2012年12月 3日 (月)

ほんとうに豊な生活とは

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伊豆高原広のとある別荘地の北側斜面に建つ友人宅からの富士山。

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富士山は、このベランダからの眺めだ。写真のちょうど中央の奥に頭だけが覗く。

ここは大学時代の同級生が最近暮らし始めた自宅だ。

大学を卒業後、彼はグラフィックデザイナーとして某メーカーのデザイン部門に就職、その後北米駐在や欧州での仕事をし、ここ数年は日本の本社に勤めていたが、6月末に早期退職し都内からここに引っ越してきた。
たまたま春に仕事で久々に彼と会う機会があり、そこで初めて退職することを知った。
夏を過ぎ、そろそろ落ち着いたかなと連絡を取ってみたら、なんと伊豆に住みはじめた、というのでビックリ。ゆっくり話をしたいから遊びに行くよ、と連絡をしてみたら、せっかくだから泊まっていけば、というお誘いに、それではと、お互いに昔のノリが嬉しい。
紅葉シーズンの混雑が収束し、雪が舞い始める前にと、もう一人に親友と訪ねてみた次第。
そうそう、大学の時は研究室もサークルも違っていながら、3年から卒業研究の頃までほぼ毎日一緒に学食にランチを食べにいっていっていたし、そして社会人になってからも同級生の事務所に月1回仕事の後、酒とつまみを持ち寄って集まり、デザインで世の中に役に立つことは出来ないか、などというディスカッションのような雑談をしていた仲間同士なのだ。20代の頃の話だけどね。

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軒にぶら下がる干し柿。彼の東北にある実家の柿の木になる実を全部とってきたんだそうだ。一部は干し柿にしたけど、皮むきの手間が大変と、残りはヘタの先を切って焼酎につけて強制的に甘い柿に変身させていた。

枝は暖炉用の燃料用。この確保の話と加工の道具や話がまた面白かった。

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自宅の全景。赤いポストが素敵だ。朝、新聞取りにくるのが大変だなあ,って思ってたら新聞をとっていなかったw.

手前が南側で緩やかな斜面、家の向こうの北側は勾配がある斜面。
中はスキップフロアになっていて、南側に車庫と入り口、右の部屋が奥さんが陶芸をする工房があり、北側へ数段あがった2階が大開口のリビング、リビングの下がお風呂や寝室など。ちょっと説明しにくいけど、土地の勾配、眺望、導線がとてもよく考えられていた。
眺望の良い北側大開口の木造住宅、そして天井が高く暖炉付き、というのはもう私が理想とする住宅の見本のようなものが実際に存在し、そこで生活をしている事実はあまりにも衝撃的だった。そう、憧れのような空間と生活をする友人の勇気というか決断に嫉妬すら感じた。

彼は結果的に海外が長く、日本にいる間は賃貸物件住まい。最近まで都内に住んでいたが、週末にゆっくり過ごせる別荘をと土地探しに3年をかけていたのだそうだ。探しに探してこの土地を気に入り、そして自分で家の設計までやった。さすがデザイナーですな。建築は不動産屋さんに紹介してもらった地元の工務店に頼むことで、設計料や建築費をリーズナブルにするとともに、自分自身の理想の生活を手に入れたという次第。

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まだ社会人になって4年目の頃。自分自身が転職したばかりのその年に、親友の大学の同級生とともにニューヨークに旅行する計画をたてた。HISもインターネットもまだ無かった時代、お金はないけど下っ端で責任なんてないから休みは取りやすかったので、クリスマス前に日本を発ち元旦に帰国する、という航空券とホテルだけついた2名から催行という格安のツアーを旅行会社の店頭で見つけた、さらにホテル代を節約することを目的にニューヨーク駐在になったばかりの友人宅に宿泊して、どこかに連れて行ってもらおうと考えた。その友人というのが今回訪ねた彼。

当時、彼は6月に結婚したばかりの新婚さんだった。その初めてのクリスマス、正月にのこのこ日本から独身の男二人が図々しく泊まらせてもらいにいったのだった。

大晦日、男2人でキャッツを見終わった後にブロードウエイまで自家用車で迎えにきてもらうことにしたのだが、有名なカウントダウンのためマンハッタンは道路封鎖の規制がはじまってしまい落合場所のホテルまで車が近づけない事態に陥りながら、携帯電話もない中なんとか奇跡的に遭遇できたり、さらに元旦の朝には新婚の奥さんがフリーズドライから料理してくれたおせちをいただき(後から聞いたら、駐在先の上司から届けていただいたかなり貴重なものだったらしい)、空港まで高速道路をぶっとばしてケネディ空港まで送ってもらったという超迷惑なことをしたので、お互いに一生忘れない思い出になっている。

一宿一飯のお礼は、彼がニューヨークに駐在した記念になるものをという要望から,当時立体版画という独自の創作活動で脚光を浴びていたジェームス・リジィの作品を二人でSOHOのギャラリーで買ってプレゼントした。まさに訪問した年の新作で、作品名は A BIG APPLE。

今回、ちゃんと工房の壁に飾ってあって 四半世紀ぶりの再会をはたした。それが上の画像。

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夜は、近くの街の小さな魚屋さんにお願いしてあったという伊豆の幸を肴に、手土産に持参した日本酒(久保田の萬寿!)をちびちびやりながら暖炉の火を眺め ながら話が弾む。ちゃんとニュヨーク旅行時の写真(リバーサルとそのダイレクトプリント)が入ったアルバムを今回は持参したので、懐かしい昔話も。なんと 豊かな時間なんだろう。

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翌朝は別荘地内にある沼を一周する道を3人で散歩。風と鳥の声しか聴こえない。

同い年で、世界で活躍した企業勤めをリタイアし、豊かな自然に囲まれた自分で設計した自宅で静かに過ごす生活を始めた友人。

一番近いコンビニまで車で10分以上、最も近いバス停までも街路灯の無い真の闇の様な山間を歩いて10分程。何でも揃うショッピングセンターには車で15分ほど。全く不便ではないにしろ、都会での生活に見切りを付け、人生90年時代の残り30年40年をどう心豊かに過ごすかを考え、行動に移した彼。体力や気力が衰えた時にことも視野に入れていた。

人それぞれだが、自分の仕事や生活 家族を見つめ、これから30年の生き方、豊かな時間 豊か生活ってなんだろうとをじっくり具体的に考える機会を与えてくれたといっても過言ではないだろう。

ありがとう友よ。

今度は妻と二人で遊びにいきます。

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2012年10月 5日 (金)

東京駅ステーションギャラリー

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幕張メッセでのCEATECからの帰りに東京ステーションギャラリーに寄ってみた。

                              
東京駅復原工事完成記念展】
始発電車を待ちながら 東京駅と鉄道をめぐる現代アート 9つの物語
 
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
会 期 

2012年10月1日(月)~2013年2月24日(日)

                                 
開館時間 
平日    11:00~20:00
土・日・祝 10:00~18:00
                ※入館は閉館の30分前まで
※開館初日(10月1日)は10:00~14:00の特別開館日となります


事前に平日は10時から、土日祝は9時から配布される入場時間帯指定の整理券がないと入れないし、混雑しないようゆっくり鑑賞できるための配慮らしいけど、しばらくはフラリとついでには難しいかもな。11月くらいが狙い目かと考えていたのだが、たまたま東京駅経由だったので寄ってみた。

改札口前のドームは見上げて写真を撮る人でごった返していたが、すぐ横のギャラリー入り口は整理券配付もなくひっそり。おかげでゆったり見れた。

Twitter上では「あの人」で有名な東大の広瀬通孝教授のインタラクション作品も面白かったが、何よりクワクボリョウタ氏の「LOST #8(tokyo marunouchi)」を小さくて大きな空間に浸る時間は至福。この作品のために入場規制をしたかったのだろう。
私が鑑賞した時は90秒バージョンだったが、構成からするとロングバージョンもあるはず。
本城直季氏の「tokyo station」は 全てがミニチュアに見えてしまうという一斉を風靡した俯瞰写真。現在はbeforだけで10月下旬には丸ビル屋上から撮影したafterの《new tokyo station》が展示されるそうです。

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展示室内は写真撮影できないが、最後の展示室を出た休憩室は創建当時の煉瓦がむき出しで残り、窓からは丸の内駅前広場と丸ビルの夜景が窓越しに広がる。

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そしてその休憩室を出てミュージアムショップを経由した出口に向かうには北口ドームが上から眺められるテラスを通る演出。

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下からは撮れないこんな写真が思うがままに撮れます。
ドームを見上げる人、帰路を急ぐ人、流れゆく人の影を見下ろしていて飽きることがない。


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このギャラリーのVIは廣村正彰氏。トイレのサインも凝っていますので必見。

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2012年9月23日 (日)

TOKYO STATION VISION

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東京駅丸の内駅舎前広場にて開催された「TOKYO STATION VISION トウキョウステーションビジョン」を見てきた。

東京駅丸の内駅舎保存・復元工事完成を祝う記念イベントで、駅舎をスクリーンに最先端技術である「プロジェクションマッピング」を用いて、高精細フルCG映像を投影するという、前代未聞の映像スペクタクル。

運がよかったのか観賞エリアでゆったり多くの人の歓声に包まれながら初日の2回の上映を堪能した。
世界最高レベルのプロジェクションマッピングですよ。
都心の公共空間でこれ程のクリエィティブなイベントを実現したことが素晴らしい。

東京中から集めたらしい46台の高輝度プロジェクターからの光も美しかった。

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19時から鑑賞エリア(普段は正面の待機タクシーの溜まり場)を開放する予定らしかったのが、前日のNHKニュース9でリハーサル風景を放映したためか、人がどんどん集まってきてしまって30分早く鑑賞エリアへの入場が始っていた。

ちょっと東京駅地下のグランスタで腹ごしらえをしていたら、TwitterのTLですでに凄い人というつぶやきを発見。19時過ぎに丸の内側に出てみたら鑑賞エリアの中央付近はもう立錐の余地もない。立ち見の人の間を縫ってちょっと奥へ回ったら隙間があったのでそこで座り込んで待つことに。。周囲も座り込んでお弁当で腹ごしらしたり、老若男女多彩な世代がいまかいまかと待っていた。
あと1時間もあるのか、、と思っていたら、予定を変更して19時30分から上映開始とのアナウンス。周りから拍手。さらに混雑のため観賞エリアは入れ替え制とさせていただきます、のアナウンスに「えー!
」とブーイング。
上映は予定より30分早 く始まった。
冒頭に超重低音がしばらく響くのだが、これは鑑賞エリアのスピーカー近くにいないと多分周囲には聴こえない。
1回目約10分の映像が終わると観衆から拍手!
続いてテントのスタッフ達からも拍手。大成功!
感動しました。

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そのまま1回目の鑑賞者をエリアから入れ替えようとするも、まったく誘導が上手くなく、全員出切ることなく、また次が入ってきて満員になることもなく2回目の上映が始った。
鑑賞エリアは結構余裕な状態のまま私たちも2回目の鑑賞。
通路を挟んだ工事エリアではヘルメット姿の作業員の方々も手を休めて観衆していた。

しかし今日は周辺大混雑で8時からの2回目で終了。
予定の8時20分 8時40分は中止。鑑賞エリアからはわからなかったけど、周辺の道路は人が溢れ、自動車の通行も麻痺状態だったらしい。
中止のアナウンスも伝わらず8時から3回の上映を見学するつもりの観衆にパトカーが拡声器で中止を伝えたりしていたが、帰りがけには知らずに8時以降の鑑賞に来た人が駅員に食ってかかって抗議しているのを何人も見た。
主催側の読みや対応がまずかったみたい。明日はスムーズにより多くの人が楽しめますように。

このプロジェクト費用は 建築の保存復元費用と同様に丸の内周辺の空中権売買で賄ったらしい。JR­東日本の意気込みは凄いな。

妻と二人で観賞後、期末テストの勉強で1人で留守番してる次女にグランスタの丸の内坂エリアでお土産買って帰宅しました。

動画はこちらのYou Tube で見れます。

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2012年8月 4日 (土)

トヨタ博物館再訪

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開館以来20年振りの再訪。開館10周年で増設された車と生活の関係を展示した新館は初めて。

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昨年から異動でここの学芸員になった同級生のHくんに稼ぎどきの忙しい中、特別な解説して貰えて見ただけでは わからないないエピソードに感動した。

上の画像は世界最初の量産車 Curved dash 1902年製。ダッシュボードの由来知ってる?え!? 馬車で馬をむち打ってダッシュさせるときに足を踏ん張れるようにカーブさせた板のこと。そのカーブを利用して空気を下に巻き込んで空冷の効率を高めているんだよ。なるほど〜〜。 その向こうが世界初のFR車。エンジンは先端に置かれ、点火は儀式のように油を滴下させてトーチで火入れしていくww. ちゃんと車の横に置いてあるモニターの映像を見ているとその手順が理解できるし、何より動態保存している事実が凄い。エンジンの後方に、クラッチ、トランスミッションを縦一列に配し、ドライブシャフトとデフ機構を介して後輪を駆動させているのだ。

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Alfa Romeoのレッド、Bugattiのブルー、Bentleyのグリーン、美しい。

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日本の1960年代の大衆車はのカラーリングもキュートだ。

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新館は日本のくらし、産業文化と車の関係。三菱重工のピジョン号も! 前輪は飛行機の尾輪、カバーはいかにも航空機からの転用ですね。戦後の自動車産業は航空機産業の生き残りでもあった訳だ。

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私には1965年〜1975年あたりがもうワクワク、たまりませんね。

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向こうは私が大学を卒業と同時に奥多摩での新社会人生活をスタートさせるのには車が必需品で、自動車修理業を営んでいた高校の友人の実家から30万円で買った最初の自自家用車と同型。関東でしばらく尾張小牧ナンバーで乗っていたので、友人達から遠くからでも漢字4文字なんですぐわかる、とか首都高上でオーバーヒートしたり思い出たっぷり。幼い頃、大学生だったおじさんが乗っていたキャロル、そのおじさんが買い替えたばかり初代カローラで名神高速と小牧で接続して開通したばかりでガラガラの東名高速を走るのに助手席にのせてもらったことは今でも鮮明に覚えている。

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お土産は博物館名物「トヨタ博物館カレー」3点セット。車種とカレーの種類をこじつけデで結びつけてるみたいw。ランチにレストランで味見しました。。

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ミュージアムショップでそこそこ充実してるミニカーを眺めていたら、見つけてしまいました、10年乗っている我が愛車のNOREV 1/43モデル。「展示品限り」という表示に、ここで買わなきゃもう二度と手に入らないかもなあ、と自分に言い訳しつつ、お家に連れ帰ってきました。

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さて、帰路につこうと駐車場に戻ってみると、両サイドはTOYOTAとNISSANの看板車両。なんでこんな広大な駐車場で、よりによってフランスの中途半端に古い車の隣に停めるかなあ。デビュー当時はこのシャープな顔つき、猫目はかなり先進的だったけど,今や当たり前か、おとなしいくらい。私自身、最後に時代を感じる一コマになりましたとさ。


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2012年7月31日 (火)

国宝三昧 その2

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30日は午前中に東大寺大仏殿、東大寺ミュージアム、東大寺戒壇院、興福寺国宝館、春日大社などを巡った。あいにく宮内庁正倉院は100年振りの改装中で近寄れず。
酷暑の奈良に観光に来る日本人は希少。築数百年の堂内はどこも蒸し暑く、外を歩けば倒れそうな猛暑に修行の様だった。
が、アジアからの団体さんさえ過ぎ去 ればわが家族で空間は独り占め、平成の正倉院をコンセプトに昨秋オープンしたばかりの東大寺総合文化センターはじめ 遷都1300年のおかげで最近リ ニューアルされた施設も多く、雨宿りならぬ暑さ宿りに入館して薄暗いヒンヤリした環境で仏像をなめ回すように間近に鑑賞。

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どれもディティールが繊細で美しい。
吽(うん)形の那羅延金剛(ならえんこんごう)の足の指先。。。

昨日見た百済観音だって、この盧遮那大仏、四天王立像、そして大人気の少年の様な阿修羅像、国宝ってのは、実は当時はとんでもないほど常識外れなコンテポラリーアアートだったんじゃないか。だから時空を超えて今でも魅惑するのか。

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東大寺南大門も鹿すら、半眼でその御々足の表情が。。

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東大寺大仏殿の西に四天王像の最高傑作といわれる立像が安置されている戒壇院がある。大仏殿はさすがにこの時期でも人が多いが、ここを訪れる人はほとんどいない。案の定ここも貸し切り。そしてその裏手、北門を出た前にフルトミンという乳酸菌を製造していた工場跡が今もそのまま残っている。1925年から1980年頃まで稼働していたそうだが、25年以上を経てリノベーションし、2年半前にカフェやイベント会場としてオープンしている。その名も喫茶室 工場跡事務室

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おうすに氷を浮かべた甘みのセットや、3種のプチケーキセット500円など。建付けがよくないのか断念材もはいっていないのでクーラーも冷えすぎずちょうどいい(笑い)

ちなみに上の画像のテーブルは元乳酸菌飲料の出荷検査台だっそうで、木のテーブルに鉄板が貼ってある。ヒンヤリと冷たくて気持ちよかった。

観光地価格のステレオタイプのいかにもという参道のお店も便利でいいけれど、せっかくなら30代,40代の方々がこれまでの資産を活かしながら、汗をかき、工夫をして新しい価値を提供しようとしている現場を体験してみるのもいいんじゃないかと。

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午後は春日大社に日本の国の秩序をお願い詣でて帰路についた。

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ちなみにお宿は奈良ホテル。ここも普段なら満室,高額で泊まるチャンスは難しいのだろうが、夏季は空いていてリーズナブル、とインターネット予約。が一歩遅くて本館は満室になってしまい、新館に宿泊したが5年前に設備がリニューアルされていて快適。

そして本館館内はくまなく探索。築100年の木造建築の「関西の迎賓館」を堪能した。アインシュタインが弾いたというピアノは触れませんでしたがww.

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東京駅などの設計した辰野金吾氏の氏には珍しい和風建築である。

建築も素晴らしかったが、働いている方々が誇りを持ってましたね。

 

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2012年7月30日 (月)

国宝三昧 その1

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今年の夏休みの家族旅行のテーマは国宝三昧。世界遺産巡り。
次女のクラブ活動と合宿、夏期講習に日程が決まってから、私の夏休みと重なって空いていたピンポイント都合のつく2日間の家族旅行を6月にプランニングした。
北は十和田市美術館から南は安芸の宮島・松山案まで自分の行きたいとこ5案を家族にプレゼンしたところ、移動に時間がかかるより 、行けそうで行けないところと日本のどまんなかのうましうるわし奈良案に決定。よりによってめっちゃ暑いところだが、まあ空いているからいいかあ、と。
私は小学校の修学旅行以来40年振りの再訪、妻は高校の修学旅行以来、次女の学校は修学旅行がなくなってので、初めての奈良。

7月28日の朝、家族全員4時55分に起床して、ロンドンオリンピックの開会式生中継をカウントダウンから見て、選手入場の間に朝食を食べ自宅を出た。移動するのぞみの車内で次女のガラケーのワンセグを覗き込みながら、スマホのらじるらじるでNHKの実況中継で聖火の点火を見て、ヘイジュードを聴く。世界の祭典が始る中、日本という国の発祥地へ。

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まずは日本最初の世界文化遺産、世界最古の木造建築へ。
いずれも築約1300年なのである。
覚悟はしていたものの奈良の暑さは流石である。
バスから降りて影のない広い境内を歩くだけで汗が滝のように…。
団体さんが去れば蝉時雨のみの静寂と貸し切りの様な状況に飛鳥時代の人の修行に思いを馳せる。
おかげで人の映らない絵はがきの様な写真が撮れ、中門から西廻廊、大講堂、鐘楼、金堂、五重塔と西院伽藍を巡り、仏像のひとつひとつをディティールまでなめるように見て回った。
1998年に完成した大宝蔵院は雨宿りならぬ暑さ宿りできる空調が効いて涼しい。玉虫厨子と百済観音をはじめとする数々の宝物のような美術品を拝する。
そして東院伽藍の夢殿、舎利殿、絵殿、伝法堂、鐘楼。
教科書の写真での印象とは全く異なるスケール感と、高度な技と創造力による繊細な細部の意匠とバランス。圧倒される様な存在感は現物ならではである。

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再び、人影も日陰もない境内をとぼとぼと歩きバス停にまで戻る。奥は国宝東大門。途中,食堂横にある唯一冷房が効いているお休み処に水分補給に寄ってみたら、ここにたくさん人が集まっていた。

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法隆寺前から路線バスの春日大社行きに乗り、唐招提寺まで移動。今回は新横浜から京都まで新幹線利用しその先の奈良・大和地域のJR、近鉄、奈良交通バス乗り放題という遊々きっぷを利用。この路線バスに乗るだけで元は取れるばかりか既にお得。地元足なので途中の乗り降りも多く、空調のあまり効かない路線バスから、屋根瓦の多い地元の民家の家並みや金魚養殖の溜池があちこちに広がる郡山あたりの風景をのんびりながめているだけで、いろいろ発見があって旅の風情を感じる。

唐招提寺についても、アジアからの団体さんを二組程やりすごしてしまうと境内の人影はまばで、御廟前庭では蝉時雨のみがかえってその静寂を余計に強調しているようだった。

ここは唐招提寺蓮も有名とのこと。戒壇院横の蓮が西陽の木漏れ日に輝いていいた。

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唐招提寺の金堂は創建以来築900年の長きに亘る建造物であるが、1995年の阪神淡路大震災をきっかけとした文化財建造物の耐震性の課題と、1998年に伽藍建築が世界文化遺産となったことから2000年から10年位及ぶ金堂平成大修理事業の末、2009年11月に落慶法要が執り行われたばかり。その際の建物調査で得られたデータなどを元に3DCGなども制作され、コンテンツの再利用として見学者にスマートガイドが提供されていた。窓口でgalaxy tabletが有料で貸し出され、要所の点在するマーカーにかざすと解説がイヤホンから聞こえ、同時に映像コンテンツが様々な角度から再現される。

次女が高校生料金で借り、一度に二人までイヤホンで聴くことができるというので妻が利用していたが、使い勝手と一通りマニュアル再生で聴いてしまったため私にも回ってきた。混んでいる時なら便利かもしれないが、こういう人の少ない静寂な空間ではむしろ現代の道具は無粋でした。

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唐招提寺の門前のお店で甘いもの水分補給で一休み。のんびりしていたら、そろそろ閉店ですというので薬師寺まで歩いてみると、拝観終了の看板。17時までだけど入場は16時30分までね。近鉄で奈良に戻る。

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夕食はならまちの築95年の町家をリノベーションしたカフェ「カナカナ」にて。カナカナごはんはハモの天ぷらの大根おろし添えなど5品に御飯、お味噌汁,プチデザートにコヒーやハーブティーなどの飲み物がついて1250円。唯一のアルコールはエビスビールの小瓶だけです。+150円でセットにも出来ました(^^v  お座敷などは満席で大人気、ちょうど大テーブルが空いたところだったのですぐにすぐに座れてラッキー。

100年未満というのは今日の建物群ではつい最近みたいなもんで。それでもこのならまち界隈は1990年以降に都市景観条例で江戸時代以降の町家が保存され、市民主体のまちづくりから割と新しい観光スポットとして人気があるようだ。既に日も暮れて団体さんに出会うこともなく、ぶらぶらするだけで情緒をたのしめた。

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2012年5月26日 (土)

都市化石

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帰宅時、地下1階で降りるのを間違えて 1階で降りてしまったのでとある場所のエスカレーターを降りながら、大理石の壁をボーッと眺めていたら、アンモナイトの化石を発見。
ひょっとして⁈ と周囲の壁を見回してビックリ!
直径15cmくらいの大きいはっきりと分かるものから小さな痕跡まで数えきれないほど!

ここは東京ミッドタウン。
上の画像に素人でもアンモナイトとわかる渦巻き模様が二つ。

日本橋の三越や閉店しちゃった新宿三越、日本橋や上野の高島屋、名古屋の松坂屋、京都の大丸などなど、老舗デパートの大理石をたくさん使った階段などにはお客様用の案内看板やパンフレットがあるくらいアンモナイトは有名で、私もいくつか見たことあります。が、最近の建築でもこんなに多いのは初めて。
調べてみたら、最近は
都会の化石スポットとしてマニアには有名で、赤坂サカス、丸の内オアゾにもあるらしいと知りました。都市化石というらしい。。

私は異動でここに通勤するようになって1年、今日まで全く気づかなかった。新築時から入居している周囲の同僚に聞いてみたけど、やっぱり知らない人ばかりだったなあ。

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この画像のアンモナイトは、殻の中に石英が白くきらりと輝いていて美しい。
気がついてしまうと気になるのでチョット探検してみたくなる。
地下1階のミッドタウンホール入口左右、裏側の大理石、乃木坂からの地下通路などなど、気にし出したら化石がザクザク!
日比谷線六本木駅からの地下通路を右へ曲がって左へ曲がったすぐ、ミッドタウンに入るところに数段の階段があるんだけど、その左の車椅子用エレベーター脇の壁にでかいのあります。右側にもあるけど。

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大江戸線へ下るエスカレーターの左のエレベーター、エスカレーター周りの壁にもたくさん。なんだか模様が全部化石に見えてくる。。。
主にミッドタウンイースト棟の地下1階の内壁、1階の外壁などに使用されているベージュ系の大理石「ジュライエロー」を探すと見つかります。。

ちなみに我が家にもアンモナイトの化石があります。2004年に家族で北海道旅行したとき富良野で参加した化石発掘ツアーで妻が河原で見つけたもの。直径10cmくらい。3億5000万年前と時空を超えての出会いです。ロマンです。

 

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2012年5月 3日 (木)

燕子花三昧

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5月2日は大型連休の狭間に有給休暇をいただいた。貴重な平日。朝からのあいにくの雨の中、この時期恒例の根津美術館へ。

KORIN展
庭園の燕子花が咲き誇る頃になる大型連休を挟んで、所蔵する国宝「燕子花図屏風」を公開するのが恒例だ。このブログでも2010年5月4日の「4年振りの再会」で紹介している。今年は特別展として「光琳ふたつの金屏風 東京・ニューヨーク 100年ぶりの再会」というコピーの通り、尾形光琳が同じテーマを、同じ六曲一双屏風に10数年の時をおいて描いたニューヨークのメトロポリタン美術館に所蔵される「八橋図屏風」が並んで展示された。
この企画は当初、昨年の4月に予定されていのが、東日本大震災の影響で1年延期されて開催されたのだ。
昨年の大型連休は私もここに足を運ぶことができなかったので、2年振りの再会、そして大きな楽しみだった。

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『八橋図屏風』と『燕子花図屏風』、庭園の燕子花、堪能し、お庭の散策の後、NEZUCAFEでランチ。
そこで、何故「八橋図屏風」がメトロポリタン所蔵なのか?100年前は?と妻から素朴な質問。コーヒーを飲みつつ、iPhoneで早速ググってみたら、松平家→旧鳥取藩主池田家→1919年幕藩体制崩壊によ る売立→82000円で落札され様々な美術商、個人に渡り→山中商会→1952年メトロポリタン美術館購入。そして根津美術館の今回の企画で国宝燕子花図と100年振りの再会 ということが判明。そういう解説は図録にも載っていないよね。

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隈研吾設計の根津美術館本館は、鉄板による大屋根の潔よさが特徴。
瓦屋根だと和食チェーンのような建物になってしまうと、厚い鉄板の切りっぱなしが並べてある。以前本で、「溶融亜鉛メッキの鉄板屋根が、感覚的に冷たくなってしまわないか心配だったのですが、そこに嬉しい誤算がああった。雨水の流れによって、雨跡のスジが直に出てきて、それが工業製品の冷たさを見事に消してくれた」と。雨までデザインの要素に入れていたのか。。
雨の日の大きな軒下には庭園散策用の傘が用意してある。
当日はかなりの大雨で、そのの軒から雨の雫が滝のように流れ落ちている。
そう、よく観察してみるとは雨樋がないのだ!
柱を感じさせない空間構成とお庭の景色と一体化させる大きな硝子越し、そしてあらためて表参道から歩いてきて横断歩道を渡ったところ始る長いエントランスアプローチ、いずれも軒から簾のように盛大に雨が流れ落ちる様が美しい。

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写真には上手く写らなかったけど、軒からカーテンのようにずらーりと盛大に雨が流れ落ちてます。地面側に普通ある雨受けの側溝もなし。そう、玉砂利に雨は吸い込まれ、その下に隠されている。

そして、後日ブログでこの雨のみちのデザインについて隈研吾氏がインタビューを受けているサイトを見つけた。

「基本的には、垂れ流しでやったのですが、竣工後に一カ所だけ樋を付けたところがあるんですよ。 わかりましたか?庭側のところは、二層分落ちてしまうので、もの凄く散らばってしまうんです。計算だと、そんなに散らばらないはずだったんだけど、上手く 行きませんでした。屋根から落ちる雨水が散らばってしまって、親子代々数十年、この庭を手入れしている庭師の方からクレームをいただきまして。その方々に とっては、木は自分の家族なわけですよね。これでは庭の木々が駄目になってしまうと言われまして、追加で樋を付けることになりました。だから、あの樋は人のためではなく、木のための雨樋なのです。」

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2012年5月 1日 (火)

大型連休前半その2

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名古屋の実家に家族で帰省するのは夏休みか年末年始。
なので、妻や子供達はデパートや繁華街に買い物や食事に出かけたり、お墓参りや親戚を訪ねるついでの周辺程度で、いわゆる名所旧跡はほとんど巡ったことがない。
子供達が幼かった頃、東山動物園や農業センター、八事のYYプラザはほんとよく行ったけどね。季節も名古屋の夏は暑く、冬は寒いので出かけるのも辛いし。

ということで、初夏の趣の名古屋を少しだけ観光。
テレビ塔も私の子供の頃は高層ビルもほとんどなくて視界もよく、父と階段で昇り降りした思い出があるが、もう何十年も前の話。

久々にしっかりと眺めたテレビ塔は、アナログ放送電波送出の役目を終え、アンテナが外され再塗装を施されたばかりのテレビ塔は、繊細なレースの様な構造が蒼い空と新緑の中にくっきりとして、なんだか誇らしげに堂々としていた。

名古屋市内や近郊では、VHFのアンテナが向いている方向が名古屋の栄だ! っていう目印だったけど、そてももう今は昔の話だなあ。

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名古屋城の天守閣には家族で初めて登城。私は小学校の頃、毎年学校から写生大会で来ていて、御深井丸の公園からのアングルが定番で、何回か入賞したこともあるのだが、現在は本丸御殿復元工事の木材加工工場の場所で入れなかった。

子供の頃の記憶で、どこからどんなアングルで見えるかだいたい頭の中に入っているつもりだったけど、今回 愛知万博以来に来てみるとやっぱりでかい。
金の鯱もピカピカ。

昭和34年築のコンクリート製のお城で、エレベーターで一気に天守閣に上がれてしまうので味がなさそうだが、石垣は創建当時のままで迫力があり、やはりお城としては壮大だ。
天守閣内の展示もリニューアルされていて、再現展示、体験展示、復元など非常に充実していてわかりやすかった。勉強になったなあ。
ここは桜の季節がとてもいいのだが、もうそれは望めない。が、4月末にまだ珍しい御黄衣桜という黄色い桜がまだ咲いていると聞いていたのだが、どうも見落としてしまったようだ。残念。

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前日、岐阜によったついでに、金華山の岐阜城(稲葉山城)にも昇ってみた。

ここも私は小学校以来。「国盗り物語」「功名が辻」「江」など大河ドラマで人気の出る、信長、秀吉、家康の時代を扱うと必ず登場するのが岐阜城。信長の居城だ。

昭和31年築の鉄筋コンクリート、三層四階構造なので、お城としては趣がないが、標高329mに金華山の山頂にある山城なので眺望は抜群。上の画像は天守閣から眺めた西方面。長良川がゆったり流れ、遠くの山並みの向こう側が関ヶ原、その向こうの山(霞んで見えないが)伊吹山。東には恵那山、木曽御岳山、北には乗鞍、日本アルプスが眺められる雄大な光景は展望台として今も人気だ。

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山城なので、麓からはロープウエイで往復できるのが時間の少ない観光客には助かる。このロープウエイ、子供の頃からあったので運行はもう50年以上になると思う。今回乗車したら、昨年新調したばかりという真新しいゴンドラで、足下から天井まで乃1枚ガラスで眺望は抜群。が、駅舎や耐荷重などの都合で容積は大きく出来なかったのだろう、エアコンなどの空調がついていない代わりに、なんとダイソンのファンが!

確かに狭いスペースで安全性を考慮するといい選択だ。が、最新式のファンにこのアナログな取り付け方がww。私には素晴らしい眺望よりもこのダイソンが取り付いている事の方が面白かった。ゴンドラ内の天井に向けてiPhoneで画像を撮りながらニヤニヤしている観光客は私くらいでしたが。

 

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2012年4月22日 (日)

ことばとかたち

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情報デザインフォーラムフォーラムのメンバーである木村さんと上平さんに誘われて、茅場町 Perfectly-Blankで開催されていた「高田修地のことばとデザイン展」に行ってきた。
この建物、昭和2年(1927年)竣工、築85年の運河沿いに建つ小さな洋風建築ビルで、その佇まいがいい。ここにはいくつものギャラリーとFM局、デザイン事務所が入居している。
戦後20年間はセーラー万年筆の本社だったらしい。

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昭和レトロな雰囲気の階段を上がり、ギャラリーに入ると、奥様とこの展示会を企画したご子息、お嬢様らが見守る中柔らかな光の中に、グラフィックデザインというのはこういうことですよね、といういかにもな手仕事が並んでいた。
そして何より圧巻は石の文鎮とファイルで自由に読める手紙の数々。

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期間の短い最終日とあって、次から次へと来場者がやってくる。そしてゆかりにあった方々とご家族の会話がまたあたたかい。

高田修地(たかだのぶくに)氏は資生堂宣伝部から武蔵野美術大学でへ移り、基礎デザイン学科で教鞭を執られていた。その基礎デの頃の学生が原研哉氏。
手紙を読んでいたら、
高田氏が基礎デで指導されていた原研哉氏の卒制に、その頃マツシタでぴあの地図製作に携わっていた木村さんが関わっていたくだりなどがあってビックリ。高田氏は原研哉氏が後にムサビ時代に「デザイナーの仕事からはみ出た部分」を教わったと反芻しているように、資生堂時代から広告よりも、もののとらえ方をビジュアライズするデザインを目指していたようで、その頃の資生堂のアニュアルレポートの業績を示すグラフの表現はは秀逸だ。
大人よりも子供の目線を重視する視点を持ち、新たな表現を手仕事で追求した方だったようだ。
ムサビの後は静岡の常葉学園大学で後進の指導に当たられていたそうで、またその手紙の中に昨秋、情報デザインフォーラムフォーラムの静岡ワークショップでお世話になった常葉学園の安武先生のお名前が!なんだか不思議のご縁を感じないわけにはいかなかった。

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誰でも見たことある、首都圏のJR路線図の原型は1975年国鉄時代の高田氏の仕事だ。
この展示、シルク印刷でした。多分、カーブの微妙なラインや毛抜き合わせをよーくみていたら、カッティングも刷もご自身なんじゃないかと。。

パソコンとソフトウエアでデザインすることが可能になってから、あり程度誰でも文字を組んで写真を組み合わせる作業でそれなりにデザインされてしまう合理性が当たり前になってる今だからこそ、一昔前の写植を打ったり、面相筆で文字を書いたり、絵の具を溶き合わせて色を創作する作業ややり直しを通じて本質を掴んでいくデザイナーや、それを量産で再現する印刷現場の職人達の技をあえて問うているような、小粒ながらシンプルに身体感覚が伝わってくる空間でした


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