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2009年8月29日 (土)

グッドなデザイン大集合!?

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夕方もバタバタしていて、なんとか20時前には会場入り。
ビールをもらったりパフォーマンスを見物することもなく、とりあえず一通りひたすら見る。

車と建築関係が少ないからか、通路も広く感じて、今年はすっきり見やすい。
ブースも少ないので、景気の影響がもろに出ていることをなんとなく実感できる。

ロングライフとかフロンティアデザインに今年の特徴が出ているようだ。
そうそう、企業ブースもその中に応募商品やプロトタイプがあったりするので、見逃さないように。

30日は日本武道館改修中とかで「24時間テレビ」が西ホールでやっているし、同人誌販売会もあるらしいので、等身大ガンダムとビッグサイトはものすごい混雑になるかも。

下の画像はD社さんのプロトタイプ。その発想の源は人の記憶の感覚によるところで、業界を超えて「そうそう」と共感しあえたのでした。久々の再開に会話も弾む。それにしても、こういう時期にこういう場所にブースを出展したその苦労話に泣けた。

追記(8月30日):審査副委員長の山中俊治さんが29日付けで辞任されたそうです。詳しい事情はわかりませんが、ご自身のブログ「デザインの骨格」で後日、その理由を表明されるそうです。

確かにグッドデザインの公式ホームページには審査副委員長のメッセージが掲載されているが、山中さんだけは「近日公開いたします」のまま、今日に至っている。その原稿辺りから思うところを吐露していたのでしょう。

 

Dscf5981

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2009年8月28日 (金)

インハウスデザイナーの役割のひとつ

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NEOREAL
-パワープロジェウターが創造する新たな映像表現の世界ー

2009年8月27日(木)〜29日(土) 11:00~20:00(入場は19:30まで)
東京ミッドタウン ホールB (ミッドタウンイーストB1F)
入場無料

キヤノンがミラノサローネに出展した映像作品を東京で体験できる。

夜、作品を体験してきた。
3つのコナーに分かれていて、一つはインタラクティブアーティストの松尾高弘氏とのコラボレーション“Aquatic Colors"(上の画像)。
二つ目の部屋に、キヤノンのインハウスデザイナーらによるインスタレーション"_O_N_L_I_N_E_".
三つ目の部屋が、このアートを実現したキヤノンの液晶プロジェクターの技術展示となっている。

見終わったあとで、この展示を実現した部署のお二人と親しくお話をさせていただいたので、その背景や目的がよくわかった。

一般的にその企業のイメージを支えるメインの事業というものがあるが、それだけではなく、まだ日のあたらないながら、優れた独自の技術を保有していることが多い。そのような注目すべき技術に対して、インハウスのデザイナーが技術の翻訳者として高付加価値の創造に貢献できる活動としてこれを位置づけていると私は理解した。
外部のアーティストから高いクオリティを要求され、それと技術のギャップを埋めていく作業により育まれる高い目標を克服するモチベーションとノウハウ、その結果をユーザーが体感することによる、その技術への信頼。
インハウスデザイナーらによる、日常の商品化とは異なる技術の可視化による価値の共有化を目指した制作は、自社技術の新たな認識と未来の事業を生み出す力となるだろう。

来場者は、これらを3つのコーナーを巡ることでそのブランドの背景を実感することになるだろうし、これらをプロデュースしたインハウスの担当者ら、そこからのフィードバックで、新たなモチベーションへの手応えを感じていることと思う。

ミラノサローネという場所にデザインからブランドイメージをあげる活動として、このような作品を出展できることを素直に羨ましく思うし、そこまでに至る経緯も含めてインハウスデザイナーとして敬服する。

また目的が明確だからこそ、経営陣も未来への投資への必要性を認めているのだろう。

いい勉強になった。

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2009年8月27日 (木)

思考プロセスの可視化

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明和電機「WAHHA GO GO(ワッハゴーゴー)」開発ドローイング

8月21日(金)〜30日(日)
17:00〜22:00 (仕事が終わってからオープンするそうです)
明和電機アトリエ(武蔵小山駅から徒歩5分くらい)

東京ミッドタウンの21_21で開催されている「骨」展に出展され、不気味な笑いを披露しているワッハゴーゴー。その初期の発想から具体的な構造、機構にいたるまでのプロセスを102枚に及ぶスケッチで公開するイベント。
なんと 場所は、それが生まれた明和電機のアトリエというので、これは面白そうだとGマークの搬入の後に行ってきた。

武蔵小山の駅に初めて降りたが、延々とどこまでも続いていそうなアーケード街がなんだか懐かしい温かい雰囲気で、そこを歩いているだけでも楽しかった。

明和電機のアトリエはアーケード街ではなくて、そこから1本西側の通りのマンションの1階にあったが、青い明和電機の看板がなかったら、通り過ぎてしまいそうだ。
へ〜、ここがアトリエなんだ。加工機器が壁際に少し並んでいたけど、棚などや奥などの秘密兵器や秘蔵品は一切見えず、まあ天井の高い車の車庫みたいなもんですかね。

会場にはスケッチ102枚がびっしり額に入って並んでいて圧巻。
1枚55,000円で売っているそうです(ゴーゴーだから)。
あと、ワッハゴーゴーから生まれた製品ですということで「オタマトーン」9月発売です、よろしく、とエイギョウされた。電子楽器ですが。
社員の方がいろいろ説明もしてくれるし、社長さんも立っていて来場者の質問に丁寧に答えていました。通りがかりらしい近所のおじさんが、「中はこんなんになっとたんか。今日はなんであけてるの?え、あれをつくったの? なになに?」なんて社員との会話が微笑ましかった。

でもそのスケッチは、すべてネットで見れます。

NOVMICHI SKETCHBOOK

3000円で作作業日誌風の本も買えます。

でもね、どういうイメージから、どういう機構で声をだそうとしたか、グレートーンや筆の走り具合、筆圧、悩んだ後までの実物からの迫力は、売れてしまって散逸する前に、こういう機会を利用して生まれたその場所で一度見ておく価値はありだね。

 

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2009年8月26日 (水)

夏の恒例

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グッドデザインエキスポ 二○○九

8月28日(金) 18:00〜21:00
8月29日(土) 10:00〜21:00
8月30日(日) 10:00〜16:00

東京ビッグサイト 東5・6ホール
入場料 1000円(中学生以下 無料)
割引チケット 500円←クリックしてリンク先からダウンロード

恒例の夏のデザインイベントです。

オペレーションやホスピタリティーなど、なかなか改善されないこともあるし
あまりにも数が多すぎて全部見切れない、床が固くて足が痛くなるなど
課題も問題も多いけれど
”今”のデザインを一度に俯瞰、実感できる絶好の機会であることはまちがいない。

今年は不況の影響で出展者も絞り込んでるので 質も高いようだ。
昨年までの某分野のリーガル無視の無謀な立込みも今年は規制が厳しくなってすっきり。

ぜひ、時間を作って見に行く価値ありです。

私は金曜の夜 行く予定(無料のビールがお目当て?じゃないよ)。
見かけたら声かけてください。

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2009年8月25日 (火)

手段の目的化

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手段を目的化してしまうことは、よく陥り易い。

現政権の首相も「政権交代は手段であって目的ではありませんから、 政権交代されたら何をされるかはっきりしていただかないといけないという感じがいたします。 政権交代だけでは、何の目的かわからないんだと思っています」という発言を5月頃から繰り返している。

そう言われちゃうと、このエントリー書きやすいような書きにくいような・・。

日常の家事でも、掃除することや、料理することを目的化しちゃって、心身ともに健康に暮らすことが目的だったはずなのに、手段の達成に凝りすぎたり、時間がかかりすぎて疲れちゃったり。
勉強もテストや授業、宿題をやることが目的化しちゃうと、その後の振り返りを忘れちゃって結局身に付かなかったり、ジブンがやりたいこがなんだったかわからくなったり。
サークルでおそろいのトレーナーを作ったことで一体感が醸成された気分になって満足しちゃうのも似たようなことかな。
社会に出ても、会議をすることやそのための書類を作ったり、わかりやすいプレゼンをすることが目的化してしまったり、上の承認をとることにものすごく力を入れてしまうヒトもよくみかける。周囲から共感されるかどうかは別として処世術として達者なことも必要であるけど。

Howの作り込みにたくさん時間をかけた末、それで目的を達成してしまったような気になってしまって、本来の目的はこうなんじゃない、だからこれからがスタートなんじゃない、とうことを指摘されることもよくあるこ。自分自身も含めて。

手段は目的のためのプロセスであって、それを精緻に一生懸命につくりこんでも、よく頑張ったねと労はねぎらってくれるが、共感は得られないのだ。

本来は手段を継続することで起こる事実をきちんと観察しながら、その後の変化に対応しながら取り組みの質的な向上を目指すことが目的なんだけど。

目標を作るということは実はとても難しいと思う。さらにその目標に向かって進めと判断することも大変だ。責任が生じるから。責任を負うということは、集団ではリーダーだ。集団ではなく、自分のことなら自分の中でも責任を負うしかないのである。

手段の目的化は、目標をつくれない、責任を負いたくないという意識や、目標のための達成方法もどうしたらいいかわからない時に起こりやすい。目標を達成するための手段やツールとその使い方を教えてもらえれば、まずは「やること」ができるので、それを使いこなしてみる、というこが多いから。

目標に対して文句をつけることはカンタンなので、不平をいいながらも手段に取り組むことで実績や成果を出し、目標が達成できなくてもそれは自分のせいではなく、手段のせいにできるから。

まあ大抵の場合、最初はそうなんだけれど、そこから何のために使ってるんだっけ?とか、これを使えば自分のやりたかったことが出来そうだ、とか気がつくと、小さいけれどそこから新たな目標が生まれる。これを意識的に、または習慣的にできる人もいれば、考えたくない人がいるのも確かのようだ。

最近の新聞記事で興味深かった事例。紙の辞書と電子辞書。
「本当の学ぶ力をつけるには、探している言葉以外の単語まで自然と目に入り、前後や関係する多くの語義や用例、慣用句に触れられる紙の辞書の方が知識が広がっていい。」と年齢が高い人は経験的にモノを言う。すぐに目的の語の意味が合理的に見つけられる電子辞書の便利さを体験したらもう紙に戻れない。
しかし、あくまで辞書は道具。多読で量を読むときは電子辞書がいいし。精読してじっくり意味を噛み締めて行きたいときは紙がいいかも。

身近で起こった出来事で考え込んでしまったこともある。ある言葉の意味を定義しようという場面になった時、一人がインターネットで辞書を引いた。そこにはその直接的なその言葉の項目がなかったので、彼は「辞書に出ていないから、この言葉は世の中にないんじゃないですか」と発言した。
辞書にはなくても、ある事柄を構成する要素として名詞を形容詞化することで抽象化した言葉という理解に及ばないのである。数十年前から業界ではあたり前に使われているので疑うこともしなかった私には衝撃的だった。自分が知らない知識をネットや辞書で調べて、「そのもの」がないと、その現象で事実を判断したり、結論をだしちゃったりする人が目の前にもいることにあらためて気づいた。

今時の学生ならともかく、同世代でもこうなのだから、年齢の問題ではなさそうだ。モノゴトの課題整理が上手い、手段を使いこなすことができるということと、知識経験に裏付けられた深い考察から仮説や目標を設定したり、方向を指し示したり、本質を表現したりすることできるということは別なのだ。

Whatを自ら導きだせないから、Howを目的化してWhatにたどり着けると勘違いしてしまう。

まさに政権交代は手段であって目的ではない、と当たり前のことを突かれてしまう。突いた方の本質は別として。

常に手段を目的化してしまっていないか、本質は何かを考える、振り返ることが大事です。

デザインは未来の未然の可能性を指し示すことができるはずなのだから。

自戒をこめて。

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2009年8月23日 (日)

未来を選ぶこと

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自宅に「投票のご案内」がやっと届いた。

8月12日に「選挙に行こう」8月19日に「マニフェストの比較検討」なんていうエントリーを書いてみた。自分の選挙区がどこか、候補者が誰なのかは、なんとか自治体の選挙管理委員会のHPに辿りつければわかる。また、各党のマニフェストは党のHPにたどり着ければダウンロードできるけど、投票する候補者のマニフェストや意見など判断材料をネットで探しても見つからない。

NHKテレビなどで各政党の政見放送や候補者の経歴放送なるものを放送しているようだが、だいたい早朝だし、いつどこでやっているのか、番組表や放送予定表が配布されるわけでもないので(有権者は自分で調べろという態度なのだろう)まずわざわざは見ない。今の時代とても非効率的で機会均等を妨げたやり方じゃあないかと思う。
でも、たまたまザッピングの途中で偶然にも某政党の政見放送を少し見てしまったのだが、なんだかタイムスリップしてしまったかのような70年代風のサイケなグラフィックにメッセージのしりとりで次々候補者が語っていく様子にしばし呆然、そのべたべたなセンスのなさにちょっと哀しくなってチャンネルをまわしてしまった・・・。こりゃ見続けたくないなと。

せめていつでも都合のいい時間に見られるようYouTubeにアップして欲しいもんだが、選挙管理委員会がすでにアップロードされている政見放送や経歴放送の動画について、不公平になるからと片っ端から削除要請をしているらしい。

これらの理由は候補者のウェブサイトやメール、その他のインターネットを使った選挙活動が規制されているからだ。 公示後は、すべての候補者の活動が公職選挙法、いわゆる公選法に規制されているのだ。

マニフェストは各党とも表向きは「選挙公約ではなく、政権政策」だからネットでの公開はOK。 ただし、公示後は更新できないんだそうだ。
マニフェストの配布場所は選挙事務所と演説会場、街頭演説場所の3カ所に限られていて、郵送も禁止。じゃあ、いつどこで演説や街頭演説が行われるのか、どこにだれの選挙事務所があるのかなあ、とインターネットで調べてもわからない。  だからマニフェストは一般人にはせいぜいネットくらいしか入手できないわけだ。

討論会などの日時場所も告知できないんじゃ、効率が悪いので、小さな組織には不利で、機会均等じゃないとも思う。
有権者がいつでも都合のいいときにネット経由で政見放送が見られたり、どこに行けば演説や議論が出来るのかわかるサイトを選挙管理委員会が立ち上げるだけでいいのではないか、と誰しもが思っていることだろう。。

公選法は、もともと選挙の「不正行為の発生を抑え、各候補者の無用の競争を避け、 選挙運動費用の増加を避ける」ためにという主旨だったらしいので、公選法で制限されている選挙活動は
「候補者1人につき配布できる弁当は15人分」
「弁当の金額は1食につき1000円まで」
「選挙カーに乗車できるのは、運転手を除いて4人を超えてはならない」…などなど。

基本、選挙カーでの連呼とチラシ配り、テレビが主体のようだ。高層マンションには選挙カーの声が届かない、セキュリティの厳しいマンションではチラシのポスティングも難しい、なんて時代の変化や現場の実情は実感できないまま、正論を室内で議論したり、取り締まりという規制に力をいれているんでしょうね。
インターネットを利用した方が、圧倒的にコストは下がるし、より多くの人に政治参加する意識が高まるはず。 規制緩和というけれど、なんだか時代錯誤も甚だしい公選法が、政治を国民から、特に若い世代から遠いものにしているコトだけは間違いなさそうだ。
1998年以降2006年6月にいたるまで何度かインターネットでの選挙運動を解禁する公職選挙法の改正案が国会に提出されているが、成立していないという。

やはり国会議員自身をはじめ政治の中枢、官僚の主体者がITリテラシーが低くて、メディアの主体が今なんなのか認識が薄いか、短期間の勝負では今までの選挙戦のやり方で勝ちたいと思っているからなんだろうなあ。。テレビや新聞の経営陣もここぞとばかりに存在感を示したいのだろうか。
有権者の中心が未だ50歳以上なんで、まだまだインターネットを利用しない方が有利とか思っているんじゃないかとまで勘ぐりたくもなる・・。
さらに日曜の朝からテレビ番組を「はしご」している党首らを見ていると、テレビ局の企画力のなさと横並びから漏れてしまう怖さを象徴しているようで、30日の夜の即時性とわかりやすさがテレビらしさと思い込んでバラエティ化しそうな選挙特番なんか絶対見てやるもんか、と意固地になりそうだ。

若い人が政治への関心や興味を持とうにも こんな状況じゃあねえ、とため息が出る。
20代の投票率が60代の半分、なんていう数字も、携帯電話でマニフェストが比較できたり、候補者のメッセージが確認できて、さらに投票まで出来るようになったら、一気に投票率は逆転してしまうだろうし、それこそ政治は大きく変わる(変わっている?)ことだろう。

こういう状況を変えるためにも 若者たちよ、選挙に行こう。

そういうことを考え、支援している人や組織もあるので利用してみよう。

google  未来を選ぼう 衆院選2009

楽天政治 LOVE JAPAN 2009 選挙に行こう

Yahoo みんなの政治  衆議院議員選挙2009

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2009年8月22日 (土)

うさぎやのどらやき

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ちょいと 上野末広町方面に用ができたので、
それなら KING OF DORAYAKI と評判の「どらやき」をお土産に買って帰ろうと
うさぎや」に寄ってみた。

皮2枚にあんこを挟む現在の「どらやき」の原型をつくったのがこの上野の「うさぎや」とのことらしいが、お店にはそういうことは一切触れていないし、ここの流れを汲むいくつかの都内の「うさぎや」は、どこもおいしいらしい。

家族4人分の「どらやき」と「うさぎまんじゅう」と、もうひとつすぐに食べられるよう一つだけ箱に入れてもらわない「どらやき」を買った。箱入りをいくつも買う人が多い中、前の人がそうしていたから真似てみた。そう、進物だけじゃなくて、自分もできたてをひとつ、すぐ食べてみてこそだよねえ。

1個180円。その日かせいぜい翌日までが賞味期限。
歩きながら、まだ温かい「どらやき」を1個食べてみた。
ふんわりとした皮、とろりとした餡は噂通りの絶品でした。

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2009年8月21日 (金)

両手から片手へ

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渋谷の東急ハンズが6月25日に19年ぶりにリニューアルオープンするという記事を読んでからはや2ヶ月。やっと行ってきた。

両手の人差し指に挟まれたお馴染みのロゴは、大きな片手に、コーポレートカラーのグリーンもちょっと明るめに変更されていた。

今回のリニューアルのコンセプトは「ヒント・マーケット」。
”お客さん一人ひとりに合った豊かな生活を過ごす「ヒント」を積極的に提案する、情報発信力の強化”だそうだ。

渋谷に東急ハンズがオープンしたのは1976年。私は学生になってから初めて行ったが、それは衝撃的で魅力的だった。郊外のDIY店と同じようで実はそのこだわりぶり、充実振りは、ここで手に入らないものはないのではないか、と思わせた。そして緑色のエプロンをしたおじさんに相談すれば、その豊富な知識と経験から的確なアドバイスをしてくれることにも驚いた。店内をぐるぐる回っているだけで、毎回新鮮な発見があって楽しかったし、80年代はほんとうによく通ったなあ。渋谷のカルチャーを代表するシンボルだった。
30年も前から多様性と顧客満足を追求してきたんだと、今あらためて気づく。

今回のリニューアルは、そんな東急ハンズの資産を大切にしながら、今の時代にチューニングし直したという感じ。
CIやサイン、キャリーバックといったビジュアルだけでなく店内の導線の見直し、通路が広くなったり、棚が低くなったり、なるほどという見た目の変化、気づきがたくさんあった。何より、緑のエプロンの店員さんは「ヒント・スタッフ」として、その個性を生かしながらモチベーションを高めるために、ポスターをはじめ名前を出してスター性を出すような工夫が目新しい。

またちょこちょこ、行ってみたい、と思う東急ハンズンのニューアルだ。
ちなみに 来週25日からは恒例のバーゲン「HANDS MESSE」が始まります。。

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2009年8月20日 (木)

稲の開花

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車窓から広がる田園風景は、開花した稲が風に揺られていた。
来週は処暑、暑さが峠を越える頃だ。
農作物にとってみれば、前半の日照不足をこの数週間で取り返し、実りの秋を無事迎えたいところだろう。

今年は冷夏らしい。
雨量が例年より多く、日照時間が例年より少なく、
平気気温が例年より1〜2度低いと・・・。

例年というのは過去の平均値だから、ここ数年の猛暑に比べれば
梅雨があって、熱帯夜も続かなくて、普通の夏に戻ったという感じ。

テレビでニュースキャスターと称する人物が、眉間にしわを寄せて
「今年も異常気象です」とさも大問題のようにコメントするのを見て、
お前は何と比較しているんだ、本当に異常だと実感しているのか
とおやじは画面にむかって突っ込んでいる。

たしかに災害に被災された地域の報道は重要なんだけど、異常気象の責任にしたいのか、異常気象だから気をつけろと言いたいのか、適切なコメントやメッセージもなくただ深刻そうな振りをしてその場をしのいでいるような感じだから。

たまには外に出て、湿気や熱気を感じて汗を流してみたらと。

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2009年8月19日 (水)

マニフェストの比較検討

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いよいよ公示されて、総選挙の熱戦幕開け。
ポスター掲示板ではあっというまに顔と名前が一覧できる。
18日の朝にはテレビや新聞で6党首討論会の様子がまとめて報道されていたが、
ダイジェストは編集によって結構恣意的 一面的だったり。

話題のマニフェスト=政権公約で、何をいつまでにどれくらいやるかをチェックして、自分の考えと合うか、信頼に足るかを計るしかないのか。
じゃあ自分で各党のマニフェストをじっくり読めばいいのだが、 どうやってそれを手に入れるか? ダウンロードして出力してまでわざわざ手に入れるなんていう政治熱心な人は、少なくとも私も含めて周囲にはいない。 そうなると露出度の高いメディアに提供された情報くらいが受動的な我々との現実的な接点だと思う。
まあ、多くはテレビやネットのニュースからの断片的な情報やちらりと討論の一部を垣間見るくらいじゃないかな。 googleで 「マニュフェスト 比較」 で検索して、課題ごとに比較した一覧表を見つけて合理的に判断する人も多いかもしれない。

一覧性に優れている紙メディアの代表として、新聞の各党のマニフェスト一覧をじっくり読み比べる、なんていう真面目な人もいるでしょう。 そもそも新聞をとっている人が今や少数派だし、忙しい朝にそんな時間はないという人がほとんどだろうけど。
我が家がとっている新聞は、15日の土曜の朝刊2面 見開きで8党分と解説や分析が載っていた。土日は自宅でゆっくり新聞を読む人が多いからだろうが、お盆で出かけて目にしなかった人も多いかもしれない。
今日19日の朝刊には上の画像のような、項目ごとの各党の考え方の位置づけがわかるグラフが掲載されていた。これはちょっと参考になるかな、と夜にリビングで 眺めていたら、次女がマニフェストって何?という質問を、長女がどこぞの大学の入試問題に過去のマニフェストの比較表がずらりと並んでいた、などという話題になった。

デザインに関係する人なら利用品質ラボ・樽本さんのブログの8月17日のエントリーがとても興味深いと思う。 内容だけじゃなくて、どう有権者にわかりやすく伝えようとしているか、目に留まるように工夫しているか、だ。まさにユーザーである国民の方を向いているかの判断材料の一つにはなります。もちろんコンテンツが第一であって、伝える手段に上手さにごまかされてはいけないが、それ以前の問題のようで・・・。

人机交互論 ユーザビリティエンジニア的インターフェース設計論

マニフェストのユーザビリティ(その1)

マニュフェストのユーザビリティ(その2)

マニフェストのユーザビリティ(その3)

選挙は手段、 お祭りが終わったら忘れちゃうかもしれないけど
そこからがスタート。ちゃんとお約束は実行して守ってくれないとね。

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2009年8月16日 (日)

浜なしゲット

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本日早朝、今年は順調に「浜なし」をゲット!

この時期は幸水です。
Lサイズ6個で1200円。

このブログを振り返ってみると
3年前の2006年は9月2日
2年前の2007年は8月11日
昨年は8月31日

地産地消なので
その日の朝、完熟した状態で摘み取られたばかりの「梨」が
農家の作業小屋の台の上に並べられ、お昼や夕方には食卓で食べられる。

そして、その年の梅雨から夏の天候と
大きさ、瑞々しさ、甘さの関係を食卓の話題にしながら
自然の恵みを味わう。

今日のような日射しがしばらく続けば
下旬にいただける「豊水」はかなり期待できそうだ。
乾いたオホーツク海高気圧のおかげで湿度も少なく、
日射しが強くても朝晩には過ごしやすいのが何よりだ。
明日もアオゾラが広がりそうな美しい夕焼けだった。

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2009年8月15日 (土)

未来の科学のために

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7月のとある土曜日の朝、朝刊の折り込み広告の中に、ワープロで文字だけが打たれた1枚の地味なチラシが入っていた。
「小中学生を対象とした科学技術増進活動 医学を支える最新技術」
対象は小学校5年〜中学3年生、無料でお弁当付き。ちょうどお盆の頃だ。
講義とカンタンな実験で、放射線と遺伝子について学べるとある。どうもJST(科学技術振興機構)「未来の科学者要請講座」という事業の一つらしい。
会場は我が家から30分程で行ける場所ということもあって、その夜、次女はEメールで早速申し込んだ。なぜか締め切り前に「厳正な抽選の結果、参加いただけることになりました」の案内が届いた。

今日がその日だった。次女は保護者付き添いでは申し込まなかったのだが、保護者の参加も可と書いてあったので興味本位で付いていった。
定員30名X2日間に170名程の申し込みがあったのだそうだ。
理科離れの防止や女子理系進学支援もあって女子優先だったのかな。
実際の参加者は女子が過半数を超えていて、ほぼ全員保護者が一緒だったし、意外にも父親と娘の組み合わせが一番多かったようだ。

最初にこの講座の目的の話があった。
その中で、ゆとり教育の反省から教育指導要領の見直しにより38年振りに放射線の項目が中学3年(2012(平成24)年度)の理科の教科書に復活すること、日本では進学が著しく難しい医学部には優秀な人材が揃っていながら日本からの医学に関わる論文数は世界で17位 0.6%に過ぎない、だからこそ医学を支える技術に興味を持って、将来それを支えて欲しいから、ということだそうだ。
ものすごい青田刈りですな。

午前中は放射線に関するわかりやすい講義とマウスの解剖実習。
我が家の娘は理科の授業での「蛤の解剖」でも気分が悪くなったというので解剖はパス。動物愛護の精神やそういうのが苦手な子供達に配慮したプログラムも用意されていた。昼食を挟んで午後からは唾液で血液型判定する実験と反応が終わるまでの間に遺伝子の講義。

結果的には4時間半をとても楽しく充実した時間を過ごすことができた。

昼食も20分程で食べ終わってしまうということで、先生の提案で、残り40分はアシスタントを務めている大学院生6名が自分の研究を小学生にもわかりやすく説明する、という時間に充てられた。私にとっては、実はこれが一番面白かったのだ。

アシスタントといっても医学部生は2名、あとの3名は理工学部、1名は理学部だった。
理工学部の男子は手術、薬、放射線ではない新たながん治療の手法の一つの要素技術を研究していたり、紫外線による高効率な青色発光体を研究している、などの話だった。
板書しながら出来る限りわかりやすく話をするのだが、グダグダになってしまった学生さんもいた。わかりやすい説明とグダグダの違いは、自分の担っている研究の本質や目的、将来どうやって社会に役立つのかがわかっている人は言葉も内容も端的で、それが曖昧だったり研究の手段の説明が長いとグダグダになってしまうのだった(自覚していたけど)。

理学部の学生さんは、午後から実験のあと、自分の遺伝子研究の意味をとても楽しく、クイズやゲームも取り混ぜながらわかりやすく講義してくれた。

少なくともとっても多様な研究が行われていて、それが未来の世の中をよくすることだということは子供達にも伝わったようだ。

夏休み中は様々な場所で 多彩な子供向けのワークショップやセミナーが本当に羨ましい程たくさん開催されている。現象の観察や実験、実作での体験は、好奇心、興味への第一歩であることは確かだし、その原理や本質を理解しようとすることで、広がる可能性も感じることができるだろう。また大抵はワークショップ形式で、初めて会う同世代と同じ体験をすることで、その価値観や興味の多様性、個性を学ぶことも大きい。

今日はそういうことを体験できました。

ちなみに会場だった化学実験教室は、慶応義塾大学日吉第二校舎だった。上の画像は教室の入り口だが、緊急シャワーがいきなりすぐ横の壁に取り付いていてびっくり。

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ここは国の重要文化財となっている慶応・三田キャンパスの図書館や講談社旧本館を設計した曽禰中條建築事務所による「かながわの建築100選」のひとつだ。昭和9年(1934年)竣工、築75年の建物だが、気品と堅実さがあって立派に現役です。
今日の会場がここで、この中に入れると知ったのも参加の理由の一つ。

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2009年8月14日 (金)

雑誌って?

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首都圏の電車はこの時期かなり空いている。
乗客が少ないので広告効果も薄いいためか、網棚上の広告スペースもところどころ空いていて、車内全体が寂しい雰囲気。
逆に満員だと見えにくい吊り広告もよく見通せる。
で、目についたのが上の画像。
凄いコピーによく見てみると 「雑誌愛読月間」。

そういえば、先日あるメンバーとお酒を楽しく飲んでいた時に「最近、電車の中で雑誌を読んでいる人、見かけますか?」という話題に。
たしかに、座っている人、立っている人がみんな携帯電話かゲームをしているという場面は珍しくないが、雑誌を読んでいる人って・・。

毎週楽しみに買ったり立ち読みしていた情報誌「ぴあ」がその典型で、そういえばまだあるのかなと帰りにコンビニに寄って確かめてみたら、隔週木曜日発行になっていた。
発行部数はピークの5分の1程度まで低迷している。そりゃ、さすがに情報はインターネットやケータイの方が旬で検索しやすい。

自分自身、20年以上毎週買って電車の中で読んでいた「ビッグコミックスピリッツ」を「20世紀少年」の連載が終わったところで止めてしまった。
定期購読しているのは「日経ビジネス」と「日経デザイン」だったが、あんまりつまらないので先月「日経デザイン」の定期購読の更新を止めた。
今の若者は「週間少年ジャンプ」のような分厚いマンガ雑誌は持ち歩かないそうだ。
かつては650万部というお化けのような発行部数を誇った「ジャンプ」も10年で半減、280万部まで低迷しているという。

それから通勤電車の中で観察してみた。
朝は新聞を読んでいる男女もいるが、雑誌は確かにほとんどいない。
視線の先の手にあるのは、ケータイ電話かゲーム機、そして文庫本や単行本、あとはコピーされた資料や勉強のためのノート、テキストがほとんどだ。

書籍堅調、雑誌不振。
この半年あまりで「論座」(朝日新聞社)、「月刊現代」(講談社)、「諸君!」(文藝春秋)といった文芸誌をはじめ「月刊PLAYBOY(日本版)」(集英社)、「エスクァイア日本版」と続々と廃刊。車雑誌も若者の「クルマ離れ」とインターネットで発行部数はピ−クの半減という新聞記事を読んだ。

もはやマス媒体ではない雑誌からの収益に依存できない日本の出版産業が、今後どう構造を変えていくのか。そのキーを握っているのは、いうまでもなくデジタルネイティブの世代なんだろうな。

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2009年8月12日 (水)

選挙に行こう

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私のブログを読んでいただいている方々には
最近 学生さんも多いようだと知ったことと
周囲では意外に選挙に行ったことがない という社会人もいたりしたので。

20代の投票者数は50代の半分だそうだ。そういえば7月の間、通勤で利用している東急の車内モニターでは盛んに「若い意見を政治に。みんなで投票!みんなで参加!」と若者に投票を呼びかける大々的なキャンペーンをやっていたのを思い出した。

政治に参加する権利を参政権という。
その中に代表的なひとつが選挙権だ。
日本では20歳から。
8月30日の衆議院議員総選挙にはぜひ。
横浜市民は横浜市長選挙もセットだ。
20歳になったばかりなんていう人は
投票権行使の初体験に絶好のいいチャンスだ。
こういう歴史的な選挙になるかもしれないタイミングに政治に参加する時間が持てるというのは、なんだかうらやましいねえ。

若い世代は、年金、医療なんてまだ関係ないし、道路とかも別に必要ないし
どうせ何も変わらないし、という感覚だと思うけど
環境問題や教育問題、少子化のことならちょっと自分に身近じゃない。

それに消費税がどうなるかとか、それはちょっと関心があるでしょう。
海外旅行に行って初めて消費税のとんでもなく高い国 ない国があると知ったり。
私も ちょうど日本で消費税が導入される頃にニューヨークに旅行して
なんでも消費税9%とられてびっくり。日本ではまず3%から導入がはじまったけど、関心や実感あったおかげでその税金の行方や仕組みに多少なりとも理解を示すことが出来た。

政治に文句を言うなら、まずはどうありたいか少しは考えたりして投票をしてから言うべきだという意見もある。

それよりも、自分たちより年齢が高い世代、いうなれば老人達に都合のいい意識決定を任せておくのは危険じゃないか。立候補する人達だって、投票に来ない若者より、投票にたくさん来る有権者に支持してもらいたいから50代以上の有利な政策になってしまっていると思う。

それより、これからの時代を担う世代こそが、これからの政治、政策をきちんと選ぶべきでしょう。そのためには早くから声を上げるという意味でも選挙に行った方がいいと思う。

そうそう、投票日は都合が悪い、なんていう言い訳も今は通用しないくらい
期日前投票がカンタンで便利になっていますよ。
公示日の翌日(19日(水))から投票日の前日(29日(土)までの午前8時30分から午後8時までなので、学校に行く前や、会社帰りでも利用できそう。
自治体にもよるけれど、わざわざ役所やその支所、地域の地区センターにまででかけなくとも利便性のよい場所にわざわざ設置される例も増えてきているようだ。
ちなみに私の街では最寄り駅前にプレハブ小屋が設置されるので、週末などは買い物ついでの利用者の待列が外にまできるほどだ。政令指定都市では、今や投票率全体の2割近くを期日前投票が締める程利用されているのだそうだ。

選挙に行ってみましょう。
まず行動からだと思います。

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2009年8月 8日 (土)

帝国ホテル ライト館 中央玄関

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私は、建築とは人と自然とのインターフェースだと思う。
住まう人、活動する人、集う人、休む人それぞれのために空間内部を深く考える行為であると同時に建築される土地の環境との共生を考えることが重要だ。
したがって、建築家は日頃から自然観察や植生などの知識や感性も欠かせないことだろう。

しかし、建築物の保存を目的とした移築は、本来の存在目的と周辺環境との調和にまで想いを巡らすことは難しい。明治村はそれが大きな課題であり、その課題を認識していながらも移築、展示保存する博物館としての存在価値は大きいのだろう。

今回の明治村訪問の大きな目的の一つである、帝国ホテル「ライト館」中央玄関に触れることだった。その思想、様式、こだわりの空間を実感してみたかった。

帝国ホテルは、外国からの賓客や外交官を接待する社交場として明治政府によって建てられた鹿鳴館に関連する宿泊施設として、その隣接地に明治23(1890)年に開業している。その後、日露戦争で戦勝したことで世界から国力を認められ、国際的にも通用しかつ日本を代表するような新館の建設が大正5(1916)年に決定された。その設計を依頼されたのがフランク・ロイド・ライト、近代建築の三大巨匠の一人である。

大正5(1916)年のライト来日から竣工の大正12(1923)年まで実に7年の歳月が費やされている。完璧主義者だったライトと経営陣はたびたび衝突し、当初予算150万円が6倍の900万円に膨れ上がるに至って総支配人は引責辞任、ライト自身も完成を見ることなく離日を余儀なくされるほどの難産だったようだ。しかし、鷲が翼を広げたような建物配置、空間の取りかたの見事さ、皇居や日比谷公園の緑と大変調和のとれた美しいホテルは「東洋の宝石」と称されるほどの名建築として語り継がれている。

上の画像は明治村に移築された中央玄関部分の正面写真である。
実際の建物がった東京都千代田区内幸町は日比谷公園から東京湾まで続く平地で、小高い丘はなかったので建物の背景に雑木林の緑は見えず、本来そこには5階建ての劇場棟がそびえ、左右には対称形に連なる客室棟が広がっていたはずだ。
明治村の復元建築は玄関のみなので、後ろ側については食堂のところでスバッ!と断ち切られている。
白いテント幕の壁が背後を隠していて、惜しいような、哀しいような有り様だ。しかし小高い里山の前に建てることで観光客が背後から直視して、建物としての不自然さを感じることがないよう工夫したのだと思う。

建築物としてその環境や背景とともに、そういうことを想像しながらの見学だ。

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ちょうど私と同世代の女性ボランティアガイドの方が立っていらしたので、説明をお願いして、約30分かけて一緒に建物を巡った。

ここで聞いた話が私の知識のほとんどです。

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帝国ホテルは主に大谷石とスクラッチタイルの二つの材料、そして幾何学模様のテラコッタによって構成されている。
大谷石は外観以上に、内部にたくさん使われている。柔らかいことと、日本人の職人の腕がよいことで、かなり細かい細工が施してある。上の画像の右手後ろに食堂が続くのだが、そこは復元されていない。その食堂の大空間を支える柱上方に設置された方杖(ほうづえ)の大谷石が2階の一部に再現されていた。巨大な大谷石細工をひとつだけ間近で見ても凄いのだから、高い天井を支える列柱の上方にずらりとこの方杖が並んだ実際の食堂空間は壮観であったに違いないだろう。

吹き抜け以外のロビーの天井の低さ、スキップフロアを上がって行くことで吹き抜けロビーの見え方が変化する様、外の光の取り込み方、内照式の柱自身による陰翳は説明しても伝えきれないので、現場でこそ実感すべきものでしょう。
ちなみにライトの建築は、バリアフリーではない。階段の上がり降りで目の高さが変わり、景観が移り変わる。それを楽しむゆとりを持ちなさいということのようで、つまずいたりするのは全部、自己責任ということになっている・・。

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上の画像は車寄せ部の「スクラッチ(引っかき傷)タイル」のアップです。
左が実際の帝国ホテルに使用されたものを解体時に保存し、復元時に再利用したもの。
右が復元時に量産された規格品。味わいも色も明らかに異なる。

ライトはヨーロッパ文化を象徴するようないわゆる大理石による神殿式や赤褐色のレンガ積みではなく、マヤ文明の宮殿のような明るいオレンジ色のレンガを作るため、愛知県知多半島にある内海の土を使い、常滑に帝国ホテル専用のレンガ工場まで作って品質管理をしたそうだ。
そう、内海って、子供の頃よくいった海水浴場だ。それにこの明治村のある愛知県の地元じゃないか。急になんだか親近感が湧いてきた。

この話をボランティアの方から聴き、自宅に帰ってから調べてみた。
常滑といえ赤い土管や朱泥の急須で有名な常滑焼きがあり、伊奈製陶と何らか関係があるのかなと。なんと、ライトの厳しい品質要求に適うテラコッタを製作した工場の従業員を技術顧問をしていた「常滑の伊奈家」が土管工場に受け入れ、伊奈製陶株式会社を創業した、とあった。
現在の世界最大のタイルメーカーであるINAXが帝国ホテル建設に伴う大量受注を契機に家内工業的な窯元から近代的企業へと発展していったのだと初めて知った。

帝国ホテルの明治村への移築についてのエピソードも興味深かった。
そもそも大正時代の建築なのに、明治村になぜ移築することになったのか。
関東大震災でも被害がなかった要因であった短い杭の浮き基礎は、その後の周囲の高層ビル建設による地下水のくみ上げで建物が歪んだり、大谷石の劣化で雨漏りが著しいなど老朽化が進んでしまったことと、大阪万博のために来日する外国人にために収容数の多い建物への立て替えが必須となったからのようだ。帝国ホテルの解体がきっかけに初めての保存運動「帝国ホテルを守る会」が起こり、その後日本が近代建築も保存の対象として考えるようになったのだそうだ。
当時の首相、佐藤栄作がアメリカを訪問したときに、「帝国ホテルは明治村で保存します」と言いっちゃったことで、話が決まってしまったという。
しかし、解体から復元まで11年。ライトの描いた図面もなく、実測で新たに図面を起こし、解体した部品全部を運んではお金がかかるので大谷石の一部をプレキャスコンクリートで再現し強度と耐久性を両立したり、スクラッチタイルもあらたに外装用に量産復元、現代の建築基準法に合わせたりとその経緯は険しかったようだ。
ちなみにかかった経費11億円うち政府が拠出したのは1000万円だけだそうだ。

当時いろいろスキャンダルにまみれて仕事の少なかったライトは、日本でいい仕事をすればその後いい注文が来ると思い、帝国ホテルの仕事に精力を費やしたそうだ。しかし、日本での仕事の途中で帰国後もそう上手くはいかなったとのこと。その後、代表作である落水荘まで十数年かかる。

私がライトの建築に実際に最初に触れたのは1986年に訪ねたニューヨークのグッゲンハイム美術館だ。帝国ホテル竣工から20年後に委託を受けてから建物の竣工までに10年以上をを費やした「後期の代表作の一つである。マンハッタンの幾何形態の中に「有機性」を具現化したその建築の中央の吹き抜け空間に佇んだ時、そのエネルギーに圧倒された印象が今でも鮮明に蘇る。

ライトの作品が日本にあるのならば それを一度は触れてみたいと思っていて、それが適った。

明治村での一番人気であり、顔とも言える建築物が大正時代の建築である帝国ホテルであることはちょっと皮肉だが、時代を超えて、いい物はいいと感じることができるのも貴重な事実だと思う。

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2009年8月 7日 (金)

博物館 明治村

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今週一週間は夏休みである。
実家のある名古屋へ二泊三日の帰省の折、長年の懸案であった「博物館明治村」を訪ねた。

明治村というのは、各地の壊され消えゆく運命にあった明治時代の建築物を移築し、展示保存することで当時の歴史や文化を今日に伝えようとする屋外展示体験型博物館である。

私自身はたしか開村後すぐ、小学生の頃に一度訪ねて以来だから実に40年ぶりくらい。
当時はまだ展示建築もそんなに多くなかったと思うのだが、記憶にあるのは動態保存の京都市電(明治43年製)に乗ってたどりついた品川灯台((1870年(明治3年)点灯、現存する洋式灯台では日本最古)と、京都聖ヨハネ教会(1907年(明治40年)築)くらい(いずれも重要文化財)。

明治村の規模は、開村時(1965年(昭和40年))の展示建築が15件だったのが、現在は68件に、敷地面積も二倍近くの100万平方メートルにまで拡大している。村も1丁目から5丁目までの5つの区画に分けられそれぞれの区画に飲食店を新たに配置、その間を村営バスが15分間隔で運行されるなど充実が図られていた。

後述するボランティアガイドの方の話によると、1970年台のピーク時には年間150万人の入村者があったのが、最近は40万人に減ってしまっているそうだ。しかし、減少に歯止めをかけるために、ただ建築物を見せるだけではなく、明治時代の実際の部屋の使われ方を実感できるよう、当時の什器やテーブルウエア、食事の再現したものを置くなどの工夫をはじめたり、平成14年からは平均年齢55歳の70名ほどが参加する「ボランティア ガイド制度」を導入、平成19年以降の子供向けプログラムの充実などで、徐々に入場者も上向きなのだそうだ。

私の今回の目的はフランク・ロイド・ライト設計による「帝国ホテル中央玄関」を堪能することだった。実はこの帝国ホテル「ライト館」のオープンは大正12年9月1日(関東大震災当日)であることはあまりにも有名。だから明治の建築物ではない。しかし、今や明治村の物理的にも最大の建築物にして、世界から人を引き寄せることの出来る最大の呼び物であることは動かしがたい事実だ。

これについては、別のエントリーで詳しく書くことにする。

さて、下の蒸気機関車は新橋ー横浜間を実際に走行していた1874(明治7年)年イギリス製だ。開村当時は(私が初めてここに来た時も)静態保存されていたが、ボイラーを動態保存のため載せ替え(オリジナルのボイラーが鉄橋下に展示してあった)、製造100年を機に1974年から明治村内の東京駅、名古屋駅間約800mを5分程かけて威勢のいい汽笛を鳴らし、黒煙と蒸気を上げながら走っている。片道走り終えると毎回客車から手動で連結を切り離し、さらに手動のターンテーブルで方向転換し、ポイント交換を経て平行線を走り、バックしてまた先頭車両に付け替えるという一連の操車作業が見られる。機関士2名と車掌の見事な連係プレーを次女と二人でほぼ貸し切りで見物してしまった。もったない程贅沢である。動態保存していること事態が素晴らしいのだが、走っている姿を見せたり乗り心地を味わうことだけが目的ではなく、合理性と安全性が追求された現代ではほとんど目撃できないその仕事振りから、鉄道の仕組みや鉄道マンの心意気までを具に感じとるコトが出来るこだわりは凄い。

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鉄ちゃんではないので、話を本題に戻そう。

夏の名古屋は暑い。つい先日梅雨が明けたばかりで、それまでは雨が降り続いていたというが、そんなことは微塵も感じさせない猛暑日だった。木陰はあっても広大な村内を徒歩で移動するだけで、熱中症になってしまいそうだ。また建物そのものに説明は少なく、音声が流れている訳でもない。その分、ボランティアによる参加無料のガイドツアーが充実している。

ということで、2丁目ガイドツアーと帝国ホテルガイドツアーを利用した。

2丁目ガイドツアーで解説をしていただけたのは私とほぼ同年代と思われる女性の方だった。2丁目にある第四高等学校(金沢)物理化学教室の見学コースでは、建物の構造の珍しさだけではなく、第四高等学校の同窓会で意気投合しこの明治村創設に関わった二人のエピソードも聴くことができた。一人は有楽町の帝国劇場、竹橋の東京国立近代美術館を設計した東工大教授の谷口吉郎と、もう一人は名古屋鉄道社長・会長を歴任しパノラマカー、モンキーセンターで有名な土川元夫である。地元民として名鉄の話題は避けて通れない。同行した両親は「名鉄 中興の祖」の話にしばし高度経済成長時代を懐かしんでいた。

ガイドさんは穏やかに、そして見学者の年齢や知識、興味のあることころのペースに合わせて解説してくれるので、とても分かりやすいのである。プロではないが、だからこそ本当に明治村を一緒に楽しみましょうという気持ちが伝わってくる。約30分程で3階建ての木造住宅である東松家(明治34(1901)年頃築)に到着し、建物内のガイドにバトンタッチとなった。

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次に建物内を案内してくれたのは職場体験実習中の中学2年の女子中学生だった。次女と同学年なのになんとしっかりと、また堂々とした案内振りだろう。さらにその説明をよく聞いてみるとこの建物が名古屋市中村区船入町の堀川沿いにあったものだという。そう、私が幼稚園から高校まで過ごした実家のすぐ近くなのだ。今でもこの辺りに四間道といって間口が狭く奥行の深い典型的な町屋形式の古い家屋が所々残る場所なのである。小学生の頃、同級生の友人の家は3階建てじゃあなかったけど、2階建てながらこんな造りだったなあ、と懐かしさ一杯な見学となった。

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ここにも明治村らしいこだわりがある。エジソンが発明した炭素フィラメントの白熱電球の復刻版を使用しているのだ。窓から入る外の光と、当時の電球の灯りだけでその部屋や廊下、階段の明るさを実感してもらうということのようだ。明るさだけでなく、障子や襖、欄間の彫りなどがはっきり浮かび上がって見えてくるし、吹き抜けの高さや、3階の間へ上がった時の開放感なども味わい深い。

ちなみに日本では、明治27(1894)年に国産のカーボン電球が開発されたが、一般の家庭で電灯が広く使われるようになったのは、東芝の前身のひとつ東京電気株式会社がタングステン電球「マツダランプ」を発売した明治44(1911)年、以降からだそうである。

まさに陰翳礼讃の実体験だ、

 

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今回はあまりにも暑かったことと、昭和一桁生まれの両親が一緒だったので、村営バス、京都市電、蒸気機関車といった交通機関をフル活用しつつ、かなり絞って見た。

駐車場すぐ横に北口から入村するとそこは東京駅だ。駅を横目に通路を進めばそこはもう帝国ホテル前なのだ。私のわがままだけでまずは帝国ホテルを見た。

そして一通り巡って、蒸気機関車で東京駅に戻ってくると最後にもう一度帝国ホテルをガイドさんに案内していただきながらもうほとんど貸し切り状態で堪能したのでした。

 

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2009年8月 6日 (木)

平和

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「超党派」とは「国会や地方議会の議員が、政党の枠組みを超えて協力しあうこと」の意味で使われる。政治の政党を超えるコトを指す。滅多にないことですが。
8月6日を迎えると、こうあってほしいといつも思う。
8時からNHKの生中継を37分間見た。今年の広島市長の平和宣言は「オバマ大統領のプラハでの演説」を契機に、ようやく核兵器廃絶へと動き出そうとしている米国の核政策転換を支持し、「オバマジョリティー」をアピールしていた。それにしても唯一の被爆国である日本の官僚主導と現政権の姿勢は情けない。

さて、上の画像はいずれの宗派にも属さない日本で唯一の「超宗派」寺院だ。
名古屋市の東の丘の上にある、日泰寺である。
この日泰寺は、19宗派の管長が輪番制の3年交代で住職を務めているという極めて特異な寺院である。
なぜなら、仏教徒にとって最も価値のある「真の釈迦の遺骨(仏舎利)」を奉安しているからだ。
「真の釈迦の遺骨」って?と思うが、1898年、ネパール国境に近いインド北部でウィリアム・ペッペというイギリス人が人骨の納められた古い壷を発見した。そこに刻まれていた古代文字の解読により、その人骨が仏舎利であることが判明したという。
寺の名前の由来は1900年にシャム(現在のタイ)国王から贈られた仏舎利を奉安するために創建されたので、「日本とタイの寺院」という意味で日泰寺となったそうだ。
この丘のあたりの地名を覚王山という。覚王山とは「覚りの王」=「釈迦」のことだそうです。

実は私が生まれて3歳くらいまで暮らしていたのは父の実家のあったこの近く。
生まれてこの方、その存在は知っていたのだが、帰省した折に初めてちょっと立ち寄ってみました。

次女が夏休みの宿題で、「戦争体験者に話を聴く」というのがあり、私の父にインタビューとヒアリングをするというのも帰省の目的のひとつ。
この宿題、現在の中学生ではすでに祖父母も戦後世代、せいぜい疎開経験者というヒトも多くなり、実体験の話を聴くことも年々難しくなってきているのだそうだ。

超○○とは、本来目標や方向性の異なる集団の違う者同士が、ある共通の目標を達成する為にその集団を超えて協力し合うということ。超党派、超宗派ですら難しいのに、平和実現するために超国家、超民族で考えるということは理想主義のなにものでもないと思い込みがちだが、出来ていることも出来ることもあるのです。
高校生の頃、大江健三郎の「ヒロシマノート」を読んで友人達と青い議論した時期や、デザインで平和に貢献できることを何かやろうと毎週末同級生のデザイン事務所に仲間と集まっていた20代の頃の方が本当に何か出来そうな気がしていた。その意味の凄さと大切さを擦れてしまった今頃の歳になってやっとようやく少し解ったような気になるのです。

「平和」を実現するとか、「平和」を守る、という行動は、「理念」とか「問題意識」とか日頃考えたり議論しているレベルを遥かに超越していると思う。結局は時代の変化の中で「平和」という状態をどう築いていくか、それへの一人一人の対応、行動が根底だったりする。「平和」あってこその日常なのだから。

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2009年8月 4日 (火)

地産地消

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夏が旬の野菜というと、キュウリとか南瓜、トマトを思い浮かべる。
上の画像はとうがん(冬瓜)。一つ130円。新鮮で安い。

私の実家は名古屋だが、近所の八百屋にはスイカや南瓜の横にゴロゴロ置いてあって、子供の頃はよく食べた。関西方面では夏の野菜としてはメジャーだが、関東ではかなりマイナーなようだ。最近、自宅近所のスーパーでも気をつけて見てみると扱っている。

夏が旬だが、冬まで保存が利く瓜というのがその名の由来だそうだ。

旬の野菜を新鮮なうちに食べるには「地産地消」がいい。帰省した折に、地元JA系が運営するどでかい農家直売所(都市農村交流複合拠点施設というそうだ)に連れて行かれて「安全・安心・新鮮・良味」を売りにした「地産地消」の充実ぶりに驚く。温泉施設まで併設していて平日でもかなりの人出なのだが、週末、休日ともなると大混雑なのだそうである。年間200万人を集客しているというから下手なテーマパークより商売上手だ。

ぶどうや桃のコーナーには「今年は雨が多く、日照時間が短いので甘みが薄いです」と大きく表示されている。躍進中の東京・神奈川の中堅スーパー「OKストア」の正直経営を地でいっている。というか、「OKストア」が本来の八百屋さんにおけるコミュニティとの信頼関係作りを真似しているだけなんだが。甘みが薄いといっても、生産地のすぐ近くで売っているのだから、流通時間や在庫を考慮する必要なく完熟する間近に朝摘み取ったものなので、スーパーで買うものより遥かに安価でかつ甘い。生産現場と生産者の顔が見えるモノづくりだ。

都会のスーパーを利用していると旬以外であっても常に豊富な種類の野菜が切れ目なく供給されている。ほとんど意識することがないが、生産時期ごとに規格品が計画出荷され、流通技術の向上の恩恵に預かる、いるわゆる「遠産遠消」の便利さを享受しているのだ。「産地直送」で産地と生産者が見える工夫も最近は多い。

「地産地消」の浸透は、流通過程が短くなり、「遠産遠消」の遠距離輸送による大量のエネルギー・CO2排出量を削減できるとともに、地域経済の活性化、地域への愛着につながる。
だからといって地元産農産物だけを消費するのではなくて、農業もビジネスとして成立していかねばならないことも考え、「遠産遠消」もうまく活用した生産者と消費者の賢い関係と消費を心がけたい。

ちなみに先の「地産地消」の札の下には「身土不二」という言葉が記されていた。帰って調べてみると「地元の食品や自然の旬の時期の食品のみが健康に良い」という考えだそうだ。おいしさや便利さの享受だけで日常を過ごすことなく、健康と環境を考える上で、いろいろ知っておいた方がよいことは、まだまだたくさんあるなあ。

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2009年8月 3日 (月)

名作たる所以

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昨夜は ミュージカルの 「WEST SIDE STORY」 を観劇した。
鳥肌が立ち、目に涙が沁みだした。

私は23年前、1986年の4月に日生劇場で劇団四季のステージを観劇したことがある。
指揮者が、私が所属していたアマチュアの弦楽合奏団を指導いただいて方だったという縁で、ミュージカルの魅力と現場の苦労をたくさん聴いていたことが劇場に足を運んだきっかけだった。あこがれの日生劇場の空間で、オケピットからの溢れる音楽と舞台の見事な融合に、鮮烈な感動を覚えた。当時のプログラムを引っ張りだしてきてみると、キャストは劇団四季の看板を揃えた主力級であり、オケのメンバーも須川展也(リード)、宮川晶(ピアノ、現・宮川彬良)といったそうそうたる顔ぶれの若かりし頃の活躍の場であったことがわかる。

私の初めてのミュージカル体験は1983年西新宿の特設劇場での劇団四季の"CATS"だ。テスト稼働したばかりのチケットぴあでのチケット購入、ロングラン公演、特設劇場、日本初登場のストーリーなどいろんな意味でセンセーショナルだった。

”WEST SIDE STORY”は、言わずと知れたシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」をモチーフに、1950年代後半当時のアメリカの人種問題や貧困問題といた社会的背景を織り込んだ、若い男女の2日間の恋と死をダイナミックな唄とダンスで描いたブロードウエイミュージカルの不朽の名作である。
ロミオとジュリエットは本で読み、映画を見て、アマチュアながら舞台でも何度か見ているのでそのストーリーは熟知している。その上ウエストサイドストーリーも、1961年のアカデミー賞10部門を受賞した映画は何度もテレビで見ているし、クラシックファン、バーンスタインファンとしてシンフォニックダンスはオーケストラの生演奏でプロ、アマで数回、CDでもよく聴いている。

音楽的にも講義でよく事例紹介されるほどバーンスタインの音楽意図は論理的に構築されていることはつとに有名だ。
上述したように劇団四季のオケピットに入っていた頃からのウエストサイドストーリー博士と言われる音楽家の宮川彬良氏があちこちのテレビ番組(題名のない音楽会とかどれみふぁワンダーランドとか)でも解説している。
音としてジェット団は「ド(C)」、シャーク団は「ファ#(Fis)」が割り当てられている。
この増四度音程は音と音がぶつかりあう「不協和音」。対立する音程なのだ。
そしてトニーが恋の歓びを歌う「マ〜〜リ〜〜ア〜〜」は C Fis G・・・ となっていて、“あなたが敵の「ファ#(Fis)」 じゃなくて「ソ(G)」(安定する)だったら良かったのに・・・・という気持ちを表すメロディーになっているという。
そして最後、Somewhere では増四度の音程が使われず、ひたすら平和への願いが唄われるのだが、最後の希望的なレミー(D、E)という響きの中に低い「ファ#(Fis)」が・・。平和の中にも対立があることを潜在的に暗示して幕を閉じる。

という理屈を知って聴くと面白いのだが、会場ではそんな蘊蓄を思い出すこともなく、潜在認知能力を思うがままに操られて、感情移入させられてしまうのでした。

いずれにせよ、このバーンスタインの作曲は、いつ聴いても新鮮な、20世紀クラシックの名作だと思う。

今回の公演はブロードウエイ初演50周年を記念したワールドツアーとして企画され、新たにオーディションで選抜された特別プロダクションだ。

歌唱力や演技力、ダンス力は素晴らしいレベルだったと思う。主役の二人はダブルキャストで臨んでいるのだが、私たちが見た公演はマリア役がアリ・エウォルト(4年前にディズニーシーで 「アンコール!」というショーに出演していたそうだ。そこで見ているかもなあ)トニー役はハイトーンからピアニッシモまで豊かな透明な声を聴かせてくれたチャド・ヒリガス(クラシックのオペラ歌手出身だそうだ)だった。

全体のレベルが高いことは群舞に表れていた。冒頭の決闘からぐっと魅き込まれる表現力の素晴らしさ、ダンスパーティーでの集団の踊り、それに「アメリカ」「クール」「アイ・フィール・プリティ」「サムウエア」など有名な曲にのせての群舞は圧巻だった。

舞台では映画のようなディティールや物語性は望めるわけではない。一方で生身の人間の身体能力を目の当たりにし、舞台装置、照明、音楽が一体となったプロ フェショナルな演出は、ミニマルでありながらスピード感溢れる場面展開に観衆の側は想像力をかき立てられ、感情の起伏の空間に一体感を持って身を委ねるこ とになる。その体験がまさに感動の源だ。

関係者の招待客が多かったのか入場の混雑で開演が15分程遅れる程だったが、会場はほぼ満席。老若男女の幅広い客層が会場を埋め尽くしていた。私のような映画で親しんだりしてきた世代は、またあらためて色あせない普遍的な名作の素晴らしさを再認識したことだろう。

私の隣で身を乗り出すようにして見ていた次女やその隣、そして前後の席にもいた中高生のような全く新しい観衆に感動を与えて、また見てみたいと思わせて初めて名作となるのかもしれないと、思った。

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2009年8月 1日 (土)

セミの行列

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蝉に大人気の木というのがあるようだ。

だいたい蝉の抜け殻を見つけたければ、欅の木の根元をあたりに小さな穴がたくさんあいているのを確かめて、そして見上げて見る・・。

わ! びっくり、抜け殻が行列していた。

蝉がうるさいほどに合唱している木は、群がっているという程 蝉が留っていたりする。

居心地のよい木なんでしょう。

地元の盆踊りの音や 遠くから花火大会の音が聴こえる。

夏本番だ。

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