MUJIの鳩時計
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10月下旬から11月の上旬まで、東京都内は恒例のデザインイベントが目白押しになる。
Tokyo Midtown DESIGH TOUCH はミッドタウン開業からスタートなので5周年目。今年のテーマは「デザインとあそぶ」。10月26日にミッドタウン・ガーデン芝生広場に建築家の谷尻誠氏による巨大な木製ジャングルジムが歓声。子供達の歓声が広がって楽しい。私もお昼休みに革靴で頂上まで昇ってみました。ひょいひょいと上がってくる子供達にしばしの眺めを譲って降りるのに慎重で時間のかかるネクタイ姿のおじさんはさぞかし無様だったことでしょう。
東京デザイナーズウィークは、21年目だ。NPOデザインアソシエー ションがニューヨークのデザイン展示会「NYデザイナーズサタデー」を真似てインテリアデザインの展示主体ではじめたのだが、開催場所の変遷、拡大を経て、今は広い意味でのデザインの発表の場になっていて、デザイン系学生から企業、大使館まで幅広い層が出展し、8万人が集まる大デザインイベントになっちゃった。2007年から2010年までロンドンの100%designと提携していた頃に出展者として参加していたので思い入れはあるが、昨年の震災の影響、100%designとの契約切れで大きく変化した。海外,特に欧州大使館、企業の出展がなくなり、華やかさや目玉に欠ける一方で、日本の文化やアート、アジアの発信に特徴を見いだしている変化点にあるようだ。
主会場の明治神宮絵画館前にオープン2日目31日(水)の夜、ナイトチケットで訪れてみたが、満月の煌煌とした光に照らし出されたテントはガラガラの観客にちょっと寂しそう。
定点観測をしてきている私としては、プロのデザイナーや企業関係者が新しいトレンドの探索や発掘に訪れる姿や常連の出展者が減り、インタラクションの表現が増えるなどの変化や「Hello Design !」というスローガンに象徴される様な、デザイントやアートのプロ向けのトレードショーという目的から、一般の人にもクリエイティブに触れたり、楽しめるデザインとアートのエンターテイメントにフォーカスを変更したことが顕著になったと感じた。
7日間の会期,毎日夜21時までという長い開場時間に出展者の負荷は相当大きいと思うが、台風が襲って1日閉鎖した一昨年、震災の影響で会期を変更した昨年などを挽回して天候もずっとよかったこともあり、今年は過去最高の悲願の100万人超えを達成したそうだ。お祭りとしては集客してなんぼ、ということでは目標を達成したのだろうが、デザインのクオリティは間口が広がった分、以前とは異なるイベントになっていくんだろうな。
1999年〜2004年頃まで、インテリアショップのイデーの黒崎さんが中心となって開催していた「TOKYO DESIGNERS BLOCK」は、それこそ青山を中心としま街中がデザインイベントとか化して、とても面白かったという印象がある。欧州を中心とした大使館が一部を開放し、デザインのイベントを開催したり、ワインやオードブルを楽しめにそこを巡ったりした。そのTOKYO DESIGNERS BLOCKを引き継ぐ形でDESIGN TIDEが2005年にスタート。デザインの新たな潮流 (Tide)を、東京から作り出していこうという目的がネーミング表れていて、当初は美大の学園祭の様なノリの会場だったが、ミッドタウンに場所を移してからはハイセンスで見やすくなった。その分、ドロドロしたエネルギーは薄まってしまった様な気もするが、こちらの方が、デザイナーのメッセージ性やトレードショーとしての意気込みもクオリティも高い。
デザインオフィスnendoの佐藤オオキ氏が手がけたコカ•コーラのコンツアーボトルを100%再利用した、テーブルウェア “Coca-Cola Bottleware”の特別展示が美しかった。
メイン会場の会場構成、デザインは毎年異なる建築家やプロダクトデザイナーが手がけていて、今回はどうなっているのかも楽しみ。
今年はインターデザインアーティストの識咲誠と多摩美術大学プロダクトデザイン研究室が、梱包資材のプチプチ、それも製造元から製品をつくる途中ではじかれ再生にまわされるロス品を使用して「ゆるくまとめる」をコンセプトにした「大きな樹の下に集う」というイメージが具現化されていた。
5ヶ月にわたる制作過程も展示されていて,面白かった。
いずれも駆け足ではあったが、今年もデザインのイベントを一通り体験しました。
景況感もよくない昨今、デザインの重要性はこれまで以上に注目されている中で、発信する側、受け止める側それぞれにこれまでの延長ではもう収まりきれない、対応できないかつて無い悶々とした転換点にいることと、少しずつ見えてきた新しい兆しを感じたのではないだろうか。定点観測してこそ見えてくるトレンドと変化もある。
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幕張メッセでのCEATECからの帰りに東京ステーションギャラリーに寄ってみた。
| 東京駅復原工事完成記念展】 始発電車を待ちながら 東京駅と鉄道をめぐる現代アート 9つの物語 |
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事前に平日は10時から、土日祝は9時から配布される入場時間帯指定の整理券がないと入れないし、混雑しないようゆっくり鑑賞できるための配慮らしいけど、しばらくはフラリとついでには難しいかもな。11月くらいが狙い目かと考えていたのだが、たまたま東京駅経由だったので寄ってみた。
改札口前のドームは見上げて写真を撮る人でごった返していたが、すぐ横のギャラリー入り口は整理券配付もなくひっそり。おかげでゆったり見れた。
Twitter上では「あの人」で有名な東大の広瀬通孝教授のインタラクション作品も面白かったが、何よりクワクボリョウタ氏の「LOST #8(tokyo marunouchi)」を小さくて大きな空間に浸る時間は至福。この作品のために入場規制をしたかったのだろう。
私が鑑賞した時は90秒バージョンだったが、構成からするとロングバージョンもあるはず。
本城直季氏の「tokyo station」は 全てがミニチュアに見えてしまうという一斉を風靡した俯瞰写真。現在はbeforだけで10月下旬には丸ビル屋上から撮影したafterの《new tokyo station》が展示されるそうです。
展示室内は写真撮影できないが、最後の展示室を出た休憩室は創建当時の煉瓦がむき出しで残り、窓からは丸の内駅前広場と丸ビルの夜景が窓越しに広がる。
そしてその休憩室を出てミュージアムショップを経由した出口に向かうには北口ドームが上から眺められるテラスを通る演出。
下からは撮れないこんな写真が思うがままに撮れます。
ドームを見上げる人、帰路を急ぐ人、流れゆく人の影を見下ろしていて飽きることがない。
このギャラリーのVIは廣村正彰氏。トイレのサインも凝っていますので必見。
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力強く品位ある表現に向き合う静かな時間を過ごしてみた。
メッセージ、展示内容、構成とも素晴らしい。
タイトル:企画展「田中一光とデザインの前後左右」
会期:2012年9月21日(金)〜2013年1月20日(日)
休館日:火曜日(10月30日、12月25日は開館)、年末年始(12月27日〜1月3日)
開館時間:11:00〜20:00(入場は19:30まで)
入場料:一般1,000円、大学生800円、中高生500円、小学生以下無料
会場:21_21 DESIGN SIGHT
田中一光氏は無印良品の発案者の一人であり、1980年の無印良品誕生から亡くなるまで良品計画のアートディレクターを務めている縁でMUJI 東京ミッドタウン店ではト「田中一光展」も28日まで開催されている。
MUJI東京ミッドタウン店で買物するときに、企画展の入場レシートを提示すると、田中一光編集 の「無印の本」が貰える。
非売品ってなってたけど3900円1988年発刊の絶版!在庫僅少、お早めにらしい。
私は1991年にMUJI West Soho (英国1号店)開店記念のノベルティとして配布された風呂敷の復刻版(税込 1,550 円)が限定商品として売っていたので、それと共にゲットした。
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かながわ県民センターで「マンションみらい塾」の管理費削減/管理会社変更理事長様体験談というところでパネルディスカッションに参加してきた。
これまでの歴代理事さん達の努力あっての今なのだが、たまたま管理会社の変更、震災による自治会との連携、管理規約の全面改訂、修繕積立金の見直し改定に重なったので詳しくなってしまっただけなんだけど。
お世話になったマンション管理士さんへのお礼と悩める同士のに少しでも参考になればと参加した。
ちなみにマンション管理組合の来期の役員には改選8名に対し立候補がなんと5名も!これまでせいぜい1〜2名だったから前代未聞。311以降、なんか住民の意識も少し変わったかな。
9時30分から12時30分までの会が終わって、ランチは赤れんが倉庫で開催されているオクトーバーフェスタでビール!っと思ったら台風で中止だった。
で、予定変更で関内へ。
横浜市民ギャラリーで開催されている「ニューアート展NEXT 動く絵、描かれる時間」という恒例の注目新人アーティスト展を見る。
作品は金澤麻由子とSHIMURAbros。二人は剛柔のコントラストのある傾向でそれなりに楽しめた。
ギャラリーのある横浜市教育文化センターというところは初めてだった。
この建物は前川國男の設計。
一番上の画像はエントランス外部の2階層分の吹抜けの空間に設けられた天井
照明部分。コンクリート打ち放しの巨大な庇の大胆な造形の中に塗り分けの三角形がいきなり印象的だ。
内部のロビーもいかにも前川國男的。
階段室はなんと真っ赤。
ここって確か 横浜交響楽団の練習場なんだっけ。
しかし、なんと耐震不足と老朽化で来年閉鎖、取り壊しという。
同じ築40年で前川建築のDNAを持ち合わせた東京都美術館は再生したのに。
建築の永遠性を探究し、タイル貼りに拘り、そのタイルの剥離等が懸念される「後張り工法」の解決策として「現場打込みタイル工法」を生み出してここで実現している。
それなのに消える運命。惜しい。
実は見納めに来たのでした。
その後、急に暗雲立ち込め怪しい雲行きが台風の急接近を漂わせてきたので撤退。
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東京駅丸の内駅舎前広場にて開催された「TOKYO STATION VISION トウキョウステーションビジョン」を見てきた。
東京駅丸の内駅舎保存・復元工事完成を祝う記念イベントで、駅舎をスクリーンに最先端技術である「プロジェクションマッピング」を用いて、高精細フルCG映像を投影するという、前代未聞の映像スペクタクル。
運がよかったのか観賞エリアでゆったり多くの人の歓声に包まれながら初日の2回の上映を堪能した。
世界最高レベルのプロジェクションマッピングですよ。
都心の公共空間でこれ程のクリエィティブなイベントを実現したことが素晴らしい。
東京中から集めたらしい46台の高輝度プロジェクターからの光も美しかった。
19時から鑑賞エリア(普段は正面の待機タクシーの溜まり場)を開放する予定らしかったのが、前日のNHKニュース9でリハーサル風景を放映したためか、人がどんどん集まってきてしまって30分早く鑑賞エリアへの入場が始っていた。
ちょっと東京駅地下のグランスタで腹ごしらえをしていたら、TwitterのTLですでに凄い人というつぶやきを発見。19時過ぎに丸の内側に出てみたら鑑賞エリアの中央付近はもう立錐の余地もない。立ち見の人の間を縫ってちょっと奥へ回ったら隙間があったのでそこで座り込んで待つことに。。周囲も座り込んでお弁当で腹ごしらしたり、老若男女多彩な世代がいまかいまかと待っていた。
あと1時間もあるのか、、と思っていたら、予定を変更して19時30分から上映開始とのアナウンス。周りから拍手。さらに混雑のため観賞エリアは入れ替え制とさせていただきます、のアナウンスに「えー!」とブーイング。
上映は予定より30分早
く始まった。
冒頭に超重低音がしばらく響くのだが、これは鑑賞エリアのスピーカー近くにいないと多分周囲には聴こえない。
1回目約10分の映像が終わると観衆から拍手!
続いてテントのスタッフ達からも拍手。大成功!
感動しました。
そのまま1回目の鑑賞者をエリアから入れ替えようとするも、まったく誘導が上手くなく、全員出切ることなく、また次が入ってきて満員になることもなく2回目の上映が始った。
鑑賞エリアは結構余裕な状態のまま私たちも2回目の鑑賞。
通路を挟んだ工事エリアではヘルメット姿の作業員の方々も手を休めて観衆していた。
しかし今日は周辺大混雑で8時からの2回目で終了。
予定の8時20分 8時40分は中止。鑑賞エリアからはわからなかったけど、周辺の道路は人が溢れ、自動車の通行も麻痺状態だったらしい。
中止のアナウンスも伝わらず8時から3回の上映を見学するつもりの観衆にパトカーが拡声器で中止を伝えたりしていたが、帰りがけには知らずに8時以降の鑑賞に来た人が駅員に食ってかかって抗議しているのを何人も見た。
主催側の読みや対応がまずかったみたい。明日はスムーズにより多くの人が楽しめますように。
このプロジェクト費用は 建築の保存復元費用と同様に丸の内周辺の空中権売買で賄ったらしい。JR東日本の意気込みは凄いな。
妻と二人で観賞後、期末テストの勉強で1人で留守番してる次女にグランスタの丸の内坂エリアでお土産買って帰宅しました。
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第10回情報デザインフォーラムに参加してきた。
上の画像は、夕方 会場となった津田沼の千葉工業大学の校舎から見た夕陽。
東京湾越しにスカイツリーと富士山を一望できる絶景でした。。
朝からミーティングして、メンバーでディスカッションしていろいろな視点で気づきがあり、課題も見えたのだけれど、フォーラムの発表ではなかなか全体像や背景、課題を上手く整理して説明できず、聴講した方々には理解が不十分だったり、誤解を与えたりしたところあるようだ。
ただワークショップという場は一つの手法であって、制限された情報や時間の条件の中であっても多様な知見から紡ぎ出されるアウトプットの質は一定以上でなければならないし、そのために課題は振り返り短期間に回して本質に近づいていく仕組みなんだけど。
詳しくは浅野先生の情報デザイン研究室のブログで。
参加者にはHowとWhatを混同していたり、魔法の手段のように思っていたり、アウトプットのグラフィックに固執するあまりプロセスがどうしても表現できなかったり、またその逆だったり、組織の中での合意形成に悩んでいたり、いろいろな課題を抱えていることもあらためて透けて見えた。
ワークショップもレクリエーション代わりなったり、ワークショップ温泉などと浸っているだけで効能があって気持ちよくなったりの勘違いを揶揄する言葉があるくらいだから。
ワークショップデザイナーって「コミュニケーションの場づくりができる人材」として今や履修証明の育成プログラムやら資格認定もあるらしいので、単なる場のデザインやファシリテーションのテクニックに留まらない手段と目的をきちんとしておかないと何でもありになっちゃう。セミナーやプログラムに参加して ,気がつきましたあ、やり方覚えましたあ、では出発点に立っただけなんです。
一番大事なのは、ビジネスとしての失敗と成功の事例を実践的に体験した上での、効率と
本質を見抜く目利き力、多様性をリスペクトし合える受容性のバランス、そして何より、これ以上でなければ一流のビジネスとして通用しないというクオリティを超えるところまで引っ張り上げられるかのリーダーシップなんだろうな。
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我が家の家族アルバムは、私が結婚してから1年分を1〜3冊に纏めてきている。
1990年から1999年までは上の画像のカラーのアルバム。
21色あるというので21年間は大丈夫だろう、とこれに決めてせっせとアルバム数を増やしてきた。が、なんと10年目にしてメーカーが倒産。製造中止になってしまって手に入らなくなった。
1999年の途中から上の画像の下にある、ちょっと無機的で事務っぽいが、無印良品のアルバムバインダーにしてみた。これならロングライフ商品になるであろうという期待。
以降せっせと13年間。と思っていたら、2008年以降はポケットアルバムにプリントを入れたまま、家族アルバムにまとめるのをさぼっていた。いつかいつか、と先送りにしてもう4年。
この夏休みの宿題として2008年から2012年まで、5年分の家族アルバムを作った。
結婚以来、22年間35冊の家族アルバムが繫がった。ホッ。
そうだ、2004年の夏の家族旅行は北海道に行った。長女が中学生になった年。そこから旅行の写真はデジカメになった。デジカメで撮った画像はパソコンにいれてしまう。フィルムカメラで撮影すると現像に出してプリントしないと見れないから、そのままプリントから厳選してアルバムをつくっていた。デジカメにしたその年から旅行ごとにフォトブックというのを試しに作り始めた。iMacのiPhotoからフォトブックを開いて、画像を流し込めば、それなりにレイアウトしてくれるのに驚いた。注文したフォトブックは1週間程でドイツで印刷製本されて届いたのにまず驚いた。画質はオンデマンドプリントの品質がまだまだだったので満足とまではいかなかったが、夏の思い出を1冊に纏める記念としては十分だった。今から8年前の話だ。
2008年は次女が中学生になった年。子供達が小学生を卒業してしまうと学校行事や家族のイベントで写真を撮ること事態が極端に減少してしまう。子供達は友達同士の行動になり、時間や都合も合わなくなり、そもそも写真を撮られるのをいやがる。
家族アルバムを作るモチベーションが下がったのも何となくうなづける。
もう少しお手軽に品質もよく、とうことで当時はまだデジタル画像を纏めて1冊にするというビジネスでは先駆的だったPhotobackというゼロックスプリントでCDサイズのフォトブックを注文してみた。これが記念としてよかった。
以来、イベントごとにデジカメで撮影した画像はPhotobackに。
今年の夏の旅行も「国宝三昧 2012」として注文、先日届いた。
写真、というのは自分でその時空を切り取る作業、それをリアルに手元に残して皆で眺められること
ただ、デジカメはついプリント
ちょっと意識して習慣は継続していきたい。
ちなみに作業中、リビングに散らばった過去のアルバムやプリントを妻や子供たちがちょっと拾って眺めているだけで、この時はああだった、これがきっかけで、、、とたくさんの話題が。。
やっぱり写真を眺めると、いい時間が流れます。
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開館以来20年振りの再訪。開館10周年で増設された車と生活の関係を展示した新館は初めて。
昨年から異動でここの学芸員になった同級生のHくんに稼ぎどきの忙しい中、特別な解説して貰えて見ただけでは わからないないエピソードに感動した。
上の画像は世界最初の量産車 Curved dash 1902年製。ダッシュボードの由来知ってる?え!? 馬車で馬をむち打ってダッシュさせるときに足を踏ん張れるようにカーブさせた板のこと。そのカーブを利用して空気を下に巻き込んで空冷の効率を高めているんだよ。なるほど〜〜。 その向こうが世界初のFR車。エンジンは先端に置かれ、点火は儀式のように油を滴下させてトーチで火入れしていくww. ちゃんと車の横に置いてあるモニターの映像を見ているとその手順が理解できるし、何より動態保存している事実が凄い。エンジンの後方に、クラッチ、トランスミッションを縦一列に配し、ドライブシャフトとデフ機構を介して後輪を駆動させているのだ。
Alfa Romeoのレッド、Bugattiのブルー、Bentleyのグリーン、美しい。
日本の1960年代の大衆車はのカラーリングもキュートだ。
新館は日本のくらし、産業文化と車の関係。三菱重工のピジョン号も! 前輪は飛行機の尾輪、カバーはいかにも航空機からの転用ですね。戦後の自動車産業は航空機産業の生き残りでもあった訳だ。
私には1965年〜1975年あたりがもうワクワク、たまりませんね。
向こうは私が大学を卒業と同時に奥多摩での新社会人生活をスタートさせるのには車が必需品で、自動車修理業を営んでいた高校の友人の実家から30万円で買った最初の自自家用車と同型。関東でしばらく尾張小牧ナンバーで乗っていたので、友人達から遠くからでも漢字4文字なんですぐわかる、とか首都高上でオーバーヒートしたり思い出たっぷり。幼い頃、大学生だったおじさんが乗っていたキャロル、そのおじさんが買い替えたばかり初代カローラで名神高速と小牧で接続して開通したばかりでガラガラの東名高速を走るのに助手席にのせてもらったことは今でも鮮明に覚えている。
お土産は博物館名物「トヨタ博物館カレー」3点セット。車種とカレーの種類をこじつけデで結びつけてるみたいw。ランチにレストランで味見しました。。
ミュージアムショップでそこそこ充実してるミニカーを眺めていたら、見つけてしまいました、10年乗っている我が愛車のNORE
さて、帰路につこうと駐車場に戻ってみると、両サイドはTOYOTAとNISSANの看板車両。なんでこんな広大な駐車場で、よりによってフランスの中途半端に古い車の隣に停めるかなあ。デビュー当時はこのシャープな顔つき、猫目はかなり先進的だったけど,今や当たり前か、おとなしいくらい。私自身、最後に時代を感じる一コマになりましたとさ。
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ちょっと両親の様子を見に実家へ帰省。そのついでに刈谷市美術館によってみた。
東名から伊勢湾自動車道、衣浦豊田道路経由で。
ピクトグラムの第1人者である太田幸夫氏の出身地で、「絵文字デザイン展」が開催されていたから。無料、小ぶりながら個展のように充実。展示室は撮影禁止だったので入り口のみですが。
刈谷市の避難所マップカレンダーが配布されていて、
導入はいのちを守るデザインから。
畜光シートの国際規格幅にインテリアを損なうといちゃもんを付けて、細くても機能を損なわず、明るい平常時でもインテリアに邪魔にならない細さを検証で提案するプロセスと、それを体感させる暗い部屋。
東日本大震災でできなかったことを潔く反省し、提案、活動する様子などなど。
実践的。
言葉や行動、思いがストレートだけに、異論もつい挟みたくなるが、ほんとうにそれでよいのか、考えるきっかけ、考え続けること、問題を解決する新しい提案に繋げられればいい。
子供たちや市民にもわかりやすく参加できる工夫もたくさん。
学芸員の方に、とても充実してるので巡回展をしないんです
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