2014年5月 4日 (日)

音楽三昧

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今年も5月の連休恒例、有楽町、丸の内界隈で開催されているラ・フォルネ・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2014を楽しんできた。
今年は10回記念とのこと。この音楽祭に家族4人で初めて参加して楽しんだのは2007年の第3回だった。このブログでも2007年5月4日に「熱狂の日」として紹介している。その時は有料コンサート1つだけでエリアコンサートなどで赤ん坊から老夫婦まで 、こんなに多くのヒトが ほんとに楽しそうに思い思いに クラシック音楽を一日楽しんでいる風景って 素晴らしい!って思った。
2008年は家族で五反田へ劇団四季のCatsを観劇したので 音楽祭には参加せず(その時に感動がきっかけで次女は中学で演劇部に入り、とうとう今年は大学も演劇が学べる所を進学理由に選択して入学したくらい。。)2回目は2010年5月3日の「ショパン三昧」 、そして2012年のロシア音楽三昧 で、今回が4回目の参加だ。
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知名度が高まってからは、3月の前売り発売と同時に人気コンサートのチケットは売り切れてしまうので、あらかじめ予定を立ててというよりは、当日券や街角での無料コンサートを楽しみながら、その間は広場で屋台の料理とお酒でコンサートのおしゃべりしたり、丸の内のカフェでゆっくりしたりして一日を過ごしてきた。
4月に入って、Twitterに「特別追加公演決定!急遽アルゲリッチが出演!」というTLが流れて、これはチケットゲットするしかないじゃん!と思った次第。。調べてみたらすでにネットで先行販売されていて、アクセスした時点では端っこや後ろのほうばかり。5000人のでかいホールでの室内楽はきついし、かといってアルゲリッチの演奏を生で聴くことができるのはもうこの先ないんじゃないか、それも3500円で。ということで、主催者のチケット販売所で一般販売より1日早く販売するというので妻に並んでもらった。2時間近く並んで妻が販売の方にアドバイスしてもらってまでゲットしたのは真正面の前から15列目という信じられないくらいベストな座席。神様からのプレゼントですよこれは。ということで、あとはちゃん来日してキャンセルになりませんように、と祈るながら当日を迎えました。
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4月に仕事を頑張りすぎて(昨年からちょっと走りっぱなしなんですが)
とうとう直前の1日の夜に体調を崩してしまった。なので、屋台の食事やお酒がだめなになってしまったけど。おかげで貧乏性でガツガツとあれもこれも、とならずにコンサートまでの時間はのんびりと過ごしました。
午前中に会場について、当日券やエリアコンサートのスケジュールを地上広場のテーブルでキオスクのカルテットなんかを風と一緒に聴きながら検討し、それからちょっと散歩。
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最初に無料のエリアコンサートをいくつか。BMWのショールームでクワルテットメランジェというプロとして活躍するまだ20代の若い四重奏団のドボルザークのアメリカを聴きました。1時間前に会場に着いたら、リハーサルから聴けてしまった。ビオラとチェロは都響のメンバー、2ndはまだ学生さん?で、芸大で室内楽の勉強でチームを組んだ縁で活動しているそう。 手練で自在に音楽を奏でるカルテットではない、成長中の溌剌とした演奏を間近でみるのは、弓使いや奏法、あわせ方などとても勉強になった。
このあと丸ビルや、ブリックスクエアなど日少しずつ楽しんで、夕方から有料コンサートへ。ホールCで鈴木雅人指揮の横浜シンフォニエッタでモーツァルトのドンジョヴァンニ序曲と交響曲第40番。横浜シンフォニエッタも若いメンバーできびきびとした引き締まった音と快適テンポ、明確な強弱で爽やかな演奏だった。ヴィオラがよく聴こえたなあ。あとで調べたら広島交響楽団の首席がトップを弾いていたらしい。
その後は よみうりホールでベレゾフスキーのラベル、ラフマニノフを聴いた。ピアノがぶっ壊れそうな程の迫力と、繊細で美しい音色に会場全体がすっかり魅了されてしまった。
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そして、少し腹ごしらえをして、いよいよ今日のメインイベントであり、この音楽祭でも目玉である「祝祭の夜」へ。
21時30分開場、22時15分開演の案内だったが、開場しても観客はホワイエにしばし足止め。ホールの中に入れたのは開演15分前の22時。その時点でまだステージ場では2台のピアノの調律が続いていた。開演は10分程遅れて22時25分。5000人の聴衆がシーンと息を呑んで待つ瞬間は、これから起こる期待と、本当にアルゲリッチは来るのか?と不安で異様な雰囲気。舞台袖からアルゲリッチが現れたときはおーっとどよめきすら起きました。
もうあとは圧巻です。
アルゲリッチと酒井茜の2台ピアノ版「春の祭典」は緊張感と多彩な音色、地鳴りのような低音のアルゲリッチがど迫力でした。始る前に椅子を足でぐいっと押して位置を直して高さをグリグリ調整したものの、さらに演奏中もしきりに気にしたり、譜めくりさんちゃんとしないさいよ!みたいな態度は天晴。そしてどっかりとぶれない軸、姿勢とは裏腹に、柔らかで美しい指使いから紡ぎ出される音色の豊かさ。。。
1stを弾いた酒井茜さんは演奏後ヘトヘトだったのに、73歳の御大はクールビューティに「あんた、まだあと1曲あるからね」という感じ。

2曲目のクレーメルや堀米ゆず子、川本嘉子らとの「動物の謝肉祭」は演奏者自身が曲のパロディや 即興的なアンサンブルをニコニコみんな楽しんでいて、音響の悪さを超えて、音楽の魅力に溢れてました。クレーメルはまたお口をあんぐりと開けたり、Vnはもう例え用のない自由さ、グリッサンドなんかもう最高! 18歳にクラ奏者も名演技付きで!?
アンコールは、動物の謝肉祭の「終曲」を、さらにアップテンポで!
それをまた奏者達が楽しんでる!
最後が5000人のスタンディングオベーション。
終演時間は予定の23時10分は大幅にオーバーして23時40分近く。
終電に向かってダッシュする人、タクシーを拾う人、でもみんな笑顔でした。
なんて贅沢で貴重で興奮なお祭り。これで3500円は奇跡の体験でしたね。

マイクが 立っていなかったので放送はなく、ほんとに一夜の夢の競演だったかも。

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2012年5月 5日 (土)

ロシア音楽三昧

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今年も5月の連休恒例、有楽町、丸の内界隈はラ・フォルネ・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2012が開催された。

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今年のテーマは「ロシアの祭典」を意味する「サクル・リュス」。サクルは祭典、リュスはロシア。20世紀のあらゆる音楽に変革をもたらすことになったストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典(サクル・デュ・プランタン Sacre du printemps)」にちなんだそうだ。

一昨年の5月3日のエントリーは「ショパン三昧
昨年は震災の影響で演奏家の来日がキャンセルされたり会場の電気系統の故障などで、規模は大幅に縮小されて開催された。その日のことはこのブログのエントリー5月5日「ブラームスの室内楽三昧」となった記録した。

今年はあらかじめプログラムを眺め、一般チケット発売と同時にインターネットでアクセスしてみたり、ファミマの店頭チケット発券機でアクセスしてみたが、もうあっという間に人気コンサートは売り切れ。

とうことで、午前中に行ってみて当日券があれば聴いてみようくらいの気持ちで最終日の5月5日にでかけた。前日は冷たい雨で街中の移動やエリアコンサートはガラガラだったようだ。今日は快晴で温かく、とてもいい日和。

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チケットボックスで当日券を一つゲットしてから無料のエリアコンサートをはしご。
まずは 丸ビルMARUCUBEへ。ウィーン少年合唱団の歌声が無料で聴けるとあって、すでに大観衆が待ち受けていた。天使は全く見えないので、3階テラスから響きだけを楽しんだ。わずか3曲 15分程だったが、坂本九の「上を向いて歩こう」の天使の歌声に観衆は大満足。退場時にはエスカレーターから手を振っているのが少しだけ見えました。
続いて新丸ビルで「なでしこ室内楽団」のエリアコンサート、BMW StudioでボロディンのSQ2番を聴いた。こじんまりとしたスペースで若いカルテットに温かい拍手もいいね。

ランチを挟んで再び丸ビルMARUCUBEで東京バレエ団とアマの丸の内オケのくるみ割りチラ見して、ブリックスクエアで風に吹かれなが打楽器アンサンブル。どこも大盛況でノリがいい。 

展示ホールでアマチュアオケのラフマニノフの交響曲2番の2楽章だけ聴いた後、地上広場で青空の下、野外ステージの音楽聴きつつビール。至福でした。

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偶然、CDを買えばその場で庄司紗矢香さんがサインを描いてくれるという時間に遭遇、しっかりいただいてきました。ミーハーです。実は庄司紗矢香さんが出演する室内楽のコンサートのチケットを狙っていたのだが、あっという間の5分程で完売だったから。

18時過ぎに音響はよくないけど、ミニ日生劇場の様な建築家・村野藤吾による有機的建築デザインのよみうりホールでチャイコのPfトリオのコンサート聴いた。

その後 たくさんの人がワインをボトルで開けててのんびり音楽聴きながらおしゃべりしててまったりしている地上広場のテラスで屋台の食事とビール(^-^;

そして明るい綺麗な月を見ながら菖蒲湯に。

毎年恒例のまったりとした音楽三昧。

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2012年1月15日 (日)

音楽を聴く体験の購入

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最近、経年劣化が著しく、不調だったプリメインアンプ(25年もの)とCD&レーザーディスクプレーヤー(15年もの)を更新することにした。
1週間前に新横浜のビックカメラにあるオーディオ試聴室で、あらかじめ目処をつけた機種を妻と二人でアンプとCDプレーヤーをいろいろ組み合わせてじっくり試聴してみた。
我が家の初代レーザーディスクは独身時代に購入したCLD-99S(1987年製)。デザインも使い勝手もよくて、何よりそれまでより大幅に画質が向上したことで、音質や字幕などビデオテープより圧倒的に優位だった。長女の子育て時代にはジブリやディズニーをすり減るほど(非接触だけど) 見て大活躍した。が、故障してCLDー02に更新、次女は2代目でジブリを親しんだ。子育てしていると映画や夜のコンサートにも行けなかったので自宅でライブ映像や名作映画をよく見て十分償却した。

今やDVDからHDDへ移行しアナログフォーマットのタイトルは絶滅危惧種だ。 集めて残ったお皿に困っているけど、ジブリ、ウオレスとグルミットといった子供達と一緒に親も楽しんだアニメやカラヤン、バーンスタイン、サイトウキネンのライブ映像は我が家のお宝だ。子供達は自分たちで時々DVDをレンタルしてくるようになったが、映像コンテンツもそのうちオンデマンドで配信があたりまえになるんだろうな。

今回HiFiオーディオセットを買い替えると、多分もう老後の楽しみまで20年以上使うことになるだろうから、アンプは最後の買い物になるかも、と慎重になった。スピーカーは25年前に買っ たイギリス製の小型ブックシェルフ(CELESTION SL-6S)がくっきりとしながら柔らかで繊細、でも低音もしっかり鳴る音が十分気に入っているのでそのまま。ただし今時のスピーカーや日本製より能率がよくないのでアンプはちょっと奢る事に。悩んだのはCDプレーヤー。これからは音源もダウンロードにクラウドの時代、家庭でもそれぞれの端末に入った好きな音楽をどこからでもAirPlayなんてことになってきているんだけど、まだしばらくは音質のいい数百枚の蔵CDを楽しむコトの方が多いだろう。が、メディアのフォーマットが変わるのは歴史が証明していてCDもどう なっちゃうか先行き不透明だし、メカモノは必ず劣化するからそこそこの価格帯で妥協するかと、ちょっと悩んでいくつか試聴してみた。

そうしてみたらメーカーによる音のキャラクターの違いと価格帯による差が歴然。。。 結局結構な買い物に。昨年買ったMBPと今回のオーディオのポイントで壊れた掃除機の買い替えができてしまった。

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購入した機種は、オーディオブームだった70年代から80年代に登場した以降のデジタル機能優先にはない往年のシンプルで飽きのこないオーセンティックなデザインと丁寧な仕上がり感、トグルスイッチやダイヤルの質感、感触がしっくりとなじんだから。これからの長いお付き合いにモノとしての佇まいと精緻な感触は大事だ。

購入して1週間後の昨日のお昼に着荷。朝からこれまでのオーディオを片付け、配線も見直し。午後からセッティング。

フロントパネルのアルミの明るさとヘアーライン仕上げの緻密さ、直線的なクールな表情を柔らげるかのように側面に淡い白木という佇まいは、北欧デザインに通じるような繊細さと優しさをシンプルな中に兼ね備えていていい。

電源を入れ、CDにトレイを載せてみる。これまで使用してきた機種とは全く異なる精緻で静かな動き、スピーカーから紡ぎ出された聞き馴れた音楽は、厚みが薄れた様に感じながら実は押し出しは強くないながら、これまで聴こえなかった一つ一つの楽器の余韻や残響までを鳴らしていた。

これは まさに音楽を聴く時間と空間を買ったんだな、と思った瞬間。
夕方からは次から次へと様々なタイプの音楽を聴いてみた。
バイオリンはバッハのシャコンヌ、チェロもバッハの無伴奏、ピアノはグールドのゴールソベルグ、村治香織のギター、とどれも息遣いがきこえるようだ。モーツアルトのコンチェルタンテ、マーラーの2番、サザン、ビートルズ。。。

まさに至福の時間を過ごすことができた。

時間に余裕ができたら、CDをApple LosslessやAIFF形式で取り込んで、AirMac Expressで飛ばしてプリメインアンプにつないで楽しもうか、などと夢も膨らむ。

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2011年10月15日 (土)

アモルファス合奏団第30回演奏会

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9日にアモルファス合奏団の第30回演奏会を飯田橋のトッパンホールで聴いた。

プログラムは
ブリッジ:弦楽オーケストラの組曲
モーツァルト:ピアノ協奏曲第15番
ヘンデル:シバの女王の入城
ハイドン:交響曲第85番「王妃」

毎回、弦楽合奏のみでかつ、名曲にこだわらず、アマチュアらしい 自分たちのやりたい曲、人知れずの迷曲を探し出してきて挑む、というプログラムを特徴としてきていた。が今回は、1曲目のみイギリスの作曲家による近代音楽だが、古典的な調整に近代の香りのする内省的な響きにアモルファス合奏団なりのいつものチャレンジ精神を感じさせてくれながら、残り3曲はいわゆる古典音楽のオンパレード、そして全てに管楽器が入るという記念演奏会として自分達の実力をきっちり発揮できるプログラム。

今年は管楽器が入ったこと、注目の人気ピアニストをソリストに迎えた事でチケッットは事前にほぼ完売とのことだったが、当日多少の空席はあったもののほぼ満席の盛況だった。

トッパンホールで演奏を聴くのは2回目。初めて来たときもやはり同世代の私の所属していた大学オケOBで結成されたアマチュアの室内オーケストラの演奏会だった。その時はシンフォニーとピアノコンチェルトを聴いたのだが、今回、人数的にも少ないアモルファス合奏団の方が弦楽合奏で培った経験を存分に発揮していたのは耳にも明らかで、アマチュアながら豊かで艶やかな音色をホール一杯に響かせていた。、メランコリックなゆったり流れる音楽は今年も健在。和音をよく聴き合って厚みのある響きは充実している。

例年、東京オペラシティのリサイタルホールで演奏会を催してきており、そこでのホールの鳴らし方は随分心得ていて、弾き手の情熱や一体感の伝わる心地よい演奏会と思っていたが、やはり平土間式のホールなりの難点があったのだと、今回、室内楽コンサート専用ホールでの演奏を聴いてあらためて気づかされた。器は奏者にとっても聴衆にとってもとても重要だ。トッパンホールは内装を木に拘り、豊で温かい音響を実現できているし、建築条件の影響で天井高がとれない分、ステージと客席の高さ関係が良好で、奏者も見やすく、またアマチュアには音圧が豊かに客席に届くといういい条件にもなっているようだ。

惜しいのは、駅からの道のりがちょっと遠く、全然楽しくないので気分が盛り上がらない、お天気がよくないと多分躊躇してしまうことくらいだろうか。

アモルファス合奏団の演奏会をここ数年毎年聴いていて感じていたのは、音楽の流れの勢いに乗り切れなかったり、特に精神性の高い、弱音の緊張感を伴う音楽では、ともすれば音の停滞感や、音楽を楽しむ余裕より、アンサンブルの練習量に聴衆が気兼ねしてしまう様なシーンがあったことだ。それはアマチュア音楽家のテクニックや音楽性の宿命なのか、指揮者の音楽性や指導方法なのか、アモルファスを構成する楽員の克服できないセンスなのか、いろいろと考えさせられていた。

が、今年の1曲目はホールの響きも手伝ってか、多少緊張感に傷もあれど、これまでの集大成として意気込みを感じさせてくれる、いつもの弱点や課題が随分といい方向に向かった演奏だった。

そして2曲目のモーツァルトのピアノ協奏曲15番は、メインとしてとてもとても楽しめた。ソリストの菊池洋子さんは第8回モーツァル国際コンクール(2002年 ザルツブルグ)で日本人として初めて優勝した逸材だ。何故にこのような良縁が!?という幸運に恵まれ、素晴らしいピアニストを迎えての演奏は、ソリストが紡ぎ出す明るくくっきりした充実した音楽に載せられて、アマチュアとしての至福に溢れんばかりのキラキラ輝くモーツァルトの音楽をホール一杯に響かせていた。長年の夢が叶ったコンマスのS氏の弾きっぷりといったら。。。こちらも笑みがこぼれずにいられない。

妻はロビーで販売されていた菊池さんのCDを購入してしまった程、気に入ってしまったようだ。

アモとのリハーサルの感想が載っている菊池さんのブログはこちら。。

この様な体験は奏者にとっても聴衆にとっても強烈な印象として幸せな時間となる。

アマチュアの音楽会のいいところは、新しい曲や音楽性に出会い、一人では生み出せない人の繋がりを演奏者が楽しみながら活動することにより、空間と時間の共有体験を創造する場をつくりあげるプロセスを共感できるところだ。プロにはない感動を呼び覚ましてくれる爽やかさが楽しいのだ。

アモルファスの演奏会の翌日の夜、NHKテレビが指揮者小沢征爾氏が死と向き合い、体力の限界と闘い、命がけで音楽に向かうドキュメンタリー「執念 小澤征爾76歳の闘い」が放送された。凄まじい内容だった(再放送は未定)。翌日の夜には東日本大震災に伴う大津波で、家を流されたり、友達を亡くしたり、親が職を失ったり、練習場や楽器もすべて流された気仙沼の小中学生ジャズバンドが、再び感動と音楽を奏でられる喜びを得るまでの一人の少女の真摯な姿を描いた一夏のドキュメンタリー「響け!笑顔のスイング」が放送された。(16日(日)17:00〜再放送)。

いずれも感情を揺さぶられずには見る事の出来ないクオリティの高いドキュメンタリーだったが、そこにはプロもアマもジャンルにを超えた音楽の素晴らしさを感じざるを得なかった。

音楽は時間芸術、体験芸術とかいわれるが、向き合う時間、真剣さ、そこから奏でられる音に共感するヒトの感情の営みだと思う。

バッハは「音楽は、精神の中から日常生活の塵埃を掃除する。」といい、アウエルバッハは「音楽だけが世界語であって、翻訳される必要がない。そこでは魂が魂に話しかける。」と、そしてサミエル・ジョンソンは「音楽は背徳を伴わない唯一の官能的な愉しみである。」音楽にまつわる名言、然りだ。

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2010年12月19日 (日)

5000人のハレルヤコーラス

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18日の土曜日の午前中、5000人で賛美歌とメサイアのハレルヤを唄った。
次女の通う学校の創立記念によるクリスマス礼拝に参加。
毎年学校の講堂で学生達だけで催されているのだが、今年は創立の節目ということで、外部の大ホールを借りて、卒業生、保護者も希望者は参加することができた。
我が家は長女もここの卒業生なので同窓会を兼ねて参加。朝も帰りもそれぞれバラバラだったが同じ空間で家族4人が皆が揃って参列して音楽の歓びに浸れたことは感慨深い。

聖歌隊、ハンドベルの演奏があり、オルガンの伴奏で賛美歌をうたい、最後はハレルヤコーラス。

1階席の子供達のよく訓練された歌声が大ホールにとても美しく満ちあふれた。指揮をした音楽の先生の音楽性がすばらしい。子供達は幸せだ。それに気づくのは大抵卒業してからだろうけど。
私がハレルヤコーラスを合唱で唄うのは実に高校卒業以来32年振り。
ちなみに私が通っていた高校は仏教系の男子校。
音楽の先生が粋な人で、近所のミッション系の女子校のメサイア演奏会に3年間賛助出演していたのだ。だから今でもほとんど唄える。その時のハンドベルも日本で草創期だったと最近知った。(ケリー先生が指導していた)
さすがに今は最高音はでないもののテナーでなんとか唄える、とワクワクして参加。
しかし、女子校なので会場の5000人のうち8割以上が女声3部だ。少し会場に着くのが遅かったので、保護者用の2階席はちょうど満席、3階席はまだガラガラだったので最前列の真ん中に陣取った。
3階もそこそこに満員になり、夫婦で参加の保護者も多く、父親の姿にちょっと心強くなる。
賛美歌やハレルヤを歌うときは全員起立するのだが、3階席最前列で立つと多分ビルの10階から見下ろす感じでちょっと怖いくらい。
いざハレルヤが始ると後ろのお父さんがきちんとしたバリトンで唄っている。隣の妻はソプラノ。私小声のテナーで。おお、何とか様になっている。
フィナーレに近くなり盛り上がってきたところで譜面をめくったところで落ちた(譜面でどこを演奏しているかわからなくなること)。
あれあれ、とどんどん進む中 最後に追いついた。あ〜やっぱり忘れていたのかとがっかり。実は後ろのバリトンのおじさんも声が聞こえなくなり、隣の妻も落ちていた。
あとでTwitterのTLを眺め、帰宅した次女が譜面を見て、「最後の2ページ、楽譜が入れ替わってるじゃん。ダメじゃん!」と。なんと楽譜の乱丁だったのだ。
せっかくのお楽しみがそがれてしまったが、まあ落ちたのは自分のせいじゃなかったとわかってちょっとすっきりしたり。

ちなみにメサイアの演奏会でハレルヤコーラスの時、聴衆が全員起立する習慣は日本だけらしいとつい最近、芸大メサイアを紹介する新聞記事で知った。
欧州では受難節の春に演奏されることが多いらしいのだが、日本ではすっかり第九のようにクリスマス前後に演奏されることが定着している。それが東京芸大がはじめたことらしい。
今年9月の英国ロイヤルオペラのメサイア公演では、英国人関係者が日本人の起立に驚いたらしい。
そもそもはヘンデルがイギリスにいたときに作曲され、初演の時に王様がハレルヤコーラスの場面で感動して起立しちゃったもんだか ら、聴衆もみんな立たざるを得なくなったとというエピソードが通説にはなっている。

私も高校3年間 毎回ハレルヤコーラスでは聴衆がわらわらと立ち上がり、終わると座るのを当たり前のように見てきた。
今日娘がもらってきたプリントには、1837年 ビクトリア女王の戴冠式で王室の儀式において王は起立しないことになっているのに、 「王の王 主の主」のところになって神様に対する忠誠を告白しなければと女王は参列者とともに恒例と特権を無視して立ち上がり、 頭を垂れて礼をしたと。 偏見を捨て救い主の前に自らの全てを差し出した時に救いが始るというお話が書かれていた。

そうだったのか。
いずれにせよ、本場イギリスではハレルヤコーラスの時起立していると思い込んでいたのだが、その伝統を維持しているのはどうも日本だけのようだということも最近知ったのである。

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2010年9月22日 (水)

アモルファス合奏団第29回演奏会

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19日はアモルファス合奏団の第29回演奏会をオペラシティのリサイタルホールで聴いた。

プログラムは
ショスタコービッチ:弦楽四重奏曲第8番(弦楽合奏版)
ヴィヴァルディ:4つのバイオリンとチェロのための協奏曲(調和の霊感 OP.3-1)
カルォウォービッチ:弦楽セレナーデ

バロックを挟んで、ロシアもの1曲にポーランドの作曲家ものが1曲。ショパン生誕200年だからポーランドの作曲家から発掘とか相変わらずのチャレンジグ精神。まあ昨年も書いたが 自分たちのやりたい曲をやる、人知れずの名曲(迷曲!?)に挑む、というアマチュアリズムがアイデンティティだ。

昨年第28回の演奏会の様子はこちら

シルバウイーク中日だったが、今年もお客さんは一杯だった。

アモルファス合奏団の特徴とも言える充実した中低音と、メランコリックなゆったり流れる音楽は今年も健在。和音をよく聴き合って厚みのある響きは充実している。

が、昨年同様に聴衆として感じてしまったのは、音楽の流れの勢いに乗り切れなかったり、特に1曲目のような精神性がとても高く、緊張感を持続させなくては音楽のメッセージが伝わりにくい曲では、音をとる、アンサンブルを合わせる練習が大変だったんだろうなあ、と思わせしまうようなところがあった。

でも、ここ数年の難曲揃いのプログラムに比べれば、親しみやすいメロディラインや曲のわかりやすい構成から、音楽を楽しむ余裕があったようだ。

このホールでの演奏会が続いているので,ホールの鳴らし方は心得ていて、強弱はよく 響いていた。ヴィヴァルディは仲間とともに音楽をする歓びとか溢れていて楽しそうだったし、メインやアンコールは弾き手の情熱や一体感が伝わってきて心地よいのだが。

一人では生み出せない人の繋がりで創造する活動ってやっぱ楽しそうだ。そういう時間や空間を共有できることがアマチュアの音楽会のいいところであり、演奏者が楽しく、新しい曲との出会い、演奏会を重ねる毎に見つけられる新たな楽しみのあることが何よりなのだといつも思う。

そういうところに共感できることが、プロにはない感動を呼び覚ましてくれる爽やかさがある。

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実は今年は急遽演奏中の写真撮影を依頼されたので、買ったばかりの最新コンパクトデジカメで挑んだ。曲の構成を知らない2曲では難儀したが、最後列から15倍ズーム、位相差オートフォーカス、3枚連写合成などなど新機能を駆使してみました。

ということで、音楽だけを集中して楽しめなかったんだけど、こういうお手伝いで貢献できるのも仲間だからこそ。

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2010年9月21日 (火)

パイプオルガンのお披露目

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6月19日の「パイプオルガンの組み立て見学」のエントリーの最後に「9月になって、ぜひホールと一体になって奏でられる音色を身体で感じてみたい。」と書いた。
それがちょうど3ヶ月後の9月18日に実現した。
8月に完成した「パイプオルガンお披露目の集い」が催された。
このパイプオルガンは学校の講堂に設置されており、9月1日の新学期から毎朝礼拝で使用されているとのこと。
専属のオルガニストの方から、実際の様々な機能を演奏を交えた解説があった。

音を聴いてまず感じたことは、
パイプオルガンは設置空間そのものが共鳴体であるということ。

シンプルなプリンシパルからストップとペダルを駆使した豊かな響きまで、ひとつひとつ丁寧な解説と、それに相応しい楽曲を演奏していただけた。
まさに聴き比べ。単音から倍音、音色の違いなどがよくわかる。

しかし、礼拝用パイプオルガンの主役はあくまで人の声という解説。
賛美歌の伴奏として合唱の塊ととともに空間と一体と鳴って響くということをコンセプトに工房に発注、現場で今もそのようにチューニングをしているとのこと。

オルガンの鍵盤は、長い棒を通じて先にあるパイプに空気送り込む弁の開け締めをコントロールするためのスイッチの役割をしている。その空気の入り口の開け閉めの微妙なタイミングやニュアンスを、指先のタッチでコントロールする感覚を覚えることがオルガニストの大きな役割のようだ。ピアノの鍵盤は弦をハンマーでたたくための梃なので,いわば打楽器。ピアニストにオルガンの鍵盤を力まかせに弾いてもらいたくないそうだ。

そして、では皆さんと、あらかじめ手渡されていた楽譜で賛美歌を歌う。
初めて見る楽譜に下を向いて、音を拾うのに精一杯だった保護者達。音楽の先生のユニークな指導を受けていつのまにか声がでるように。
なんと声とオルガンの音色が空間にふんわり満たされた雰囲気に。

宗教の道具とはいえ、音楽に心が癒さる時間は心地よい体験だ。

ちなみに センターの星は、補助機能で鈴の音とともに回転する。
クリスマスなどの催しにはぴったりだ。作り手のチャーミングなウイットにも脱帽。

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2010年8月15日 (日)

ハ音記号の魅力再確認

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ト音記号、へ音記号は小学校の音楽で習うし、合唱やらピアノをやったことあれば大抵知っているが、さすがにハ音記号を知っている人は滅多にいない。
ハ音記号の楽譜はヴィオラとトロンボーンぐらい。(チェロやファゴットが高音になると登場するが) そもそもヴィオラという楽器を知る人もまた少ない。
ヴィオラというのは、オーケストラの内声部を受け持つ、バイオリンより一回り大きい弦楽器のことです。華々しい独奏曲やレパートリーも少ない楽器なので音も存在も地味。
音楽界にはアマにもプロにもヴィオラジョークというのがあって、ヴィオラの地味さを徹底的にバカにして楽しんでいるくらい。オケの労働組合の委員長は皆ビオラという都市伝説があるくらい縁の下から支えるのが好き。
6月のNHK「みんなの歌」で放送された
「ビオラは歌う」(作詞作曲:槇原敬之)が「優しい歌」だと評判になった(これもビオラの仲間だけだったのかなあ)。「ビオラが歌う」の最後は世の中に必要のない人はいない、っていうメッセージがビオラに託されていた。それくらい地味。

私は大学オケからそんな楽器を弾いています。

で、世界で活躍する日本人音楽家というと指揮者の小沢征爾さんとか、バイオリン、ピアノの世界的コンクール入賞者が話題になるのだが、ヴィオラだと日本人どころか世界的に活躍する人というのは数少ないというかまあ、ほとんど誰も知らない。
そのような中、2006年1月29日のTBS「情熱大陸」で放送されたのベルリン・フィルの首席ヴィオリストである清水直子さんが若手演奏会として一気に注目を集めてる。この番組の中で「ベルリン・フィルの宝物」と現在の首席指揮者であり芸術監督であるサイモン・ラトルに言わしめた。
ラトルは、ヴィオラのことをワインに例えて次のように話していた。
・ヴァイオリンはラベル ・チェロはボトル ・ヴィオラは中身
内声部であるヴィオラが入ることで音楽全体のリズムやハーモニーを成立させ、いわゆる味わいをこくするのである。

日本で清水直子さんの演奏を聴く機会は滅多にない。
2007年の1月に近所のフィリアホールで開催されたリサイタルツアーのチケットを購入ようとしたが、あっという間の完売だった。

昨夜そのリベンジ、待望のフィリアホール再登場のリサイタルを聴いてきた。 

会場のフィリアホールは青葉台東急百貨店の本館5階にある。
東急の多摩田園都市開発30周年記念事業として1993年にオープンしている。
オープンしたての頃、まだ幼い長女と一緒に ピーターと狼、サンサーンスの動物の謝肉祭を小さなオケで聴いた。親しみやすい規模ととんでもなくいい音響だと言う印象だった。音響設計はサントリーホールやカザルスホール、紀尾井ホールなどを手がけている永田音響設計だとあとで知った。

昨夜も500席がほぼ満席。フィリアホールでのシリーズを常連さんなのか中高年の男性やご夫婦が客席に多いという印象。ビオラのリサイタルなので通好みということか。作曲家の池辺さんもいらっしゃたり。
この時期、夏休み企画の子供に親しめる音楽会は多いが、演奏家も夏休みで本格的な演奏会はほとんど開催されていないので、音楽好きが集まっているのかもしれないし、アマ、プロ問わず、ビオラ弾きが多数集結している感じ。
私も待ち合わせもせずに学生時代からのビオラ仲間二人と偶然遭遇した。

今回の演奏会のプログラムはロマン派からコンテポラリーまで非常に多彩。
その聴きどころについて本人へのインタビューがこれまた興味深かった。

そして演奏そのものは、暖かく豊かな音色と真摯な姿勢は評判通り。弱音は特に美しく、はっきりとした発音と超絶で確かなテクニックとともに、プログラムそれぞれの曲のキャラクターの違いを鮮やかに弾きこなす多彩な表現力が圧倒的で、期待以上に素晴らしい内容だった。

帝王カラヤンが率いた世界最高峰のオケ「ベルリン・フィル」も、カラヤンのあとのアバド、そしてラトルが改革を進めてきたという。その大きな施策が若くて優秀なソリストを団員を迎えるという若返りであり、そのうちの一人が清水直子さんなのだそうだ。コンサートマスター試験中の樫本大進さんもそうなのだろう。21世紀の新生ベルリンフィルは、カラヤン時代の超高性能のスポーツカーを自由自在に操るド迫力の演奏から脱却し、しなやかで柔軟性に富んだ表現を手に入れたようだ。

今回の清水さんの演奏は、ご自身のスタイルと、ベルリンフィルの活動で手に入れたスタイルを融合し、新しい時代のベルリンフィルを象徴する演奏だったのかもしれない。

旦那さんでもあるのオズガー・アイディン氏のピアノとも息がぴったり。

キュートで女性としての魅力もたっぷりで、会場のファンを魅了した。

ミーハーな私は会場で販売されていた(店頭では在庫切れで手に入らなかった)CDを購入、持参した自分のブラームスのビオラソナタの楽譜にサインを書いていただいた。

演奏会終了後はビオラ仲間と妻と4人で夜遅くまでおしゃべり。もう至福の一時でした。

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2010年6月19日 (土)

パイプオルガンの組み立て見学

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今日の午前中は組み立て中のパイプオルガンを見学する機会があった。
フランスのマルク・ガルニエ社製で、ガルニエ氏自身が解説、ガルニエジャポンの方が通訳する形で進行、最後に中を覗き込むことができた。ガルニエさん、フランス人なのに、解説は全てドイツ語だった。助手は息子さんと日本人の若い男性。

ガルニエ社製のパイプオルガンといえば、東京芸術劇場の巨大なコンサートオルガンが有名だ。こけら落としで聴いたシノーポリ指揮フィルハーモニア管弦楽団のマーラーの復活の演奏は、身体に震えが来て、自然に涙が流れ落ちる程感動した。最終楽章に響き渡った豊かで繊細なオルガンの音も忘れ得ることができない。

ガルニエ氏の丁寧でわかりやすい解説と、質疑応答によると、オルガンは500年の歴史があり、その間に設置される場所や環境に合わせ、様々な様式が生まれたそうだ。
コンサートホールに設置されたパイプオルガンは、オルガン作品を演奏するための仕様であり、教会や学校などに設置されるパイプオルガンは人々が歌を唄うための伴奏としての楽器なので異なるとのこと。さらに、ドイツで発展したプロテスタントの教会のためのオルガンは、コラールに相応しく観衆をリードする役目を担い、カトリックのオルガンはあくまで伴奏を担う楽器として、その役割も異なるため仕様が違うというお話。なるほど。

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今回見学したパイプオルガンは、プロテスタント系の学校の講堂に設置されたものなので、礼拝、賛美のための楽器だ。17〜18世紀のドイツの様式だそうだ。コンサート用ではないので、その頃の時代のドイツの作品を中心に演奏が可能とのこと。

パイプは鉛と錫の合金である。その数1500本。コンサートホール用の大型は5000本とか9000本とかの規模になるが、目的が異なるので十分だということがわかる。

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ガルニエさん、助手の二人に大きいパイプと最小のパイプを持ってこさせた。そして、上の画像の右端、パイプの細い穴に口をつけて息を吹き込むと、ぼーっと言う低音が響いた。右の助手の人の右手、お箸のように見える金属の棒が最小のパイプ。ガルニエさんが吹くとピーとい言う超高音がなった。

基本、パイプオルガンはリコーダーの集合体みたいなモノなのだ。

試しにと、すでにオルガンに組み込まれている最低音のC音が鳴らされた。その音は音階というより、ホール全体を揺るがすまさに空気振動。Cの♯と♭も聴かせてくれたが、その差はわからないほどのゴ〜という空振だった。

オルガンは建築空間とともに空気の振動を五感で浴びて感じる楽器だと実感。宗教的な意味合いで利用されるようになったのもうなずける。

オルガンの構造体としての組み立ては終わっており、6月からの3ヶ月間は1500本のパイプをこのように口で吹いて音を確かめ、本体に設置し空気を送り込んで音を出し、またはずして正しい音に調整して、という作業をひたすら繰り返しているのだという。整音作業というのだそうだ。学校なので、昼間は授業があるため、職人さん4人が二人ずつのチームになって夕方から早朝まで二交代制で作業に当たっており、今朝までの二人は今就寝中ですと。それはなかなかの作業だ。

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外観はもみの木と楢の木。彫刻部分は菩提樹に金箔。鍵盤はツゲの木だそうだ。

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鍵盤のすぐ裏側はこんな感じ。差し込まれる台座の穴の大きさから、まだ高音のパイプが入っていないことがよくわかる。これからひたすら整音作業を重ね、この場所も細いパイプでぎっしり詰まっていくといくのだ。背後の細いパイプは上の方への送風管。

ヨーロッパの教会では建造後500年なんていう現役の楽器もある。ビルダーが1台ごと環境にあわせて設計し、職人によって手作りで作り込まれ、現場で組み立てられるローテクだからこそだ。日本の近代建築に設置されたパイプオルガンの寿命は納まる建築物より遥かに長い。

メンテナンスは1年に1回の掃除と10年に1回のオーバーホールだそうだ。コンクリート建築の耐用が50年としたら、この楽器はどうなるのかと質問をしたら、一旦ばらして、新しく立て直した建築物にまた組み込めば、多少の部品交換をしながら数百年は持つでしょうと。

う〜〜ん、それは凄い。

そういう誕生の場に立ち会えたことに感謝。

9月になって、ぜひホールと一体になって奏でられる音色を身体で感じてみたい。

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2010年5月 3日 (月)

ショパン三昧

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ラ・フォルネ・ジュルネ・オ・ジャポン 「熱狂の日」音楽祭2010
今年のテーマは生誕200年のショパン。
日本でゴールデンウイークにこの音楽祭が始って6年目。
すっかり定着してしまって、今やチケットの入手も難しいし、街角コンサートも大混雑だ。

前回家族とこの音楽祭を終日堪能したのは2007年5月4日なので、3年振り。

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あちこちに立っているスタッフさんから、無料のエリアコンサートのガイドをもらう。
とてもお天気がよく気持ちがいいので、丸の内仲通りを歩いて、新東京ビルの「丸の内カフェ」に向かった。ピアノの6連弾があるとTwitter情報があったので。が、ショパンの調べが聴こえてはくるものの演奏者は人に埋もれて見えず、新緑の欅の木陰も日射しを遮る程ではなく次へ移動。

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丸ビル1階のMARUCUBEで 丸の内交響楽団を聴くことにした。
1階は満員なので3階のバルコニーへ。
真上からオケを聴くという体験。反響板がなく、かなり残響が長い、さらに隙間から直射日光が漏れるなど、奏者はさぞかし弾きにくく、合わせにくい悪条件ながら健闘。
満員の聴衆によく応えていた。

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途中で、コンミスが妻の大学の先輩らしいと気づき、確かめに下に降りて行ったら、上で聴いていた方が音がマイルドに混ざり合って結果的によかったというオチ(笑)

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丸の内カフェeaseでランチをいただき、行幸地下イベントスペースの女性弦楽五重奏をちょっと聴いてから、次は東京ビル TOKIA 1階ガレリアへ移動。
何しろショパン三昧を目指しながら、オケも五重奏も全然ショパンじゃないので、ショパンを聴きたい。
ここで矢島彩さんのバイオリンと河野紘子さんのピアノ伴奏で、シューマンとショパンの作品を早目に行って正面で聴く。
とても若い二人のフレッシュな演奏もなかなかいい。ちなみに河野紘子さんは、のだめのテレビと映画で、のだめの演奏シーンの指と指導を担当した方だった。映画ではランランの演奏に合わせて弾いていたのかな。指もすらりとしてきれいだったが、容姿も美しい方でした。

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そしてショパンのピアノとチェロのソナタを聴きたくて、ブラブラと新丸ビル3階のアトリウムへ。ここでは一番前でリハーサルのみを聴いたが、エスカレーター脇かつ、奥がのだめの原画展会場でもあり、ざわざわしていてチェロ奏者はピアノ伴奏が聴き取りにくそうで、何度椅子とピアノの位置を調整していた。でも 街角のサロンコンサートらしい、なかなか雰囲気があっていい場所だった。このあと、今日のメインディッシュである有料コンサートを聴くためにメイン会場である東京国際フォーラムへ移動した。

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有料コンサートのチケットの半券を見せれば入場できるエリアも大盛況。
ブラブラとあちこち移動しながら、ずっと立って聴いているので、さすがにちょっと足が疲れて来る。
カフェでコーヒーで一服してから、5000人収容のホールに向かったが、ホールへの入場もトイレも大行列だ。それでも、皆慣れているのか、音楽の力か、カリカリすることもなく淡々としてお行儀がいい。

有料コンサートの多くは 3月の優先販売も4月の一般販売も、ほぼ10分程でソルドアウトだった。一つだけ入手できたのが 1990年チャイコフスキーコンクールで優勝したボリス・ベレゾフスキーのショパンのピアノ協奏曲1番のコンサート。
3年前はチケット入手に出遅れて2階席しかとれず、ステージが遠くて豆粒のようだったので、今回は1階席前方を確保した。
NHK BS-ハイビジョンが朝から夜まで特集番組を放映していて、このコンサートを生中継するため、カメラが入っていた。ステージの両脇には巨大スクリーンがあって、演奏中に生中継画像も映し出されていたので、2階席からも奏者の表情や手元を見ることができるようになっていた。

コンサートの前半は、オルガ・ペレチャッコというソプラノ歌手による、ロッシーニとドニゼッティのアリアだった。実は期待していなかったのだが、これがものすごい迫力で心を揺さぶられてしまった。この歌手、まだ若く、今後世界的に注目されるに違いない、圧倒的な実力の持ち主だと思う。

後半はボリス・ベレゾフスキーのショパンのピアノ協奏曲1番のコンサート。
こんなに軽々しく弾くなんて!!!
のだめの映画とは全く異なる曲のようだ。(較べるな)
圧倒的な技巧と音楽性に言葉にならない。。。
ウラル・フィルも健闘していたが、もっと対等に反応しあえるオケで!、もっと小さなホールで聴いてみたい!と思わざるを得なかった。

ペレチャッコとベレゾフスキー。
3000円、1時間だったが、世界のトップの音楽性に触れたものすごい価値あるコンサートだった。

アマチュアから超一流、街角からコンサートホールまで、終日多様な音楽に浸れるラ・フォルネ・ジュルネ・オ・ジャポンの魅力だ。

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屋台で買ったソーセージとシュニツェルをつまみながら、夜風に吹かれながらビールで今日聴いたいろんな音楽について、妻とあ〜だ、こ〜だと話す至福の時間。

この後、丸ビルホールを訪ねた。閉館間際だったので、観覧者はとても少なく、ショパンのマズルカの自筆譜をじっくり眺めてから帰路についた。

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