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2012年4月22日 (日)

ことばとかたち

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情報デザインフォーラムフォーラムのメンバーである木村さんと上平さんに誘われて、茅場町 Perfectly-Blankで開催されていた「高田修地のことばとデザイン展」に行ってきた。
この建物、昭和2年(1927年)竣工、築85年の運河沿いに建つ小さな洋風建築ビルで、その佇まいがいい。ここにはいくつものギャラリーとFM局、デザイン事務所が入居している。
戦後20年間はセーラー万年筆の本社だったらしい。

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昭和レトロな雰囲気の階段を上がり、ギャラリーに入ると、奥様とこの展示会を企画したご子息、お嬢様らが見守る中柔らかな光の中に、グラフィックデザインというのはこういうことですよね、といういかにもな手仕事が並んでいた。
そして何より圧巻は石の文鎮とファイルで自由に読める手紙の数々。

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期間の短い最終日とあって、次から次へと来場者がやってくる。そしてゆかりにあった方々とご家族の会話がまたあたたかい。

高田修地(たかだのぶくに)氏は資生堂宣伝部から武蔵野美術大学でへ移り、基礎デザイン学科で教鞭を執られていた。その基礎デの頃の学生が原研哉氏。
手紙を読んでいたら、
高田氏が基礎デで指導されていた原研哉氏の卒制に、その頃マツシタでぴあの地図製作に携わっていた木村さんが関わっていたくだりなどがあってビックリ。高田氏は原研哉氏が後にムサビ時代に「デザイナーの仕事からはみ出た部分」を教わったと反芻しているように、資生堂時代から広告よりも、もののとらえ方をビジュアライズするデザインを目指していたようで、その頃の資生堂のアニュアルレポートの業績を示すグラフの表現はは秀逸だ。
大人よりも子供の目線を重視する視点を持ち、新たな表現を手仕事で追求した方だったようだ。
ムサビの後は静岡の常葉学園大学で後進の指導に当たられていたそうで、またその手紙の中に昨秋、情報デザインフォーラムフォーラムの静岡ワークショップでお世話になった常葉学園の安武先生のお名前が!なんだか不思議のご縁を感じないわけにはいかなかった。

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誰でも見たことある、首都圏のJR路線図の原型は1975年国鉄時代の高田氏の仕事だ。
この展示、シルク印刷でした。多分、カーブの微妙なラインや毛抜き合わせをよーくみていたら、カッティングも刷もご自身なんじゃないかと。。

パソコンとソフトウエアでデザインすることが可能になってから、あり程度誰でも文字を組んで写真を組み合わせる作業でそれなりにデザインされてしまう合理性が当たり前になってる今だからこそ、一昔前の写植を打ったり、面相筆で文字を書いたり、絵の具を溶き合わせて色を創作する作業ややり直しを通じて本質を掴んでいくデザイナーや、それを量産で再現する印刷現場の職人達の技をあえて問うているような、小粒ながらシンプルに身体感覚が伝わってくる空間でした


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