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2011年10月15日 (土)

アモルファス合奏団第30回演奏会

111009

9日にアモルファス合奏団の第30回演奏会を飯田橋のトッパンホールで聴いた。

プログラムは
ブリッジ:弦楽オーケストラの組曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番
ヘンデル:シバの女王の入城
ハイドン:交響曲第85番「王妃」

毎回、弦楽合奏のみでかつ、名曲にこだわらず、アマチュアらしい 自分たちのやりたい曲、人知れずの迷曲を探し出してきて挑む、というプログラムを特徴としてきていた。が今回は、1曲目のみイギリスの作曲家による近代音楽だが、古典的な調整に近代の香りのする内省的な響きにアモルファス合奏団なりのいつものチャレンジ精神を感じさせてくれながら、残り3曲はいわゆる古典音楽のオンパレード、そして全てに管楽器が入るという記念演奏会として自分達の実力をきっちり発揮できるプログラム。

今年は管楽器が入ったこと、注目の人気ピアニストをソリストに迎えた事でチケッットは事前にほぼ完売とのことだったが、当日多少の空席はあったもののほぼ満席の盛況だった。

トッパンホールで演奏を聴くのは2回目。初めて来たときもやはり同世代の私の所属していた大学オケOBで結成されたアマチュアの室内オーケストラの演奏会だった。その時はシンフォニーとピアノコンチェルトを聴いたのだが、今回、人数的にも少ないアモルファス合奏団の方が弦楽合奏で培った経験を存分に発揮していたのは耳にも明らかで、アマチュアながら豊かで艶やかな音色をホール一杯に響かせていた。、メランコリックなゆったり流れる音楽は今年も健在。和音をよく聴き合って厚みのある響きは充実している。

例年、東京オペラシティのリサイタルホールで演奏会を催してきており、そこでのホールの鳴らし方は随分心得ていて、弾き手の情熱や一体感の伝わる心地よい演奏会と思っていたが、やはり平土間式のホールなりの難点があったのだと、今回、室内楽コンサート専用ホールでの演奏を聴いてあらためて気づかされた。器は奏者にとっても聴衆にとってもとても重要だ。トッパンホールは内装を木に拘り、豊で温かい音響を実現できているし、建築条件の影響で天井高がとれない分、ステージと客席の高さ関係が良好で、奏者も見やすく、またアマチュアには音圧が豊かに客席に届くといういい条件にもなっているようだ。

惜しいのは、駅からの道のりがちょっと遠く、全然楽しくないので気分が盛り上がらない、お天気がよくないと多分躊躇してしまうことくらいだろうか。

アモルファス合奏団の演奏会をここ数年毎年聴いていて感じていたのは、音楽の流れの勢いに乗り切れなかったり、特に精神性の高い、弱音の緊張感を伴う音楽では、ともすれば音の停滞感や、音楽を楽しむ余裕より、アンサンブルの練習量に聴衆が気兼ねしてしまう様なシーンがあったことだ。それはアマチュア音楽家のテクニックや音楽性の宿命なのか、指揮者の音楽性や指導方法なのか、アモルファスを構成する楽員の克服できないセンスなのか、いろいろと考えさせられていた。

が、今年の1曲目はホールの響きも手伝ってか、多少緊張感に傷もあれど、これまでの集大成として意気込みを感じさせてくれる、いつもの弱点や課題が随分といい方向に向かった演奏だった。

そして2曲目のモーツァルトのピアノ協奏曲15番は、メインとしてとてもとても楽しめた。ソリストの菊池洋子さんは第8回モーツァル国際コンクール(2002年 ザルツブルグ)で日本人として初めて優勝した逸材だ。何故にこのような良縁が!?という幸運に恵まれ、素晴らしいピアニストを迎えての演奏は、ソリストが紡ぎ出す明るくくっきりした充実した音楽に載せられて、アマチュアとしての至福に溢れんばかりのキラキラ輝くモーツァルトの音楽をホール一杯に響かせていた。長年の夢が叶ったコンマスのS氏の弾きっぷりといったら。。。こちらも笑みがこぼれずにいられない。

妻はロビーで販売されていた菊池さんのCDを購入してしまった程、気に入ってしまったようだ。

アモとのリハーサルの感想が載っている菊池さんのブログはこちら。。

この様な体験は奏者にとっても聴衆にとっても強烈な印象として幸せな時間となる。

アマチュアの音楽会のいいところは、新しい曲や音楽性に出会い、一人では生み出せない人の繋がりを演奏者が楽しみながら活動することにより、空間と時間の共有体験を創造する場をつくりあげるプロセスを共感できるところだ。プロにはない感動を呼び覚ましてくれる爽やかさが楽しいのだ。

アモルファスの演奏会の翌日の夜、NHKテレビが指揮者小沢征爾氏が死と向き合い、体力の限界と闘い、命がけで音楽に向かうドキュメンタリー「執念 小澤征爾76歳の闘い」が放送された。凄まじい内容だった(再放送は未定)。翌日の夜には東日本大震災に伴う大津波で、家を流されたり、友達を亡くしたり、親が職を失ったり、練習場や楽器もすべて流された気仙沼の小中学生ジャズバンドが、再び感動と音楽を奏でられる喜びを得るまでの一人の少女の真摯な姿を描いた一夏のドキュメンタリー「響け!笑顔のスイング」が放送された。(16日(日)17:00〜再放送)。

いずれも感情を揺さぶられずには見る事の出来ないクオリティの高いドキュメンタリーだったが、そこにはプロもアマもジャンルにを超えた音楽の素晴らしさを感じざるを得なかった。

音楽は時間芸術、体験芸術とかいわれるが、向き合う時間、真剣さ、そこから奏でられる音に共感するヒトの感情の営みだと思う。

バッハは「音楽は、精神の中から日常生活の塵埃を掃除する。」といい、アウエルバッハは「音楽だけが世界語であって、翻訳される必要がない。そこでは魂が魂に話しかける。」と、そしてサミエル・ジョンソンは「音楽は背徳を伴わない唯一の官能的な愉しみである。」音楽にまつわる名言、然りだ。

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