« 都心のスケート | トップページ | 湯島の白梅 »

2010年1月15日 (金)

The Last Farewell

Dscf6931

AXIS フォーラム 石井 裕(MITメディアラボ副所長・教授)講演会
テーマ「永訣の朝・身体の痕跡・ポストタンジブルビット」を聴いてきた。

12月17日にAXIS jiku のWebとAXISからのeメールで告知がされてから、約1週間で100名の定員が埋まったようだ。
同僚4人が申し込んでいて、1名が出遅れて選に漏れた。

今日の講演内容は、Twitterの#axisに参加者などの感想と安藤日記さんのブログにすでに詳しくアップされています。

終了後、会場ではMITのオープンセミナーで聴いた内容と同じだった、と話す人もいましたが、機関銃のようにウイットに富むユーモアとともに飛び出すコトバの洪水は、私にとっては果てしなく深い示唆の数々で、ワクワクした感動が止まらないあっという間の90分だった。

テレビや雑誌で見聞きする石井さんは大きく見えるが、実際はどこにこの溢れんばかりのエネルギーがあるのかという程 小柄な方だった。しかし、世界のトップセールスマンは、満員のオーディエンスと自身をつなぐように体験の問いに挙手で応えるというシンプルなインタラクティブを繰り返しながら、ぐいぐいと魅き込んで行ってしまったのだ。

まさにタンジブルな体験。ライブでしか得られない空気感、高揚感、共有体験だったと思う。

印象に残ったフレーズや場面。

冒頭 「今日のオーディエンスは、いつものサイエンティストでなく、 ほんとどがデザイン関係なので、クリエティビティとユーティリティとプラクティカルに富んでいて一番怖い」と持ち上げながら 、途中「人間中心とか、ユーザーの観察からだけでは単ある改良は進んでも、新しいことは何も生まれない」と現状のビジネスやデザインのアプローチを皮肉りつつ、本質的な使命を問い、鼓舞する場面は流石だった。

「永訣の朝」という宮沢賢治の作品の直筆原稿を画面いっぱいに映し出し、その筆跡からから伝わる作者の人となり、心境の話からタンジブルへと導いたり、母親への感謝の気持ちとして捧げた作品の紹介や、ご自身のまだ小さなお嬢さんの写真を織り交ぜたりする時の表情は、ヒューマニズムを大切にしたロマンティストの顔だった。

質問や自身の体験談の中に、しっかりファンドレージング(資金調達)の意味や資本主義におけるアカデミックの役割も織り込んで、ここでもウイットにとんだユーモアで嫌味にならないところがすごい。

 

協創 Arts&Design + Science&Technology

世界はメタファーに満ちている。私に語りかけている。
そこから新しいメタフォリかるなジャンプが生まれる。

一番大事なのは問。
本質的問いを発し続けること。
そこに飛び込むことが独創的研究。 
何故を続ければ哲学になる。

私に残された時間は少ない(まだ54歳なんだけど)、
2200年の未来の人達に何を残せるか、自分がいなくなっても残る確かなもを見つけるためには何もない原野を全力疾走し続けて行く。

Dscf6941

講演会終了後、懇親会場には対話とサインを求める人の長い列ができた。
一人一人の質問に丁寧に示唆の飛んだメッセージで応えながらサインと握手をする姿がまたエネルギッシュだ。
同僚と4人で30分並んで、一人一人の自己紹介をしながサインをいただく。これまた一人一人に的確なメッセージや示唆が返ってくるのに驚いていると、そうじゃなきゃMITではタコになってしまって生きて行けないですよ、と笑いながら、じゃあ、一緒に写真を撮りましょうというサービスもそつがない。

一期一会。

自分の今やっていることと、生き方、これからやるべきこと。
私も走って行くことにしよう。
そう思える一夜だった。

|

« 都心のスケート | トップページ | 湯島の白梅 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/166759/47305229

この記事へのトラックバック一覧です: The Last Farewell:

« 都心のスケート | トップページ | 湯島の白梅 »