音楽三昧
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我が家の家族アルバムは、私が結婚してから1年分を1〜3冊に纏めてきている。
1990年から1999年までは上の画像のカラーのアルバム。
21色あるというので21年間は大丈夫だろう、とこれに決めてせっせとアルバム数を増やしてきた。が、なんと10年目にしてメーカーが倒産。製造中止になってしまって手に入らなくなった。
1999年の途中から上の画像の下にある、ちょっと無機的で事務っぽいが、無印良品のアルバムバインダーにしてみた。これならロングライフ商品になるであろうという期待。
以降せっせと13年間。と思っていたら、2008年以降はポケットアルバムにプリントを入れたまま、家族アルバムにまとめるのをさぼっていた。いつかいつか、と先送りにしてもう4年。
この夏休みの宿題として2008年から2012年まで、5年分の家族アルバムを作った。
結婚以来、22年間35冊の家族アルバムが繫がった。ホッ。
そうだ、2004年の夏の家族旅行は北海道に行った。長女が中学生になった年。そこから旅行の写真はデジカメになった。デジカメで撮った画像はパソコンにいれてしまう。フィルムカメラで撮影すると現像に出してプリントしないと見れないから、そのままプリントから厳選してアルバムをつくっていた。デジカメにしたその年から旅行ごとにフォトブックというのを試しに作り始めた。iMacのiPhotoからフォトブックを開いて、画像を流し込めば、それなりにレイアウトしてくれるのに驚いた。注文したフォトブックは1週間程でドイツで印刷製本されて届いたのにまず驚いた。画質はオンデマンドプリントの品質がまだまだだったので満足とまではいかなかったが、夏の思い出を1冊に纏める記念としては十分だった。今から8年前の話だ。
2008年は次女が中学生になった年。子供達が小学生を卒業してしまうと学校行事や家族のイベントで写真を撮ること事態が極端に減少してしまう。子供達は友達同士の行動になり、時間や都合も合わなくなり、そもそも写真を撮られるのをいやがる。
家族アルバムを作るモチベーションが下がったのも何となくうなづける。
もう少しお手軽に品質もよく、とうことで当時はまだデジタル画像を纏めて1冊にするというビジネスでは先駆的だったPhotobackというゼロックスプリントでCDサイズのフォトブックを注文してみた。これが記念としてよかった。
以来、イベントごとにデジカメで撮影した画像はPhotobackに。
今年の夏の旅行も「国宝三昧 2012」として注文、先日届いた。
写真、というのは自分でその時空を切り取る作業、それをリアルに手元に残して皆で眺められること
ただ、デジカメはついプリント
ちょっと意識して習慣は継続していきたい。
ちなみに作業中、リビングに散らばった過去のアルバムやプリントを妻や子供たちがちょっと拾って眺めているだけで、この時はああだった、これがきっかけで、、、とたくさんの話題が。。
やっぱり写真を眺めると、いい時間が流れます。
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開館以来20年振りの再訪。開館10周年で増設された車と生活の関係を展示した新館は初めて。
昨年から異動でここの学芸員になった同級生のHくんに稼ぎどきの忙しい中、特別な解説して貰えて見ただけでは わからないないエピソードに感動した。
上の画像は世界最初の量産車 Curved dash 1902年製。ダッシュボードの由来知ってる?え!? 馬車で馬をむち打ってダッシュさせるときに足を踏ん張れるようにカーブさせた板のこと。そのカーブを利用して空気を下に巻き込んで空冷の効率を高めているんだよ。なるほど〜〜。 その向こうが世界初のFR車。エンジンは先端に置かれ、点火は儀式のように油を滴下させてトーチで火入れしていくww. ちゃんと車の横に置いてあるモニターの映像を見ているとその手順が理解できるし、何より動態保存している事実が凄い。エンジンの後方に、クラッチ、トランスミッションを縦一列に配し、ドライブシャフトとデフ機構を介して後輪を駆動させているのだ。
Alfa Romeoのレッド、Bugattiのブルー、Bentleyのグリーン、美しい。
日本の1960年代の大衆車はのカラーリングもキュートだ。
新館は日本のくらし、産業文化と車の関係。三菱重工のピジョン号も! 前輪は飛行機の尾輪、カバーはいかにも航空機からの転用ですね。戦後の自動車産業は航空機産業の生き残りでもあった訳だ。
私には1965年〜1975年あたりがもうワクワク、たまりませんね。
向こうは私が大学を卒業と同時に奥多摩での新社会人生活をスタートさせるのには車が必需品で、自動車修理業を営んでいた高校の友人の実家から30万円で買った最初の自自家用車と同型。関東でしばらく尾張小牧ナンバーで乗っていたので、友人達から遠くからでも漢字4文字なんですぐわかる、とか首都高上でオーバーヒートしたり思い出たっぷり。幼い頃、大学生だったおじさんが乗っていたキャロル、そのおじさんが買い替えたばかり初代カローラで名神高速と小牧で接続して開通したばかりでガラガラの東名高速を走るのに助手席にのせてもらったことは今でも鮮明に覚えている。
お土産は博物館名物「トヨタ博物館カレー」3点セット。車種とカレーの種類をこじつけデで結びつけてるみたいw。ランチにレストランで味見しました。。
ミュージアムショップでそこそこ充実してるミニカーを眺めていたら、見つけてしまいました、10年乗っている我が愛車のNORE
さて、帰路につこうと駐車場に戻ってみると、両サイドはTOYOTAとNISSANの看板車両。なんでこんな広大な駐車場で、よりによってフランスの中途半端に古い車の隣に停めるかなあ。デビュー当時はこのシャープな顔つき、猫目はかなり先進的だったけど,今や当たり前か、おとなしいくらい。私自身、最後に時代を感じる一コマになりましたとさ。
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今年の夏休みの家族旅行のテーマは国宝三昧。世界遺産巡り。
次女のクラブ活動と合宿、夏期講習に日程が決まってから、私の夏休みと重なって空いていたピンポイント都合のつく2日間の家族旅行を6月にプランニングした。
北は十和田市美術館から南は安芸の宮島・松山案まで自分の行きたいとこ5案を家族にプレゼンしたところ、移動に時間がかかるより 、行けそうで行けないところと日本のどまんなかのうましうるわし奈良案に決定。よりによってめっちゃ暑いところだが、まあ空いているからいいかあ、と。
私は小学校の修学旅行以来40年振りの再訪、妻は高校の修学旅行以来、次女の学校は修学旅行がなくなってので、初めての奈良。
7月28日の朝、家族全員4時55分に起床して、ロンドンオリンピックの開会式生中継をカウントダウンから見て、選手入場の間に朝食を食べ自宅を出た。移動するのぞみの車内で次女のガラケーのワンセグを覗き込みながら、スマホのらじるらじるでNHKの実況中継で聖火の点火を見て、ヘイジュードを聴く。世界の祭典が始る中、日本という国の発祥地へ。
まずは日本最初の世界文化遺産、世界最古の木造建築へ。
いずれも築約1300年なのである。
覚悟はしていたものの奈良の暑さは流石である。
バスから降りて影のない広い境内を歩くだけで汗が滝のように…。
団体さんが去れば蝉時雨のみの静寂と貸し切りの様な状況に飛鳥時代の人の修行に思いを馳せる。
おかげで人の映らない絵はがきの様な写真が撮れ、中門から西廻廊、大講堂、鐘楼、金堂、五重塔と西院伽藍を巡り、仏像のひとつひとつをディティールまでなめるように見て回った。
1998年に完成した大宝蔵院は雨宿りならぬ暑さ宿りできる空調が効いて涼しい。玉虫厨子と百済観音をはじめとする数々の宝物のような美術品を拝する。
そして東院伽藍の夢殿、舎利殿、絵殿、伝法堂、鐘楼。
教科書の写真での印象とは全く異なるスケール感と、高度な技と創造力による繊細な細部の意匠とバランス。圧倒される様な存在感は現物ならではである。
再び、人影も日陰もない境内をとぼとぼと歩きバス停にまで戻る。奥は国宝東大門。途中,食堂横にある唯一冷房が効いているお休み処に水分補給に寄ってみたら、ここにたくさん人が集まっていた。
法隆寺前から路線バスの春日大社行きに乗り、唐招提寺まで移動。今回は新横浜から京都まで新幹線利用しその先の奈良・大和地域のJR、近鉄、奈良交通バス乗り放題という遊々きっぷを利用。この路線バスに乗るだけで元は取れるばかりか既にお得。地元足なので途中の乗り降りも多く、空調のあまり効かない路線バスから、屋根瓦の多い地元の民家の家並みや金魚養殖の溜池があちこちに広がる郡山あたりの風景をのんびりながめているだけで、いろいろ発見があって旅の風情を感じる。
唐招提寺についても、アジアからの団体さんを二組程やりすごしてしまうと境内の人影はまばで、御廟前庭では蝉時雨のみがかえってその静寂を余計に強調しているようだった。
ここは唐招提寺蓮も有名とのこと。戒壇院横の蓮が西陽の木漏れ日に輝いていいた。
唐招提寺の金堂は創建以来築900年の長きに亘る建造物であるが、1995年の阪神淡路大震災をきっかけとした文化財建造物の耐震性の課題と、1998年に伽藍建築が世界文化遺産となったことから2000年から10年位及ぶ金堂平成大修理事業の末、2009年11月に落慶法要が執り行われたばかり。その際の建物調査で得られたデータなどを元に3DCGなども制作され、コンテンツの再利用として見学者にスマートガイドが提供されていた。窓口でgalaxy tabletが有料で貸し出され、要所の点在するマーカーにかざすと解説がイヤホンから聞こえ、同時に映像コンテンツが様々な角度から再現される。
次女が高校生料金で借り、一度に二人までイヤホンで聴くことができるというので妻が利用していたが、使い勝手と一通りマニュアル再生で聴いてしまったため私にも回ってきた。混んでいる時なら便利かもしれないが、こういう人の少ない静寂な空間ではむしろ現代の道具は無粋でした。
唐招提寺の門前のお店で甘いもの水分補給で一休み。のんびりしていたら、そろそろ閉店ですというので薬師寺まで歩いてみると、拝観終了の看板。17時までだけど入場は16時30分までね。近鉄で奈良に戻る。
夕食はならまちの築95年の町家をリノベーションしたカフェ「カナカナ」にて。カナカナごはんはハモの天ぷらの大根おろし添えなど5品に御飯、お味噌汁,プチデザートにコヒーやハーブティーなどの飲み物がついて1250円。唯一のアルコールはエビスビールの小瓶だけです。+150円でセットにも出来ました(^^v お座敷などは満席で大人気、ちょうど大テーブルが空いたところだったのですぐにすぐに座れてラッキー。
100年未満というのは今日の建物群ではつい最近みたいなもんで。それでもこのならまち界隈は1990年以降に都市景観条例で江戸時代以降の町家が保存され、市民主体のまちづくりから割と新しい観光スポットとして人気があるようだ。既に日も暮れて団体さんに出会うこともなく、ぶらぶらするだけで情緒をたのしめた。
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今日はアモルファス合奏団の第27回演奏会を
オペラシティのリサイタルホールで聴いた。
昨年の演奏会は10月8日(月)だったが休出で行けず。
一昨年は10月9日(月)妻と娘のピアノの発表会当日で行けず。
以前は「9月23日はアモの演奏会」と覚えやすかったが
いつのまにか10月の3連休の最終日となってしまった。
3年ぶりだ。
アモルファス合奏団は、
82年に当時の千葉大オケの4年生とOBで結成された
アマチュアの弦楽オケだ。
当初20代前半だった平均年齢は今や40代後半。
力まかせに熱情的で鋭角的な音楽を好んで奏でていたような最初の10年間に私も在籍したが、今や見かけも十分に年期が入ってきたし、指導者も代替わりしてからこの10年で随分と清楚な響きを醸し出し、音を確かめるような音楽作りになってきたなあと感じていた。
「アモルファス合奏団らしさ」というのがある。
充実した中低音、プログラムのユニークさ(自分達は意欲的と言っている)、
昭和を引きずったままのデザインで薄暗い会場で読むことに配慮のないプログラム、
でもそれを補ってあまりある楽屋落ちで笑えるコンテンツ、
備えあれば憂いなしのステージ上の予備楽器、などなど。
アマチュアの演奏会は、やらされているのではなく、
自分達がやりたいから、自分達がやりたい曲を演奏する。
だから、音楽に真摯に向きあい、葛藤し、楽しみ
達成感を味わうために演奏会という目標に向かって時間を過ごす。
その過程や積み重ねが、そのアマチュアらしさを醸成する。
聴衆は、経緯やテクニックはさておいても
プロの演奏会では味わえない「ひたむきさ」と「らしさ」の音楽を楽しむ時間を共有することになる。
アマチュアはともすれば「自分達がやりたい曲」を優先し
演奏会に立ち会う聴衆を忘れがちになることもある。
発表会へのお付き合い、と言う聴衆が大半だろうが、
一方で 時の積み重ねの変化や「らしさ」も十分に楽しみになるものである。
4年前の9月25日第24回のプログラムは
ラター、マリピエロ、フットにヘンデルという作曲家のプログラムだった。
ヘンデル以外は初対面の曲ばかりだった。
その前はメインこそブラームスの弦楽六重奏曲第1番(弦楽合奏版)という弦楽合奏の醍醐味を味わえる選曲だったが、サブはJ・トゥリーナー:闘牛士の祈り、F・シュレーカー:インテルメッゾというニッチの極めつけ。
プロじゃあやらないか、そういうプログラムの演奏会にわざわざお客さんは足を運ばない。
だから面白いのだが、発表会にお付き合いできた人は親しめない曲に面食らったり、
集中力が続かないか(舟を漕ぐ人多数)、楽しみ方が解らないから楽しめない。
それを知ってか知らずしてか、そういう方向に走るのか、とちょっと懸念していた。
今年のプログラムは
バッハ:ブランデンブルグ協奏曲第5番
武満徹:3つの映画音楽
チャイコフスキー :フィレンツェの思い出 弦楽合奏版
ちょっとゆっくりで、音を確かめながら楽しむような楷書体のブランデン。
でもチェンバロの美しい響きと非常に熟れたフレージングが魅力的で、
清々しいオープニングだった。
一転、2曲目は時代を一気に飛び越え、音楽表現の可能性に挑んだような作品。
構造化された形式とは全く異なる緊張感と甘美さが明滅するような音の流れが紡ぎだされたのだ。最初の和音から ぞくぞくっとする魅力に一気に引き込まれてしまった。
現代の精神性を弦楽器の奏でる音で、それも映画音楽というジャンルで現代音楽を身近に感じさせてくれた功績は計り知れない。
それを生で聴く機会に恵まれるとは!
オペラシティのコンサートホールは「タケミツ メモリアル」という愛称があるように
ホールの基本コンセプトづくりから設計段階まで故武満徹氏が深く関わったそうだ。
その真下にあるこのリサイタルホールで
タケミツの映画音楽が演奏された意味も少なからずあると思う。
今日の大収穫だった。
そして最後は音の洪水。
バロックと現代音楽に挟まれ、我々に最もなじみのあるロマン派で大団円。
美しいメランコリックなメロディーと芳醇な和声が厚く響くオーケストレーションが真骨頂のチャイコフスキー節。
「アモらしさ」は、奏者の高齢化(失礼)で随分大人しくなったかと思っていたが、
いやいや、3曲の中にその進化と、学生の頃から持ち合わせていた「アモルファス節」として十分に爆発させていたのでした。
縦の線や細かい音符の動き、音程が合わないとかいう小さな擦り傷は
膨大な音符の数とひたすら戦いながら練習した足跡からすれば
大きな音楽の流れを形作れたことで十分に報われたことでしょう。
指揮者のダイナミックな指揮さばきに必死に応えようとする演奏は、
あの頃を彷彿とさせる、いやいや舞い戻ったかのように熱演だった。
燃え尽き症候群になってしまうか、体の節々が痛くて
明日からの仕事に大きく差し支えること間違いないなあ。
まさに音のシャワーを浴びたような気分。
音楽はスポーツだ。
聴衆にとっては、音楽的なコントラストのメリハリが利いた
とてもよいプログラムだったと思う。
アンコールのピチカートポルカのなんと生き生きと楽しそうなこと。
最後に拍手のなか、思わず目頭を真っ赤にした奏者がいた。
今日の演奏会の「みんなで、ここまでよくやったあ!」という喜びが溢れていました。
ステージの上で、嬉しくて涙が出てくるなんて音楽家冥利につきるだろうなあ。
身内のひいき目だからだけじゃなくて、アマチュアだろうとプロだろうと音楽を聴いて鳥肌が立つとか、奏者と観客が喜びを共有できる瞬間に立ち会えることは幸せなことです。
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