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2009年9月28日 (月)

初台にて

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昨日はアモルファス合奏団の第28回演奏会をオペラシティのリサイタルホールで聴いた。

プログラムは
テレマン:管弦楽組曲「ドンキホーテ」
ウェーバー:弦楽のためのセレナーデ
ウォルトン:弦楽オーケストラのためのソナタ

ドイツもの1曲にイギリスものが2曲。ハイドン生誕200年とか音楽会の流行にもぜんぜん媚びず、 自分たちのやりたい曲をやる、人知れずの名曲(迷曲!?)に挑む、というアマチュアリズムはさすが。

アモルファス合奏団には、私は立ち上げから92年の第11回演奏会まで参加していたが、以降休団中ということにさせていただいている。 メンバーの8割は学生時代から変わらないので、年に1度の同窓会気分で音楽を楽しませてもらっている。

昨年第27回の演奏会の様子はこちら

今年も常連さんなどでお客さんは一杯だった。

昨年は、バッハにタケミツという前菜と、チャイコフスキーという主菜で、コントラストが目にも鮮やか、情熱的な力演がお腹を一杯にさせてくれた。
今年は、バッハと同時代のテレマンのバロックを頭に置いたが、主題がドンキホーテなのでリズミカルだ。2曲目のウエーバーはドイツロマン派のウエーバーじゃなくて、キャッツやオペラ座の怪人で有名なアンドリュー・ロイド・ウエーバーのお父さんだった。清楚で叙情性に満ちた響きが印象的な作風だ。そして主菜は、20世紀の作曲家で、不協和と大胆なリズムによる近代的な作風が特徴なウオルトンだった。

アモルファス合奏団の特徴とも言える充実した中低音と、メランコリックなゆったり流れる音楽は、和音をよく聴き合っていて響きがとても厚みがあって美しい。

聴衆としては、プログラム全体の曲目ごとの表情のメリハリが少なかったことと、特に最後のメインが、音楽の流れの勢いに乗り切れなかったり、縦の線が合わないところが惜しくて、 とても練習が大変だったんだろうなあ、とか、今回はちょっと全体で合わせる機会が少なかったのかなあ、と思ってしまうようなところがあった。ホールはよく響いていたが、音楽をする歓びとか、情熱の一体感がちょっと伝わりにくかったのか、こっちの期待のし過ぎだったからかもしれない。

いずれにせよ、10年前に挑んだ難曲に再チャレンジというということで、奏者がその達成感を音楽とともに味わい、また新しい発見や次へのモチベーションが生まれていたのなら、演奏会としては成功だったのだろう。

モノ作りではなく、手の届く範囲で、一人では生み出せない人の繋がりで創造する活動ってやっぱ楽しそうだなあ、とか、ワクワクするとか、そういう時間や空間を共有できることがアマチュアの音楽会のいいところなのだ。

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2009年9月23日 (水)

市ヶ谷にて

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「『スタンフォード大学Dスクール』−イノベーションを生み出すデザイン教育−」という講演会(スタンフォード大からのテレビ会議方式)を聴いてきた。

詳しくは一緒に聴講したアサノ先生のブログをどうぞ。

講演内容d-schoolについて樽本さんのブログに詳しいです(9.26追記)

その前に、以前、業界団体の仕事で一緒に汗をかいた電機メーカーのデザイナーの方が、それまで勤めておられた大学から移られて、この講演会を主催する大学で、4月からインターフェースを教えていらっしゃることを知り、6年振りにお会いした。それまでは、プロダクトデザインの大御所である教授お二人が大変高いアクティビティで牽引されてきたようだが、インターフェースデザインの専任がおらず、時代の要請に応えて行くために新たに募集があったのだそうだ。
その土屋先生のご案内で、歌坂にある築24年の建物をリノベーションし、今年オープンしたばかりの校舎も見せていただく。ガラスとパンチングメタルのサイバーな外観と、ブラック&ホワイトのコントラストが明快なモノトーンのインテリアで、クールでありながら心地よい学びの空間に再生されていた。
今週から後期が始まったということで、15回の授業数を確保するために連休は関係なく、普通に講義、演習をやっていて、どこも学生さんの活気で溢れていた。

都会にある私立の総合大学というものにはなかなかご縁もないので、新鮮だ。
一方で、この少子化の中での大学経営、時代を読む嗅覚、学生へのアピールと社会との繋がり、実践的演習と研究とのバランスなど、新たなチャレンジをしながら成果に繋げていく難しさということの一旦も垣間みれたような気がした。

それにしてもアーバンな羨ましいロケーションだった。

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手前は市ヶ谷、奥は新宿の高層ビル群。

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すぐ下には靖国神社とその参道が続く。その向こうは日本武道館。右手奥に皇居と大手町から丸の内のビル群。

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2009年9月21日 (月)

録画番組の消化

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NHKドラマスペシャル「白州次郎」を土曜にBS Hivisoinで3話連続放送されたものを録画しておいたので、二日に分けて一気に見てしまった。。。
テレビドラマとしては凄い意気込みで、見応えあります。
まだ見てない人も、2話、3話だけでも。

この連休中は溜まてしまった録画番組をまとめて見ている。

ハイビジョン・ミュージカル特集は娘たちがかなりいろいろ録画していたようで、その中から レナード・バーンスタイン作曲のミュージカル「キャンディード」の演奏会形式ライブ(エイブリーフィッシャーホールでのNYフィルの演奏)を家族で見た。長い。。。
序曲は聴いたことがあったが、ストーリーは初めて見る。
かなり奇想天外ハチャメチャなストーリーで、きわどいブラックユーモアと大人向けのネタが満載だった。
それをバーンスタインの素晴らしいメロディや歌手陣の歌唱力と演技、そしてユニークな演出がそれを引き立て、音楽の力が全体を圧倒していた。
「長いものにまかれるな。世の中で言われていること、考えられている事は実は真ではない」という原作の思想がよく表現された、大人向けの上質な風刺ミュージカルでした。

鶴屋南北の名作を、今の時代に書き換えて現代劇、コクーン歌舞伎「桜姫 清玄阿闍梨改始於南米版」も見た。ず〜〜〜とハイテンションな2時間30分だった。こちらも奇想天外なストーリーと大人向けのネタが満載だった(とてもNHKでは放映できない場面もあって、そこはカメラが違うところを撮ってた。) 疲れたけど面白かったなあ。

まだ爆問の「台本のない音楽会」もこれから見なきゃ。

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2009年9月20日 (日)

歌われなくなる小学校の校歌

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桜の通り、緑映え、街に車と人の波
ここ中京の玄関に 香りゆかしき学び舎は
○○ ○○ 我らが母校

これは私が通った小学校の校歌だ。
今でもはっきりと歌える。

名古屋駅から近く、未だ戦前、戦後復興時からの長屋すら残る地帯だが、さすがにオフィス化すすみ、今年で廃校になるという新聞記事の切り抜きが実家から送られてきたのがこの春。
小学校の裏手にあって、子供の頃通った銭湯は、築70年の外観そのままに居酒屋にリノベーションされたり、同級生の親が営んでいた木造の旅館や饅頭屋さんなどもことごとく姿を変えているのは知っていた。
隣接する学区の小学校と統廃合し、中学校の校舎を立て替えて、小中一貫教育校に生まれ変わるのだそうだ。

小学校卒業以来、同窓会の案内もないので同級生との再会もなく、今何をしているのかもほとんど知らない。

中学、高校の同窓会は2006年からメーリングリストが立ち上がり、それをきっかけに消息が明らかになった友人(私もその一人なのだろう)や恩師の元気な様子が伝わり始めた。今や200名以上、世界中で同級生が共有化できるようになって、あちこちでプチ同窓会も開かれるようになった。
その中で小学校から中学、高校まで一緒だった友人の一人が今、台湾で活躍していることがわかった。早速メールをやり取りした時に、彼からも小学校の校歌が無くなる寂しさが書かれていた。
来月、たまたま東京でプチ同窓会が開かれことになり、卒業以来30年振りに会えそうだ。

36年振りに小学校の校歌を歌おうと思う。

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2009年9月19日 (土)

大当たり

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分譲の集合住宅に住んでいると、避けて通れないのが維持管理のための活動。
全住民の代表者で構成する管理組合はのおかげで、共通財産としての資産価値を維持し、また向上できている。
我が家のあるマンションも、昨年初めての大規模修繕工事も無事終了し、大きな問題もなく、また小さな改善の積み重ねで快適な生活を続けることができている。

特別に優れた外観でも話題性のある集合住宅でもないが、使い勝手がよいのか、朝の情報番組、テレビドラマや映画、CMの撮影にたびたび使用されたこともあった。住民としては話題性やイベント性もあって、少なからず外部評価も高いような気にさせられて、間接的には連帯感なども育まれているのだと思う。

年1回の管理組合の総会には必ず出席して状況は理解してきたつもりだが、傍観者のような立場であったのもの事実だ。総会は出席者が全世帯の2割、委任状が6割、無関心が2割と、見事に2:6:2理論そのままで、ある意味健全な住民意識じゃないかと認識していた。
320戸のうち5%の人が1年任期で理事を担うルールだったので、計算上は20年で全員が経験することにはなる。途中から大規模修繕工事への対応や、課題解決の継続性から規約が改正され、2年任期の半数改選に変わった。そうなると、まあ全員が経験することになるにはあと30年くらいかかるから、早めにやっておこうか、なんて考えていた。

秋の次期の役員改選を迎え、立候補の案内、立候補者がいない場合は輪番制のルールに則った抽選が行われる旨の通知がポスティングされたのが夏。1ヶ月の調整を経て、次期の理事が決まり、今日は11月からの新体制に備えて事前に役割分担を決める会合が合った。
私も入居13年目にして初めての理事候補となった。現理事長、副理事長から役割分担のとなるそれぞれの仕事の内容について説明があったあと、いよいよ新任の分担を決めることに。2年後の理事長という重責を自ら担いたいという人がいないのは、現役員もご自身の経験からよくわかっているので、いろいろな理由を述べて選択肢から外して欲しい旨を述べる方々の意見は聞きつつ、公正にくじ引きが決行された。

はい、私がみごとに「副理事長」と書かれた「当たりくじ」を引いてしまいました。「大当たり」です、こういう時は(「はずれ」とは思いたくない)。安堵する他の方々の表情・・。家に帰って大当たりを報告すると「え〜〜!」と驚く妻。家族の協力も大事ですからねえ。
1年間勉強しながら2年目の理事職に備えるしかないということで。

CATVのブロードバンドやキャリアの光ファイバーが入居早々に導入されるなど、かなり早い時期からITの恩恵にあずかってきてのだが、さっそく新任理事の中にはPCやメールアドレスをお持ちでない方もいらしゃることがわかり、メーリングリストでの情報共有や運営が難しいことも知った。
今までは、働き盛りの男性やリタイアされたばかりの方々が管理組合の運営を支えてきた。しかし、今後は様々な事情に配慮したり、生活者の声を反映するために、現実的に区分所有者の同居人も理事として活動に関わっていただかざるをえない実情も理解できた。日常的には、子供達を通じてのその親達との近所付き合い程度なので、同世代の住民のことは家庭で話題になっても、ライフステージやライフスタイルの異なる方々については、すれ違う時の挨拶程度であって、それほど意識はしてこなかった。

多くの立場で物事考えていく貴重な機会だとポジティブに捉え、連帯や共生を大事にして臨むことにしようと思う。

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2009年9月18日 (金)

可能性の可視化

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TOKYO FIBER '09  SENSEWEAR

2009年9月18日(金)〜9月27日(日)
11:00〜20:00

21_21 DESIGN SIGHT (東京ミッドタウン・ガーデン内)
入場無料

旭化成、クラレ、帝人、東洋紡績、東レ、三菱レイヨン、 ユニチカ、サカセアドテック、日本絹人繊織物工業組合連合会といった 合成繊維の企業や団体が、各社の合成繊維の可能性を 日本のトップクリエイターの作品を通して紹介するイベント。

ミラノサローネにあわせてトリエンナーレ美術館で開催され、38,000人という記録的な集客をはたした上で、東京に凱旋展示だ。

デザインがモノ作りでできる可能性をビジュアライズし、五感で感じさせてくれる。デザインの新しい役割を高いクオリティーで示している展示会だと思う。

入り口の超撥水繊維と水滴が描き出すロゴは、輝く宝石のインタラクションのように美しい。一気に魅き込まれる。

高度な研究開発と生産技術に支えられた人工繊維について、繊維=ファッションにとどまらず、様々な分野に応用展開されている点が共感できる。

しかし、「お手を触れないでください」の表示が歯がゆい。さわりたくなるし、さわらなければ伝えたいことも伝わらないでしょう・・・。

17作品、全部のカタログを収集。大満足。

デザイナーがこれを見て、その可能性を見せることができる力を信じるべきだし、研究開発者や営業マン、経営者にもその力を見て欲しいと思います。

キホンは観察とリフレーミングの積み重ねだということも。

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2009年9月17日 (木)

消え行く名作ロゴ

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亀倉雄作さんの名作ロゴが店頭からドンドン消えている。
かろうじて、まだ売れ残りに少し。

パッケージの隅に小さく入っていると、あ、変わったなくらいだけど、このミルクチョコはねえ。一消費者である家族からは大ブーイング。

明治製菓と明治乳業を統合した持ち株会社への移行で、新たな企業グループの様々な商品群に汎用性の高いロゴでイメージを統一するため、ということでしょう。

このミルクチョコはこの色とロゴがパッケージデザインの全てであり、企業イメージの信頼を築き、牽引してきただけに、チョコのブランドロゴとして残すという手もあったとは思うが、決断したんでしょう。 Meiji でも MEIJI でもなく meiji 。

デザインはランドーアソシエイツ

そうそう、昨年の夏から気になっていた小田急グループもランドーだったと、meijiを調べていて知りました。

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2009年9月14日 (月)

サンバ術

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サンバ術。 踊り方ではありません。
産婆術と書きます。
お産の手伝い方そのことではありません。
ファシリテーションの極意と知りました。

その人の考えを引き出す=考えが生まれることに対して手伝うことを指します。
自分自身は子供を産めないけど、新しい生命の誕生を助ける役割にたとえて、
「新しい発想、考え、命題」を考えて、生み出す手伝いをするということに使われるそうです。

起源はソクラテスの観念弁証法の思考の技術、いわゆる問答法。

なるほど、これをグループでやるとアクションラーニングということか。

ファシリテーションに長けていると自負していてはだめで、本当はそこに高度なホスピタリティーが重なって初めて極意。

産婆法と聴いた時、助産術というコトバ以上に、知識や手法だけではない、経験知を感じた。

普段の面談から実践。

精神修養に近い。

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2009年9月13日 (日)

風が見える

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空が高い。空気が乾いている。

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2009年9月12日 (土)

エクスペリエンスなギフト

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今週の初め、帰宅したらゴロンとした荷物が届いていた。内祝いとある。
ほう、今、産休中(そろそろ育休だ)の同僚からだ。
プチプチを外すと風呂敷包みが登場。中身はお米とある。
へ〜〜、と思ってその日は寝た。

翌日、会社で同僚に「内祝いにお米が届いたんだよ。でもなんだか着ぐるみのような風呂敷で筒状なんだよね。」と話をしながら自分で頭の中に、着ぐるみ=おくるみ!と気づいた。「そうか!ひょっとしたら、お米の重さは出生時体重で、筒状なのは赤ちゃんをイメージしているのかもなあ。」と言ったら、若い女性の同僚は、「最近、結婚式で花嫁さんがご両親への感謝として、生まれた時と同じ重さのテディイベアをプレゼントする、っていうのもあるんですよ。」と。

家に帰って、早速おくるみに包まれたお米を抱いてみる。ちょっと重いんじゃないかと思いつつ、まさに大きさとか抱き心地は赤ちゃんそのもの。子供達も抱いてみる。「こんなに重いの?ずっと抱いていたら疲れちゃうじゃない。」「夜泣きしたり、熱を出したあんたら、何時間も抱いてあやしていたのは私たちだあ」「疲れるというよりまあ、一生懸命なんだな子育ては」など会話も弾む。

中を開けてみると、顔写真と出生時体重がインクジェットで印刷された袋にお米が詰まっていた。我が家の娘達より1Kgも多い元気そうな男の子だった。ちょっと重いなあと感じた私たち夫婦の感覚は、自分の子供達の時のことを肌感覚で覚えていのかもしれない。

へえ、こんなエクスペリエンスなギフトがあるんだあ。同僚はとても小柄だったので、彼女からこのような大きな赤ちゃんが無事生まれんただな、と実感できるのはとてもいい。なかなかのアイデアだなあと感心。

で、ネットで調べてみたら、いや〜〜、出生時体重人形とかお米とかプレゼントビジネスというのはいろんな種類でたくさんあるんですね。。Gマークも受賞していたり。

出産とか、結婚式とか当事者でもないし、身近でそういうことが少ないので疎かった訳だ。

ちなみに産休でお休みに入る同僚達には、いつも故松田道雄氏の「育児の百科」を贈っている。初版は1967年で、新版、最新版と改訂を重ね、私が買っ時は最新版の第5刷、ケース入りの分厚い単行本だった。150万部を超えるベストセラーだったらしい。しばらく絶版になっていて、2007年の年末から上中下、3冊の文庫本になって復刊された。amazonのレビューは全て5つ星、旧版のカスタマーレビューもほとんどが5つ星でそのコメントをぜひ読んで欲しい。育児の基本は昔も今も変わらないし、基本は孤立しがちで悩んでしまう親を、子供には皆個性があるのだ、それを大事にしよう、と励ます立場をとっている。溢れかえる情報に圧迫されている今だからこそ本質を気づかせてくれる、子育ての親を励ましてくれる希有な育児書だと思うので、自信をもって贈っています。

ちなみに、娘から出生時体重のギフトなんてもらいたくない。人前で号泣しそうだから。

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2009年9月11日 (金)

世界一幸せな国

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同僚が会社を辞めて、半年間デンマークの国民学校で福祉を勉強してから独立するという。

デンマークといえば何を思い出すだろう。

アンデルセンの童話、ロイヤルコペンハーゲンのテーブルウエア、 プラスティックのブロック玩具 LEGO・・・。

デザイナーにしてみればFrits Hansen社のセブンチェアをはじめ、アルネ・ヤコブセン ハンス・ヴェグナー、ポール・ケアホルムなどの 巨匠をキラ星のごとく生み出した国。

我が家のリビングも、デンマーク家具のダイニングとテーブルウエアが、日々の生活に安らぎを与えてくれている。

そんなデンマークが、今や「世界一幸福な国」ランキング堂々の1位で大注目だ。
でも、ヨーロッパの地図を広げて、「ここ!」と指をさせる人はそう多くはいないだろう。

人口500万人の単一民族国家で、その頑なさは移民をも拒み、EUにあってユーロ通貨すら受け入れない。 それでもこのグローバルな時代に調和の取れた模範国として評価されているのだ。

「世界一幸福な国」ランキングの一つは2006年のイギリス・レスター大学の調査。幸福度マップでデンマークは1位だ。 医療費の無料制度、世界最高水準の国民1人当たり国内総生産(GDP)、 小学校から大学まで教育費がすべて無料かつ奨学金が支給される高い教育レベル、それによって 親も社会的に高い地位の仕事を持っている場合が多く、中・上流階級が再生産される仕組みなどが国民の総体的な幸福感を決定づけている、と報告書は結論づけている。なんとこの調査で日本は対象178カ国中90位。

もうひとつ、2006年夏に国際非営利調査機関「ワールド・バリューズ・サーベイ」が実施した調査。生き方の選択の自由、男女平等の推進、そしてマイノリティー(少数派)に対する寛容さにおいて、どの項目をとってもデンマークが1位だった。ちなみに日本は43位。

広い社会保障制度を維持するための消費税25%、所得税平均46%という高い税率と、積極的な富の再分配は、自由市場経済を信じる者には耐え難いだろう。日本人は、税金は、昔の年貢のように搾取されている、という思いや、富が公平に再配分されているという実感が湧かない、という歴史上の経験から、福祉と言えども負担は嫌だ、自分のことは自分でと貯金に精を出そう、と思う。個々の利権を競争する市場原理主義の社会ではなおさらだろう。出したら出した分、それ以上の得を求める。でもデンマークの人たちは、いろいろな形で還元される生活保障として、85%の人が高福祉・高税に満足しているのだそうだ。

決して億万長者にはなれないことが分かっていて、それでも何より大切なのは家族や、気軽に移動できる自由、経済の安定という シンプルなライフスタイルを選ぶ。 それでも社会での成功へのモチベーションを維持し、 経済成長を遂げながら国を機能させていることは、画期的じゃないか。平等が実現できて連帯感も生まれ、それぞれが助け合う、ということが実践されている社会のようだ。

いいところばかりじゃなくて、 「個」を重視する教育や「寛容」な国民性は、離婚率が高い、麻薬患者、エイズ患者の増加など当然問題も抱えている。

まあ、いくら研究して真似をしてもデンマークらしさは日本にすぐには当てはまらないと思うけど、そういうほんとうの民主主義と社会性を重んじた国が存在する、ということは知っておくべきでしょう。

デンマーク語の “hygge(ヒュッゲ)”がデンマーク人の考え方、感覚を良く表しているという。 デンマーク人はこの言葉は他言語に翻訳し難いが、あえていうなら 「家族の強い絆から生まれる暖かさとか優しさ、居心地のよさ、楽しさ」などを指しているのだそうだ。

「個」のつながりである「家族」の幸せの継続が 「社会」や「国」の仕組みを作っている、というシンプルな考えとすれば、 日本人の日本らしい仕組みだってそんなに変わらないののではないか。単一民族国家の日本だって目指せばできないことはないだろう、と思うのは私だけではあるまい。日本を住み良い国にしたい願うのなら、学ぶことも多いと思う。  

つい先日書店に並んだ新刊「世界一幸福な国 デンマークの暮らし方」(PHP新書)には、 アンデルセンの童話を引用しながら、その生活と背景、福祉や自律のあり方まで詳しい。

「デンマーク人にできて、日本人にできないことは、社会の相互保障だ」とある。「一人は個人。二人以上になると社会。デンマークでは二人いれば二人がお互いに保障し、社会を構成する人が増えれば増えただけお互いに保障し合う。けれど日本では市町村や国でやってくれないことは、自分で保障しようとする。病気をした時のため、教育のため、老後のため、貯金をする」 「みんなで税金として出し合い、必要な人に分配(富の再配分)すればよい」という考え方が日本とデンマークの大きな違いのようだ。そこには世界で初めて「教育の義務」を制度にし、一歩通行の知識の移転ではなく、「対話による相互作用」を教育の原点においた「自分の生き方は自分で決める」という共生や連帯感を育む考え方が底流にあるという。そもそも「福祉教育」という科目もないし、「死刑」もないそうだ。日本人のよくある「誰かがやってくれるだろう」「言っても変わらない」という蔓延した雰囲気を、「本当にこれでいいのかな」と考え行動に移す、社会通念だけにとらわれない自律した意志に少しずつでも変えていかないと、この先の社会を支えていけなくなるだろう。

いずれにせよ「世界一幸せな国」も160年かけての結果だ。

小泉改革の自由競争と自己責任が格差社会を広げて、安心・安全が薄れたこと、そして経済の失速で、誰もが今のままじゃあダメだと気づいている。

日本だって、「おもてなし」や「感性豊な」人々の国で、連帯や共生はできるはずだ。自分が社会のためにできることからやってみる、自分らしさ その人らしさをお互いに認めてみる、なんてことからみんなもう一度初めていいんじゃないかと。

自分の意識を再点検する、いい機会を同僚は与えてくれた。

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2009年9月 7日 (月)

ふつうの幸せと夢の実現

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「しがみつかない生き方」 
「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール  香山リカ著 幻冬舎新書

今、アマゾンで10位、書店によっては1位のベストセラーの本。
帯には「勝間和代を目指さない」とある。(今、書店に並んでいる第4刷以降は「ふつうの幸せ」が最大の幸福」と変更されているようです。ネガティブキャンペーンにクレームがついたのかな?)

その「勝間」本は出すと全てがベストセラーになるくらいの人気である。
たまたま会社の帰りに行った青山ブックセンターの店内で、講演会後のサイン会に移動する勝間さんを間近で見てしまったことがあるが、自身に満ちあふれてましたねえ。

一昨日の新聞の勝間さんのコラムにも「私は物事の目標をつくって、そこに向かって最短距離で近づくのが大好きですし、とても得意なことだと自負しています。」とあった。以前ににも「得意技は、一人で考えたり、情報をコツコツ集めて分析したり、それをわかりやすく文章や概念説明に落とすことです。」と。
一方で「私たちの時間も気配りも一定の資源しかありませんから、何かを達成しようとした場合、必ず何かが犠牲になります。慎重で、きっちりした人は、どうしてもスピード感が犠牲になりますし、気配りができるまじめな人は、何かを割り切ろうとしたときになかなか上手く決断できないこともあります。」「だからこそ、短所そのものを是正しよとするより、短所は自分の長所の裏返しだと認めて好きになり、長所で補えるようにすることが、実は短所克服の鍵なのです」「他社の力を借りることもとても重要です」と指南している。

「夢は、語り続ければ実現する」という「自己啓発クイーン」の信念に共感し、合理的で具体的なHow toを学びたい人がたくさんいるのだろう。
私は一冊も勝間本を読んだことはないが、毎週、新聞のコラムは今週は何だろう、と結構楽しみにして読んでいる方だ。

が、「勝間和代を目指さない」本がベストセラーなのである。
成果主義と自己責任論で、労働時間は増えるばかり。ワークライフバランスが叫ばれ、賃金が減っても労働時間が減る方がいいと考える人が多くなったとはいえ、組織では少数のコアになる社員がオピニオンリーダーとなって目標達成を優先して牽引しているのが実情だ。
その実情への対応が二極化しているのだろう。
わかりやすく、その気になれるHow to本が溢れる中、そんな幻想に振り回されたくない、頑張らなくてもいい、という結論のない本に共感したい人、不安だった人が安心したい、そういう本を待ち望んでいたということなのだろう。ただし「しがみつかずに生きて行く」ことも、今の時代、相当の覚悟がいるのだと思うけど。

今月はシルバーウイークがある。
連休の狭間に休みをとって繋げる人も入れば、稼働日が少ないからと休日出勤する人も出てくる。

休む人、休まない人、頑張る人、頑張りたくない人それぞれにストレスになってしまう世の中、お互いの理解を深めるコミュニケーション、一緒に社会をつくっていくという意識の持ち方が一番の改善策なのだろう。

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2009年9月 6日 (日)

心掛け

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ここぞとばかりに蝉もトンボもせわしなく、夏の昆虫達が婚活にいそしんでいる。
植物はすっかり種の継続のための実を結んで、遠くへ運んでもらう準備ができつつあるようだ。

つい数年前まで健康診断は全く異常がなかったのに、最近とうとう悪玉コレステロールと中性脂肪が標準値をわずかに超えたままだ。まあ、標準値のちょっと上だから誤差さ、と高をくくっていたが、基礎代謝が落ちてきているので、30代くらいまでのように、そうカンタンに数値も増えた体重も体型ももどらない。

今日テレビで、数値の高低だけじゃなくて悪玉/善玉のLH比というのが重要なポイントであることが最近わかったということを放送していた(某製薬メーカーのキャンペーンの一環らしいが)。LH比が1.0以下だと血管の内壁はツルツルでまるで赤ちゃんの肌だそうで、1.5位が理想だそうだ。で、計算してみるとかなりよくないと判明。

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スポーツを定期的にやるということはしていない。以前は週1回プールで泳ぐようにしていたが、ここ数年は数ヶ月に1回になってしまった。今は意識して帰路は鉄道の駅までバスに乗らずに歩くくらいだ。
生活改善が最も重要で、週に1〜2度必ず30分以上、総計2時間程度身体を動かすことや、カロリーオーバーにならないよう1回の食事量を減らしたり、脂質の多い食事にならないよう意識した方がいいということのようだ。

というか意識しても、きちんと心掛けておかないと、すぐにまあ、これくらい・・とか、こっちをまず、言い訳でずるずると。

今日は高いアオゾラと乾いた空気の下で、1時間ほどサイクリング。
暑さも和らいだためか、ジョギング、ウオーキングする人のなんと多いことか。
季節の変化や人の観察が楽しめて気持ちもいい。

こんばんはお魚に軽く焼酎で。

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2009年9月 5日 (土)

卵達の作品

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仕事帰りにちょっと寄ってみました。

第4回金の卵 学校選抜オールスターデザインショーケース

AXISギャラリー で明日の17時まで。

今年はテーマがあって「社会を良くするデザインーデザインにできること」

ソーシャルなデザイン、こういう時代になったからこそ流行の様な言葉になってしまているけど、経済成長の著しい時にはコスメティックなデザインが差別化の手段として華やかに見える中で、いつの時代でも普遍的なことだったと思うのだけど。

日曜日だからか、結構な人がいましたが、作品の前で会話しているより、ポートフォリを熱心に見ている人が多数。

「いいアイディアを共有しながら、社会や環境にポジティブなインパクトをデザインで与える活動」という風に解釈すれば、まあ真っ当なデザイン活動は全て社会のためな訳です。
社会を学ぶということは「自分が何をどれだけわかっていないかを理解すること」がスタートになるので、気づいたことをひとつひとつデザインで解決していけば、いいと思うのです。
どんな立場や組織、個人の活動であろうと。

このような「場」を提供し、それを共有できること事態、社会のための活動ですね。
学校ごとの個性やクオリティが俯瞰できることで、切磋琢磨にもなっているのでしょう。少子化と世界不況の今では、学生集め、就職先へのアピールという意味合いも濃いようですが。

さらりさらりと見ましたが、パネルからだけでは着眼した過程、解決のプロセスは読み取りにくいし、やはり成果である作品の質、完成度で印象が左右されてしまう。
説明してくれる学生さんもほとんどいなくて、何のための出展なんだろう、と思ってしまった。
卵ですから、これからもっともっといろいろ気づいてくれることでしょう。

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2009年9月 4日 (金)

街角で

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蛇に絡まれた自転車。
なんだか、タイヤもロックチェーンも個性的だなあ。

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2009年9月 2日 (水)

ひたひた

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土曜日はめちゃ暑かったのに日曜からすっかり涼しいまま。
周囲にも寒暖の差に体調を崩す人がちらほら。
あんなにうるさかった蝉の声もぴたりと止んだ。
ここ数日で桜の葉っぱが急に目にも鮮やかに色づき始めた。
ツヤツヤしていた欅も葉っぱも、なんとなくぼんやりと黄色味がかっているし、茶色く葉を枯らして落とし適応を計ろうとしている木も多くなってきた。

秋の気配がひたひたと。
また残暑がやってくると身体は相当辛いだろうなあ。

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