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2010年8月28日 (土)

今年もグッドなデザイン大集合

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GOOD DESIGN EXPO 2010
リーマンショック後の影響で、建築や自動車関係の出展が少なかった昨年と比べると、出展数は増加に転じているようだ。
出展者サイドからすると、審査委員長交代による方針変更、明確なメッセージの方が影響が大きい。

「グッドデザイン賞の活動が産業を活性化させ、生活の豊かさを実現させるものとなるよう、そして、応募対象だけでなく会場やこのイベント自体がグッドデザインとなるよう、参加企業や審査委員をはじめ、運営に関わるすべての人々が努力してまいります。」

展示会場の構成も、出展者への要請も、一線を画す。
トロフィーのデザイン変更がその象徴か。
それらを真正面から意識した出展者と,これまで通りの出展者の展示は明らかに温度差があった。
アジアの台頭、モノと体験のアピールの手法の巧拙。
一般の入場者がその変化に気づくのは難しいかもしれないが。

とにもかくにも、デザインされた3000点近い最新作を一度に俯瞰し、感じることができる貴重な機会であることは間違いない。
定点観測としてはこれ以上の場は滅多にない。

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2010年8月25日 (水)

情報をデザインする視点と表現

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「インフォグラフィックス」
情報をデザインする視点と表現

著者:TUBE GRAPHICS 木村博之   発行:誠文堂新光社 
本体2,800円  2010年8月28日発行 256ページ


24日から書店の店頭で平積みされ始めた。
会社の帰りに青山ブックセンター本店で閉店間際にゲット。

早速帰宅してざっと目を通してみる。
なんと充実した内容でしょう。
かなりマニアックにも楽しめるし、もちろん勉強にもなる。
各Chapterの章末には、「影響受けた人々とその作品」というColumnがある。
これがまた興味深い。
そして、木村さんという方がどうしてこの道に入ってしまったのかは4章204ページに詳しい。スクライブ法なんでもう、グッと来ちゃうし、上京したばかりの頃、ぴあMapにはとても驚嘆したし、お世話になった。
そして、社会人になったばかりの頃の1984年に発刊された「ぴあMAP ホール・劇場・スタジアム編」のアイデアと制作が木村さんだったとは!
2年前のエントリーでも書いたが、西新宿で劇団四季が「Cats」のロングラン公演を実現できたのも「チケットぴあ」のオンラインシステムが登場したから。電話予約でどの窓口でも公平に席が予約できるというのは、画期的な出来事だった。インターネットのない時代、電話口で座席の位置を確かめるのに「ぴあMAP ホール・劇場・スタジアム編」は必須のツールだったのだ。
この話、以前呑みながら木村さんとお話をさせていただいたが、その作者とご一緒させていただく機会に巡り会うなんてなんと不思議なご縁。

ともかく、情報をデザインすることのふんだんな事例とわかりやすい解説、ぜひ手元に1冊置いておきたい本の登場だ。

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2010年8月22日 (日)

浜なしゲット

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毎年この時期恒例のエントリーです。ある意味 定点観測だな。梅雨から夏の気候を振り返り、梨の甘さ 出来具合の関係性が見えてくるかな。
これに蝉の初なき、梅雨入り梅雨明けのエントリーを組み合わせると,今年の梨の大きさ、甘さ、瑞々しさ予報くらいできそうかなあ。

2009年は8月16日
2008年は8月31日
2007年は8月11日
2006年は8月26日

今年も順調に幻の横浜名産「浜なし」をゲット!なぜ幻かというと、ほぼ全量が農家の直販で流通に乗らないため滅多に手に入らないから。近所の生産農家の庭先に上のような看板が出ると販売開始。でも常連のお得意さの予約優先だから通りがかりの私のような住民は大きさなど指定ができないし、ちょっと出遅れるとすぐに売り切れ。

この時期は幸水です。昨年はLサイズ6個で1200円。今年はMサイズ2Kg(8個)で1000円。6月に普通に雨が降って、7月中旬から暑い日が続いたから大きくはないが、ぎゅっと凝縮して甘いに違いない、と今年の出来具合を天候から予測するのも楽しみ。今年もまた来たよ、今年の出来はどう?と生産農家の土間でおばちゃんと話をしながら買うのは地産地消ならでは。

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まだこれから豊水がでてきます。

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2010年8月21日 (土)

ビデオカメラと記録と記憶

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ビデオカメラを購入した。
想定はしていたもののその進化の著しさにあらためて驚く。
実際に子育ての中で利用してきたユーザーとして、線で繋がった時間を、点で振り返ると 見えてくるものがある。

メーカーの技術進歩という名の規格変更、メディアの栄枯盛衰の片棒を担いでいる自覚はあるものの、虚しい。
メディアと記録方式の違いで、いつかは見れなくなるという懸念。それを思い出として記録を見るのではく、「撮るという行為」とその「記憶」の中に「美しくとっておくもの」という言い訳で払拭できるのか。

我が家のビデオカメラは4台目になる。

初号機は1993年の夏、長女が生まれてしばらくしてから購入した
SONY Hi8 ハンディカム CCD-TR3(94年のGマーク商品)。
上の画像の左側のカメラ。

8mmから画質が進化したHi8の登場が89年。
そのHi8機の値段、サイズ、スペック、そしてデザインもこなれてきたところで 、それまでの一眼レフ(ミノルタのα)だけではなく、 第1子の豊かな表情や歩き初めた様子を撮るために。
動画を撮りたい、という大きな動機はやはり我が子の成長だ。
操作系がシンプル、スイッチがシートキーで電源を入れると文字だけ光るという非常にすっきりとしたデザイン。で、小型軽量、画質がいい,というのが購入の理由だった(と思う)。
なんと同時に後に名機といわれる据え置き型Hi8デッキEV-BS3000も購入している。

大変気にいって、第2子も含めて撮ったビデオテープは約30本以上、映画や番組、ビデオのダビングなどHi8テープのライブラリーは相当の数に上る。
Hi8の規格も子供達の成長とともに永遠に続くようにその時は思っていた。

ソニーのメカなのによく頑張って働いてくれた。

が、9年目の3月、第2子の幼稚園のイベントの直前に駆動部のメカが壊れた。すぐに卒園式、そして小学校の入学式が控えていたため、2002年にSONYのHi8モデルであるCCD-TRV96を購入した。

2005年がHi8の最終モデルとなったように、その時すでに世の中は規格が変わってデジタルHi8だのDVが主流の時代となっていた。
デッキも駆動部の不調で時々テープを巻き込む現象がしばしば発生していたため、過去の資産が再生できることと値段が安いこともあって、すでに2モデルしかないHI8機の中から選択余地なく、TR−3よりはるかにでかいTRV96を購入してしまった。
デザインも機能も気に入って買ったわけではない製品には愛着も湧かないものである。

愛着がないことはカメラにも伝わるのだろうか、それともモデル末期にメーカーはコストダウンと幕引きのため自社エンジニアの投入や新たな開発を控えてしまうのか、わずか3年で故障した。
子供の成長と共に、機動性に低い大きいカメラはいやだ、さらに画質が気になり、2005年8月発売のCanon IXY DV M5 mniDV規格へ.

当時 ソニー製品のデザインが気に入らなくて Canon製品に手をだしてしまった。
デザインもサイズも画質も気に入ってしまったので(SONY製品で気に入るデザインとスペックの製品が見当たらなかった)、新製品ながら破格の値引きをビッグカメラで引き出したことも理由だ。

そしてそれから5年。
大型液晶テレビのハイビジョン画像に慣れてしまうと、こんどはDVの画質と4:3ではもの足りない。まんまとメーカーの消費のスパイラルの罠にはまっている。

娘達の学生生活を記録に残したいと昨年から物色していたら、値段もサイズも1年前に比べたらほぼ半分。。。。。

今回購入したビデオカメラは裏面照射型CMOSタイプ、そしてメモリー記録だ。
本体のメモリーに記憶した動画は直接外付けのHDDに接続して溜めることができる。

娘達の10年分にもおよぶずらりと納戸に保管されたテープのライブラリと同等の記録が、これからは手のひらに収まる筐体(モバイルHDD)の中に保管できる。リアルな時間の記録は凝縮されてしまう。
なんだか消えるのも一瞬のようではかない。。。
思い出ははかないものなのか、宝物のなのか。

来週の長女のイベント、秋の次女のイベントに備え、新しいビデオカメラの操作に慣れておくことにする。
ユーザービリテストだとか何とか自分にへりくつをこねながら。

せっかくだから 自分のことばかりじゃなくて、背景の時代についてもちょっと書いておこう。

8mmフィルムで3分間の動画が撮れる「フジカ シングル8」が発売されたのは1965年。

それからちょうど20年後、SONY 8mmビデオカメラの登場は1985年だ。
その翌年1986年に「写ルンです」が発売されている。
1989年パスポートサイズというコピーで一世を風靡したのが CCD-TR55。
CCDはまさに固体結合素子、型番がまさにデジタルの申し子だ(でも記録方式はアナログ)。
SONYの社運をかけ、日本初のトランジスタラジオTR-55にちなんだ型番だそうだが、 TRはTRVELのTRを連想させ、55の音はGOGOでまさに旅に持ち出せる動画撮影機器の登場だった。 衝撃的。
それまでに主流になりそうだったVHSーCからシェアが一気に逆転したのだ。
8mmビデオ方式の「ハンディカム」はビデオカメラの代名詞となった。
動画のデータをテープにアナログで記録していた、なんてのは今の若者にはもうピンとこないんだろうなあ。

「写ルンです」発売から10年、修学旅行で初めてカメラを手にした子供達はその後、文化祭から日常を撮るツールと一般化し、女子高生が鞄の中に常備されるカメラになった。そうやって写真が一気に友人とシェアするツールとして大衆化して、その10年後の1997年に高校生を中心としたプリクラブームがやってくる。
1990年前後の10年というのはアナログ画像の大衆化への道をまっしぐらだった。
1995年、そこに登場したのがデジタルカメラ・カシオのQV-10。大ヒット。
撮影行為の拡大とともにアナログとデジタルは重なり合いながらもツールも進化していく。
写メールという造語と共にケータイ電話にデジカメが付いたのは2000年からで、さらに拍車がかかる。
ちょうど10年くらい前から一気に記録方式がデジタルへシフトしていくことになる。
パソコンと携帯電話の普及とも重なる。

お、この辺、整理しておくと面白そうだ。ま,日本の話ですけど。

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2010年8月19日 (木)

ネイチャーセンス展

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作品:スノー 作家:吉岡得仁(Yoshioka Tokujin)
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。


ネイチャーセンス展のギャラリートークに参加してきた。(隔週水曜 19時から開催)

見るたびに異なる表情を見せてくれる、大きな空間で体感するインスタレーションの作品群。

一人でゆっくり鑑賞しながら、作品からのメッセージを深く感じ取るのも面白いが、スタッフによる解説を聴きながら巡るのも、多分一人だけでは決して気がつかない現象や、背景にある創作過程のエピソード、実際の素材や工程を知ることができて、より興味が深まる。

スノーのデンマーク産羽毛は布団300人分。
アクリルに見える透明の箱は実は2mX15mの3枚のフィルムだ。
どうでもいいかもしれないけど、何でどうやって作り上げるのかのプロセスを紐解き想像する楽しみ。

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作品:忘却の模型 作家:篠田太郎
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。


循環する赤い液体。

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作品:銀河 作家:篠田太郎
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。

25秒毎に落ちる雫が描く宇宙。
上の画像の描く波紋は北斗七星。
部屋に立ちこめる香りは乳白の入浴剤。

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作品:林のための林 作家:栗林隆
この写真は「クリエイティブ・コモンズ表示・非営利・改変禁止2.1 日本」ライセンスでライセンスされています。


地面の下からを顔をのぞかせるとそこは白い唐松の林。
旭山動物園に行った気分。
まさに動物、昆虫の視点。
ちなみにこの作品の作家、栗林さんのお父さんは知る人ぞ知る「ジャポニカ学習帳」の表紙の昆虫のドアップ写真で目にしている世界的に有名な「昆虫写真家」でいらっしゃるそうだ。この作品もそんなDNAからきているのかも。


写真には収めきれないスケール感、重量感、透明感、変化する不定形。ほとんどモノトーンだけで展開される抽象化、象徴化されたインスタレーション。そして五感で感じることで日本人が持っている森羅万象に宿る宗教観や宇宙観の感覚が蘇える。

なんだか、お寺の庭園をみる感覚と似ているかも。

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2010年8月15日 (日)

ハ音記号の魅力再確認

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ト音記号、へ音記号は小学校の音楽で習うし、合唱やらピアノをやったことあれば大抵知っているが、さすがにハ音記号を知っている人は滅多にいない。
ハ音記号の楽譜はヴィオラとトロンボーンぐらい。(チェロやファゴットが高音になると登場するが) そもそもヴィオラという楽器を知る人もまた少ない。
ヴィオラというのは、オーケストラの内声部を受け持つ、バイオリンより一回り大きい弦楽器のことです。華々しい独奏曲やレパートリーも少ない楽器なので音も存在も地味。
音楽界にはアマにもプロにもヴィオラジョークというのがあって、ヴィオラの地味さを徹底的にバカにして楽しんでいるくらい。オケの労働組合の委員長は皆ビオラという都市伝説があるくらい縁の下から支えるのが好き。
6月のNHK「みんなの歌」で放送された
「ビオラは歌う」(作詞作曲:槇原敬之)が「優しい歌」だと評判になった(これもビオラの仲間だけだったのかなあ)。「ビオラが歌う」の最後は世の中に必要のない人はいない、っていうメッセージがビオラに託されていた。それくらい地味。

私は大学オケからそんな楽器を弾いています。

で、世界で活躍する日本人音楽家というと指揮者の小沢征爾さんとか、バイオリン、ピアノの世界的コンクール入賞者が話題になるのだが、ヴィオラだと日本人どころか世界的に活躍する人というのは数少ないというかまあ、ほとんど誰も知らない。
そのような中、2006年1月29日のTBS「情熱大陸」で放送されたのベルリン・フィルの首席ヴィオリストである清水直子さんが若手演奏会として一気に注目を集めてる。この番組の中で「ベルリン・フィルの宝物」と現在の首席指揮者であり芸術監督であるサイモン・ラトルに言わしめた。
ラトルは、ヴィオラのことをワインに例えて次のように話していた。
・ヴァイオリンはラベル ・チェロはボトル ・ヴィオラは中身
内声部であるヴィオラが入ることで音楽全体のリズムやハーモニーを成立させ、いわゆる味わいをこくするのである。

日本で清水直子さんの演奏を聴く機会は滅多にない。
2007年の1月に近所のフィリアホールで開催されたリサイタルツアーのチケットを購入ようとしたが、あっという間の完売だった。

昨夜そのリベンジ、待望のフィリアホール再登場のリサイタルを聴いてきた。 

会場のフィリアホールは青葉台東急百貨店の本館5階にある。
東急の多摩田園都市開発30周年記念事業として1993年にオープンしている。
オープンしたての頃、まだ幼い長女と一緒に ピーターと狼、サンサーンスの動物の謝肉祭を小さなオケで聴いた。親しみやすい規模ととんでもなくいい音響だと言う印象だった。音響設計はサントリーホールやカザルスホール、紀尾井ホールなどを手がけている永田音響設計だとあとで知った。

昨夜も500席がほぼ満席。フィリアホールでのシリーズを常連さんなのか中高年の男性やご夫婦が客席に多いという印象。ビオラのリサイタルなので通好みということか。作曲家の池辺さんもいらっしゃたり。
この時期、夏休み企画の子供に親しめる音楽会は多いが、演奏家も夏休みで本格的な演奏会はほとんど開催されていないので、音楽好きが集まっているのかもしれないし、アマ、プロ問わず、ビオラ弾きが多数集結している感じ。
私も待ち合わせもせずに学生時代からのビオラ仲間二人と偶然遭遇した。

今回の演奏会のプログラムはロマン派からコンテポラリーまで非常に多彩。
その聴きどころについて本人へのインタビューがこれまた興味深かった。

そして演奏そのものは、暖かく豊かな音色と真摯な姿勢は評判通り。弱音は特に美しく、はっきりとした発音と超絶で確かなテクニックとともに、プログラムそれぞれの曲のキャラクターの違いを鮮やかに弾きこなす多彩な表現力が圧倒的で、期待以上に素晴らしい内容だった。

帝王カラヤンが率いた世界最高峰のオケ「ベルリン・フィル」も、カラヤンのあとのアバド、そしてラトルが改革を進めてきたという。その大きな施策が若くて優秀なソリストを団員を迎えるという若返りであり、そのうちの一人が清水直子さんなのだそうだ。コンサートマスター試験中の樫本大進さんもそうなのだろう。21世紀の新生ベルリンフィルは、カラヤン時代の超高性能のスポーツカーを自由自在に操るド迫力の演奏から脱却し、しなやかで柔軟性に富んだ表現を手に入れたようだ。

今回の清水さんの演奏は、ご自身のスタイルと、ベルリンフィルの活動で手に入れたスタイルを融合し、新しい時代のベルリンフィルを象徴する演奏だったのかもしれない。

旦那さんでもあるのオズガー・アイディン氏のピアノとも息がぴったり。

キュートで女性としての魅力もたっぷりで、会場のファンを魅了した。

ミーハーな私は会場で販売されていた(店頭では在庫切れで手に入らなかった)CDを購入、持参した自分のブラームスのビオラソナタの楽譜にサインを書いていただいた。

演奏会終了後はビオラ仲間と妻と4人で夜遅くまでおしゃべり。もう至福の一時でした。

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2010年8月14日 (土)

知られざる創作の秘密

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マン・レイ展 知られざる創作の秘密 

2010年7月14日(水)〜9月13日(月) 10:00-18:00
※金曜日は20:00まで。入場はいずれも閉館の30分前まで

国立新美術館 企画展示室1E
入場料 1,500円(一般)、 1,200円(大学生)、 800円(高校生)

世の中お盆休みということで オフィス街や繁華街の飲食店はひっそりとしているのに 、六本木は観光客のそぞろ歩きで昼間からカジュアルな人がたくさん。
印象派好き日本人に大人気で土曜も開館時間延長となった国立新美術館の「オルセー美術館展」は連日長蛇の列をなしているそうだ。

昨夜は仕事を終えてから「マン・レイ展」を見てきた。
18時30分時点でオルセー美術館展は70分待ち、チケット売り場では見ないで帰るからお金を払い戻せと息巻いている女性もいたりしてちょっと騒然。すごい人気なんだとあらためてびっくり。
マン・レイ展の方はすいすい入場。
オルセー美術館展の絵画はパリに行けば見ることができるが(実際 私が行ったのは20年前だが。。) マン・レイの作品をこれだけ俯瞰できるのは唯一の機会なんだけどなあ。もったいない。。。

20時を過ぎてマンレイ展から出てきたら、まだ最後の集団が1階に並んでた。上からの階段はオルセー展から吐き出された人が数珠繋ぎ。閉館も8時45分まで延長しますとアナウンスされてたけど、ちょっとした狂想曲のようだ。オルセー美術館展に行かれる方は「リアルタイム混雑状況」やらを事前に確認して行くとよいでしょう。(ってあと二日でさらに混雑度は増すでしょうが)

今回のマン・レイ展は「2007年から欧州を巡回している展覧会にあらたに日本展だけに出品される作品約70点を追加して紹介。 マン・レイの生涯を「ニューヨーク(1890-1921)」、「パリ(1921-1940)」、「ロサンゼルス(1940-1951)」、「パリ(1951-1976)」の四つに区切り 、
広範で意欲的な創造活動、思考回路、そして歴史を追体験しながら、その作品と人生をより深く理解するまたとない機会」と開催案内にある。

本邦初公開となる晩年に取り組んだポラロイド写真や退色を防ぐための独自の色彩定着技法によるカラーポジフィルムによる作品も含めて、実に400点に及ぶ作品と映画3本が展示されているのだが閉館まで余裕でじっくり鑑賞。。。 金曜の夜は穴場です。

マン・レイ展に関してtwitter上で「#manrayten」をつけてつぶやくと 国立新美術館周辺に青いハート型の公式エアタグとしてセカイカメラに表示されるなんて仕掛けもあるそうで。 

入場してすぐ、「ニューヨーク(1890-1921)」のコーナーには、近年(といっても1976年)になり発見されたマン・レイ が自分の作品を写真に撮り、貼り付け 制作年や技法、素材等を詳細に記録していたインデックスカードが展示してあって、パラパラと実際にめくって筆跡や内容を見ることができる。(主に1913〜14年の作品) 本物はパリ、ポンピドーセンターに寄贈されているので、これはレプリカだったが、いきなりすごいぞ。
今回の展示会のいくつかの作品はこれらをもとに写真という複製技術を使って、かつての作品を再構築しているらしい。
ある意味 写真は音楽と同じ再現芸術であり、レシピ(楽譜)が残っているということだ。
アンセルアダムスが、「ネガは楽譜、プリントは演奏」と言う名言を残したが、まさに音楽に通じる芸術だ。

二番目のコーナー「パリ(1921-1940)」の作品、肖像写真群は圧巻だ。その頃にパリで活躍していたアーチストのほとんどをカメラに収めたといわれる。一瞬の表情をとらえる技術とそれを惹きだす能力が素晴らしい。サティやストラビンスキーの肖像写真まである。

そして特に晩年の「パリ(1951-1976)」時代とわせて、当時の先端技術である写真とアートを融合させた多彩な技法を試みた作品群は、 既成の概念を破壊し、新しい芸術を目指していたモダンアートの先駆者、表現者としての面目躍如である。
マン・レイの加工された写真は、リアリズムを追求する人たちからは違和感や批判もあっあっただろうが、 今ではPhotoshopで誰でも当たり前の画像処理につながる写真の新たな可能性を開いた。 しかし、彼はカメラを「人間の手が追いつくのを待っている」道具と呼び、「何を撮るべきかではなく、如何に撮るべきか」に拘ることを痛烈に批判していたようだ。モノクロからポラロイドへ、独自のカラー写真を創作したりという取り組みは、画家を目指していた自身が、生活の糧であった写真という表現におけるテクノロジーを追求することが、手を動かすことと同じように感じていたのかもしれない。 

タイトル通りの 名作を並べた通り一辺倒ではない、丁寧な構成であらためてその魅力をわかりやすく伝えるとても素晴らしい企画展示だった。やはり、写真にスポットはあたっていたけど。

写真が好きなら行くべし、見るべし。 まだあと1ヶ月やってます。
マン・レイの作品は女性の背中にバイオリンのf溝が描かれた写真(アングルのバイオリン)のポストカードがリビングに飾ってある。(画家のアングルはバイオリンも上手かったので、フランスでは芸術家の余技がプロの域に達していることを 「アングルのバイオリン」と例えるのだそうだ)
 しかし、知っているつもりで全く無知でしたね、マン・レイについて。

9月28日〜11月14日に大阪国立国際美術館へ巡回するそうです。
関西の方々も楽しめます、長蛇の列を作ることなく。

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2010年8月12日 (木)

空気がきれい

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通勤電車も街も、お盆休みモードに入って人が少なくちょっと静か。
と思ったら、東京ミッドタウン、国立新美術館あたりの昼間はすごい人出だった。お休みで遊びにくる人が多いんだな。駐車されている車のナンバーも多彩。
台風の影響で、雨が降ったりやんだり。早く流れる雲も高いところと低いところでスピードが違う。車が少ないことと風が強く、雨も降ったので東京の空気はきれいだ。
今日の夕焼け、豊かな表情の雲と、低い雲だけに夕陽が当たって不思議な現象だった。

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2010年8月11日 (水)

森のビアガーデン

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ビアガーデンに行ったことがない、という若い同僚がいたので、じゃあみんなでと繰り出した。
実はこの話は2年前にさかのぼる。
神宮外苑にある普段は児童遊園地になっているところが、夏の間だけ(といっても6月から9月の3ヶ月間もだが)大人のパラダイスになる。
お盆休みで都会の勤め人は少ないだろうからとまだ明るいうちにタクシーで駆けつけたら、予約なしのフリー客はなんと2時間待ちだった。あきらめてその時は有楽町のガード下へ。それはそれで楽しかったけど。
昨年は梅雨明けの7月20日頃に予約を入れようとしたら、8月中旬まで予約で一杯といわれ断念(とかいいながら 銀座松坂屋の屋上ビアガーデンに1時間以上並んで入ったのだが)。
今年は1ヶ月以上前から定時退社日を予約して用意周到。雨が降ると台無しなので台風接近でちょっと気をもんだが、普段の心がけがよいのか、おめでたい晴れ男晴れ女ばかりだったからか、なんと3年越しの森のビアガーデンの実現だ。私は10年ぶりくらいの2度目。
日本最大級1000席、外苑の木立に囲まれて涼しい風が吹き抜けて雰囲気は抜群。
バーベキュー,ビールの飲み放題の前金制、客層も浴衣を着た若い女性グループから家族連れ、親戚一同、大学の合コン、会社の部署毎ままるごとみたいな団体まで様々で楽しい。
セルフサービスなのでビールを勝手に黒ビールと一番搾りをお好みに応じてブレンドして呑みまくれる。
8時前にはヤクルトX巨人戦の5回裏終了時の花火が間近に打ち上がる。
木立から視界目一杯に広がる花火の迫力に酔客全員からどよめきとが起こり、終わるとともに拍手が沸き起こる妙な一体感。
都会のど真ん中で自然と親しみながらビールを仲間と楽しむイベント、大成功だった。

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2010年8月 8日 (日)

道ばたでみっけ

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どうして消火栓ホース箱の下にねずみがいるの?
ねずみ鋳鉄だから?
それなら右の消火栓だろう。
それも畑の脇です。。。
なんだかとっても気になる。。。

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2010年8月 7日 (土)

星と夏

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レゴのアウトレットでつい買ってしまった。
ヨーダは私、R2−D2は娘。

あ、でも今日のサマーウオーズは時代を写しててよかったなあ。
作中の年代設定である2010年7月下旬から8月という時期に合わせて地上波放映というのもリアルだ。
新しい日本のアニメ映画の傑作だなあ。

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2010年8月 6日 (金)

地産地消

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車で旅をすると最近よく目にするのが道の駅。
そして中を覗くと必ずあるのが地元JAが運営するファーマーズマーケット。
生産者と消費者が互いの顔を見る安心/安全と地産地消のための直売所だったのが、JAが仲介し、生産者への指導、鮮度や表示の管理、種類の豊富さ、地の利を活かした利便性を図って各地で大成功している事例が増えてきている。
実家の名古屋に帰省すると、車を持たない両親のために日本全国で売り上げが3本の指に入る(約20億 年間集客力200万人)という巨大ファーマーズマーケット、大府の「げんきの郷」に買い出しに行くことがある。
今回はたまたま休業日だったので、伊勢湾岸自動車道に併設する巨大なサービスエリア「刈谷ハイウエイオアシス」のファーマーズマーケットへ。
高速道路と地元道路と両方からアクセスできる便利さと子供向け遊園地や温浴施設、大観覧者もあって、平日の昼間というのに賑わっていた。
上の画像はとれたての「かぼちゃ」ひとつとっても全部で7〜8種類くらいあって迷うの例。

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海産物までとれたて、激安。そしてうまい。
車なのでみんな どっかり買い込んで行く。どんと茹でで冷凍しちゃうんだそうだ。
何でも手に入るとはいいながら、東京、横浜のスーパーマーケットの食材のなんと貧弱なことか。。。
地方の方が庶民の食に関しては豊かと言わざるをえない。

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2010年8月 5日 (木)

非日常のおもてなし

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高原のとれたてトマトは目にもおいしい。地産地消の食は旅の楽しみでもある。

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地産地消の食は旅の楽しみでもある。トマトもきゅうりも袋詰め放題で100円。そしてとても甘くておいしかった。

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で、色彩豊かなイタリアの街並を後にして今日向かったのはフランスの風景。
ここも小淵沢の近く、清春芸術村だ。ここを妻と訪ねるのも20年振りくらい。白樺美術館にはルオーや梅原龍三郎、武者小路実篤のコレクションが常設してある。

不思議な建築物は、エッフェル塔を設計したエッフェルが1900年のパリ万博の時にワインのパビリオンとして建設した通称ラ・リューシュ(蜂の巣)を、この地に模して再現されたものだ。現在は芸術家たちの創作の場として滞在型(年会費を払うとバス・トイレ・キッチン付きで1日6000円で利用可能)のアトリエとして運営されている。

左の黄色い螺旋階段は、エッフェル塔の4階上部の180mを100年目に取り替えた際、24分割された一つをこの地に置かれたのだそうだ。1889年製の本物だ。

なんだか凄い風景だぞ。

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さらにその奥には建築史家・藤森照信氏(東京大学教授)の設計による茶室が樹齢八十年地上約四メートルの木の上に!
赤瀬川源平、南伸坊、林丈二氏らが屋根の銅板や壁の漆喰を塗る作業を手伝って2006年に竣工したんだそうだ。

茶室という、お客をもてなす日本文化の象徴のような場所をこのような形で表現するとは。

この茶室は体験できなかったので、この建物でのおもてなしがどう体現されているのかわからないが、う〜〜ん、最後になってちょっとあまりにも非日常的になってしまった。

このまとめは また後日。

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2010年8月 4日 (水)

ホスピタリティ

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実は奈良井宿の名物を日本国民のほとんどが目にしている。
平成20年の50円年賀切手に描かれた絵柄が、ここ奈良井宿の手作り土産物店「藤屋」さんのご主人の作である奈良井土鈴「福徳十二支土鈴・ねずみ」なのだ。
我々もここでご主人,中西さんの切り絵の絵はがきをお土産に買って、手紙を出した。

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平日の朝の街道は、やはり静寂に包まれていた。
元気に集団でプールに向かう子供達と、軒下でビニールプールで遊ぶ幼児の歓声が人々の生活の場であることを感じさせせてくれて、ほっとする。
軒下にはあちこちたくさんツバメの巣があって、低空で飛び交う親ツバメと流れる雲だけが視界の中で動くくらい。
お宿で同宿だった方々も 宿の若旦那に見送られて次の地へ旅立って行った。

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心の故郷のような日本の昔ながらの当たり前のおもてなしを満喫して、我々も次の地へ。
そこは私が小学生の時に新築間もない外国のような宿泊施設に泊まり、たとえようのないおいしいソフトクリームとともにに感動した清里の清泉寮へ。一時はペンションブームやらでかなり俗化した観光地となってしまったが、そこには40年前と変わらぬ風景と味はそのままに、昨年竣工したばかりのレーモンド建築事務所設計による新館など進化した姿もあった。人と社会と自然の共生を学ぶ場、ここはまさにアメリカと信仰の文化だ。

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農村復興の教育計画が実を結んだ証として翌日の朝食のパンを買い求めて、奈良井とは全く別の意味でのサービスとしての日本のホスピタリティを象徴する今日の宿へ向かった。

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小淵沢にあるリゾナーレ。
イタリアの巨匠ベリーニが、日常から非日常への門としてイタリアの山岳都市をイメージし徹底的に拘ったデザインの建築群とインテリアが魅力であり財産だ。
当初運営を担っていたマイカルが破産、2001年から破綻した旅館やリゾートの再生請負人として名高い星野リゾートに運営が代り、その3年後には黒字化、70%の稼働率を誇る人気リゾートへと変貌した。その理由は「地域の特色を生かし」「子供が楽しく リラックスしながら 大人も子供も楽しめる」ことで「熱烈リピーターを獲得すること」だったという。

まさに家族とともに私たちはそのリピーター。

従業員の笑顔、挨拶、イベント、あらゆるホスピタリティーが行き届いていて、宿泊客も楽しそうだ。新たに加わった温泉施設の工夫、Books&cafeなどから 自然を生かした工作、探検、散歩などプログラムも多彩だ。
ここに来てゆったりとしながらも、学ぶことの何と多いことか。
空間はイタリアでも、おもてなしの内容はまさに日本そのものだ。

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2010年8月 3日 (火)

フィールドワークの原点

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秋田の角館、岐阜の白川郷、京都の産寧坂、山口の萩、とここ長野県南木曽町「妻籠」の枡形(上の画像の街並)は共通点がある。
1976年9月4日に日本で初めて重要伝統的建造物群保存地区に指定された場所である。
文化財として建造物を点ではなく面として保存しようとするいわゆる街並み保存だ。
その街ならではの個性や魅力を保存、再生させながら、あわせてそこで生活する住民の生活環境を整備することで両立を図ることでもある。

今回 名古屋への帰省の後、木曽路へと足を運んだ。
中津川インターチェンジから国道19号をしばらく走って右折、旧道の山道を登ると、そこには美濃国と信濃国との国境を挟む近くに14mほど旧中山道の石畳が発掘保存されている場所があった。午前中だからか気がつくと蝉時雨は全く聴こえず、木立に響き渡るウグイスの美しいなき声にしばし耳を傾けながら、苔むした石畳に佇んでみた。
その後 馬籠へ、そして上の画像の妻籠を訪ねた。

妻籠では家や土地を「売らない、貸さない、壊さない」の3原則を守りながら生活をし、貴重な財産を後世に伝える役割を担っている。

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島崎藤村の生地であり、「夜明け前」の舞台となった馬籠はやや観光地化されてはいるが、猛暑の平日に訪ねる人はまばらで、街道貸し切り状態の写真が撮り放題だ。
藤村記念館では偶然、今年の6月に竣工したばかりの第二文庫の企画展で、普段は桐の箱に収まっている「夜明け前」の直筆原稿の展示にお目にかかることができた。
藤村の几帳面な性格を目の当たりにしながら、この地の歴史を振り返る。

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妻籠では手打ちそばと御幣餅をいただいている間に通り雨にあった。

山からは冷気が漂い落ち涼しくなった雨に濡れた街道を歩く私たち家族の周りを、美しいあおすじあげはが舞う。

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木曽路には不思議な場所もある。
浦島太郎が龍寓城から戻り、しばし諸国を行脚していた途中で立ち寄った寝覚めの里の美しさに魅かれて永住したという。ここで昔を思い出して玉手箱をあけたところ300歳の老人になってしまったという伝説の場所。
右手の白いまるっこい岩が亀にも見える。

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そして今日の目的地、奈良井宿へ。
  ここの街並は昭和53(1978)年の5月に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。その後、私の所属した大学の研究室のフィールドワークの対象となり、級友が卒業研究のテーマに選んだ場所である。彼は街並保存の課題と提案に取り組むため、ここに何度も足を運び、住民と対話をしながら生活と観光、財産の維持という難しい問題に直面していた。今日はその時の彼の定宿であった民宿の伊勢屋さんに泊まった。
下問屋であった伊勢屋さんの建造物は築200年。江戸末期の建物内の大広間で食事をし、高野薪の風呂に入り、クーラーのない部屋で寝るのである。
私は両親とともに宿泊して以来25年ぶりの再訪になる。
民宿なのでリーズナブルなのに料理もおもてなしも素晴らしい。ぜひ、家族とともにここに宿泊したいという念願を果たした。

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夜、夕食後に、障子を1枚隔てた旧街道の軒下に地元の若者達が集まって、夏祭りのお囃子の練習をする調べが聴こえ始めた。
伊勢屋の若旦那も夕食の後片付けもそこそこにそこに駆けつけた。
同宿の人達と一緒に 涼しい夜風にあたりながら、静寂に響くお囃子とその様子を眺める。
夜空を見上げると、満点の星のなかに 人工衛生が動いて行くのがはっきりと見えた。

日本を満喫の一日だった。

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2010年8月 2日 (月)

消え行く記憶の風景

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名古屋に帰省した。
ここの暑さは格別だ。
夜は両親と名古屋駅前で夕食をともにした。その際撮影した画像。

名古屋駅前 桜通の入り口にでかでかと建つ築45年の「大名古屋ビルヂング」。
名古屋に来た人ならその名称とともに記憶にない人はいないくらい有名だろう。
高校までこの近くに住んでいたのだが、屋上のにあった球形の森永製菓のネオンサインとともに、夏になるとオープンするここの屋上ビアガーデンは子供心になんだか別世界の憧れのような思いで見上げていた。
たしか小学生の頃、一度だけ祖父に連れて行ってもらったことがある。
デパートの屋上遊園地のような特別な楽しさや、電球の提灯に照らされた華やかさを期待していて、大人に交じって覗いた世界はちょっとドキドキしたような記憶がある。

この風景も2012年には姿を消すそうだ。
実は今年の3月、この裏手にある私の通っていた小学校が廃校になった。
今だからこそ記憶にとどめておきたい風景がいくつもある。

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2010年8月 1日 (日)

旅の準備

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昨日から夏休み。
明日から恒例の帰省を兼ねての家族旅行に出かける。

恒例といっても、一昨年、昨年は、長女の受験勉強の関係で次女との二人旅。
一昨年は、4泊5日を自家用車で近江八幡→倉敷→直島→高松→名古屋と1600kmを巡った。見てみたい建築と美術館に行くという私のわがままを実現するのに、娘が付き合ってくれたのだ。一生の思い出となる貴重な体験だった。

今年は大学のサークルの都合で参加しない長女を家に置いて、妻と次女の3人。
久々に NEOPAN 400 PRESTOを買って、CONTAX T2に装填した。
文庫本を買った。
旅の準備は新しい出会い、体験へのワクワクだ。
今夏の旅は、変わらぬおもてなしを味わう、再訪の旅とした。

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