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2009年8月 3日 (月)

名作たる所以

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昨夜は ミュージカルの 「WEST SIDE STORY」 を観劇した。
鳥肌が立ち、目に涙が沁みだした。

私は23年前、1986年の4月に日生劇場で劇団四季のステージを観劇したことがある。
指揮者が、私が所属していたアマチュアの弦楽合奏団を指導いただいて方だったという縁で、ミュージカルの魅力と現場の苦労をたくさん聴いていたことが劇場に足を運んだきっかけだった。あこがれの日生劇場の空間で、オケピットからの溢れる音楽と舞台の見事な融合に、鮮烈な感動を覚えた。当時のプログラムを引っ張りだしてきてみると、キャストは劇団四季の看板を揃えた主力級であり、オケのメンバーも須川展也(リード)、宮川晶(ピアノ、現・宮川彬良)といったそうそうたる顔ぶれの若かりし頃の活躍の場であったことがわかる。

私の初めてのミュージカル体験は1983年西新宿の特設劇場での劇団四季の"CATS"だ。テスト稼働したばかりのチケットぴあでのチケット購入、ロングラン公演、特設劇場、日本初登場のストーリーなどいろんな意味でセンセーショナルだった。

”WEST SIDE STORY”は、言わずと知れたシェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」をモチーフに、1950年代後半当時のアメリカの人種問題や貧困問題といた社会的背景を織り込んだ、若い男女の2日間の恋と死をダイナミックな唄とダンスで描いたブロードウエイミュージカルの不朽の名作である。
ロミオとジュリエットは本で読み、映画を見て、アマチュアながら舞台でも何度か見ているのでそのストーリーは熟知している。その上ウエストサイドストーリーも、1961年のアカデミー賞10部門を受賞した映画は何度もテレビで見ているし、クラシックファン、バーンスタインファンとしてシンフォニックダンスはオーケストラの生演奏でプロ、アマで数回、CDでもよく聴いている。

音楽的にも講義でよく事例紹介されるほどバーンスタインの音楽意図は論理的に構築されていることはつとに有名だ。
上述したように劇団四季のオケピットに入っていた頃からのウエストサイドストーリー博士と言われる音楽家の宮川彬良氏があちこちのテレビ番組(題名のない音楽会とかどれみふぁワンダーランドとか)でも解説している。
音としてジェット団は「ド(C)」、シャーク団は「ファ#(Fis)」が割り当てられている。
この増四度音程は音と音がぶつかりあう「不協和音」。対立する音程なのだ。
そしてトニーが恋の歓びを歌う「マ〜〜リ〜〜ア〜〜」は C Fis G・・・ となっていて、“あなたが敵の「ファ#(Fis)」 じゃなくて「ソ(G)」(安定する)だったら良かったのに・・・・という気持ちを表すメロディーになっているという。
そして最後、Somewhere では増四度の音程が使われず、ひたすら平和への願いが唄われるのだが、最後の希望的なレミー(D、E)という響きの中に低い「ファ#(Fis)」が・・。平和の中にも対立があることを潜在的に暗示して幕を閉じる。

という理屈を知って聴くと面白いのだが、会場ではそんな蘊蓄を思い出すこともなく、潜在認知能力を思うがままに操られて、感情移入させられてしまうのでした。

いずれにせよ、このバーンスタインの作曲は、いつ聴いても新鮮な、20世紀クラシックの名作だと思う。

今回の公演はブロードウエイ初演50周年を記念したワールドツアーとして企画され、新たにオーディションで選抜された特別プロダクションだ。

歌唱力や演技力、ダンス力は素晴らしいレベルだったと思う。主役の二人はダブルキャストで臨んでいるのだが、私たちが見た公演はマリア役がアリ・エウォルト(4年前にディズニーシーで 「アンコール!」というショーに出演していたそうだ。そこで見ているかもなあ)トニー役はハイトーンからピアニッシモまで豊かな透明な声を聴かせてくれたチャド・ヒリガス(クラシックのオペラ歌手出身だそうだ)だった。

全体のレベルが高いことは群舞に表れていた。冒頭の決闘からぐっと魅き込まれる表現力の素晴らしさ、ダンスパーティーでの集団の踊り、それに「アメリカ」「クール」「アイ・フィール・プリティ」「サムウエア」など有名な曲にのせての群舞は圧巻だった。

舞台では映画のようなディティールや物語性は望めるわけではない。一方で生身の人間の身体能力を目の当たりにし、舞台装置、照明、音楽が一体となったプロ フェショナルな演出は、ミニマルでありながらスピード感溢れる場面展開に観衆の側は想像力をかき立てられ、感情の起伏の空間に一体感を持って身を委ねるこ とになる。その体験がまさに感動の源だ。

関係者の招待客が多かったのか入場の混雑で開演が15分程遅れる程だったが、会場はほぼ満席。老若男女の幅広い客層が会場を埋め尽くしていた。私のような映画で親しんだりしてきた世代は、またあらためて色あせない普遍的な名作の素晴らしさを再認識したことだろう。

私の隣で身を乗り出すようにして見ていた次女やその隣、そして前後の席にもいた中高生のような全く新しい観衆に感動を与えて、また見てみたいと思わせて初めて名作となるのかもしれないと、思った。

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