イノベーション思考のメソドロジー?
i.school 夏のシンポジウム
「イノベーション思考にメソドロジーは可能か?」
Is innovation methodology possible?
Ziba × Stanford d.school × 東京大学i.school
8月28日(土) 9:30−12:30 東京大学情報学環 福武ホール
どなたでも参加いただけます、とあったので申し込んだ。
人間中心のイノベーションについて 、ビジネスサイドとアカデミックサイド双方から注目のメンバーの議論が無料で聴講できるというこの上ない機会。
先週は毎晩遅かったのだが土曜の朝も平日のごとく起きて本郷に向かった。
ものすごく暑かった。
地下鉄の東大前駅からレンガ塀沿いに歩いてキャンパス内にはいってみたものの、スタバはまだ開店していないし、ペットボトルを自販機が見当たらない、さらに校舎も鍵がかかっていて入れない。 不案内な校内をうろうろしたあげく、しかたなくキャンパスを出て通りの向こうのコンビニでお茶を買い込んで戻る羽目に。すでに汗だく。
安藤忠雄建築の福武ホールの佇まいは 高くて長い庇が凛としていた。
以前のセミナーでは softbankのアンテナがたたず、iPhoneでつぶやけないよ、と聞いていた。 が、改良されたらしくアンテナは5本立ち、WiFi環境も提供されて快適な通信環境が整備されていた。
シンポジウムが始る頃には150席ほぼ満席。
i.school受講中の学生さんが多いのはもちろんだが、知り合いもちらほら。隣が偶然K社のSさんだったり。。。
冒頭に田村さんから i.schoolの解説。
「i.schoolのイノベーションは技術革新ではない。 論理思考を超えた思考の羽ばたき、それを再現する試み」だと。
はじめに Ziba designの濱口さんのプレゼンテーション。
これがなんとも明快、魅力的。非常に頭の中が整理でき、そして自分の取り組む姿勢をリフレクションしてみたい、またぜひ実践してみよう、というモチベーションンのあがる内容満載だった。
最初の問いかけ。
「イノベーションは天才にしかおこすことができないのか?」
Yes/No → No
最初に今日の結論を言ってしまおう。
1.イノベーションのメソドロジーは存在するのか?
→存在しない
2.そもそもイノベーションとは何か?
→定義できない
3.ところでアンタ誰や?
→詐欺師
この答えは パネルディスカッションや最後の質疑応答の中で明らかにしている。
エスノグラフィーというものは、 不確実なものに対する開発側からの歩み寄りだ、との発言。
なぜなら 経営というのは、「ナンボ儲かるか?」「何回も成功を起こしたい!」 という、リスクに対し確実性を求めるものだ、という前提があるから。
提案をすれば、「その提案を 当たりにしてくれ!」
当たりそうなことに納得すると「大きくしてくれ!」と来る。
その溝を埋めるため、経営者に賢くなってもらうため、「物語を作り」「気持ちよくだます」、
だから詐欺師。
それが 「予期していなかったことを発見するため」のエスノグラフィーであり、複数でshiftを考えていくことだと。
比喩としてはオープンなジャングルジムと表現していた。
(ジャングルジムで遊んだことない若い学生さんも多かったようで、会場は?って感じだったけど)
濱口さんのプレゼンの話にもどろう。
イノベーションを感じる基準とは?
→ 明日の非連続点
→ shift
イノベーションの見分け方
1.見たこときいたことがない
2.与えられた時間内に実現可能
3.議論を生む(反対vs賛成)
・見たこときいたことがない
・与えられた時間内に実現可能
このトレードオフから外れたものがイノベーション
このshiftを実現するために、問題解決のフレームワークではなく、作り手と受け手がどう認識しているかを破壊するための 「目的」「範囲」「切り口」のフレームワークをプロジェクトの最後まで循環し続けることがイノベーションを生み出すプロトコルだと。
ここでは非常にわかりやすいアイコンで図で示されていたのだが、それは会場で聴いた人だけの権利。
そのためには1.常にモードをモニターし 2.マネージメントを怠らず 3.バランスと時間配分に注意するか が重要。
しかし、コンセプト1に対し、100の戦略のための時間、そして1000の実現するための時間が必要だとも。
明快だ、リアルだ。 実践的だ。
真似してできるものではないが、説得力があり、 経験者には手触りのある納得感がある。
学生さんにはわかりやすく 「自転車に乗れるようになるコツ」と例えていた。
自転車にのるには
・自転車の知識
・バランスのとり方
・力学の知識
そんなものいくら勉強したって自転車に乗れない。
必要なのは
・行きたい方向を見る
・スピードを出す
・2〜3回転げる
まあ他にも面白い話はたくさん聴けたのだが、これくらい。
次に Stanford d.schoolのshanks教授から問題提議。
そして紺野教授 堀井教授が加わってのパネルディスカッション。
ここで紺野先生が相変わらずの切れ味でバサバサ。
イノベーションにメソッドはない。
濱口さんはメソドロジーもないとおしゃったが、プロトコルはまさに、メソドロジーですよと。
イノベーションは人々の何らかの知識が革新されることと私は定義している。
MBAのような一元的マインドセット=決定論的、コアコンピタンスはイノベーションの障害。
だからデザインが必要なバックグランドはここにあると。
これまでは会社のなかにカオスを持ち込むと怒られた。
今はイノベーションのためにカオスが必要。
(ここでニヤニヤ苦笑いして、うなずくのはビジネスマンばかり)
Humane-Centeredを、エルゴノミクス/ユーザビリティ/エスノグラフィといった「観察と非観察」と、 個別で見るのではなく「いかに生きるか」という社会的見方の2つある、とシンプルに指摘していた。
非決定論的なコラボレーションのオープンな構造化を目指すべき というのがまとめだったと思う。
猛暑の土曜の朝から、濃い内容のシンポジウムに参加できて 熱さは増した訳です。
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コメント
レポートありがとうございます。行けなかったのですが雰囲気が伝わってきました。
自転車の‘たとえ’はわかりやすいですね。
いま、デザイン思考が「流行って」いますが、前者のやり方で学ぼう/学ばせようとしている人が多いように感じます。(ほとんどの知識というのはそういう学び方をするので。)
美大の教育では、「まず乗ってみて、ペダルをこいでみて、何度か転んでみたらそのうち乗れるようになる」という学び方を、あまり深く考えずにそれがあたりまえのやり方として行なってきました。
K先生には「体育会系だね。」と評されたことがありますが(笑)、実はそこに、創造的な態度を身に付けていく上での「キーになる何か」があるんじゃないかと、最近なんとなく思っています。
投稿: よしはし | 2010年9月 6日 (月) 01時01分