」と覚えやすかったが
いつのまにか10月の3連休の最終日となってしまった。
3年ぶりだ。

アモルファス合奏団は、
82年に当時の千葉大オケの4年生とOBで結成された
アマチュアの弦楽オケだ。
当初20代前半だった平均年齢は今や40代後半。
力まかせに熱情的で鋭角的な音楽を好んで奏でていたような最初の10年間に私も在籍したが、今や見かけも十分に年期が入ってきたし、指導者も代替わりしてからこの10年で随分と清楚な響きを醸し出し、音を確かめるような音楽作りになってきたなあと感じていた。

「アモルファス合奏団らしさ」というのがある。
充実した中低音、プログラムのユニークさ(自分達は意欲的と言っている)、
昭和を引きずったままのデザインで薄暗い会場で読むことに配慮のないプログラム、
でもそれを補ってあまりある楽屋落ちで笑えるコンテンツ、
備えあれば憂いなしのステージ上の予備楽器、などなど。

アマチュアの演奏会は、やらされているのではなく、
自分達がやりたいから、自分達がやりたい曲を演奏する。

だから、音楽に真摯に向きあい、葛藤し、楽しみ
達成感を味わうために演奏会という目標に向かって時間を過ごす。
その過程や積み重ねが、そのアマチュアらしさを醸成する。
聴衆は、経緯やテクニックはさておいても
プロの演奏会では味わえない「ひたむきさ」と「らしさ」の音楽を楽しむ時間を共有することになる。

アマチュアはともすれば「自分達がやりたい曲」を優先し
演奏会に立ち会う聴衆を忘れがちになることもある。
発表会へのお付き合い、と言う聴衆が大半だろうが、
一方で 時の積み重ねの変化や「らしさ」も十分に楽しみになるものである。

4年前の9月25日第24回のプログラムは
ラター、マリピエロ、フットにヘンデルという作曲家のプログラムだった。
ヘンデル以外は初対面の曲ばかりだった。
その前はメインこそブラームスの弦楽六重奏曲第1番(弦楽合奏版)という弦楽合奏の醍醐味を味わえる選曲だったが、サブはJ・トゥリーナー:闘牛士の祈り、F・シュレーカー:インテルメッゾというニッチの極めつけ。
プロじゃあやらないか、そういうプログラムの演奏会にわざわざお客さんは足を運ばない。
だから面白いのだが、発表会にお付き合いできた人は親しめない曲に面食らったり、
集中力が続かないか(舟を漕ぐ人多数)、楽しみ方が解らないから楽しめない。
それを知ってか知らずしてか、そういう方向に走るのか、とちょっと懸念していた。

今年のプログラムは
バッハ:ブランデンブルグ協奏曲第5番
武満徹:3つの映画音楽
チャイコフスキー :フィレンツェの思い出 弦楽合奏版

ちょっとゆっくりで、音を確かめながら楽しむような楷書体のブランデン。
でもチェンバロの美しい響きと非常に熟れたフレージングが魅力的で、
清々しいオープニングだった。

一転、2曲目は時代を一気に飛び越え、音楽表現の可能性に挑んだような作品。
構造化された形式とは全く異なる緊張感と甘美さが明滅するような音の流れが紡ぎだされたのだ。最初の和音から ぞくぞくっとする魅力に一気に引き込まれてしまった。
現代の精神性を弦楽器の奏でる音で、それも映画音楽というジャンルで現代音楽を身近に感じさせてくれた功績は計り知れない。
それを生で聴く機会に恵まれるとは!
オペラシティのコンサートホールは「タケミツ メモリアル」という愛称があるように
ホールの基本コンセプトづくりから設計段階まで故武満徹氏が深く関わったそうだ。
その真下にあるこのリサイタルホールで
タケミツの映画音楽が演奏された意味も少なからずあると思う。
今日の大収穫だった。

そして最後は音の洪水。
バロックと現代音楽に挟まれ、我々に最もなじみのあるロマン派で大団円。
美しいメランコリックなメロディーと芳醇な和声が厚く響くオーケストレーションが真骨頂のチャイコフスキー節。
「アモらしさ」は、奏者の高齢化(失礼)で随分大人しくなったかと思っていたが、
いやいや、3曲の中にその進化と、学生の頃から持ち合わせていた「アモルファス節」として十分に爆発させていたのでした。

縦の線や細かい音符の動き、音程が合わないとかいう小さな擦り傷は
膨大な音符の数とひたすら戦いながら練習した足跡からすれば
大きな音楽の流れを形作れたことで十分に報われたことでしょう。

指揮者のダイナミックな指揮さばきに必死に応えようとする演奏は、
あの頃を彷彿とさせる、いやいや舞い戻ったかのように熱演だった。
燃え尽き症候群になってしまうか、体の節々が痛くて
明日からの仕事に大きく差し支えること間違いないなあ。

まさに音のシャワーを浴びたような気分。
音楽はスポーツだ。

聴衆にとっては、音楽的なコントラストのメリハリが利いた
とてもよいプログラムだったと思う。

アンコールのピチカートポルカのなんと生き生きと楽しそうなこと。

最後に拍手のなか、思わず目頭を真っ赤にした奏者がいた。
今日の演奏会の「みんなで、ここまでよくやったあ!」という喜びが溢れていました。
ステージの上で、嬉しくて涙が出てくるなんて音楽家冥利につきるだろうなあ。

身内のひいき目だからだけじゃなくて、アマチュアだろうとプロだろうと音楽を聴いて鳥肌が立つとか、奏者と観客が喜びを共有できる瞬間に立ち会えることは幸せなことです。

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