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2010年8月21日 (土)

ビデオカメラと記録と記憶

Dscf9199

ビデオカメラを購入した。
想定はしていたもののその進化の著しさにあらためて驚く。
実際に子育ての中で利用してきたユーザーとして、線で繋がった時間を、点で振り返ると 見えてくるものがある。

メーカーの技術進歩という名の規格変更、メディアの栄枯盛衰の片棒を担いでいる自覚はあるものの、虚しい。
メディアと記録方式の違いで、いつかは見れなくなるという懸念。それを思い出として記録を見るのではく、「撮るという行為」とその「記憶」の中に「美しくとっておくもの」という言い訳で払拭できるのか。

我が家のビデオカメラは4台目になる。

初号機は1993年の夏、長女が生まれてしばらくしてから購入した
SONY Hi8 ハンディカム CCD-TR3(94年のGマーク商品)。
上の画像の左側のカメラ。

8mmから画質が進化したHi8の登場が89年。
そのHi8機の値段、サイズ、スペック、そしてデザインもこなれてきたところで 、それまでの一眼レフ(ミノルタのα)だけではなく、 第1子の豊かな表情や歩き初めた様子を撮るために。
動画を撮りたい、という大きな動機はやはり我が子の成長だ。
操作系がシンプル、スイッチがシートキーで電源を入れると文字だけ光るという非常にすっきりとしたデザイン。で、小型軽量、画質がいい,というのが購入の理由だった(と思う)。
なんと同時に後に名機といわれる据え置き型Hi8デッキEV-BS3000も購入している。

大変気にいって、第2子も含めて撮ったビデオテープは約30本以上、映画や番組、ビデオのダビングなどHi8テープのライブラリーは相当の数に上る。
Hi8の規格も子供達の成長とともに永遠に続くようにその時は思っていた。

ソニーのメカなのによく頑張って働いてくれた。

が、9年目の3月、第2子の幼稚園のイベントの直前に駆動部のメカが壊れた。すぐに卒園式、そして小学校の入学式が控えていたため、2002年にSONYのHi8モデルであるCCD-TRV96を購入した。

2005年がHi8の最終モデルとなったように、その時すでに世の中は規格が変わってデジタルHi8だのDVが主流の時代となっていた。
デッキも駆動部の不調で時々テープを巻き込む現象がしばしば発生していたため、過去の資産が再生できることと値段が安いこともあって、すでに2モデルしかないHI8機の中から選択余地なく、TR−3よりはるかにでかいTRV96を購入してしまった。
デザインも機能も気に入って買ったわけではない製品には愛着も湧かないものである。

愛着がないことはカメラにも伝わるのだろうか、それともモデル末期にメーカーはコストダウンと幕引きのため自社エンジニアの投入や新たな開発を控えてしまうのか、わずか3年で故障した。
子供の成長と共に、機動性に低い大きいカメラはいやだ、さらに画質が気になり、2005年8月発売のCanon IXY DV M5 mniDV規格へ.

当時 ソニー製品のデザインが気に入らなくて Canon製品に手をだしてしまった。
デザインもサイズも画質も気に入ってしまったので(SONY製品で気に入るデザインとスペックの製品が見当たらなかった)、新製品ながら破格の値引きをビッグカメラで引き出したことも理由だ。

そしてそれから5年。
大型液晶テレビのハイビジョン画像に慣れてしまうと、こんどはDVの画質と4:3ではもの足りない。まんまとメーカーの消費のスパイラルの罠にはまっている。

娘達の学生生活を記録に残したいと昨年から物色していたら、値段もサイズも1年前に比べたらほぼ半分。。。。。

今回購入したビデオカメラは裏面照射型CMOSタイプ、そしてメモリー記録だ。
本体のメモリーに記憶した動画は直接外付けのHDDに接続して溜めることができる。

娘達の10年分にもおよぶずらりと納戸に保管されたテープのライブラリと同等の記録が、これからは手のひらに収まる筐体(モバイルHDD)の中に保管できる。リアルな時間の記録は凝縮されてしまう。
なんだか消えるのも一瞬のようではかない。。。
思い出ははかないものなのか、宝物のなのか。

来週の長女のイベント、秋の次女のイベントに備え、新しいビデオカメラの操作に慣れておくことにする。
ユーザービリテストだとか何とか自分にへりくつをこねながら。

せっかくだから 自分のことばかりじゃなくて、背景の時代についてもちょっと書いておこう。

8mmフィルムで3分間の動画が撮れる「フジカ シングル8」が発売されたのは1965年。

それからちょうど20年後、SONY 8mmビデオカメラの登場は1985年だ。
その翌年1986年に「写ルンです」が発売されている。
1989年パスポートサイズというコピーで一世を風靡したのが CCD-TR55。
CCDはまさに固体結合素子、型番がまさにデジタルの申し子だ(でも記録方式はアナログ)。
SONYの社運をかけ、日本初のトランジスタラジオTR-55にちなんだ型番だそうだが、 TRはTRVELのTRを連想させ、55の音はGOGOでまさに旅に持ち出せる動画撮影機器の登場だった。 衝撃的。
それまでに主流になりそうだったVHSーCからシェアが一気に逆転したのだ。
8mmビデオ方式の「ハンディカム」はビデオカメラの代名詞となった。
動画のデータをテープにアナログで記録していた、なんてのは今の若者にはもうピンとこないんだろうなあ。

「写ルンです」発売から10年、修学旅行で初めてカメラを手にした子供達はその後、文化祭から日常を撮るツールと一般化し、女子高生が鞄の中に常備されるカメラになった。そうやって写真が一気に友人とシェアするツールとして大衆化して、その10年後の1997年に高校生を中心としたプリクラブームがやってくる。
1990年前後の10年というのはアナログ画像の大衆化への道をまっしぐらだった。
1995年、そこに登場したのがデジタルカメラ・カシオのQV-10。大ヒット。
撮影行為の拡大とともにアナログとデジタルは重なり合いながらもツールも進化していく。
写メールという造語と共にケータイ電話にデジカメが付いたのは2000年からで、さらに拍車がかかる。
ちょうど10年くらい前から一気に記録方式がデジタルへシフトしていくことになる。
パソコンと携帯電話の普及とも重なる。

お、この辺、整理しておくと面白そうだ。ま,日本の話ですけど。

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