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2011年7月31日 (日)

青山で新しい二つの表現に出会う

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今日は妻と2人で青山へ。
子供達は,上はバイトにサークルに試験に課題、下はオープンキャンパスへと忙しいのでお付き合いいただけません。

日曜の午前中は都内も道路はすきすき、横浜の自宅から車で30分、駐車場もちょっと路地を入った不便なところのコインパーキングを上手く利用すれば8時間まで1000円でお得で便利。

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まずは駐車場すぐ近くの岡本太郎記念館で「もうひとりの太郎展」を見る。
人の少ない日曜の雨の午前中、お庭は独特の雰囲気があっていい。
誰もいなくても何か私たちに話しかけてきていて賑やかな感じだ。

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妻は岡本太郎のアトリエを訪ねるのは初めて。
今年は太郎生誕100周年でイベント目白押しで露出度も話題も多い。特にテレビドラマの印象は強く、このアトリエもお馴染みの場所だ。
正面ではなく、傍らにあるピアノの飾り模様が面白い。

(後日、妻への友人からの情報によると(受付の人に聴いたそうです)与謝野晶子が岡本かの子に譲ったドイツ・スタインベルグ社製の希少なピアノだそうです)

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今開催中の企画展の目玉は、太郎の自画像と敏子のデッサン。二つが並んで静かで優しい表情を携えていた。原色と抽象度の高い生命が弾ける様な表現というイメージの強い中で、写実的で繊細な作品は人柄に思いを馳せることができる新鮮な出会いだった。

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そして今日の本来の目的地であるスパイラルへ。

株式会社地球快適化インスティテュート(株式会社三菱ケミカルホールディングスのグループ会社)主催の「KAITEKIのかたち」展~アートと技術の化学反応~を見る。

スパイラルガーデン(スパイラル1F)
2011年7月29日(金) - 7月31日(日)
11:00~20:00
入場無料
主催:株式会社地球快適化インスティテュート
共催:株式会社三菱ケミカルホールディングス

三菱ケミカルHDグループが提供する技術や素材を、21組のアーティスト、デザイナーが自由に発想して作品として展示している。

技術や素材をアートに昇華することで見る人にそのメッセージを感じてもらい、新たな可能性を引き出す場である。

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一番上の画像は、プロダクトユニット「印デザイン」さんのLoght 3D Sculptureに私の手をかざしているところ。実はこの直前に子供達が悪戯して本来のインタラクションができない状態に。子供達の想定外の仕業に作者達も苦笑いの状態で、わたしも全く逆からしている状態。面白い画像がとれましたが。この画像はデフォルト状態に作者2人が一生懸命戻してところ。ちゃんとツールがつくってあるところがいいなあ。

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で、これは私の顔。体感型のインスタレーション。面白くてこの作品の経緯などいろいろお話させていただいていたら、毎年東京デザイナーズウイークで私どもの作品も興味深く見ていただいていたと。。 なんと世の中狭いというか、見てる方はちゃんと見てるんですねと。

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建築家谷尻誠氏による会場構成はこんな感じ。プロデューサーの赤池学氏も会場にいて、来場者と懇談されていました。

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その谷尻氏の作品は環境の穏やかな変化で微妙に変化する絵画。2色の青い液体を封じ込めた温度計をずらりと並べていた。なんとも繊細な作品でした。

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一方で、化学や素材へのアンチテーザなのか、他比を面白がっているのか、誰でもつくったことのある泥団子なんだけど美しいだろう、なんていう作品も。

たしかにな〜、土と水だけでなんでこんなカチカチになるんだろう、という科学の芽を育てるトリガーとして、素材の可能性は十分に示せている事例なのは確かだ。

お腹が減ったので、SPIRAL CAFEでランチ。このスペースの中央にも植物が生い茂ったドームという作品があったり。

わずか3日間の会期。こういう試みにより研究開発、作り手、暮らす人々が繋がり、意識を目覚めさせ、深く考える機会が増えるといいな、と思える気軽で楽しい企画だった。

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2011年7月30日 (土)

雲の表情

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急に薄暗くなり、冷たい風に雨の匂い。雷鳴が聞こえたので窓の外を眺めてみたら、恐怖映画にでてくる様な黒い雲が一カ所に集まって、ものすごい雨を降らしているのが目で見える。
カメラを持ち出して撮影をしてみたが、絞りがなかなか難しい。暗くてノイズが多くなるし。
インターネットで雨量情報や雨雲レーダーを調べてみると,17時30分過ぎに発生して急速に発達した所沢方面と調布方面のゲリラ豪雨のようだ。

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今日は雲の表情が豊かだなあ、なんて空を眺め、15時過ぎに偶然同じ方向の空の写真を撮っていた。わずか2時間ちょっとの間の変化だ。

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未明はバケツをひっくり返した様な豪雨だったのが、明けて曇り、お昼頃には青空が広がり、午後には高いところの雲と、低いところの雲が重なり合い、遠くには絵に描いた様な入道雲がモクモクといった具合に、上空は冷たい空気と地表で温められた空気が複雑ば気流をつくって入り組んでいるのかな、なんて考えていたところだった。
目まぐるしく変化する雲と光の変化は写真に撮るのは難しい。

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モノクロにすると私たちが見ているのは光と影が描く美しい陰翳ということがよくわかる。
でも大好きなマジックアワーは、薄く残った赤みに太陽の残存を感じながら、薄やみに広がる青の気配にこれから来る暗い世界への不安を抱くことで、絶妙な色のバランスから醸し出される心理状態に浸るのが楽しいのだ。

今日の日没は残念ながらモノトーンの世界へと誘われ、夜の闇には閃光が光る落ち着かない時間となった。

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2011年7月28日 (木)

東京駅の地下鉄乗り換え口

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お〜、東京駅地下、丸の内での地下鉄への乗り換えが分りやすくなった。
八重洲側、丸の内側 いずれも工事が延々と続く東京駅。
地下も迷路のようだが この改札からまっすぐ八重洲側へ抜けるところに4年前にオープンしたGRANSTAはお弁当も目移りして困る程エキナカビジネスはますます充実。
単なる通過点ではなくなっているのだが、わたしはいつもスタスタあわただしく通過。
でもこのサインの変化には気づいた。フォントは新ゴにHelvetica Regulerといたって普通。
工事の進捗に合わせ、改良に次ぐ改良ですな。
でも東京メトロの路線マークがJR東日本改札内のサインに入っているって、画期的じゃないか?ひょっとして。利用客にはいいことです。
JR東日本はGKグラフィックスの仕事だから、東京メトロからかアールーイーアイから版下データもらったのかな、とかつまらんことまで考えちゃいました。

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2011年7月26日 (火)

本郷館が消える

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本郷館。
1905(明治38)年創建、築106年になる木造3階建て。部屋数76室を擁する現役の下宿屋であった。 つい先日まで。
場所は東大正門からすぐの一本入った住宅街。本郷台地の高台の端に位置する。
元々の施主は、岐阜県の西美濃の酒造業を兼ねる庄屋で、地方出身の裕福な家庭に育った東大、芸大の学生を対象とした賄い付きの下宿屋だったそうだ。建物のある場所は三河の岡崎藩の江戸屋敷跡地というから、 名古屋出身の私にとっても何か少なからず縁があるように思えてならない(ないけど)。
関東大震災にも耐え抜き、第2次世界大戦の東京大空襲の戦火も潜り抜け、 3.11でもびくともしなかった現時点でのほぼ唯一の大型木造共同住宅だ。 下宿屋のメッカ本郷でもシンボル的存在であった。
日本独自の集合住宅である賄い付きの下宿屋そのものがほぼ絶滅しているのに、入居希望者が引きもきらない人気物件であり続けたことは奇跡的であり、現実には本を買って帰ると傾くからと管理人に怒られる、パソコンを使うには他の全ての電化製品をオフにしないとブレーカーが落ちる、などなどエピソードに事欠かない。
一畳4000円の家賃、シャワー、トイレ、台所共用という都会のど真ん中にあって超エコ、最先端のロハスな生活を体験できる空前の空間だ。
近代建築史、都市景観、生活学などなど様々な面で大きな価値があるということは誰も異論は無いだろう。

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最近 本郷に行く機会が多いのだが、朝直行して午後はすぐに会社に戻ったり、午後は帰る頃にはすっかり暗くなってしまって、界隈を散策することもほとんどない。
が、最近Twitterで 本郷館が壊されるということを知って、建物探訪が趣味の私は今のうちにぜひ目に納めておきたいと思っていた。
今日、たまたままだ日があるうちに講演会が終わったので、帰社する前にほんのわずかな時間寄り道して訪ねてみた。

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16時過ぎ、数人のいろいろな世代の人があちこちから眺め回し、カメラやケータイに映像を収めている。 なんだか親近感をお互いに覚えて自然にそんな人たちとつい会話をしてしまった。 自転車でやってきていたおじさんによると、最後の住民3人が立ち退きの裁判に負けて強制退去させられたのが今月の1日で、 8月1日から解体工事が始まるんだそうだ。え〜〜! 今週末までが見納めだったのか! 幸運というか急に切なくなってきた。
立ち入り禁止の札が立つが、この札は解体前から歴史的建造物の内部を見ようという輩が全国からやってきて 勝手に建物の中に入ってくるのでずっと前からあるとのこと。
木造のメンテナンスに防火的に法律上は不適格建築なのでそのリスクに現在の家主は建替えを決意したのだろう。路線価4億5000万の土地に、旭化成のへーベルハウスのワンルームアパート36戸に建て替わるそうだ。
不適格だからこそ、立て替えたら消滅してしまうのだからこそ、多大な労力をかけてもこの状態で維持保存することに大きな意味があるはずなのだが。

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よく見ると、御影石の門柱や敷石にはガムテープで保存と貼ってある。
売り飛ばすのか?
明治村かたてもの園への移設を検討しているのか?

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最後まで諦めずに守ろうと活動していらっしゃる方々もおられる。
明治村館長を発起人に保存活動が展開されているようだが持ち主の反応は無いそうだ。
先のおじさんも「まだ万分の一で何かが起きる可能性はあるんだよ。あなたも写真の撮ったらTwitterでもブログにでもアップして広めてくださいね。」と。
お、この人ただ者ではなさそうだった。

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この姿を拝めるのもあと5日。

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周辺では「わたしの本郷館」という企画展が街角で開かれていた。

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この八百屋さんも閉店してました。。

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3階からは富士山を眺めることができたんじゃないかなあ。

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2011年7月24日 (日)

写真を洗い祈る作業

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今日は東日本大震災の災害支援活動の一環として水や泥で汚れた写真プリント・アルバムを洗浄し、持ち主を探す活動を支援する“写真救済プロジェクト”の写真洗浄ボランティアに参加してきた。
プロジェクトでは約60か所の避難所などを社員が訪問し、物資の提供や洗浄指導を行ってきていて、各地で自治体やボランティアによ る写真洗浄が進んでいる。しかし一部の地域では、人員不足による作業の遅れから、未洗浄の写真が多く残っている上、時間の経過、温度上昇により劣化が進んでしまい、救済が難しくなってきている。
そこでプロジェクトの一つとして、未洗浄写真が多く残る自治体からその一部をお預かりして従業員とその家族、OBなどを対象として、6月下旬から約1ヶ月の間、1日定員60名のボランティを募集し、洗浄のお手伝いを行うことになった。
平日でもボランティア休暇を活用したり、仕事の都合により半日でも遅刻早退での参加OKなのだが、会場近くの研究所までは週に3〜4回行っていても、9時30分〜16時30分という時間帯ではなかなか時間が取れなかった。
妻や娘達も興味を持っていて、休日に家族での参加も考えていたが、なかなか都合があわず、やっと今日一人での参加となったのだった。

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自宅から2時間かけて会場の体育館に到着したのは集合時間の15分前。
仕事を一緒にしたことのある顔見知りのスタッフにご挨拶をしてから、前日分の写真洗浄されたあとに乾燥させてある救済された写真群を眺めてみた。
その数約6000枚。前日は台風の影響で参加できなかった人や涼しくなったこともあってか応募なしの飛び入りが30名以上やってきて、定員の60名を大幅に上回る100名が活動にいそしんだそうだ。スタッフも嬉しい悲鳴で、急遽設備を増設するなどの対応に追われたようだ。
洗濯バサミはさまれた1枚1枚の写真、そこに写っている風景、人物はもうそれこそかけがえのない思い出そのものだった。
始る前から目頭が熱くなる思い。

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9時30分を過ぎ、応募したメンバーのほとんどが集合すると、今日の参加が2回目以降のメンバーは早速乾燥させた写真の取り込みを、初回のメンバーはスタッフから諸注意や段取りの説明を受けた。メンバーは比較的若い世代が多い。単独、家族全員、ご夫婦、職場の仲良しなど様々。私の班は、大学生の娘さん息子さんと3人で参加の研究部門の方、中学生の息子さんと2人で参加のグループ会社の方、以前派遣で勤めていたのでという女性など8人。リーダーを決めてくださいというのでジャンケンをしたら一番負けた私がリーダーに。休憩などを適宜取るのが役割。

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スタッフが各班に配布した釜石と名取市閖上(ゆりあげ)地区からお預かりしたアルバムを一つづつ解体し、写真を1枚1枚アルバムから剥離し、丁寧に洗浄し、乾かして行く作業に入った。

アルバムは津波に襲われて流されたため湿気を帯び、泥で汚れている。解体すると潮の香りが漂い、海水に浸ったことが実感できるのである。

結婚式の様子を撮影した数十年前のアルバム、30年前のご夫婦での旅行を記録したアルバム、そして15年前の高校時代アルバム。写真館で撮影された六つ切りの成人式の記念撮影。。。。どれもその人にとって貴重な思い出を映像で切り取った大切なものばかりだ。

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残念ながら傷みがひどく、ほとんど画像が残らなくなってしまう写真も多い。が、披露宴の座席表、学生証などがアルバム間に挟んであったりして、持ち主の手がかかりになる文字や資料が見つかることもあり、そうするとメンバーからは、あったあった よかったよかったと少しでも持ち主に無事返すことができる可能性に出会ったことで笑顔が広がった。

元々何らかの思いがあってこの活動に参加しているのであるが、アルバムの主にみんなで思いを馳せ、声を掛け合いながら力とタイミングを合わせて作業をする班のメンバーに自然に一体感が生まれ、和気あいあいとした雰囲気になってくる。

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写真が生まれた故郷に戻ってきた写真達を再生して、また持ち主の元で戻してあげる活動だ。乾燥が終わった写真は元のアルバム単位にポケットアルバムに1枚ずつ入れ、ビニール袋でパックしてから現地に戻される。画像がほとんど残らなかった写真も残念写真として纏められて現地に送り、供養をするそうだ。

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我々の班の成果はアルバム10冊分、上の写真の洗濯バサミに挟まれた写真すべて。アルバムの状態も地域や年代で様々で、ほとんど無傷のページもあれば、傷みがひどいとほとんど救えなかったりするので冊数と洗浄した枚数は比例しない。

16時30分頃、活動が終わってスタッフから労いの言葉があると、メンバーから自然にお互いの労とスタッフへの感謝から拍手が起こった。

天井が高い体育館に空調はなく、梅雨明け後の猛暑は作業も厳しかったようだ。台風通過以降は過ごしやすい気候になって、今日もお昼頃には小雨がぱらつく程で涼しかったのが幸いだったこともあり、作業ははかどったようだ。

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今日1日ではボランティア60名で4000〜4500枚を洗浄、救済したそうだ。これまでの1ヶ月で13万枚を洗浄し、あと数日で16万枚を目標にしているとのこと。

作業が終わって、それぞれの班でご苦労様の挨拶とともに記念撮影があちこちではじまった。皆わずか5時間ながらもいろいろな思いをもった体験だったにちがいない。私も「シャッター押してくださ〜い」のリクエストにいくつもお応えする。

写真がそれぞれの人にとって、かけがえのない価値があり、非常に大切なものということが実感できたことは言うまでもない。時代を超えて普遍的な価値とは何なのか。

多くのことを考え、感じることができた機会を与えてくれたプロジェクトのスタッフに感謝したい。

ここでの活動は一旦終了するが、このノウハウを指導することで、現地のボラティアをはじめ、全国各地に広がっているそうだ。ぜひ、お近くであれば、参加してみてはどうでしょうか。

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2011年7月23日 (土)

蝉の初なきと夏の個性

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自宅の隣の公園、欅の幹の下の方に蝉の抜け殻を見つけた。
定点観測シリーズ。
このブログで自分が聴いた蝉の初なきの記録と、気象庁の発表した関東甲信の梅雨入り、梅雨明けの日付を並べて、季節の方程式の証明を試みている。今年で6年目です。

       梅雨入り  蝉の初なき  梅雨明け  初なきから梅雨明けまで
2006年 6月 9日  7月 9日   7月30日    21日
2007年 6月22日  7月21日   8月 1日    11日
2008年 5月29日  7月 5日   7月19日    14日
2009年 6月 3日  7月11日   7月14日     3日

2010年 6月13日  7月10日   7月17日    7日

2011年 5月27日  7月13日   7月 9日    -4日

昨年の5年間の平均は11.2日だった。今年は蝉の初なきを聴く前に梅雨が明けてしまった。初めてのマイナス記録。おかげで6年間の平均は8.7日に。

昨年の梅雨はゲリラ豪雨が多く発生して陽性だったとエントリーにある。そういえばニュースで盛んに都会の浸水や発生のメカニズム、異常気象を伝えていた。

ことしの6月は梅雨らしい梅雨という印象だったが、梅雨が明けての猛暑続きは一気に電力需要が心配になるほど。そして超大型の台風が豪雨のあと、上空にさわやかな空気を呼び込んでくれて一服した。

この定点観測おかげで、その年の夏の気候と出来事を結びつけてエピーソード記憶できるようになってきた。マスメディアの流す報道を鵜呑みにして異常気象だと騒ぐ前に、昨年とどう違うのか、暑さはどこかで一服すること、9月の残暑の厳しさなどを思い出してみると、まあこんなもんだよな、とか、まだまだ序の口など心構えができてくる。

そしてその年の夏の個性を楽しみながらおつきあすれば良いのだ。人と一緒ね。

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サルスベリが咲き始めた。

今年の夏はかなり個性的になりそう。

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2011年7月22日 (金)

情報の形

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地域情報誌「ぴあ」最終号が7月21日に発売された。39年の歴史に幕を閉じる。
1972年7月の創刊号も復刻版として付録になっている。
広告も当時のまま。

この地域情報誌という雑誌の休刊は象徴的であり、感慨深い。

「ぴあ」が創刊された頃、ちょうど時を同じくして名古屋では「プレイガイドジャーナル名古屋」が創刊された。
高校の頃の私の愛読書だった。
マスメディアには流れない地元の芸術、表現活動に埋め尽くされた小さな文字の羅列の中からお得な自分の見たい映画、演劇、コンサートを探しだす面白さ。
はみ出しのウイットに富んだコメントや、無名だけれど未来のありそうな人たちをフィーチャーした連載。編集者達の意気込みと拘りと粋になにか憧れと高校生ながらの社会への反骨精神みたいなものに共感していたのかもしれない。
チケットはプレイガイドというところに買いに行かないと手に入らなかった。
指定席の場合、プレイガイドごとに座席の割り振りがあるので、いい席が多くいつも割り振られるプレイガイドを知っているというのも情報通ならではの技だった。
お金がないから、もっぱら情報だけ読んで満足していたのだが、名演小劇場へ水上勉の「冬の棺」なんか観劇にいって衝撃を受けてたりしたもんだ。

日本で最初の情報紙は創刊が「ぴあ」より1年早い大阪の「プレイガイドジャーナル」誌だという。名古屋の「プガジャナ」は大阪とは関係ないが、元祖の最後の編集長が「プガジャナ」の編集長が移籍して勤めたということで縁がある。

大学生になって関東に出てきてから「ぴあ」にはもっぱらお世話になった。
「プガジャナ」で鍛えられているから、違和感はなかったし、情報誌の存在はかくもありがたいものだった。発行サイクルが隔週という情報の鮮度、情報量の多さにさすがに圧倒されたのを覚えている。そして何より82年に創刊された「ぴあmap東京・横浜」も画期的だった。続くホール・劇場mapの使い勝手、グラフフィックのクオリティの高さとその目の付けどころに畏敬の念さえ覚えた。
83年、どこの窓口に行ってもオンラインで公平に指定席が購入できるようになった「チケットぴあ」は衝撃的な出来事だった。新宿の仮設テントでロングランを始める劇団四季の「キャッツ」のためにはじめたシステムだ。私が「チケットぴあ」で初めて購入したチケットはこのキャッツだった。

最終号は、地域情報誌として、学生起業としてのパイオニア精神、未来を担う表現者達に機会を与え,発掘する使命感など、新しい時代を切り開くことを担った役割に「お疲れさま」でしたという気持ちと、我々の世代が通ってきた青春というにはちょとこっぱずかしい様な年齢の間、自我形成に大きな役割を果たしてくれた個人的な感謝の気持ちを込めて購入。

自宅に持ち帰ったら、妻が「なつかしい〜〜」と子供達に自分の高校生の頃の話を嬉々として話をしていた。
横では長女がインターネットで3分で完売だあ、と某劇団のチケットをインターネットで購入していたのであった。(奇跡的に1枚ゲットできたらしい)。

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2011年7月19日 (火)

二子玉川限定

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二子玉川。
日本最初の郊外型ショッピングセンターであり、その大成功で全国各地から視察が絶えない玉川高島屋ショッピングセンター。時代の変化とともに風化しないよう進化してその不動の地位を保ってきた西口側。いつ行っても未だに新鮮な発見を提供してくれる街の雰囲気やショップのメッセージは流石だ。通勤経路を変えてしまったこともあって、最近はめっきり行かなくなってしまったが、それでも年に数度は妻と必ず訪ねてみたい場所になっている。
そして東側の再開発地区に竣工した高層マンションへの入居が昨年から始まり、今年になって、ショッピングセンター、オフィス棟がオープンした。マンション建築中に冷やかしにモデルルームや現場を見学したりしたが、仕様に対する強きの価格と姿勢をリーマンショック後も崩さずブランド価値を維持しようと懸命の努力をしているようだが、震災後のタワーマンション回避減少はさらに苦戦を強いているようだ。

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実はオフィス棟には6月下旬に入ることができた。5月下旬に以前の同僚がシェアオフィスに入居し、そこでワークショップが開催されたので参加して、そのロケーションのよさに感銘を受けていた。

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特にデベロッパーとしての新しい試みにチャレンジする一担当者の心意気に共鳴したのだが。このことは別のエントリーで詳しく触れたいと思う。

ショッピングセンターにはこの3連休にはじめて妻とゆっくり見て回った。
そこで発見したのが冒頭の「ニコどら」というどら焼き。
子供達へのお土産に思わず買ってしまいました。
高島屋のデパ地下に対抗した東急のFood SHowの進出だ。

観察すればする程 いろいろ興味深いことが見えてくる。
今後 この景況感の中でどう変化していくのか、ぜひ注目していきたい。

ちなみに毎年8月第3土曜日に開催されていた二子玉川の花火、今年は川崎側のみで10月1日(土)だそうです。


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2011年7月18日 (月)

ご無沙汰しております

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ご無沙汰しております。
忙しぶってしまって、とうとう2ヶ月も放置してしまいました。
いろいろな方々から、どうしたの?最近更新してないね〜、とお声がけ、お便りをいただきました。ご心配おかけしてすみません。期待に、いやいやちょっとした息抜きに応えられず、ごめんなさい。
そろそろ再開します。
ネタはた〜〜くさんあるんですけどね。
ついついTwitterやFacebookでつぶやいて,その気になってしまっていました。
それぞれに自分の中でも位置づけの違うのはわかっているのですが。

これからは前のようにできる限り一日一枚、その日見つけた風景、視点の画像とトピックを挙げていくようにします。
上の画像は7月16日(土)日没後19時30分のマジックアワーの様子。自宅の窓から。

猛暑日でしたね。

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その前後2時間 合計4時間程、実は自宅のあるマンションの植栽への水遣りをしていた。

昨年までの課題をクリアしつつ、今後も継続的にできる仕組みと負荷軽減を図ろうと植栽担当理事と春から準備を進め、自治会との協力も取り付けていたのが、例年の梅雨明け時期である7月20日前後を目標にしていたら、予想以上に梅雨明けが早い上に日照りが続き、すでに土の量が少なく水分保有が難しい一部の木が葉を大量に落とす自助を始めてしまって、住民から心配の声が。で、とりあえず、週末の17時過ぎからから4時間程かけて水やり していたり、、、。昨夜は自治会の役員の中でリタイアされた方々に平日の夕方にお願いする水遣りチーム編成の話をしたり。

とりあえず週末は自宅のあるマンション管理組合の理事長のお仕事でかなりの時間をとることになっています。これもソーシャルキャピタルになるんでしょう。
地震をへて、地域コミュニティにおける様々な課題がみえ、教訓も得ました。

2月から準備を始めた「暮らしのガイドブック」も孤軍奮闘、何とか7月1日に発行。残る任期はあと3ヶ月。これから次期役員選出、管理規約改正の住民説明会、10月の総会と山場を迎える。まあそのための地ならし、準備の目処はだいたいついて,あとはやるだけなんですけどね。

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