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2011年3月19日 (土)

11日の午後

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3月11日から1週間が経った。
友人知人宅に福島や茨城から避難してきた親兄弟が合流し始めている。
マンションの駐車場にもその方面の車が停まり出した。

被災地の方々には心よりお見舞い申し上げます。

この1週間の自分のことも記録しておいた方がよいと思った。

3月11日の14時頃、私は六本木のとあるビルの2階にある大きな会議室で約20名とともに研修を受けていた。
天井から吊るされたプロジェクターが、パワーポイントで作成された内容を正面の100インチのスクリーンに映し出していて、それを見ながら研修は進められていた。
ドンと小さな縦揺れが来てゆらゆらとスクリーンに映し出された映像が揺れたかと思うと、部屋全体が微振動に包まれ、地震と気づく。長い時間の小さな震動に地震ですねえ、と参加者同士顔を見合わせていたが、揺れは収まるどころかだんだん激しさを増し、建物全体がこれまでに経験したことのない大きな揺れに包まれた。ギシギシと軋む音を立てながら、プロジェクターが激しくゆれ、ブラインドもぶつかり合う。
一同机の下に潜りながら、一人が尋常ではないと潜りながらもとっさに社内線、ケータイ電話の両方で連絡と取り始めた。そして揺れが収まるとともに彼は部屋を飛び出して職場に戻っていった。
揺れが治まり、これはただ事ではないとまずは休憩に入り、情報を集め出す。
が、ほとんどの人はケータイが繋がらず、最初に情報を得られたのは私のiPhoneで繋がったTwitterからの情報だった。

実は新しく大きな建物、それも2階で天井が高くて広い会議室にいたため何の損傷もなく、会議室以外の人の様子も状況も全く分らず、その後に知る程の未曾有の出来事だとはすぐに分らなかった。
15分の休憩の後、大きな余震が断続的に続き、館内放送は全エレベーターの停止と普及の見込みが立たないことと安全のた留まるようにと告げる。なかなか集中力が続かない中、研修は17時30分まで続けられた。大きなスクリーンと手元のテキストを読んでいるだけで船酔いのように、常にめまいをしている様な状況だった。

研修終了後に、集まっていたメンバーが職場に連絡を試みるが特にdocomoは全く繋がらない。主催者が持っていた社内電話からのゼロ発信が比較的繋がり、各所との連絡がとれ始めると、工場や事業所の被害や対応の様子が明らかになりつつ、交通機関が全て停止し、足止めされてしまったことがわかってきた。
建物の中にいると遠くからサイレンの音が聞こえることと、ブラインドの隙間から見える広場の大型ディスプレイを立ち止まって見入る人がちらほらいる程度で街の様子は全く分らない。
名古屋の支社からこの研修のために出張してきていた女性が、新幹線もストップしてしまった上、東京駅までも辿り着けそうにないということで、研修の主催者が近辺のホテルをあたっていた。が既に予約で一杯、周囲のカラオケまで予約で満杯になり始めているという情報。これでは帰ることももちろん、宿泊もできないんじゃないか、ということで統括する東京のボスに連絡をとってみた。まずはそのボスの職場にたどり着いてから考えようということになったが、そこがどこだか彼女は分らない。そこで自分の職場に戻る私が引率することにした。

外に出てみると、道路は自動車の大渋滞で全く動く気配がない。六本木周辺の歩道は建物の中にいた人達が外に出てきたのかものすごい人出だ。見知らぬ土地で不安な彼女に六本木通りの騒然とした雰囲気は不安を煽るだろうと懸念し、最短コースの裏道を通って西麻布に向かった。が、その裏道も表通りの渋滞に業を煮やした自動車が抜け道としてどんどん入ってくる状態。そして霞町の交差点に辿り着くと、歩道も交差点もこれまでに見たことのないくらいの車と人で溢れて騒然としていた。歩道は徒歩で主要の駅まで辿り着こうという人、早々に徒歩で帰宅を急ぐ人ですれ違うのもやっという程なのだ。

なんとか職場のある西麻布に辿り着くと、1階のロビーやホールが開放されて、帰宅できない人達が集まっていたり、コンビニで食料を調達する人達が出入りしていた。防災センターで15階にある職場に名古屋からの出張社員を送り届けたいのだがと申し出ると、今から15階まで階段で登るのは止めた方がいいと止められた。途方に暮れていたら、ちょうどそこに彼女を知っている女性が通りがかり、自宅が東横線沿線にあって、これから徒歩で帰宅するから一緒に歩いてうちに泊まっていっていいよ、と申し出てくれた。ありがたい。

女性をお願いし、やっと4階にある自分の職場に戻ってみた。同僚達が普段はプレゼン用の大型液晶ディスプレイの前に集まり、不安そうにニュースを見たり、自分の机でインターネットから情報を集めていた。おー、という出迎えの声にやっとホッとする。地震発生直後は、避難指示が出て、一旦裏手にあるお寺の境内に全員で避難したのだそうだ。新築間もない六本木のビルとは違い、築40年近い職場のある建物は相当揺れたらしい。実は私はこの職場の自衛消防隊の副隊長だ。隊長の部門長も出張で不在だったため、避難誘導班担当の若手2人がヘルメットを被らせて無事全員誘導してくれたらしい。頼りになる。職場は特に人的に物的に被害もなく、全員無事で何より。出先のボスから公衆電話を使って全員の安否確認の指令が出ていて、メールなどを駆使して各地の事業所に出張していた同僚全員の安否も確認できていた。本社の会議室にいて、携帯電話しか持っていなかったため連絡がつかなかった私が最後の安否確認者となっていたらしい。面目ない。こういうときにテレホンカードを持っているボスも日頃のリスクマネージメント意識が凄いと思った。。

私も含めた職場全員の安否確認が完了できたことをボスに連絡、そしてボスからさらに上のボスに連絡。あとはは交通機関の回復を待つだけになった。近所のコンビニから食料品が消えつつある中、いろいろカップラーメンやお菓子を買い出してきてくれたり、社員食堂の夕食提供を皆で食べにいったり、大勢で過ごすことで不安を和らげていた気がする。

が、一方で、テレビに映し出される起きた地震の規模、襲った津波の空撮映像を目の当たりにして驚愕した。青山,六本木の歩道から溢れんばかりに歩く人の多さと全く動かない道路の状況も尋常ではないが、これはとんでもないことが起きているのでは、とそこで初めて数字ではない実感を伴った。

私は自宅の妻とも連絡がつき、この日から渋谷のファストフードでアルバイトをはじめたばかりの長女と連絡を取り合って欲しいと指示があった。携帯電話は繋がらないので、携帯電話のeメールで着信を待たずに取りにいく(auの新着メール問合せ)とスムーズにやり取りできることを教えてもらった。おかげで家族全員と随時状況の連絡は確実にできた。長女のアルバイト先も閉店、店長はバイト仲間といつまでいてもいいというが、徒歩での帰宅を考えると3〜4時間はかかるので合流することにした。長女とメールで連絡を取り合いながら途中まで迎えにいき、職場で一緒に過ごすことにしたのだ。ここでも若手の同僚が長女の話相手をしてくれたし、夕食もまだだった娘はカップラーメンにありつけてとても助かった。徒歩での帰宅を考えていはいたが、外は風が冷たく、女性の場合は途中でのトイレの確保も難しいだろうと考え決断に迷っていた。23時を回る頃には既に帰宅をあきらめ、会議室に椅子を並べて寝床を作る者も現れ、徹夜の覚悟をし始めていた。

そこに銀座線再開の知らせ。次々と私鉄運行再開のニュースやTweetが流れ始める。運行を再会した鉄道は終夜運転するとの情報がある一方で、JRは明日まで運行を再開しないとの情報にどこまで帰ることができるか判断が難しい状況だった。が、すぐに再開したメトロに人が集中して混雑で危険なためまた見合わせ報がTweetで流れた。

0時過ぎ、長女と私は田園都市線、東横線、銀座線、グリーンライン再開の情報と東横線はそんなに混んでいないというTweetを得てからしばらくして、まずは表参道に向かった。田園都市線は表参道到着時点で既に満員。銀座線で渋谷に向かい、入場規制していた東横線の改札で少し待たされたが、入ってきた最初の電車にすぐに乗れて、それほどの混雑もなくスムーズに自宅に辿り着くことができた。その間、街を歩く人、コンビニでレジに並ぶ人、どこの駅でも皆我慢強く整然と並び、我先にという殺気立った雰囲気は一切なく、粛々と行動しているのだった。車内は家路に付けるホッとした安堵感すら漂い、柔らかい空気だったのが印象的だった。

帰宅時間は午前1時30分頃。他のメンバーも我々が出てから後に続いて、だいたい2時過ぎには帰宅できたようだ。

後で分ったが、午後に新幹線こだまで小田原に向かっていた同僚の一人は7時間車内で過ごし、目的に地に着いたのは22時過ぎ。17時過ぎに会社を出て帰路についた同僚も、結局は運転再開まで駅の近くで数時間を過ごさざるを得ず、帰宅できたのは同じ様な時間だったということだ。

ここでは実際に起きたこと、取った行動を記録することにした。

その日その時間それぞれの人がどのような状況でどう判断しどう行動したのか。

話をきくごとに全ての人にドラマがある。

実はすべてに教訓を得ることができる。だから後でゆっくりと考えるためにも記録しておいた方が良いと考えた。

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