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2011年8月 3日 (水)

KEEP協会の森

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清里ときいて思い浮かべることでその人の世代が分る。
60年代は高原列車、高原野菜という素朴なイメージだったのが、70年代の「高原へいらっしゃい」という山田太一脚本 田宮二郎主演のTBSドラマや野辺山の電波観測所のオープンで、星降る里といった旅人をロマンチックなイメージで魅了しはじめた。80年代にパステルカラーのメルヘンチックな街として若者が集まりはじめ、さらにバブル期には脱サラによるペンションの激増からお手軽リゾートとして爆発的な人気を博した。
いつ、誰と来て、どこに泊まったかで清里のイメージはかなり異なるのではないだろうか。

私が最初に清里に来たのは小学校の3年生だったように記憶している。
子供会のバスで野辺山の電波観測所を見学したり、沢をハイキングし、夜はキャンプファイヤーをして清泉寮に宿泊した。まだ築十数年のコテージだったように思う。
アイスクリームとはこんなにおいしいのか! という印象とともに覚えている。

その後、学生時代にはオケのビオラパートのみで泉郷の貸別荘を借りての合宿やら、社会人になってからは原村のペンションを借り切っての弦楽合奏団の合宿でバブル絶頂期まで20代の10年間、ほぼ毎夏を八ヶ岳麓で過ごしてきた。その時々で清泉寮のソフトクリームを食べ、周辺の変化を見つめてきた。

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家族を持ち子供達が大きくなるに連れ、ここ数年また再び八ヶ岳麓で夏を過ごしている。
清里も自然豊かなファミリー向けリゾートとして落ち着きを取り戻し、清泉寮を抱くKEEP(Kiyosato Educational Experiment Project (清里教育実験計画))協会周辺の森は今も昔も静寂が支配している。
牧草地では子供達がおもいっきり大きな声を張り上げて、がんがん走り回っても、ぜ〜〜んぜん小さな存在だと思い知らされる程 自然の大きさを思い知らされる。みんな笑顔でとても楽しそうだ。遠くには森から出てきたカラフルな色合いの服装をしたトレッキングの隊列が点々と連なる。

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今年の夏は一昨年オープンした清泉寮の新館に宿泊してみた。レーモンド設計事務所の設計による建物は、木をふんだんに使い、温かみと落ち着きとともに環境に溶け込む外観を備えながら、大きなペアサッシの窓から中に居ながらにして大自然の中との一体感を感じさせてくれる雄大な風景を眺めさせてくれる、非常に気持ちの良い空間が構成されていた。

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積雪を考慮した勾配の急な切妻屋根とその内側の空間は、構造体を見せることでゆったりと落ち着いたた室内空間を演出し安心感を醸し出していた。

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広い客室には暖炉があった。夜、ちょっと備え付けの新聞で薪に火を灯してみました。
うまくいかずに
う〜〜む 火は眺めていると落ち着くなあ。

なんと創設者のポール・ラッシュ氏は「マネージメントの父」ドラッガー氏との交流があったそうで、来日のたびにドラッガー氏は4回もここ清里を訪問しているそうだ。
たまたま開催されていた企画展「ピーター・ドラッカー博士×ポールラッシュ博士 ~ 二人の父 交流の軌跡 ~展」で知りました。

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KEEP協会が管理する森の中には、3年前に公開された映画「西の魔女が死んだ」の実際にここで撮影されたオープセットが公開されていた。この映画、今年の6月にBS JAPANで放映されたのを録画して妻と長女は見ていたらしいので、ああ,映画のシーンそのものだと感慨深げだった。

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蝉と鳥と水と風の音しか聞こえず、すれ違う人もほとんど出会わない森や牧草地をゆっくりと散策。日射しもなく、長袖でちょうど良い気温でたっぷりリフレッシュ。
食事も地産地消でおいしかった。

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