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2011年3月20日 (日)

12日以降

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19日の夜は、地球と月と太陽が一直線に並び、19年振りに地球の最接近する、煌煌と眩しいくらいに明るく大きい満月が浮かんだ。
今回の地震はこの1週間前。この引力の関係がトリガーのひとつだったのかもしれない。

地震の翌日は仕事で早朝から小田原に向かった。1週間研修所に缶詰で頑張った学生さん達のプレゼンテーションを受け止めにいくため。毎年この時期の恒例だ。そしてたくさんの元気をもらえる。

新横浜までは朝動いていた横浜市営地下鉄が線路異常で運転見合わせになってしまったので、横浜線経由で辿り着いた。
横浜線も運転を再開したばかりの上、全踏切が故障で踏切ごとに係員が手動で動かすという状況。電車が踏切手前で毎回一旦停止して安全を確認するという超徐行運転のため、とても時間がかかったが何とか間にあった。

不安の中、頑張った学生の意気に受け止める側も応えようと、続々とマネージャー達も集まる。昨夜7時間をこだま車内で過ごした同僚、昨日の午後、荷物を運ぶために車で向かっていたものの大渋滞にはまって到着が深夜になった人、大宮の事業所で夜を明かして朝5時の再開始初で出発、8時間かけて到着した人。それぞれに発生した時間とその時の状況、それぞれの出来事を話し合うとこともできた。
帰路、東海道新幹線は通常運転でとても助かったが、22時を過ぎようとしているのに最寄り駅から自宅までの徒歩の途中で、ガソリンスタンドには自動車が長蛇の列を作っていた。

13日(日)になって、マンションの管理組合として、管理人さん、副理事長さんの3人で建物の損壊箇所を巡回し目視で再確認した。全体にはタイルの目地に小さな亀裂ができた程度でとても軽微だった。住民に向けて、重要な損壊は全くなく安心してよいこと、電力の需給が逼迫しているのでピークシフトなどの節電を呼びかける掲示を夕方までに終えた。
敷地内を巡回している午前中、ティッシュやトイレットペパーを抱えて帰ってくる住民にであった。???だったが、ふと、ひょっとしたら!?と思い、午後から家族で歩いて近所のスーパーに買い物にでかけて驚愕した。途中、昨夜行列を成していたガソリンスタンドはすでに売り切れ休業になっていたのだ。さらにスーパーではカップラーメンやパン類、ティッシュペーパー,トイレットペーパーは棚が空っぽだった。たまたまトイレットペーパーは、ちょうど倉庫から在庫を出してきたとろに遭遇し、段ボールを開けている横から2つほど買うことができたのは単なる幸運だったようだ。
21時を過ぎて、東京電力が翌日から計画停電を実施すると発表。それを受け、停電すると受水槽から各戸に送水するポンプも停止するため断水になること、そのためにトイレ用水としてバスタブへの水溜を薦める掲示を作成し、施設担当理事と副理事長の3人で23時前に手分けして全掲示板に掲出した。
実は停電によりエレベーターへの閉じ込め、インターフォンや管理人室からの緊急放送が使用できなくなる、駐車場のリモコンゲートの対応など様々な懸念点が浮かび上がってきた。
自治会や管理人室への不安の声や相談から16日(水)には掲示内容を上記懸念点を追加して再作成、「注意しましょう」という内容に見直してはり直した。
が、実際に自宅のある地域では今日に至るまで一度も計画停電は実施されなかった。
もともと13日の夜に発表された地域リストに地名がなく、一体どこのグループに属するのか? 忘れられているのか? とかなり戸惑っていた。

結果的には、配電している変電所が計画停電対象外であることが、東電ではなく隣の自治体のHPから読み取ることができたこと、地元自治体HPの地域別のリストやリストにない地域は停電を実施しないという記載で確認できた。しかし、テレビを中心とした一方的なマスメディアしか情報源のない高齢者世帯を中心に、情報リテラシーに大きな格差があること管理人さんからの話でわかってきた。
ソーシャルメディアに接していると、多様かつ迅速な情報から客観性や確度を上げるスキルを身につけたり、受信と発信によるコミュニケーションから、必要な情報を取捨選択して集めていくのだが、パソコンやケータイを使用しない世代はソーシャルメディアをまったく知らずに新聞やテレビだけに接し、それを疑ったり視点を変えたりすることをせず、鵜呑みにしてしまうようだ。地域の情報に接することもできず不安を募らせてしまうのだ。
管理組合としては自治体HPの毎日更新される情報を集会棟へ掲示することとして管理人さんにお願いした。自治会は集会室をサロンのように開放して交流できる場所の提供で孤立化を防ぎたいと提案してきた。

企業におけるリスクマネージメントと、地域のそれは全く異なる。
集合住宅の気軽さは地域コミュニティとは裏腹なのである。
防災防犯に関しては日頃の住民同士のコミュニケーションが重要だから,ソフト面を担う自治会と協力をしていこうと行動を起こし始めた矢先だった。が、災害は時を待ってくれず、課題だけを目の前に突き付けてきた。

昨夜は震災後、初めてのマンション管理組合の定例理事会があった。
地震発生時に仕事で仙台にいて遭遇、レンタカーを急遽借りて夜な夜な帰還してきた理事さんや、まさに東北へ代理店支援にこれから1週間出張ですと欠席を伝えてきた理事さんも2人いた。薬関係のお仕事の理事さんは東北方面への医薬品の需給確保で帆走していて連日深夜帰宅、一番痛いのは営業者のガソリン確保に2時間もスタンドに並ばなくてはいけないことと困惑していた。

議題の最初は地震後の状況の共有化と課題への対応の提案。冒頭,管理人さんからその時のその状況と、対応状況の報告があった。まず揺れにより受水槽や消化補給水槽のセンサーが満水と検知してブザーが発報したようだ。その後「管理棟から飛び出すと各所から悲鳴と子供の泣き声が飛び交う」「建物を斜めから見る位置で、建物全体がゴムのように、ゆっくりと東から西へ、西へ東へと弓なりに揺れているのを確認」とあまりにリアルだった。

管理会社のフロントマンから他の地域や近隣マンションの状況報告もしてもらった。埋め立て地の液状化によるインフラの損壊、機械式駐車場の歪みは復旧の見込みもなく、日常生活への影響も多大で深刻な事態のようだ。浦安に住む友人も1週間以上自衛隊の給水と仮設トイレが頼りだと聞くし、やはり浦安の娘の一人暮らしの友人は友人宅を転々とする生活を余儀なくされている。築年数を経た建物の傾き、亀裂もそれなりにあるようで、これからの専門家による検証で詳しい状況や課題はさらに明らかになっていくようだ。たまたま高台で地盤が強固、建築的にも問題のない集合住宅に居住しているが、これらは他人事ではなくまさに建て直し決議について管理規約の改正や,団地保険の更新に直結する内容だ。

すでに東北方面から親戚やご両親が避難してきて同居されている方もおり、その自家用車の駐車場確保や様々なできることを提案して実行していくことにした。

ちょうど5月には防災訓練を予定していたのだが、地元消防署の所長さんから、例年とは異なり、今回の体験を活かして今後に備える機会にしてはどうかとの提案を急遽いただいた。住民も1階と最上階ではかなり揺れや家の中の被害状況も違うようで、そういうことや困ったことを共有化しておくことが重要だということにも気づかされた。

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