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2010年8月 3日 (火)

フィールドワークの原点

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秋田の角館、岐阜の白川郷、京都の産寧坂、山口の萩、とここ長野県南木曽町「妻籠」の枡形(上の画像の街並)は共通点がある。
1976年9月4日に日本で初めて重要伝統的建造物群保存地区に指定された場所である。
文化財として建造物を点ではなく面として保存しようとするいわゆる街並み保存だ。
その街ならではの個性や魅力を保存、再生させながら、あわせてそこで生活する住民の生活環境を整備することで両立を図ることでもある。

今回 名古屋への帰省の後、木曽路へと足を運んだ。
中津川インターチェンジから国道19号をしばらく走って右折、旧道の山道を登ると、そこには美濃国と信濃国との国境を挟む近くに14mほど旧中山道の石畳が発掘保存されている場所があった。午前中だからか気がつくと蝉時雨は全く聴こえず、木立に響き渡るウグイスの美しいなき声にしばし耳を傾けながら、苔むした石畳に佇んでみた。
その後 馬籠へ、そして上の画像の妻籠を訪ねた。

妻籠では家や土地を「売らない、貸さない、壊さない」の3原則を守りながら生活をし、貴重な財産を後世に伝える役割を担っている。

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島崎藤村の生地であり、「夜明け前」の舞台となった馬籠はやや観光地化されてはいるが、猛暑の平日に訪ねる人はまばらで、街道貸し切り状態の写真が撮り放題だ。
藤村記念館では偶然、今年の6月に竣工したばかりの第二文庫の企画展で、普段は桐の箱に収まっている「夜明け前」の直筆原稿の展示にお目にかかることができた。
藤村の几帳面な性格を目の当たりにしながら、この地の歴史を振り返る。

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妻籠では手打ちそばと御幣餅をいただいている間に通り雨にあった。

山からは冷気が漂い落ち涼しくなった雨に濡れた街道を歩く私たち家族の周りを、美しいあおすじあげはが舞う。

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木曽路には不思議な場所もある。
浦島太郎が龍寓城から戻り、しばし諸国を行脚していた途中で立ち寄った寝覚めの里の美しさに魅かれて永住したという。ここで昔を思い出して玉手箱をあけたところ300歳の老人になってしまったという伝説の場所。
右手の白いまるっこい岩が亀にも見える。

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そして今日の目的地、奈良井宿へ。
  ここの街並は昭和53(1978)年の5月に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。その後、私の所属した大学の研究室のフィールドワークの対象となり、級友が卒業研究のテーマに選んだ場所である。彼は街並保存の課題と提案に取り組むため、ここに何度も足を運び、住民と対話をしながら生活と観光、財産の維持という難しい問題に直面していた。今日はその時の彼の定宿であった民宿の伊勢屋さんに泊まった。
下問屋であった伊勢屋さんの建造物は築200年。江戸末期の建物内の大広間で食事をし、高野薪の風呂に入り、クーラーのない部屋で寝るのである。
私は両親とともに宿泊して以来25年ぶりの再訪になる。
民宿なのでリーズナブルなのに料理もおもてなしも素晴らしい。ぜひ、家族とともにここに宿泊したいという念願を果たした。

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夜、夕食後に、障子を1枚隔てた旧街道の軒下に地元の若者達が集まって、夏祭りのお囃子の練習をする調べが聴こえ始めた。
伊勢屋の若旦那も夕食の後片付けもそこそこにそこに駆けつけた。
同宿の人達と一緒に 涼しい夜風にあたりながら、静寂に響くお囃子とその様子を眺める。
夜空を見上げると、満点の星のなかに 人工衛生が動いて行くのがはっきりと見えた。

日本を満喫の一日だった。

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