2014年5月 4日 (日)

音楽三昧

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今年も5月の連休恒例、有楽町、丸の内界隈で開催されているラ・フォルネ・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2014を楽しんできた。
今年は10回記念とのこと。この音楽祭に家族4人で初めて参加して楽しんだのは2007年の第3回だった。このブログでも2007年5月4日に「熱狂の日」として紹介している。その時は有料コンサート1つだけでエリアコンサートなどで赤ん坊から老夫婦まで 、こんなに多くのヒトが ほんとに楽しそうに思い思いに クラシック音楽を一日楽しんでいる風景って 素晴らしい!って思った。
2008年は家族で五反田へ劇団四季のCatsを観劇したので 音楽祭には参加せず(その時に感動がきっかけで次女は中学で演劇部に入り、とうとう今年は大学も演劇が学べる所を進学理由に選択して入学したくらい。。)2回目は2010年5月3日の「ショパン三昧」 、そして2012年のロシア音楽三昧 で、今回が4回目の参加だ。
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知名度が高まってからは、3月の前売り発売と同時に人気コンサートのチケットは売り切れてしまうので、あらかじめ予定を立ててというよりは、当日券や街角での無料コンサートを楽しみながら、その間は広場で屋台の料理とお酒でコンサートのおしゃべりしたり、丸の内のカフェでゆっくりしたりして一日を過ごしてきた。
4月に入って、Twitterに「特別追加公演決定!急遽アルゲリッチが出演!」というTLが流れて、これはチケットゲットするしかないじゃん!と思った次第。。調べてみたらすでにネットで先行販売されていて、アクセスした時点では端っこや後ろのほうばかり。5000人のでかいホールでの室内楽はきついし、かといってアルゲリッチの演奏を生で聴くことができるのはもうこの先ないんじゃないか、それも3500円で。ということで、主催者のチケット販売所で一般販売より1日早く販売するというので妻に並んでもらった。2時間近く並んで妻が販売の方にアドバイスしてもらってまでゲットしたのは真正面の前から15列目という信じられないくらいベストな座席。神様からのプレゼントですよこれは。ということで、あとはちゃん来日してキャンセルになりませんように、と祈るながら当日を迎えました。
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4月に仕事を頑張りすぎて(昨年からちょっと走りっぱなしなんですが)
とうとう直前の1日の夜に体調を崩してしまった。なので、屋台の食事やお酒がだめなになってしまったけど。おかげで貧乏性でガツガツとあれもこれも、とならずにコンサートまでの時間はのんびりと過ごしました。
午前中に会場について、当日券やエリアコンサートのスケジュールを地上広場のテーブルでキオスクのカルテットなんかを風と一緒に聴きながら検討し、それからちょっと散歩。
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最初に無料のエリアコンサートをいくつか。BMWのショールームでクワルテットメランジェというプロとして活躍するまだ20代の若い四重奏団のドボルザークのアメリカを聴きました。1時間前に会場に着いたら、リハーサルから聴けてしまった。ビオラとチェロは都響のメンバー、2ndはまだ学生さん?で、芸大で室内楽の勉強でチームを組んだ縁で活動しているそう。 手練で自在に音楽を奏でるカルテットではない、成長中の溌剌とした演奏を間近でみるのは、弓使いや奏法、あわせ方などとても勉強になった。
このあと丸ビルや、ブリックスクエアなど日少しずつ楽しんで、夕方から有料コンサートへ。ホールCで鈴木雅人指揮の横浜シンフォニエッタでモーツァルトのドンジョヴァンニ序曲と交響曲第40番。横浜シンフォニエッタも若いメンバーできびきびとした引き締まった音と快適テンポ、明確な強弱で爽やかな演奏だった。ヴィオラがよく聴こえたなあ。あとで調べたら広島交響楽団の首席がトップを弾いていたらしい。
その後は よみうりホールでベレゾフスキーのラベル、ラフマニノフを聴いた。ピアノがぶっ壊れそうな程の迫力と、繊細で美しい音色に会場全体がすっかり魅了されてしまった。
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そして、少し腹ごしらえをして、いよいよ今日のメインイベントであり、この音楽祭でも目玉である「祝祭の夜」へ。
21時30分開場、22時15分開演の案内だったが、開場しても観客はホワイエにしばし足止め。ホールの中に入れたのは開演15分前の22時。その時点でまだステージ場では2台のピアノの調律が続いていた。開演は10分程遅れて22時25分。5000人の聴衆がシーンと息を呑んで待つ瞬間は、これから起こる期待と、本当にアルゲリッチは来るのか?と不安で異様な雰囲気。舞台袖からアルゲリッチが現れたときはおーっとどよめきすら起きました。
もうあとは圧巻です。
アルゲリッチと酒井茜の2台ピアノ版「春の祭典」は緊張感と多彩な音色、地鳴りのような低音のアルゲリッチがど迫力でした。始る前に椅子を足でぐいっと押して位置を直して高さをグリグリ調整したものの、さらに演奏中もしきりに気にしたり、譜めくりさんちゃんとしないさいよ!みたいな態度は天晴。そしてどっかりとぶれない軸、姿勢とは裏腹に、柔らかで美しい指使いから紡ぎ出される音色の豊かさ。。。
1stを弾いた酒井茜さんは演奏後ヘトヘトだったのに、73歳の御大はクールビューティに「あんた、まだあと1曲あるからね」という感じ。

2曲目のクレーメルや堀米ゆず子、川本嘉子らとの「動物の謝肉祭」は演奏者自身が曲のパロディや 即興的なアンサンブルをニコニコみんな楽しんでいて、音響の悪さを超えて、音楽の魅力に溢れてました。クレーメルはまたお口をあんぐりと開けたり、Vnはもう例え用のない自由さ、グリッサンドなんかもう最高! 18歳にクラ奏者も名演技付きで!?
アンコールは、動物の謝肉祭の「終曲」を、さらにアップテンポで!
それをまた奏者達が楽しんでる!
最後が5000人のスタンディングオベーション。
終演時間は予定の23時10分は大幅にオーバーして23時40分近く。
終電に向かってダッシュする人、タクシーを拾う人、でもみんな笑顔でした。
なんて贅沢で貴重で興奮なお祭り。これで3500円は奇跡の体験でしたね。

マイクが 立っていなかったので放送はなく、ほんとに一夜の夢の競演だったかも。

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2014年3月21日 (金)

節目の記録

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毎年娘達の誕生日には柱の傷ならぬ「キリンさんの身長計」に印を付けて、成長を記録していたのだけ れど、高校以降はいやがって記録なし。
月曜日は次女の高校の卒業式だった。今日は部屋で本棚、机、クローゼットの大掃除してたので、まあ最後だからとなだ めて4年振りに印をつけてみた。
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な〜んと最初の印である2歳の誕生日からちょうど2倍! 
自分の成長を振り返ることができてこ本人も感慨深かったらしい。
節目の記録を デザインする、ってのも大事ですな。

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2014年3月14日 (金)

春の風物詩

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今年もキター!恒例、旬の春の便り。
知多半島の親戚から自家製小女子の釘煮が届きました。
その年に届く日で、お魚の大きさで前年の天候とか今年の行方が何となくわかるようになってきた。
昨年は3月3日で例年よりちょっと早くてお上品な大きさ(小さい)だった けど、今年は例年並みの時期と大きさ。たまり醤油と生姜の絶妙な塩梅のツヤは薄め。

小女子はコウナゴ。関西ではイカナゴかな。ちりめんじゃこ(カタクチイワシの稚魚)やシラス(マイワシの稚魚)と似ているけど魚の種類が違う稚魚です。この時期に解禁になり、 獲ってすぐ佃煮にしたのが「こうなごの釘煮」「いかなごの釘煮」と呼ばれ、美味で大変珍重されています。瀬戸内海の神戸から明石方面の名産とされていて、 春を告げる風物詩なんです。

ほかほか白いご飯に釘煮。うまうまです。

ここんとこ日本海を通る低気圧が南岸ばかり通るんで寒暖の差が著しくて 暴風雪がひどいけど、暖冬で雪がなかったりした時期よりは、ちょっと子供の頃の普通の冬だったかもなあ。

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2014年1月 2日 (木)

初美術館

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美術館初めは東京都現代美術館の「吉岡徳仁‐クリスタライズ」と「うさぎスマッシュ展」。どちらも素晴らしい。
大晦日から昨日まで家に籠っていたのでリフレッシュ。
会期残りわずか、混雑前にゆっくり見られてよかった。

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2014年1月 1日 (水)

あけましておめでとうございます。

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今年も初日の出は自宅で拝みました。
受験生がいるので大晦日は自宅で過ごし、一人起きて、家族の健康を祈りました。

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2013年12月25日 (水)

忘年会

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クリスマス、というのに職場の忘年会。
10月に次の忘年会の幹事の順番が巡ってきて、11月に異動された方の歓送会と忘年会をかねてやる事に。対象者やボスらのスケジュールをやりくりしていたら、もう25日しかない訳です。同僚の幹事と場所探しを始めたら、職場の近所の気の利いたところは普段なら団体に予約してくれるのにカップル向けのクリスマスメニューばかり。逆にカラオケや居酒屋はどうぞどうぞ、というこでクリスマスの忘年会はやはり非常識らしい。
やっと40人は入れる近くの居酒屋を確保。なにせクリスマスのミッドタウン近辺はイルミネーション見学のリア充カップルで大混雑の大行列、真っすぐ歩けません。
せめてクリスマス気分を、と同僚が100均でサンタキャップを大量に仕入れてきてくれた。
おかげで、えらーい人も普通の人もみ〜んなサンタキャップを被っての楽しいひとときをしすごせませたとさ。めでたしめでたし。

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2013年12月21日 (土)

合格祈願

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次女の大学合格祈願。
湯島天神へ。

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2013年12月15日 (日)

MUJIの鳩時計

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ポッポ、と手作りふいごのやさしい鳴き声の鳩時計。
昨年末に無印良品から発売された「鳩時計」を店頭でみてとても気になってた。
いつの間にか商品として消えていたのが、今年また再販されてて、さらにクリスマスバージョンの数量限定グリーンが。欲しい。
私へのクリスマスプレゼントにとちょっと早いけど買いました。
妻も娘もそのキュートな時報を聴いて笑顔が広がる。
暗い場所では鳴かない明暗センサー付き、というのが今風。

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2013年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます

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家族揃って健康で新年を迎えられたこと、昨年のお礼と今年も良い年でありますようにと初詣は家族4人揃って明治神宮で参拝しました。

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明治神宮のおみくじは、いわゆる吉凶を占うタイプではなく、ひいたくじ棒の番号ごとに明治天皇と皇太后が詠まれた和歌をいただく。それを持ち帰り、日常生活の指針とするのだそう。裏面に和歌の解説があり、さらに最後に括弧で一言でその内容が表してある。家族一同、それぞれになかなか含蓄のある一年の計を味わいました。ちなみに私のは「忍の一字に撤しましょう。」......。 深い。

明治神宮のおみくじを英語ではPOEM DRAWING というんだ、と家族一同うなずく。。

毎年「最高の人出」というテレビや新聞の報道を他人事のように眺めていた明治神宮の初詣だったが、とうとう初体験となった。これまでずっと近所の氏神様でした。

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原宿駅前の南参道の鳥居をくぐったのが午前3時5分頃。5分程歩いたところの大鳥居をくぐった少し先に参道一杯に広がる待ち列の最後尾があった。88度(直角じゃないらしい)に参道が曲がるところで5分に1回くらいの間隔で境内に人が溢れない程度の集団に区切られる。その集団が本殿方向に送り出されるたびに徐々に前に進む。区切るテープを持った警備の人達が列を割って入ってくる手際とか、前に進ませる誘導は長年のノウハウがあるようでなかなか見事に整然としている。上の画像の本殿前に辿り着いたのが3時50分頃。お賽銭を後方から投げ込むと危険なので、最前列の人が参拝を終え左右に流れて行く旅に少しずつ前に進むことができて、ちゃんと拝殿前に拝むことができた。その後、長女の就活お守りをいただき、おみくじを引くといきは並ぶことも無くかなり余裕。原宿に戻る途中にある屋台村で具だくさん豚汁と鳥つみれ生姜汁をいただいて温まる。ここも並ばずに買えて、椅子に座れるくらいの程よい混み具合だった。

事前にネットで調べたら、午前0時を境内や拝殿前で待って参拝する人、別の場所でカウントダウンをしてからとか、紅白を見終わってから来場する人が殺到する2時頃までが最初のピークで、鳥居をくぐってから参拝、原宿に戻るまでに2〜3時間かかるけど、その後は始発電車が動き始める前の3時から4時頃が三が日の中では比較的空いている、というのが共通した情報だった。それでゆっくり3時過ぎにきてみたのだが、その通りだった。

風のない夜だったこと、それほど大混雑ということもなくスムーズで、森からの冷気も人混みに遮ら並んでいる間も雲間の月を眺めながらそれほど寒くはなかった。でもこの時間帯の参拝客のほとんどが20代の仲間同士やカップルなど若い人ばかりだったなあ。並んでいる間、隣の集団は流暢な日本語を話すフランス人の留学生と日本の学生さん、後ろも中国人の留学生同士、その他ロシア人など国際色も豊かだった。あの中で家族連れはほとんどいなくて、多分私は最高齢の部類でした。(一組だけ 私たちより少し上の年齢の家族連れいて ちょっと親近感覚えましたけど)

カウントダウン後の渋谷の街は、ちょっと恐怖を感じるくらい若者達の群れと歓声で溢れかえっていて、自由な雰囲気と解放感に家族連れで歩くのはちょっとはばかれる雰囲気だったけど、明治神宮に初詣に来る若者達はちゃんとマナーを守っていて、日本のお正月らしいとても粛々とした気持ちのいい場だった。

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渋谷区役所前地下公共駐車場まで歩いて戻り、駐車場を出たのが5時前。6時前には自宅について、温かいリビングから初日の出を家族で拝みました。

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実は、2013年は東急文化村オーチャードホールで、東急ジルベスターコンサートのエルガーの行進曲「威風堂々」の演奏が終わった瞬間に迎えました。そう、テレビ東京で生中継されていた番組です。

長女は大学生になってからオーチャードホールのアテンダントのバイトをはじめ、昨年のジルベスターコンサートも裏方としてここで迎えていて、家族3人は自宅でテレビで見ていた。今年も長女がバイトで会場にいるなら、私たちは客席で新年を迎えようじゃないか、と思いそれが実現した訳です。

一般発売は電話が繫がらないまま30分以内で完売というくらいチケットの入手が難しいとのことだったけど、優先販売は予約申し込み後の抽選ということだったので11月締め切り日に申し込んでみた。その結果12月1日に当選通知が。

2012年へのカウントダウンへのボレロは熱演のためアップテンポになってしまって、7秒前に演奏が終了、しばしの無音状態の後、パーン!という状態だったので、今年はハラハラドキドキ。

今回は藤岡幸夫氏の指揮する東フィルのかなりのアップテンポと凄まじい熱演、途中の激しいルバートなどもありながら最後の和音の残響とともに素晴らしいタイミングで新年を迎えることができた。これまでこの番組をずっと茶の間のテレビで見てきたけど、その中でも一二を争う程いい出来じゃなかったのかな。客席は大歓声とともに湧いてスタンディングオベーションで讃えた。

テレビ中継はコンサートの第二部で、その前に1時間弱の第一部の演奏会があった。そこで演奏された 金子三勇士のピアノによるラフマニノフのピアコン2番と吉松隆のサイバーバード協奏曲が素晴らしくよかった。特に須川展也氏のサキソフォンのよるサイバーバードは須川氏のアドリブも炸裂してそのテクニック、音色と共に強烈な印象が残った。次女は初めて生で聴くクラシックの現代曲なのに身を乗り出して面白がっていた。一番の収穫だったかもしれない。

汚いとか人気のなかった昨年の大河ドラマ「平清盛」だが、我が家は1年に渡り全放送を視聴して楽しんできた。ドラマ全体の演出を支えたのは音楽を担当した吉松隆氏の曲であったことも大きいと思うのだが、「カルタス」とともにこの「サイバーバード協奏曲」も使用されていたようだ。だからその響きに違和感なく受け入れられたのかもしれない。

全くの余談だが、吉松氏のブログに「昨今のドラマや映画の世界は、音楽の「総予算」というのが決まっていて、そこからオーケストラにかかる費用やパート譜制作費などが引かれ、最後に残ったのが「作曲料」になる仕組み。なので、大きな編成の曲を書けば書くほど、音符の量を書けば書くほど作曲家の取り分は限りなくゼロに近付いてゆくというチキンゲーム。今回これだけ好き勝手に大量に書いたので、残りはほとんど雀のむにゃむにゃ・・(T_T)」というくだりを見つけ、いやー、大河ドラマの音楽担当になればかなり儲かるのかとおもいきや、大変なんだなあとw

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ジルベスターコンサートは21時30分開場で、開場まえから多くの人が待ち列をつくっていて、扉が開くとともにロビーは大混雑。クロークにコートを預けようと並んだ列がちょうど長女が受付をしてるところで、思わずいい笑顔で働いている姿も眺められました。

第1部は22時開演、22時50分頃終了。30分の休憩の間、カフェエリアでは年越し蕎麦なども振る舞われた(400円ですけど)。生中継の始る10分前、23時20分頃になると新人アナによる番組の構成やら観客へのお願いなど前説があった。そして司会の茂木健一郎氏と森本アナによる15秒の生番組宣伝を経て、フロアディレクターの会場に響きわたる5、4、3、2、1のカウントともに23時30分から第二部の演奏会と中継が始った。

観客にはあらかじめ上の画像のような小さなLED灯が配られていて、「星に願い」をの曲の時に指揮者の指示で上手から順番に点灯してください、の説明があった。

帰宅してから元旦の昼間に録画で見てみたら、会場が夜空の様でとても綺麗でした。我が家族の3人分の星もちゃんと確認できました。私はくるくる回していたし、次女は点滅させてたのが効果的に。。

実は録画を見て感じたことがあります。
マイクで拾うを音はとてもバランスよく上手く調整されていて、どの曲も隅々まで綺麗に聴こえるし、奏者の表情や楽器もスコアに沿ってよく見えるのだけれど、会場でのダイナミックな強弱といういうか息づかい、奏者の意気込みみたいなものは伝わらないんだなと。

カウントダウンで演奏された威風堂々、失礼ながらこれが東フィルなのか!? というくらい、奏者全員の圧倒的な熱演と意気込みがあの感動を生んだといっても過言ではない。
弓のスピード、ボーイング、身体の動き、あの会場でしか味わえなかった感激は、あの場にいた人々が共有した替え難いものだったということが、あらためてわかりました。

やはりコンサートは一期一会です。

アンコールも含めて24時45分に終演。クロークでコートを受け取りホールの外に出たのは25時過ぎ。東急本店横のスターバックスでお仕事の終わる長女を待ち、26時過ぎに合流。そこからまだ賑やかさの残る渋谷の街を抜け、浜崎あゆみのカウントダウンライブの余韻が残る代々木第一体育館横を歩いて明治神宮に向かったのでした。

新年を家族で感動とともに迎え、その足で初詣をし、清々しく気持ちのいい元旦でした。


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2012年12月 3日 (月)

ほんとうに豊な生活とは

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伊豆高原広のとある別荘地の北側斜面に建つ友人宅からの富士山。

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富士山は、このベランダからの眺めだ。写真のちょうど中央の奥に頭だけが覗く。

ここは大学時代の同級生が最近暮らし始めた自宅だ。

大学を卒業後、彼はグラフィックデザイナーとして某メーカーのデザイン部門に就職、その後北米駐在や欧州での仕事をし、ここ数年は日本の本社に勤めていたが、6月末に早期退職し都内からここに引っ越してきた。
たまたま春に仕事で久々に彼と会う機会があり、そこで初めて退職することを知った。
夏を過ぎ、そろそろ落ち着いたかなと連絡を取ってみたら、なんと伊豆に住みはじめた、というのでビックリ。ゆっくり話をしたいから遊びに行くよ、と連絡をしてみたら、せっかくだから泊まっていけば、というお誘いに、それではと、お互いに昔のノリが嬉しい。
紅葉シーズンの混雑が収束し、雪が舞い始める前にと、もう一人に親友と訪ねてみた次第。
そうそう、大学の時は研究室もサークルも違っていながら、3年から卒業研究の頃までほぼ毎日一緒に学食にランチを食べにいっていっていたし、そして社会人になってからも同級生の事務所に月1回仕事の後、酒とつまみを持ち寄って集まり、デザインで世の中に役に立つことは出来ないか、などというディスカッションのような雑談をしていた仲間同士なのだ。20代の頃の話だけどね。

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軒にぶら下がる干し柿。彼の東北にある実家の柿の木になる実を全部とってきたんだそうだ。一部は干し柿にしたけど、皮むきの手間が大変と、残りはヘタの先を切って焼酎につけて強制的に甘い柿に変身させていた。

枝は暖炉用の燃料用。この確保の話と加工の道具や話がまた面白かった。

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自宅の全景。赤いポストが素敵だ。朝、新聞取りにくるのが大変だなあ,って思ってたら新聞をとっていなかったw.

手前が南側で緩やかな斜面、家の向こうの北側は勾配がある斜面。
中はスキップフロアになっていて、南側に車庫と入り口、右の部屋が奥さんが陶芸をする工房があり、北側へ数段あがった2階が大開口のリビング、リビングの下がお風呂や寝室など。ちょっと説明しにくいけど、土地の勾配、眺望、導線がとてもよく考えられていた。
眺望の良い北側大開口の木造住宅、そして天井が高く暖炉付き、というのはもう私が理想とする住宅の見本のようなものが実際に存在し、そこで生活をしている事実はあまりにも衝撃的だった。そう、憧れのような空間と生活をする友人の勇気というか決断に嫉妬すら感じた。

彼は結果的に海外が長く、日本にいる間は賃貸物件住まい。最近まで都内に住んでいたが、週末にゆっくり過ごせる別荘をと土地探しに3年をかけていたのだそうだ。探しに探してこの土地を気に入り、そして自分で家の設計までやった。さすがデザイナーですな。建築は不動産屋さんに紹介してもらった地元の工務店に頼むことで、設計料や建築費をリーズナブルにするとともに、自分自身の理想の生活を手に入れたという次第。

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まだ社会人になって4年目の頃。自分自身が転職したばかりのその年に、親友の大学の同級生とともにニューヨークに旅行する計画をたてた。HISもインターネットもまだ無かった時代、お金はないけど下っ端で責任なんてないから休みは取りやすかったので、クリスマス前に日本を発ち元旦に帰国する、という航空券とホテルだけついた2名から催行という格安のツアーを旅行会社の店頭で見つけた、さらにホテル代を節約することを目的にニューヨーク駐在になったばかりの友人宅に宿泊して、どこかに連れて行ってもらおうと考えた。その友人というのが今回訪ねた彼。

当時、彼は6月に結婚したばかりの新婚さんだった。その初めてのクリスマス、正月にのこのこ日本から独身の男二人が図々しく泊まらせてもらいにいったのだった。

大晦日、男2人でキャッツを見終わった後にブロードウエイまで自家用車で迎えにきてもらうことにしたのだが、有名なカウントダウンのためマンハッタンは道路封鎖の規制がはじまってしまい落合場所のホテルまで車が近づけない事態に陥りながら、携帯電話もない中なんとか奇跡的に遭遇できたり、さらに元旦の朝には新婚の奥さんがフリーズドライから料理してくれたおせちをいただき(後から聞いたら、駐在先の上司から届けていただいたかなり貴重なものだったらしい)、空港まで高速道路をぶっとばしてケネディ空港まで送ってもらったという超迷惑なことをしたので、お互いに一生忘れない思い出になっている。

一宿一飯のお礼は、彼がニューヨークに駐在した記念になるものをという要望から,当時立体版画という独自の創作活動で脚光を浴びていたジェームス・リジィの作品を二人でSOHOのギャラリーで買ってプレゼントした。まさに訪問した年の新作で、作品名は A BIG APPLE。

今回、ちゃんと工房の壁に飾ってあって 四半世紀ぶりの再会をはたした。それが上の画像。

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夜は、近くの街の小さな魚屋さんにお願いしてあったという伊豆の幸を肴に、手土産に持参した日本酒(久保田の萬寿!)をちびちびやりながら暖炉の火を眺め ながら話が弾む。ちゃんとニュヨーク旅行時の写真(リバーサルとそのダイレクトプリント)が入ったアルバムを今回は持参したので、懐かしい昔話も。なんと 豊かな時間なんだろう。

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翌朝は別荘地内にある沼を一周する道を3人で散歩。風と鳥の声しか聴こえない。

同い年で、世界で活躍した企業勤めをリタイアし、豊かな自然に囲まれた自分で設計した自宅で静かに過ごす生活を始めた友人。

一番近いコンビニまで車で10分以上、最も近いバス停までも街路灯の無い真の闇の様な山間を歩いて10分程。何でも揃うショッピングセンターには車で15分ほど。全く不便ではないにしろ、都会での生活に見切りを付け、人生90年時代の残り30年40年をどう心豊かに過ごすかを考え、行動に移した彼。体力や気力が衰えた時にことも視野に入れていた。

人それぞれだが、自分の仕事や生活 家族を見つめ、これから30年の生き方、豊かな時間 豊か生活ってなんだろうとをじっくり具体的に考える機会を与えてくれたといっても過言ではないだろう。

ありがとう友よ。

今度は妻と二人で遊びにいきます。

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